その頃、地球連邦軍のモビルスーツ[ジェムズガン]がコロニーの上空で展開し、町中にサイレンが鳴り響いていた。
そのサイレンに声が掻き消されないような大声で、レジアの父ブレスタは家の外に向かって大音声で伝える。
「分かってる!!だが、モビルスーツの設計図面…………あれを持ってかないと、全ての国が…………地球がガチ党の言いなりにさせられてしまう。母さんと一緒に、先に逃げるんだ!!」
この危機的状況の中、家の奥から聞こえる訳の分からない説明に、レジアは苛立った。
「別に、国の政権が代わるだけだろ!!ギロチンを使ったガチ党が政権を握ったって、最終的にはマリア主義を奨励してんだから、平和な世の中になってイイんじゃねぇか?そんな事より、今は命の方が大事だって!!」
レジアの言葉に、隣に立っていた母[レイナ・アグナール]は、顔を曇らせる。
「レジア、あなたに心配かけたくなくって言ってなかったけど、私達の勤めていたサナリィの研究施設は、一度ガチ党の私設軍に襲撃された事があるの。そして、あのモビルスーツ…………ラングを開発させられた………」
「はっ?母さん、何言ってんの!!そんな事より、逃げるのが先だって!!早くシェルターに!!」
母の手をとり道に駆け出そうとするレジアを、レイナは力を込めて逆に引き留めた。
「シェルターに行ったら、私達はいづれガチ党の為に戦わなくてはならなくなる…………サイド2で…………アメリアで生まれたからアメリアの為に戦う…………レジア…………あなたは、それでいいの?ガチ党はギロチンを使って人を殺して、私達に無理矢理モビルスーツを作らせたのよ!!それでも、ガチ党を信じれる?」
普段は泣かない母が、涙を流しながら訴える姿に一瞬躊躇したが、モビルスーツの奏でるバーニアの爆音と、けたたましく鳴るサイレンがレジアを現実世界に引き戻す。
「分かった!!その話は後で聞くよ!!とにかく今は逃げよう!!こんな事で死んだらバカみたいだ!!」
レジアは母の説得に焦っていた為、1機のジェムズガンがバーニアの轟音を轟かせながら自分の家に近付いてきている事に気付くのが遅れた。
自宅への直撃コースをたどるジェムズガンに気付いた時、レジアの額からは汗が吹き出す。
「おいおい、マジかよ!!親父、早くしてくれ!!」
ようやく、ブレスタの姿が玄関先に現れた……………その時!!
ガン!!バリバリバリバリ………
近付いていたジェムズガンの足が、レジアの家を踏み潰すような形で破壊していく。
「うわぁぁぁぁ!!」
玄関から出ようとしていたブレスタは、レジアとレイナの目の前で崩壊した瓦礫に巻き込まれていき、その体は埋もれていった。
頭と身体は柱や瓦礫に挟まれて全く動かなかったが、右手はかろうじて動く。
ブレスタは頭や身体の至る場所から訪れる痛みに耐えながら、家の崩落の際に思わず落としてしまったモビルスーツの設計図面を手探りで探した。
設計図面は思いの外近くにあり、たいして動かない右手でなんとか拾いあげたが、ブレスタは足元が熱くなってくるのを感じる。
「親父!!今、出してやるからな!!」
家の崩壊の巻き添えにならないように少し離れていたレジアは、崩壊が収まるとすぐに駆け付け、瓦礫の中から手頃な板を探しだし、テコの原理でブレスタの逃げれそうな隙間をなんとか作ろうと必死に力を込めた。
「レジア………これを持って先に逃げろ。このぐらい、自力で這い出してみせるさ」
力無く動く右手で瓦礫の中から差し出された紙を、一瞬作業の手を止めたレジアは受けとると、すぐに瓦礫の撤去を再開する。
「レジア!!もういい…………ここに留まったら、その図面が燃えてしまう………オレは何とか這い出るから、母さんを連れて逃げろ!!」
その言葉で、レジアは廃墟と化した自分の家に火が迫っている事に気付いた。
「馬鹿野郎!!這い出る時間なんてあるもんか!!もう火が来てる!!まだ間に合うんだ!!」
自分の父親に暴言を吐いたが、そんな事を構っている余裕はレジアには無かった。
父は死を覚悟している…………だが、そんな事にはさせない。
レジアは力の限り瓦礫を浮かそうと力を込めるが、重くのしかかるソレは、びくともしなかった。
「あなた……………」
レイナは、ブレスタの右手を握りしめる……………その瞳に沢山の涙を浮かべて…………
その瞳から出る涙の色は、透明の中にオレンジが揺らめき、頬を伝いながら蒸発していく。
炎……………………………………
瓦礫の間から迫る炎が…………火が、音を立てながら少しずつ迫ってくる。
まるで生き物のように、少しずつブレスタに向かって歩んでくる炎にレジアは焦った。
「親父!!1人で出れる訳ねーだろ!!もう火が………………火が近付いてきてんだよ!!」
ブレスタは握られているレイナの手を強く握り、次の瞬間……………その手を力の限り押した。
ブレスタの意思を感じたレイナは、首を1回…………2回と横に振った後、 力の限りなんとかブレスタを助けだそうとするレジアの腕を、先程とは逆に強く引っ張り、家の瓦礫から引き離す。
「母さん!!何してんだ!!親父が……………このままだと、親父が…………………」
ブレスタはレジアの声を聞き、レイナの涙を見た後に一瞬目を閉じ……………次の瞬間、開いた瞳には決意の色が宿っていた。
「レジア!!行くんだ!!その図面に描かれたモビルスーツは、ニュータイプ専用の機体だ!!この闘い、恐らくレジスタンスに味方するニュータイプが現れないと勝てない。だが、そのモビルスーツとニュータイプが一体になった時、強大な力に打ち勝つ力になる!!」
そこまで言うと、ついにブレスタの足に到達した炎に身体を焼かれ苦悶の表情を浮かべる。
「親父!!ちくしょう!!何言ってるか…………分かんねぇよ!!」
「レジア……………なんとかニュータイプを見つけ出し、ガチ党を…………戦争を止めてくれ……………レイナ!!後を頼む!!」
その言葉にレイナは頷くと、涙を強く拭いて、ブレスタを助けようと動き回るレジアの腕を強く握る。
「レジア…………もう、やめて……………父さんはもう助からない……………でもここで、父さんの意志まで燃やしてしまう訳にはいかないわ……………」
レジアの手に握られたモビルスーツの設計図面を見ながら、レイナは腕を握る力を強めた。
そんな母の表情を……………言葉を……………身体から発せられる意志を…………レジアは感じて動きを止める。
「分かった……………とりあえず安全な場所に避難しよう………………親父………………………すまねぇ!!」
レジアとレイナは、後ろを振り向かずに走り出した。
その後ろ姿を見ながら、強くなった炎がレジアの家を…………ブレスタの身体を飲み込んでいった………