機動戦士ガンダム ダブルバード   作:くろぷり

227 / 237
ラゲーン侵攻28

「それで、リースティーアの敵を討った感想はどう? あまり気分の良いモノではないでしょう?」

 

 戦闘から戻ったリファリア達を待っていたスフィアは、浮かない表情を浮かべている。

 

「そうだな。だが、そんな事は分かっている。ただ、私が一歩を踏み出すのに必要な儀式だった……これからリースティーアのいる地獄に旅立とうとしている奴が、非道な手段でリースティーアの命を奪った奴を地獄への道連れにすら出来ない……そんな人間を自分自身が許せなかっただけだ。そして作戦が始まってからでは、エバンスを討つ事は難しくなってしまう」

 

 スフィアは、今回の作戦に賛同した一人だ……しかし恨みだけで戦闘を仕掛け、結局は宇宙細菌を取り返す事すら出来なかった。

 

 心の中に残ったモヤモヤが、リファリアに対して棘のある言葉になってしまう。

 

「艦長……リファリアは、恨みつらみだけで戦闘を仕掛けた訳ではない。エバンスの裏にいた組織……オレ達が倒した所属不明のモビルスーツ部隊……奴らの動きを牽制する目的もあった筈だ。だろ?」

 

「マデア、私はそこまで確信を持っていた訳ではない。だが……宇宙細菌を持ち出した奴が、ザンスカール帝国の部隊と合流しない事に疑問を感じた。奴ら傭兵は、何者かに雇われてなければ命懸けで戦艦を襲う事はないだろう。帝国以外の組織に雇われているんだとしたら、炙り出そうとは思ったが。地球降下作戦を邪魔する時に、背後を気にしてはいれないからな……そして思った通り、何者かは知らんが現れた。あの引き際の良さ……エバンスの雇い主で間違いないだろう」

 

 マデアは頷くと、スフィアの目を真っ直ぐに見る。

 

「艦長、そういう事だ。ただの敵討ちではない。謎の組織の目的は、宇宙細菌の奪取。エバンスが宇宙細菌を渡す条件が、恐らく我々の追撃から身を守る事……だがエバンスの性格からして、死んだとしても我々に宇宙細菌を渡す事はしない。宇宙空間に破棄する事ぐらい読んでいたのだろう……我々がこの宙域を離脱したら、探しに来るかもな」

 

「オレ達に勝てなくても、宇宙細菌が手に入れば良し……だから、あんな簡単に引いたって事なの! 仲間を見殺しにして!」

 

 確かに、ミノフスキー・ドライブを使った奇襲は成功し、戦意を削ぐには充分だったとは思う。

 

 それでも、仲間の為に戦う事は必要なのではないか? 

 

 少なくとも自分は……シュラク隊の皆は、そんな戦いをしていた。

 

 仲間を見捨てた事なんて一度もないし、された事もない。

 

 自分の命を犠牲にしたって、仲間の為に戦っていた……リースティーアも、レジアも……

 

「ニコル……雇い主と傭兵の関係は、仲間じゃない。ただのビジネス・パートナーだ。成果と成功報酬……それだけで繋がっている。だからこそ、強固でもあり脆くもある。そして、簡単に関係を切れる強みもあるんだ。自分達の利益にならなければ、見捨てる事も出来る。仮に奴を捕らえたとしても、謎の組織の事は何も分からないだろう。そういう関係だ」

 

「つまり……私達が宇宙細菌を見つけなければ、謎の組織が宇宙細菌を奪って行く……そういう事ですよね?」

 

 ニーナは首を傾げながら、宇宙細菌を取り付けたショットランサーが消えた方角に目を向ける。

 

「そうだ。そして宇宙細菌を見つけるまでは、謎の組織に後ろを取られる心配は無くなったという事だ。我々の目的は、宇宙細菌じゃない。地球侵略の阻止……いや、ヴィクトリー・タイプと呼ばれるミノフスキー・ドライブ搭載機の量産を進める事だ。その為には、地球降下部隊の目をコチラに向けさせて、リガ・ミリティアの工場を守らなければならない」

 

「けど、宇宙細菌だって危険な代物じゃないんですか! それを訳の分からない連中に持って行かれたら、それこそ危ないですよ! どこでどう使われるか分からないんだから!」

 

 ニコルは苛立ち、リファリアに対しても語気を荒げてしまう。

 

 出来るだけ多くの人を救いたい……そう思っているのに、うまくいかない現実がある。

 

 合理的に考えるリファリアとマデアの言葉は、頭では理解出来ても気持ちが納得出来ないでいた。

 

「ニコル、ザク……と呼ばれるモビルスーツを知っているか? ミノフスキー粒子が撒かれる戦場で、革命を起こした兵器……初代のモビルスーツの名だ」

 

 リファリアは横長のソファーに腰を下ろし、ニコルに対面のソファーに腰掛けるように促す。

 

「そのザクの存在が、コロニーで反乱を起こした軍隊を強くした……地球連邦という強大な組織を追い詰める程にな。しかし、その反乱軍は滅びた。革命的な兵器を手にしていたのにな……」

 

「その話が、宇宙細菌を取り戻さない事と何か関係あるんですか! 宇宙細菌が悪党の手に渡れば、多くの人が死ぬ! そんな事、分かるでしょ!」

 

 更に語気を荒げるニコルの横に座ったマデアが、ニコルの頭を軽く叩く。

 

「そう熱くなるな。今の話で分からないか? そのザクってヤツが、今で言うミノフスキー・ドライブって事だ。オレ達があっさり倒した機体……未完成のミノフスキー・ドライブ搭載機が混じっていたが、3機とも高性能な機体だろう。量産されていないワンオフ機だった。だが、オレ達に手も足も出なかった。それが答だ」

 

「リガ・ミリティアがザンスカールより先にミノフスキー・ドライブを量産させ、ザンスカールにミノフスキー・ドライブを量産させる前に倒さなきゃいけないって事? だったら……それだけ圧倒的な兵器なら、今からザンスカールを倒しに行けばいいじゃないですか! ミノフスキー・ドライブ搭載機が3機もあるんですよ!」

 

 リファリアは首を横に振り、ニコルの言葉を制した。

 

「ダブルバード……ミノフスキー・ドライブ・ユニットの全長が長い為に、異常な空間把握能力とバランス感覚が必要な機体。故に、ニュータイプ専用機だ。ザンスバイン……ザンスカール帝国が開発していたミノフスキー・ドライブ搭載機。そのデータを奪い、開発者全てをコチラの陣営に取り込んで完成したマデア専用機。故に、量産を考慮えないシステムと兵装が組み込まれニュータイプしか扱えない。そしてF90ウォーバード……旧式のF90にミノフスキー・ドライブのミッションパックを取り付けた機体。故に、長期時間の戦闘になるとベースのF90がもたない。つまりだ……扱えるパイロットが極端に少なく、物量作戦で来られたら終わる。それが、今の現状だ」

 

「だから、ミノフスキー・ドライブと共に戦える兵力と、息切れしないミノフスキー・ドライブの運用が出来る環境が必要なんだ。だが、帝国がミノフスキー・ドライブ搭載機を開発したら、リガ・ミリティアの優位は無くなる。いいか……オレ達に、他に目を向けている時間は無い。かつてのジオンがガンダムに敗れた様に、オレ達がザンスカールのミノフスキー・ドライブ搭載機にやられる可能性は充分にあるんだ」

 

 リファリアとマデア……2人の言葉に反論出来ず、ニコルは唇を噛む

 

「マデアさん、そのガンダムは私達と共にあります。ニコル……心配しなくても、きっと大丈夫。私達に役割があるように、宇宙細菌を止める為に戦う人達は必ず現れます。二兎を追う者は一兎も得ず……前に、マイさんに教えてもらった日本の諺です。私達にか出来ない事を全力でやり遂げましょう! 私達も、多くの人から多くのモノを託されているのだから……」

 

「そうだな……そして、ガンダムを駆る者は、例外なく反骨心を持つ者達だ。野蛮な帝国に楔を打ち、腐った連邦に活を入れる……帝国の連中がガンダムの事をトラウマになる程の戦果を上げて、レジスタンスと連邦に希望を見せてやろう。やれるさ……君達ならな!」

 

 クレナの言葉に反応したケネスは、その先にある希望を信じていた。

 

 マデアがタシロの戦艦で見つけたクローンとクローンの心の研究データと、クレナの細胞と心情……

 

 シャアのクローンは、必ず造る事が出来る。

 

 今は帝国の脅威を退けて、エンゼル・ハイロゥによる強制的な統治を行わせる事だけは避けなければならない。

 

 来たるべき時に、その下地を作っておく必要がある。

 

「なんにせよ、ラゲーンに進攻は許してしまっている。地上に降りたシュラク隊が何とかしてくれている事を信じて、我々は本格的な地球進攻作戦の邪魔をする。量産されたヴィクトリーのパーツを守り、ミノフスキー・ドライブのデータを極秘にミューラに届け、現存するミノフスキー・ドライブのデータをザンスカールに奪われなければ、我々の勝利だ」

 

「まだまだ、熟さなければならない課題も多い……だが、やるしかない。地球を守り、人類を救う為に……」

 

 戦った事の成果は、未来でしか分からない……

 

 そんな不安の中でも、自分達を信じて進むしかない。

 

 リファリアとマデアの言葉を静かに聞いていたスフィアは、自分の苛立ちが、ミリティアン・ヴァヴのクルー達を成果が出るかも分からない死地へと向かわせなければならない事だと感じた。

 

 それでも……ここまで知ってしまった以上は、逃げ出す訳にもいかない。

 

 スフィアも、艦長として決断する時が近付いていた……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。