「皆……全員無事で、よく戻ってくれたわ。ケネスさんとオーティスさん……お2人がいなければ、この勝利は無かったでしょう。ありがとうございます」
「いや、こちらこそだ。信じるしかない状況だったかもしれんが、それでもこちらの動きに的確に合わせてくれた艦長とクルー達に感謝する」
ミリティアン・ヴァヴに迎え入れられたケネスは、艦長スフィアの言葉に応えながら、ニーナの煎れてくれた珈琲を口に含むと安堵の溜息をつく。
「艦長、私からも礼も言わせてくれ。ケネスさんを救ってくれた事は大きな意味を持つ。そして、ケネスさんとオーティスさんを受け入れてくれた事が、リガ・ミリティアの……いや、ミリティアン・ヴァヴのクルーや、この世界を正そうとしている全ての人々にとって有益だったと証明してみせよう」
仮面を被っているリファリアの表情は分からないが、その言葉からは確信めいた自信が感じられた。
「私はともかく、オーティスさんはエンジン系のスペシャリストだ。マデア少佐に聞いてもらえば、その能力は間違いない事が分かるだろう。ザンスバイン……変わったのは色だけでは無い筈だ」
「そうですね……最初見た時は、ザンスバインって分からなかったよ。ビッグ・キャノンのビームを弾いた時は確かに黒かったのに、今は真っ白だ……」
ニコルの言葉に頷いたマデアは、オーティスに視線を合わせる。
「オーティスさん、驚いたよ。まるで機体が別物だった……エンジンは心臓みたいなモンだ。その事を思い知ったよ。全ての動きがスムーズに、ストレス無く応えてくれた。モビルスーツ乗りにとって、こんなに心強い事はない」
「少佐にそこまで言われると、少々照れますがね……艦長さえ良ければ、全ての機体のエンジンの調整をしますよ。乗りかかった船だ……私もリガ・ミリティアに……皆さんに協力したいと思います」
オーティスの提案に少し考え込んだスフィアは、しかし直ぐに首を縦に振った。
「よろしくお願いします。信用する、しないに関わらず、我々には時間も戦力も……全てが足りない。協力して頂けるなら、助かります」
「老い先短いこの命……全てを注ぎ込んでみせますよ。ザンスバインとダブルバード……2つの翼が世界を変える様を見てみたいのでね……」
スフィアは、オーティスからケネスへと視線を移す。
「それで……ケネスさんから提案があると聞きました。我々の行くべき道を示して頂けるのかしら?」
ケネスは少し笑うと、再び珈琲を少し啜る。
「私は……過去の偉人達とは違う。だが、このままで良いとも思えない。私は、弱い人間だからな……自分で全てを背負い込むなんて出来やしないんだ。だからこそ、革命の息吹を蒔いておきたいのさ。ザンスカール帝国を止めた先の未来で、地球を守る力を……」
ケネスはそう言うと、小さなカプセルを取り出した。
「ルース商会経由で入手したシャア・アズナブルの遺伝子情報……これにザンスカールのクローン技術を合わせれば、シャアのクローンが出来上がる。クレナさんを見て、確信に変わった。この計画は上手くいく……クローンとて成長する。オリジナルを凌駕する程に……」
「シャアのクローンを造る……そんな事をしたら、地球が滅んでしまうかもしれない! 小惑星を地球に落とそうとした人間だ! そんな人のクローンを造るなんて……リスクが大き過ぎる!」
突拍子のないケネスの言葉に、スフィアが声を荒げる。
「だからこそ、そうならない為の組織が必要だ。シャアのクローンが間違った道を歩まず、正しい道を進める組織が……」
「正しい……か。何を持って正しいとするんだ? 地球に住む人々を粛清して、全人類をニュータイプにすれば変わるのか?」
マデアの疑問に、ケネスは首を横に振る。
「地球の人間がシャクティにした野蛮な行為は、忘れられない。だが、それは地球に住んでいるから……だけでは無いだろう。コロニーで生活している人々が中心の帝国であっても、ベスパはギロチンを持ち出して処刑を繰り返している。クローン技術に精神崩壊、静止衛星軌道から地球を焼くビーム……どれも野蛮だ。宇宙に住もうが地球に住もうが、人間の残虐性は変わらない。それでもシャアに縋るのか? 全ての人類が宇宙に出るべきだと?」
「どうかな……少佐は地球で絶望し、マリア・カウンターとして帝国で戦った。だが、帝国のやり方も間違いだと思った……だから離反したんだろう? 女王マリアのような人の考えだって、ただ利用されるだけになる……自分達の都合の良いように動かして、自分達の思い通りの世界を造る為にな。そんな帝国が地球の自治権を取ったとしても、地球連邦の高官達とやる事は変わらない。いや、酷くなる可能性の方が強い」
マデアとケネスのやり取りに、少しの間……静寂の時間が流れた。
「そうね……少なくとも、リガ・ミリティアは帝国に抵抗する為……動きの鈍い連邦に活を入れる為に組織されたわ。それは、帝国にも連邦にも期待出来ない人達が集まっているという事……帝国を倒しても、今のままの連邦政権が続くなら意味が無い」
静寂を破ったスフィアの言葉に、ケネスは頷く。
「連邦政府の高官を殺そうが、利権を得ようとする連中が下から出て来るだけだ。ならば……しっかりとした理念の元、カリスマ性のあるリーダーが必要だ。大抵、リーダーが目的を達成する前に倒れてしまう事が多い。そうなれば、組織は瓦解して終わる。だが、組織の絶頂期に若きリーダーが現れるならば……目的が達成されるまで、そのリーダーが導いてくれるならば……」
「なるほどな……その組織の基盤作りを今から始めると言う事か……優秀なリーダーが現れる事が確定している組織……今まで、ガンダムに関わる人々が変えようと足掻いても変わらなかった事。それを変えるならば、同じ事をやっていては駄目だって事は分かるが……」
マデアの言葉で、再び静寂が訪れる。
皆、考えていた。
遥か先の未来に、突拍子の無い出来事を起こす為の行動……
それが、正しい事なのか……
それが、自分達の命を投げ出してまでやる事なのか……
「それで、具体的にはどうするんですか? クローン技術を持っているのはザンスカール帝国だ。クレナさんの身体を調べるってんなら反対だし、帝国に頭を下げて……軍門に下って教えて貰うってのもイヤだね」
「ええ……それに、私はクローンを造る事自体が反対です。自我を持つクローンは、必ず苦しむ事になります。私は、同じ苦しみを持つ者を生み出す事に手を貸したくはありません……」
ニコルとクレナが異を唱える。
帝国の非人道的な行いを止める為に戦ってきた……それと同じ事をやる為に戦う事は、許せない。
「クレナさんの言う事も理解出来る。きっと苦しむ事にはなるだろう……クローンは人と同じだ。クレナさんを見ていると、本心でそう思う。クレナさんに出会えなければ、この計画は私の心の中だけで留まっていただろう……だが、シャアの能力を持った人間を心ある人々が育てたならば……クレナさんの様に歩んでいける道があるならば……この計画は上手くいく。クローンだけに苦しい思いはさせない。その為の組織を作るんだ……一人にだけ背負わせない為の組織を……」
ケネスは、珈琲の入っていたカップを無意識に握り潰していた。
そう……一人にだけ背負わせる訳にはいかない。
「その話は、また考えましょう。当面は、奪われた宇宙細菌をどうするか? そして、地球に侵攻するベスパへの対処……やらなきゃいけない事は山ほどあるわ。けど……ザンスカール帝国を止めた後の未来……確かに、考えとかないといけないかもしれないわね……」
ソフィアは、漆黒の宇宙を見る。
闇の中に導く光を探す様に……