機動戦士ガンダム ダブルバード   作:くろぷり

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ラゲーン侵攻16

「クレナ・カネーシャと申します。タシロのファクトリーで生まれた、カネーシャ・タイプのクローンです。マリア様、私の話を少しだけ聞いて頂いても……よろしいでしょうか?」

 

「アーシィさんをベースにしたグリフォン・タイプとは別のクローンね……クローンでも、自我を持てるなら人と変わらないわね」

 

 マリアとアーシィの視線がクレナに注がれる。

 

 その視線に、哀れみや差別的な感じはない……普通の人を見るように目を見て声をかけてくれる事だけで、信用できる人達だと思えてしまう。

 

「グリフォン・タイプより前に生産されていたタイプのプロトタイプです……私はリガ・ミリティアの情報をタシロに流す為に、シュラク隊に入隊しました。自分の意志でザンスカール帝国と戦おうと決めたと思っていたのに、全てはタシロにプログラムされた行動でしかなかったのです……」 

 

 クレナはゆっくりと瞳を閉じ、少し間を空ける。

 

 過去の自分を思い出し……その時の感情や気持ちを思い出し、噛み締めた。

 

 ファクトリーに流れる油や機械の匂いが混じった空気を吸い込むと、クレナは再び口を開く。

 

「私は、自分は自分だと思っていました。それは多分、全ての人と同じ感覚だと思います。でも、私は違った……私を信じてくれてる人達に銃口を向け、刃を振った。辛かった……本当に辛かったんです。でも……どんなに辛いと思っても、私の身体は何も言う事をきいてくれなかった……でも……それでも私の大切な人達は、その命を捧げて助けてくれた。今の私が、どんな気持ちか分かりますか? 自分の行動で、大切な……本当に大切な人を失った私の気持ちが……」

 

 クレナの声は凛としており、大きくない。

 

 それでも、強さがあった……自分と同じ思いをする人を増やしたくないという強い意志があった。

 

 クレナはクローンだ。

 

 だが操られたのは心だと言っている事は、マリアにもアーシィにも痛い程分かった。

 

「心を失って……本当に辛いのは、心を取り戻そうとした時なんだと思います。身体の奥底で叫んでも……鼓膜がはち切れるぐらい叫んでも、身体は何も応えてくれない。大切な人達が傷ついていっても、大切な人達が助けようとしてくれても、何も出来ない自分がいる。心を失った瞬間は何も感じないかもしれない。でも、その心を使わなきゃいけない時に人は気付くんです。失ったモノの大きさを……」

 

 クレナは自らの胸を、心を掴むかのように握り締める。

 

「それは……分かるつもりです。でも宇宙細菌を撒かれてしまえば、心を失うとかも言っていられなくなるのですよ? 全ての人が……宇宙細菌を撒かれた地域の人達は、例外なく死んでしまう。それを阻止する為には、タシロの計画に乗るしかないのです。今は……まだ」

 

「クレナさん……私達だって、心を強制的に奪う事が良い事だとは思っていないわ。でも、今は仕方がない……それしか方法がないのだから……」

 

 マリアとアーシィの諦めにも近い言葉に、クレナは首をゆっくりと横に振った。

 

「マリア様ならば、出来る事はある筈です。マデアさんは、人の心を奮い起こさせる為に……そして私は、マリア様の為に時間を稼ぎます」

 

 クレナは再び瞳を閉じる……そして、マリアの脳波と同調していく……

 

「クレナさん……この情報は? 人々を幼児化させるって……私がどんな想いで祈っても、サイコウェーブの影響で細胞の退化する……ですって? 幼児化って事は……老化と同じって事……そして、私が出来る事……操るのではなく……促す?」

 

 マリアの言葉に、クレナは頷く。

 

「少佐、憲兵がファクトリーに近付いてる! 逃げる準備をしてくれ!」

 

 ファクトリーに繋がる重い扉が開き、入って来たオーティスは血相を変えて大声で叫ぶ。

 

「ちっ! 早いな! マリア、アーシィ、済まないが手足を縛らせてもらうぞ! 俺達と繋がってると疑われたら、全ての作戦が台なしになる。オーティスさん、ザンスバインは動かせるか?」

 

「もう少し、エンジンの調整に時間がかかる! 人の心を熱くさせる為の最強のモビルスーツが生まれるんだ! こいつだけは、完成させにゃならん!」

 

 マデアは頷きながら、マリアとアーシィの手首を縛り始める。

 

「クレナさん、2人を奥の部屋へ! そこで足も縛ってくれ! オレは外で時間を稼ぐ!」

 

「マデアさん、気を付けて下さいね。私達には、まだやる事があります。私達にしか出来ない、最後の仕事が……」

 

 マデアは壁に取り付けてあるマシンガンを剥ぎ取ると、クレナに向かって親指を立てた。

 

「もちろんだ! 最後に、マリアに何か伝えてくれたんだろ? マリアの反応を見ただけでも希望が持てる。やる事が済んだら、ザンスバインのコクピットで待機していてくれ! ヤバくなったら、助けてくれよ!」

 

 マデアは、車のブレーキ音がした方角の扉に向かって走り出す。

 

「私は上から少佐を援護する。こう見えて、射撃は得意でね。オーティスさんはザンスバインの調整を急いでくれ! これからの戦い、人もモビルスーツも欠ける事は許されない。頼むぞ!」

 

 ケネスはモビルスーツ調整用のリフトに乗り、高い場所から憲兵達を撃ち始めた。

 

「皆さん、可能性を信じて戦おうとしている……私も、抗ってみせます。前を向いて進める事が、こんなに心を震わすなんて……私は知らなかった。自分の行おうとしている事に迷いの無い事の強さが……」

 

「マリア様、私も抗ってみます。マリア・カウンターが無くなっても、私達の戦いは続く。人の心を弄ばせない……その為に、私が少しでも力になれるのなら……」

 

 銃声が激しさを増していく……

 

 マリアとアーシィは、マデアの無事を祈っていた……


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