「マリア、宇宙細菌の事……知っていたのか?」
「ええ……でも、ランクSクラスの極秘事項の筈。何故マデアが知っているの? いえ、知ったのは先程の通信ね。誰からの通信だったの?」
オーティスのファクトリーに辿り着いたマデア達は、暗号通信にてミリティアン・ヴァヴに連絡をとった。
通信を傍受され位置を特定されるリスクもあったが、リガ・ミリティアではないマデアにミリティアン・ヴァヴから着信があったのだ……何らかの緊急事態が起きたのだろう。
リガ・ミリティアでもない自分に、連絡をとらなければならない理由が……
そして、その通信内容は恐るべきモノだった……
宇宙細菌による地球殲滅作戦……
それを阻止する為に立案されたタシロとマリアによる作戦……
サイコウェーブによる人類の心の操作……
エンジェル・コールの存在を知ってしまったら、もはやタシロの案に乗るしかない。
個人で立ち向かうには、ザンスカール帝国は大き過ぎる……
ファクトリーの中で、マリアとアーシィ……そしてマデアは向き合いながらも、互いを牽制するかの様に絶妙な距離感で立っていた。
「リガ・ミリティアからだ。ザンスカールの人間にも、良心を持っていた奴がいたって事だな。致死率100%の宇宙細菌……とんでもないモノを見つけてくれたモンだよ」
「そう……でも、これで分かったでしょう? タシロはクローンの研究の為に多くのサイキッカーを犠牲にした。それは許される事ではないわ。それでも、カガチやズガンの暴走を止めるにはタシロの作戦に乗るしかないのです。地球の人類を救う為にも、争いの無い世界を創る為にも……心を失う事が辛い事だと理解はしているつもりです。だからこそ、ブルー3では競争心だけを消す研究をしているのです。カガチ達だって、地球を死の星にはしたくないでしょうから……」
マリアの言葉に、マデアは唇を強く噛んだ。
天使の輪……エンジェル・ハイロゥを使用する為には、強力なサイコウェーブを操る者と、多くのサイキッカーが必要になる。
そもそもマリアがザンスカール帝国を離れてしまえば、エンジェル・ハイロゥを使う作戦事態が破綻する事が理解出来ないのだろうか……
「マデア少佐……私は妹が地球に……そして、母も地球じゃなければ生きられない身体になってしまっています。地球にエンジェル・コールをバラ撒かれる訳にはいかないんです。私は、自らの手で父を殺してしまった……残った家族は守るって決めたんです! 少佐、私達に強力して下さい! ザンスパインだって、タシロが少佐の為に開発していたと噂で聞きました。いがみ合っていても、タシロは自分に必要な事なら協力してくれる。少佐の力は、マリア様に……そして、地球を守る為に必要なんです!」
「タシロは、自分が世界を牛耳る為に動いているんだろう。自らの手中に、ザンスカールも地球も治めたいのだろう。だが……そんな奴の手の上で踊れば、最後は殺されるぞ……利用した後は、邪魔者でしかなくなるからな」
そしてマデアは、マリアの目を力強く見つめる。
「地球にはアシリアもいる……人々から競争心だけを奪えたとしても、競争心は人の成長に必要な心だ。その心を、自らの娘からも……アーシィの妹や母親からも奪って、それでいいのか? 大切な人達の大切な心を自分達で奪う事になるんだぞ? それでも……」
「それでも……です。私がザンスカール帝国を離れれば、地球上に宇宙細菌が無差別に撒かれてしまう。ならば、タシロの考えに乗るしかない。私には、二択しか残されていない」
様々な感情が渦巻く……
諦め、哀しみ、不安、絶望……
強制的に感情を奪う事を肯定している者は、この場には誰もいなかった。
それでも、多くの人類を人質にとられている様なモノである。
今ある選択肢の中で、最良だと思える方へ進むしかない。
「マリア……一つだけ約束してくれ。今、やむを得ずタシロに従い……カガチに付き従っているのなら……天使の輪、エンジェル・ハイロゥがマリアの思惑と違う使われ方をするのなら、その時は造反してくれ。マリアがエンジェル・ハイロゥを上手く使ってくれるなら、まだチャンスはある」
「少佐、どうするつもりですか? 出来れば、このまま私と一緒にマリア様の護衛を! 帝国に反旗を翻す時が来たならば、その時こそマリア様を守る盾になりましょう!」
アーシィの言葉を受けたマデアは、静かに……しかし、揺るがない思いを込めて首を横に振る。
「女王……託します。オレの思い……そして、ザンスカール帝国に踏みにじられた人々の心……踏みにじられるであろう人々の心……その全てを。強い力は、人の考えそのものを変えてしまう。宇宙細菌なんて見つけなければ、カガチもズガンも人のままでいられたかもな……」
「マデア、あなた何をするつもりなのです? まるで死にに行くような物言いを……勝手に死を選ぶ事は許しませんよ」
マデアの気持ちは変えられない……そう思っても、言わずにはいられなかった。
マデアを失う事の恐怖……託されたモノの重み……マリアの心は押し潰されそうになる。
「その感情すら、人には大切なモノだ。奪っていい心なんて、何も無いんだよ。恐怖だって、不安だって、それを感じる感性こそが、その人を作っているんだ。奪うのが競争心だけだとしても、競争心を失った人は同じ人ではなくなる。オレを失う事で不安や哀しみを感じてくれるなら、それを感じとれなくなるって事を考えてみてくれ……」
「少佐! 結局、何をするつもりなのです? まさか一人でベスパと戦うとか……無茶な事をしようって思ってますか? それこそ、無駄死になります!」
マデアは、シートに被われて横たわるザンスバインを無意識に見た。
「戦局を維持する為には、ザンスカールにミノフスキー・ドライブの技術を完成させられてはいけない。少なくとも、リガ・ミリティアか地球連邦が量産の目処が付けれるまではな……エンジェル・ハイロゥが人の心を強制的に変えるなら、オレ達は人々が自らの意思で立ち上がれるようにしてみせる! そして、立ち上がれるまでの時間を稼ぐ!」
マデアのが決意の言葉を吐き出し、そして沈黙が流れる。
「あの……私も、少し話をしてもいいでしょうか?」
沈黙を破ったのは、ファクトリーの奥で3人の話を聞いていたクレナだった。
静かに口を開くクレナ……
オーティスのファクトリーには、ブルー3の憲兵が迫っていた……