機動戦士ガンダム ダブルバード   作:くろぷり

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ラゲーン侵攻13

「宇宙細菌……だと? 知らんな。艦長は……いや、リガ・ミリティアは知っている情報なのか?」

 

「いえ……初めて聞く話だわ。少なくとも、私にはその情報は下りてきてない」

 

 金庫の様な頑丈な箱から取り出され、更に円柱の金属の塊に保護された物体を見ながら、スフィアは眉をひそめる。

 

 宇宙細菌が入っていると言われた金属の塊の事を、マリア・カウンターの要人でもあるマデアと共に行動していたリファリアにも見当がつかないでいた。

 

「つまり、コイツを開けたら最後、この周囲にいる人間は全員死ぬ事になる……と言う事だな。よく話をしてくれた」

 

「言いたくて言った訳じゃない。だが、私には部下を守る義務がある。それに、この作戦自体が気に入らなかった。真実か嘘かは、ソイツを開けないと分からんだろうがな……」

 

 カリストの艦長は後ろ手に縛られながら、半ば諦めた口調でリファリアに向かって声を出すと、壁に寄り掛かる。

 

「宇宙細菌……それに、エンジェル・ハイロゥ……死んでも口を割らない訳だわ。こんな事が知られてしまっては、計画が潰される危険もある」

 

 他のカリストの艦長達は、口を割る事もなく宇宙に投げ出されていた。

 

 ニコルが不殺を貫いている事で、捕虜の数が多過ぎる……

 

 空いているモビルスーツ・デッキに閉じ込めてはいるが、捕虜達をまとめる人間が生存していれば厄介な事になってしまう。

 

 そのリーダーを中心に動かれてしまっては、ミリティアン・ヴァヴを制圧されかねない。

 

 選択の余地もなく、リーダー格の人間は殺すしかなかった。

 

 ただ、最後の艦長……今、尋問している人物だけは容易く口を開く。

 

 溜まっていた物を吐き出すかの様に、自らの嫌悪感を全て撒き散らすかのように、ザンスカール帝国の考える非道な作戦が口から溢れていた。

 

 地球に住む人々をエンジェル・ハイロゥのサイコ・ウェーブによって眠らせて、宇宙細菌で全人類を……地球の人々を滅亡に追い込む作戦……

 

「他の2人の艦長は、ズガン直属の部下だ。私は……タシロ中佐の部下だが、諜報活動の為にズガンの部隊に先入していた。中佐は、宇宙細菌を使う作戦を望んではいない。その為に、強力なサイコ・ウェーブの放出実験や、クローンを使った精神コントロール実験を行っていた。宇宙細菌は、人間以外の生物も殺してしまう危険性がある。地球が生き物の住めない星になってしまう可能性すらある。それを止める為に、早急に結果を出す必要があった……」

 

「そう聞くと、タシロに正義があるように聞こえるな。しかし、どちらにしても非道な行いに違いはない。だが、もう少し精査する必要がある。艦長、ミノフスキー粒子が薄くなったらマデアに連絡がとりたい」

 

 スフィアは眉間に皺を寄せて、冷静な口調で話すリファリアの仮面を怪訝な目を向ける。

 

「マデアさんは、ブルー3に行ってるんだろ? せっかくブルー3に気付かれないように倒したのに、通信なんかしちゃったらダメなんじゃないの?」

 

「ああ……だが、ブルー3には女王マリアが視察の為に訪れているんだ。マデアは女王に、タシロの実験について何度も話をしている。それでも、女王はタシロの計画に乗っている感じがするんだ。全人類が戦争の……争いのループから抜け出せるのであれば、心を失わせる事も仕方がないと……そんな女王の本意を聞く為に、マデアはブルー3に入ったんだが……」

 

 ニコルの言葉に一度頷いてからそこまで言うと、リファリアは静かにカリストの艦長を見た。

 

「その男の言う事が正しく、それを女王が知っているのであれば、タシロに付く以外の選択肢が女王に無かったのかもしれん。タシロが失脚してしまえば、ズガンの作戦が実行される。宇宙細菌の無差別攻撃……正直、宇宙細菌の攻撃の前に人類を眠らせる必要はないだろう。細菌兵器から身を守る事は不可能に近い。地球をザンスカールに占拠されて、全世界に細菌を撒き散らされれば、逃げる術はない。恐怖の中で死ぬか、眠っている間に死ぬか……」

 

「エンジェル・ハイロゥを使った強制睡眠は、慈悲って事? でも……その時が訪れて、選択を迫られたら、女王マリアはサイコ・ウェーブを使うしかないでしょうね……それに比べたら、人の心を奪っても人として生きられる方を選択するしかない……」

 

 スフィアの言葉に、リファリアは静かに頷く。

 

「そんなの……両方ともダメだ! ズガンもタシロも、両方倒してしまえば良いんだろ! その為のダブルバードだ! レジアの……皆の想いが詰まったモビルスーツなんだ……その機体のパイロットを任されているからには、オレが止める! 絶対に!」

 

「コニル……大丈夫よ。気持ちは同じ……ここにいる全員ね……」

 

 そう言うと、スフィアはニコルの肩をソッと自分の方へ引き寄せる。

 

 気持ちは同じ……非道なザンスカール帝国を止めたい。

 

 だが、現実には絶望的とも言える戦力差がある。

 

 戦局を変えれるモビルスーツに、ニュータイプ。

 

 ゲリラ戦をやっていれば、勝てないまでも負ける事はないだろう。

 

 ただ、短期決戦を挑むなら話は変わってくる。

 

 最強のモビルスーツであっても、操るのは人なのだ。

 

 仮に、ニコルが歴代最強のニュータイプだったとしても、人なのだ。

 

 ミノフスキー・ドライブの恩恵で、モビルスーツは連戦にいくらでも堪えられる。

 

 けれども、そのモビルスーツを操れるのはニコルしかいない。

 

 ニコルを抱くスフィアの腕が、少し震えた。

 

「女王を説得して、こちら側に付ける事が出来るって事か? それならば、エンジェル・ハイロゥをリガ・ミリティアが使う事も可能性か?」

 

「それはないな。女王マリアが望むのは、母なる地球を守る事と争いを止める事……争いを好む男性を排除し、女系社会への回帰を促す事を目的にしている。その目的に沿っていなければ、女王がザンスカールから離れる事はない。そして、今はタシロの計画が女王の目的に一番近いと思っているんだろう」

 

 そこで一度言葉を止めたリファリアは、まだ自分も迷っている事に気づく。

 

 エンジェル・ハイロゥを含めたザンスカール帝国の絵図を砕くには、大規模な部隊による作戦行動が必要になる時が必ず来る。

 

 その為には、腐りかけている地球連邦軍を動かすしかない……だからこそ、理屈ではなく心に訴えかける必要があった。

 

 そこまでしなければ変わらない……今の地球連邦軍は、そこまで腐りかけている事を知っているから……

 

 心に訴えかける為の人柱になる……しかし、その作戦に巻き込まなければいけない人達も知っている。

 

「とにかくマデアに連絡をとって、女王がどこまで知っているか確認する必要がある。それと、エンジェル・ハイロゥの状況だ……完成度によっては、そっちも叩いておく必要がある」

 

「そうね……完全に破壊出来なくても時間稼ぎさえ出来れば、次に繋げられるかもしれない」

 

 スフィアはリファリアに向かって頷くと、ニーナに秘匿の回線を開くように指示をした。

 

「エンジェル・ハイロゥの護衛任務、そして開発についてはズガンが指揮している。エンジェル・ハイロゥを破壊するならば、無敵のズガン艦隊を相手にする事になる。だが、エンジェル・ハイロゥの開発を遅らせるならばズガンの力を削いでおいた方がいい。エンジェル・ハイロゥのパーツについては、木星の息がかかった者しか扱っていない。そして、ズガン艦隊は木星帰りで構成されているからな」

 

 そう言うと、カリストの艦長は寄り掛かっていた壁から背中を離す。

 

「私も宇宙に投げ出してくれ。色々と聞き過ぎた……生かしておいても、憂いにしかならんだろう。私の命と引き換えに、クルーの命を保障してほしい。事が済んだら、脱出艇を放出するだけでいい」 

 

「分かった。これだけの情報をリークしてしまったんだ……生きていても、ザンスカールから狙われるのは間違いない。そして我々も、守ってやれる程の余力はない……すまないな」

 

 カリストの艦長はリファリアに向かって微かに笑うと、部下達を頼むと言い残して尋問室から出て行く。

 

 両脇を抱えられながら歩く後ろ姿に、スフィアは自分達の未来を重ねてしまう。

 

 これからの戦いは、体力を擦り減らしながら走っていくしかない。

 

 自分達の運命も、既に絡め取られているのではないかと思える。

 

 先頭をきって走らせるのは、自分よりも年下の少年……

 

 スフィアは何も言えずに、ニコルの身体を優しく包み込むように後ろから抱きしめていた……

 


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