「勝たなければ、意味が無いだろう? 我々は戦争をしているのだぞ! 勝たなくて良いならば、戦争を続ける必要はない!」
「そうですか? では……なぜ少佐は、勝利が確定している舟を下りたのですか? エリート部隊のベスパに、マリアのカリスマ……そして、最強のニュータイプである少佐と、ミノフスキー・ドライブを搭載するモビルスーツ……腐敗した連邦と、女と子供と老人しかいないレジスタンスを潰すなど簡単な筈だ。だが少佐は、沈没確定の泥船に乗り換えた……勝たなければ意味がないと言うならば、何故です?」
マデアは、再びケネスに銃口を向ける。
ケネスを睨む力が強くなり、軍人ですら竦んでしまう程の威圧感を醸し出す。
それでも、ケネスの瞳は真っ直ぐにマデアを見ている。
「貴様……どこまで知っている? オレが帝国軍を抜けて、独自で動いている事を知っているまでは許そう……だが、ミノフスキー・ドライブ搭載型のモビルスーツの情報をどこまで掴んでいるかは話してもらう。貴様に、その情報をリークした人間についても、話してもらうぞ!」
「まぁまぁ少佐……彼を撃つと言うならば、まず私から撃って下さい。情報を彼にリークしたのは、私なのですから……」
ケネスと同年代ぐらいだろうか……ゆっくりと歩いて来た初老の男は、小さなレンズの眼鏡を指で少し上げながらマデアを見ていた。
「あなたは……オーティスさんか? リファリアが頼りにしていた数少ないメカニックだった筈だ!」
「覚えていてくれましたか。とりあえず、見られては駄目なモビルスーツを、こんな場所に放置しない方がいい。私達のファクトリーに運びましょう」
確かに、見られてはいけないモビルスーツをシートで隠すだけでは不安がある。
しかし、それでも不特定多数に見られる訳にはいかない。
たとえ、ファクトリーでサンスバインの整備をしていたメカニックがいたとしても……だ。
「オーティスさん、あんた我々を裏切ったのか? ザンスバインのミノフスキー・ドライブは、極秘だと……リファリアの事を良く知るあんたは分かっていた筈だ! 極秘にしなくてはいけない理由がっ!」
「少佐、もちろんです。こちらのケネスさんは、ルース商会と我々を繋げてくれた人物ですよ。彼がいなければ、極秘でザンスバインを……ミノフスキー・ドライブを完成させられなかった。マフティー動乱を見てきた彼だからこそ、我々に協力してくれているのです」
オーティスの言葉でマデアは銃を下ろすが、混乱していた。
「ルース商会……リファリアと繋がっていた訳ではないのか?」
「ルース商会は地球のウーイッグにある雑貨店ですが、兵器の密売なども行っています。私は、ルース商会がリガ・ミリティアにも兵器を売っている情報を掴んでいるんですよ。多額の資金援助は、更にベスパの攻撃からウーイッグを守る事も約束しているから受けれたモノです。まぁ……そんな事は無理なんですが……」
ケネスは自虐的に笑うと、マデアの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「マランビジー……枯れる事のない水道……それは、伝説になった。だが英雄の退場は、絶望を生む。本当のマランビジー……それは、意志を受け継いで行く事……意志を託して行く事。枯れない井戸のように……そう、階段井戸のように幾重にも絡み合いながら、それでも最後は一つに集約される……それが出来れば、勝ち残った組織は腐る事もなくなる。もし志半ばで退場する事になっても、別の誰かがその意志を見せ続ける事が出来れば、英雄が死んでも次に繋がるんだ。その為に、私はここにいる」
「結局、考えている事は同じか……言葉だけでは、意味をなさない。その背中を見せなくては、次に続く者が現れない。ニュータイプ能力とは、自分達の意志を伝える為にあるのかもしれないな……遠く離れた者を感知する力……それは、自分達の行動を補完する為に必要な力なのかもしれない。だが……我々がその行動に出ると思っているのか?」
ケネスは、静かに頷いた。
「人の心は、不可能に立ち向かっている者達を見た時に燃え上がる。その者達の意志を受け継ぎたいと思う。そこに、成否は意味をなさない。腐った連邦の心を揺さ振り、リガ・ミリティアに勇気を与え、マリアに不信感を抱かせる……蒼い地球を背負い、絶望的な大軍の前で戦う勇姿が必要だ」
「そうだ。成否は関係ないと言ったが、失敗するにしても時間は必要だ。我々の行動を見て、人々の心に灯を燈すまでの時間が……な」
風が吹く……
その柔らかだが強い風は、マデアの背中を押しているようだった。
「少佐……ガンダムですよ。ガンダムに乗って、伝説になるのです。そして、その姿を見た者達が、次のガンダム伝説を作り出す。少佐は用事を済ませて来て下さい。その為に、ブルー3に来たのでしょう? その間に、ザンスバインの塗装を変えておきますよ」
マデアはオーティスの言葉を聞きながら、風の流れる先を見つめる。
人柱になる覚悟は出来ている……しかし、女王マリアに伝えなくてはいけない。
天使の名を冠した、悪魔の兵器の実態を……