ラゲーン侵攻
「地球侵攻だと! そんな事、許してなるものか!」
オリファーは艦長室の重厚な机を思い切り叩き、苛立ちをあらわにした。
「オリファー、落ち着きな。それで、ラゲーン基地の部隊だけで何とかなりそうなのかい?」
「いや……戦力が整わない。ダブルバードとトライバード・バスターの開発で手一杯だったからな……ヴィクトリー・タイプの量産工場として稼動を予定しているウーイッグの工場に人員は移す事になるようだ」
艦長スフィアの話を聞きながら、ジュンコは壁にもたれかかる。
「それで? 本気で戦力を割るつもりか? 半分の戦力でザンスカール帝国のど真ん中にあるブルー3へ奇襲を仕掛けるなんて、無謀を通り越して自殺行為だ」
「それでも……リガ・ミリティアには戦える部隊が少ない。エース部隊の私達が戦う姿勢を見せ続けないと、ザンスカールに一気に飲み込まれる可能性だってある」
スフィアとジュンコとオリファー……
3人は、今後の作戦について話し合っていた。
ザンスカール帝国による地球侵攻作戦が間もなく開始されるという情報をキャッチしたリガ・ミリティアは、標的とされているラゲーン基地からの撤収を決める。
レジア、リースティーアとエース級のパイロットを次々と失ったリガ・ミリティアの人材不足は深刻化していた。
パイロットの生存率を上げる為、ヴィクトリー・タイプと言われる新型の量産機にはコア・ブロック・システムの採用が決定したが、その結果、機体剛性の見直しが行われる事になる。
ヴィクトリー・タイプの開発には、アナハイムとサナリィ……両方の技術者が参加しているのだが、コア・ブロック・システムを推すアナハイムの技術者と、剛性の問題でコア・ブロック・システムに反対するサナリィの技術者で意見が割れていた。
しかし2人のエースの死が、モビルスーツ開発の方向性を決定する事になる。
だが……時を同じくして、ザンスカール帝国による地球侵攻作戦の情報をキャッチしたのだ。
ザンスカールの部隊が地球で本格的に動き出す事になれば、ヴィクトリー・タイプの生産工場を守る為の部隊が必要になってくる。
ラゲーン基地を守れる程の戦力が無いリガ・ミリティアは、ヴィクトリー・タイプのパーツを生産工場ごとで分ける事で、基地の規模を小さくして存在を隠しつつ、ヴィクトリー・タイプの開発を継続する事になった。
その工場を守る為に、地球にも戦える部隊が必要になったのだが……
「そのブルー3ってコロニーを無視する訳にはいかないのかい? 今はヴィクトリー・タイプを完成させて、地球を好きにさせない事の方が重要だろ?」
「ええ……でも、マイとクレナが感じたビッグ・キャノン以上の兵器……本当にあるのなら、叩いておかないと……」
ジュンコの言っている事も分かる……スフィアも、部隊を分ける事が無謀だという事も分かっている。
レジアのトライバード・アサルト、リースティーアのアマネセル……
エースが駆るワン・オフ機とシュラク隊……遅れたもののニコルとダブルバード……全戦力を注ぎ込んだ作戦でもビッグ・キャノンを完全に破壊する事は出来ず、レジアとリースティーアを失った。
レジアもリースティーアもいない、更にオリファーを中心としたシュラク隊を地球に降ろし、ニコルとクレナだけでブルー3の兵器開発の基地を叩く……
「そんな無理のある作戦よりも、ザンスカールの地球侵攻を阻止する為に動いた方がいいだろ? 地球に降ろさなければ、時間稼ぎにだってなる」
「ザンスカール帝国の大部隊に正面から立ち向かっても……それより、地球侵攻部隊の背後をとってブルー3を叩く……ザンスカールの部隊も手薄になっているだろうし、少数の部隊なら敵に悟られずに任務を遂行出来るかもしれない……」
オリファーの意見に首を横に振って否定したスフィアは、しかし自分の提案も自信なく言葉に力が入っていない。
「ダブルバードとトライバード・バスターなら、ブルー3の基地を破壊出来るかもしれない……地球侵攻作戦の部隊も後退してくる事は無いだろうから、そこまでは出来る可能性が高い……だが、基地を破壊した瞬間にザンスカールの大軍に囲まれる事は間違いない。クレナを……犠牲にするつもりかい?」
ジュンコの言葉に、スフィアは言葉が詰まる。
タブルバードのミノフスキー・ドライブなら敵陣を突破出来るし、追いつかれる事も無い。
しかしトライバード・バスターの足でザンスカールの部隊を突破する事は不可能……敵に囲まれた時点で、クレナは助からないだろう。
少し考えさせて……頭を抱えたスフィアの肩を軽く叩いたジュンコは、オリファーと一緒に艦長室を出た。
そして、入れ替わるようにニコルとクレナが艦長室に入って来る。
「艦長、まだ考えてんのか? マイとクレナが感じた兵器……マイが感情を吸い取られた力と同じやつが地球に降り注いだら、人類がザンスカールのいいように操られる事になるかもしれないんだ! そんなオカルトみたいな事、本当かどうか分からねぇけど……マイは実際に感情を奪われた。そして、クレナさんは記憶を操作されていた。これ以上、人を弄ばせる訳にはいかないだろ!」
「艦長……レジアさんが最後の力で私達に見せてくれた情報……無駄にしたくありません。私に、レジアさんの代わりは務まりません……でも、想いを引き継ぐ事は出来る。レジアさんなら、そんな兵器の存在は絶対に許さないと思います」
クレナの言葉に、スフィアは顔を上げた。
スフィアに、迷っている時間も考える時間も余り残っていない。
「ねぇ、ニコル。マイは地球に降りる事を承諾してくれたの?」
「かなり駄々を捏たが、お腹の赤ちゃんを守る為って事で納得してもらったよ。そーいや、名前はカルルマンにするって。自由に生きて欲しいからって……」
スフィアは頷くと、窓の外の宇宙を見る。
ザンスカール帝国による地球侵攻作戦が始まろうとしていた……