「タシロ中佐、やってくれたな。貴重な最新型クローンを一体、自らのクローンに殺させるとは……なかなか面白い事を考えたもんだ。しかし、バレないと思っていたのなら、少し考えが浅慮だったな」
ズガン艦隊の旗艦に呼び出されたタシロは、宰相であるフォンセ・カガチと通信で会話する為に艦橋に連れて来られていた。
右目に付けた茶色の片眼鏡を調整しながら、ズガンはタシロに視線を向ける。
「浅慮ってゆーか、ただ頭悪いだけなんじゃないの! 私達の仲間も散々殺してくれたしね! カガチ様の命令があれば、今ここで殺してやりたい気分だわ!」
「ズガン中将、私が言うのもなんだが……お互いに部下の勝手な行為には手を焼きますな。これ以上侮辱を続けるなら、彼女を正当な場で訴えなければいけなくなる」
冷静なズガンの横で感情的に捲し立てるアルテミスを睨んだタシロは、煩わしさを感じた。
こんな子供に毛が生えた程度の人間を戦力として考えなければいけないのか……と。
ズガンが喚くアルテミスを部屋から押し出したと同時に、モニターにカガチ宰相の姿が映る。
「宰相、この度は手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「2人とも、まずはご苦労だったな。色々と問題はあったが、それでもリガ・ミリティアを押し返せたのは悪くない戦果だ。新型のFシリーズに、トライバードを墜とせたのは大きい。奴らの資金や人材は、そう多くないだろうから、こうして削っていけば勝利は見えてくる。しかしタシロ中佐、帝国の財産を自らの手で破壊するのは良くないな。自分の研究の成果だったとしても、その資金は帝国のものだ。好き勝手やっていい訳ではないぞ」
カガチがモニタに映った瞬間、背筋を伸ばしたタシロは深々と頭を下げた状態で話を聞いていた。
カガチの言葉が途切れると、タシロは頭をゆっくりと上げてモニターを見る。
「申し訳ありません。しかし、トライバードを墜とす為には必要な犠牲だったと思っております。ファラの判断があったからこそ、トライバードを墜とす事が出来ました。おそらく、パイロットのレジアも無事ではありますまい」
「どうかな? 映像を見る限り、ファラというクローンが自分の機体を失ったからモビルスーツを強奪したように見えるがな……それとも、中佐の指示の元やったのかな?」
横から話に入ってきたズガンをタシロは睨み、そして考え込む。
「中佐、もしクローンが自分の考えで仲間を殺したのであれば問題だ。確かに結果的には良かったかもしれんが、高価な最新型クローンを失ったうえに、共に戦う同胞達にもクローンが後ろから撃ってくるかもしれないという恐怖を植付けてしまった。エンジェル・ハイロゥの感情コントロールを試す為に始めたクローン計画だが、その結果もある程度でた。今後、クローンの開発は凍結とする。いいな?」
「いや、しかし……アーシィ・ベースのクローンは戦闘能力も高い。ここで開発を凍結してしまっては、今までの苦労が……」
口籠るタシロ……確かに、ファラが勝手にティーヴァを殺したのは誤算だった。
しかしクローンが自己にて考え、戦局を有利した事実は喜ばしい事ではないのか?
が……ザンスカール帝国内での地位を確固たるものにしたかった為、功を焦っていた事も確かだ。
変な事を言えば、現在は不問にされているマデアが離反した際に何故か奪われたザンスパイン計画の事まで持ち出されかねない。
「それで宰相、ファラとやらの処遇はどうします? 欠陥品として廃棄が望ましいのでは?」
「いや、少しお待ち下さい。廃棄にするならば、今後の研究の為にも冷凍保存し、何かの時に役立てるようにしておいた方がよろしいかと……」
ズガンとタシロの言葉に、カガチは顎に手を当て少し悩む。
「ふむ。アーシィ・ベースは、ノルとエットが残っていたな? エットの方は、感情も安定していると報告を受けているが……実際はどうだ?」
「はっ……ノルの感情のコントロールは不安定ですが、エットはアーシィ・ベースのクローンの中では最も安定しています。エットを失う訳にはいかなかったので、ファラを出したのですが……」
カガチは眉間に皺を寄せると、更に難しい顔をする。
「ズガン将軍、アネモ・ノートスをアーシィ専用機とし、エットにアネモ・ボレアスを使わせる。タシロ、ノルは指揮官用に変更すると共に精神を安定させろ。その為に、色々と実験をさせていたのだからな。ファラは凍結させ、ズガン将軍に預かってもらう」
「宰相、地球降下作戦はどうします? 我々ズガン艦隊は、カイラスギリーの修繕とエンジェル・ハイロゥの護衛任務もありますが……」
苦虫を噛み潰したような表情を見せるタシロを無視して、ズガンは話を進めた。
ファラ・グリフォンの戦闘能力は高い……タシロの切り札になるであろうクローンを手中に収める事が出来たのは上出来。
タシロが何かを言う前に、話を終わらせてしまおうと考えたのだ。
「そうだな。タシロには、ミノフスキー・ドライブのデータを盗まれた責任もある。マリア・カウンターの者の裏切りだから、マリアにも責任はあるが……マリアには我々の思惑通りに動いて貰わねばならん。今、ここで糾弾する事は得策とは思えんからな。売れる恩は売っておいた方がいい」
「つまり、我々タシロ艦隊に地球降下作戦の先鋒を務めろ……という事ですね? それで、今回の不始末の責任をとれと?」
カガチは頷くと、端末を叩く。
「我々が地球に降下する事を邪魔するのは、リガ・ミリティアの戦艦一隻と、マデアの部隊だけだろう。それで責任がとれるなら安いもんだ。勿論、ズガン艦隊には後方支援をしてもらう。その作戦が終われば、その功績を持って大佐に昇進だな」
「分かりました。お任せ下さい」
敬礼するタシロの目が光る。
昇進して昇進して……いずれ帝国を牛耳ってやる……タシロは、自分の野望の為に言葉を飲み込んだ。