機動戦士ガンダム ダブルバード   作:くろぷり

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操られし者40

 私は、私の腕を掴んでくれている温かい手を……その手を必死に握り締める。

 

 手放したくない……手放してはいけない。

 

 身体を飲み込もうとする力に全力で抗いながら、私は空いている方の手を更に伸ばす。

 

 その手にも、人の温もりが触れる。

 

 私の手を絡めとり、引き上げる力が増す。

 

 そして、もう一つ……

 

 そう……私は造られた存在……

 

 人ではない……一人の女性の記憶を移植されたクローン……

 

 宇宙海賊としてザンスカール帝国と戦っていた若き女性パイロット……クレナ・ラスベリーをベースとしたクローン……カネーシャ・タイプのプロトタイプとして生まれる。

 

 私が造られた時、実験の為にベースの人格と記憶を脳内に埋め込まれた。

 

 クレナ・ラズベリーの記憶……母親が反ザンスカールのレジスタンスに参加した事で生活が脅かされるようになったクレナは、宇宙海賊に参加する事になる。

 

 宇宙海賊として活動している最中、恋人となるプロシュエールと出会う。

 

 プロシュエール達と宇宙海賊としてカガチの乗る艦を襲った時に捕えられて、タシロの行うクローン実験のモルモットとされた。

 

 そして造られたカネーシャ・タイプ。

 

 記憶と人格を持たされたのは、エンジェル・ハイロゥから放たれる予定であるサイコウェーブの効果実験の為……

 

 ニュータイプから生み出される新たなクローン作成の実験の為……

 

 私が嫌になって逃げ出した後、全てのカネーシャ・タイプから人格や感情は取り除かれた。

 

 サナリィで……クローンとしてプロシュエールと出会ったその時、クレナは全てを思い出した……いや、ザンスカールにとって都合の良い記憶と、クレナ本人の記憶を同時に持つ事となった。

 

 プロシュエールとの再会……それは偶然の出来事……

 

 タシロは、私をリガ・ミリティアにスパイとして送り込みたかった。

 

 だから私に、ザンスカール帝国を裏切るようにプログラミングしていたのだ。

 

 私は実験が嫌になって逃げ出した……そうなるように、プログラミングされていた。

 

 カネーシャ・タイプを意のままに操れるクローンにし、更なるクローンの開発の為に……

 

 けど……プロシュエールとの再会が、私の運命を変えた。

 

 リガ・ミリティアとして再びプロシュエールと再会した私は、サナリィ基地の情報をタシロに送っている場面を見られてしまう。

 

 その行動を見ていたプロシュエールは、見逃してくれた。

 

 それどころか、全ての罪を被って命を落とす。

 

 プロシュエールの最後を聞いた時、私の中で何かが弾けた。

 

 ザンスカール帝国に組み込まれた都合の良い記憶は弾け飛び、クレナ・ラズベリーの記憶が鮮明に呼び起こされる。

 

 もうタシロの影に怯えないで済む……心の中で、プロシュエールに何度もお礼を言った。

 

 もう誰にも操られない……

 

 そう……思っていたのに……

 

 サイコウェーブによって簡単に頭を操作され、ザンスカールに刷り込まれた記憶が思い出された。

 

 いるはずのない父親がギロチンで殺され、ザンスカール帝国には逆らえないという恐怖の記憶が……

 

 その恐怖が、私を深い闇に落としていた。

 

 でも……その闇をも斬り裂く程の温かさを感じる。

 

 更に……光の中から4本目の腕が伸び、私の手を強く掴む。

 

「戻って来い、クレナ! お前はクレナ・カネーシャ、他の誰でもない! オレ達の仲間だ!」

 

 力強い言葉が、私の心に響き渡る。

 

 私は……カネーシャ・タイプであり、クレナ・ラズベリーであり……

 

「クレナ! あんた……リガ・ミリティアに入ってから、ずっと一緒にいる私を忘れたなんて言わせないよ! クローンだか何だか知らないけど、私と一緒にいた時間は作られたモノじゃないでしょ!」

 

 マヘリアさん……そうか……私は、クレナ・カネーシャ……

 

 クレナ・カネーシャとして、生きていいんだ……

 

 私は私……

 

「助けて……助けて!」

 

 叫んでいた。

 

 叫んだ瞬間、私を引き上げる力が更に強くなる。

 

「当たり前だろーが! 殺せだなんだと、女々しく言いやがって! 殺せる訳がないだろ! 仲間を……戦友をよ!」

 

 ヘレン……サナリィ基地から助け合ってる信頼出来る仲間……

 

 私……甘えていいのかな? 

 

 きっといいんだ。

 

 それを許してくれる仲間なんだから……

 

 私は、ザンスカールの……タシロの呪縛を断ち切る事だけを考えよう……

 

 引き上げてくれる力に逆らわず、溢れる温かさに身を委ねる。

 

 そして……瞳が開く。

 

 ガンイージ……トライバード……それに、アネモ・ノートス……

 

「戻ったか? カネーシャ・タイプ! 無事か?」

 

 この人が、アーシィ・リレーン……私と同じクローンの死を悲しんでくれる……クローンの事を人として接してくれる人……

 

 他のカネーシャ・タイプからの情報で分かる……

 

 この人が、私に仲間の声を届けてくれたんだ……

 

 良かった……みんな無事みたい……

 

 そう思った私の瞳に、ボロボロになったトライバード・アサルトが映る。

 

「そんな……レジアさん!」

 

 声が出た。

 

 私の脳裏に、映像が蘇る。

 

 仲間を攻撃する私を守る為に、傷ついていくトライバード・アサルトの姿が……

 

 クローンなんだから、操られる事は仕方がない……

 

 死んで楽になろうとした自分に嫌気がさす。

 

 涙が溢れた。

 

 クレナは無意識に、ガンイージをトライバード・アサルトに寄り添わせていた……

 


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