機動戦士ガンダム ダブルバード   作:くろぷり

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操られし者39

 

 鈴の音が遠くに聞こえる。

 

 自分の意識を奪っていく鈴の音……

 

 遠くなっている筈なのに、頭の中では強くなったり弱くなったり……耳元で、鈴を強く振ったり弱く振ったりして、その音を聞いているような感覚は消える事なく響いている。

 

 鈴の音が弱くなると自分の意識がはっきりしてくる……でも、強くなると暗闇に引きずり込まれるように意識を失ってしまう。

 

 沈没と浮上……繰り返しているうちに、精神がおかしくなりそうになる。

 

 それでも聞こえてくる仲間の声に、なんとか踏ん張ろうと足掻く。

 

 ただ……仲間達の声に手が届きそうで届かない。

 

 もう駄目かもしれない……もう一人の自分が、仲間達を攻撃しているのが分かる。

 

 何とか止めたいと思っても、自分の意思ではどうにもならない。

 

 ごめんなさい……心の中で、何度も……何度も……

 

 声も出せない自分の身体で、心の中で叫び続ける。

 

 再び浮上した意識は、自分の意思とは違うところで動いている身体とリンクした。

 

 歯痒さしかない……避けて……そう願うしかない。

 

 しかし、そう感じる事も一瞬……闇の中へ沈み込んで行く……底なし沼に絡めとられたように……足掻けば足掻く程、深く飲み込まれる。

 

 私は静かに目を閉じる……それが唯一の抗いだから……

 

 沈み込んでいく私の腕を、誰かが掴んだ。

 

 だけど、そんな事に意味はない……掴んでくれても、意識は沈んでいく……物理的な干渉で、何とかなる筈がない。

 

 物理的? 

 

 今は意識でしかない私の腕を……掴む? 

 

 私は疑問に感じたが、その手からは確かに温かさを……人の温もりを感じた……

 

 

「ガンイージのパイロット! 聞こえるな? 操られているパイロットの意識を取り戻す! 協力してくれ!」

 

「何を……そんな戯言、聞ける訳ないでしょ? どういうつもりか知らないけど、クレナは私達が助ける! 敵の言葉が、信用出来るか!」

 

 マヘリアはビームサーベルで繋がったワイヤーを斬り裂き、アネモ・ノートスにビームを放つ。

 

「くっ! やはり……今まで戦っていた相手の言葉など、信用してもらえる筈もないか……だが、あのカネーシャ・タイプを元に戻せるのはサイコミュだけだ! どうする? レジア・アグナール」

 

 思わずレジアの名を口にしたアーシィだが、その言葉は伝わっていると確信していた。

 

 トライバード・アサルトとアネモ・ノートスの間にある光の橋……エボリューション・ファンネルから発する光が、人と人が繋がっていると信じさせてくれる。

 

 そしてアーシィの願いは、確かにレジアに届いていた。

 

 アネモ・ノートスに襲いかかるマヘリア機に対し、トライバード・アサルトから牽制攻撃が飛ぶ。

 

「そんな……レジアまで! 敵の言葉を信じろって言うの? クレナを余計におかしくさせるかもしれないのに!」

 

 トライバード・アサルトの攻撃を躱すカンイージに、アーシィは再びワイヤーを放つ。

 

「ガンイージのパイロット、聞いてくれ! 信用出来ないだろうが、私も自分のクローンを造られている身だ……だから、苦しむクローンを見ていられない……道具のように利用されるクローンを見ていられないんだ! もし、私が不穏な動きをしたら、後ろから撃ってもらって構わない……こんな納得の出来ない……自分の心を偽り続けながら戦う事なんて、やっぱり続けられない……」

 

「クローン? あなたは一体何を言っている? クレナが……クローンだって言いたい訳?」

 

 驚きの隠せないマヘリアの声に、アーシィも少し驚いたが、それもそうかと頷く。

 

 クローンかどうかなんて、普通に接しているだけでは分からないだろう。

 

 特に、オリジナルの感情を移植されているクローンなら尚更だ。

 

「いや……操られているパイロットもクローン計画の被害者なんだろう。サイコウェーブに反応して意識を失いザンスカールに操られているならば、クローンかもしれない。だが、そんな事は関係ない……感情を持ち、仲間の為に抗っているならば、それは人と変わらない……」

 

「クレナはクローンなんかじゃない! 造られた者である訳が無いだろ! 言葉に気をつけなさいよ、ザンスカールのパイロット!」

 

「だから、感情があれば人だと言っているだろう! クローンだろうが人だろうが、それを道具のように使い捨てをするやり方を、私は気に入らないんだ! マリア様の考えは世界に広めたい……けど戦争だからって……勝利の為に、何でも犠牲にしていいって訳じゃない。私は、リガ・ミリティアの考えに賛同は出来ない。だけど、戦争の道具として操られている者をみていられないんだ……今、この宙域にいるザンスカールの機体はアネモ・ノートスだけ……チャンスは今しかない!」

 

 アーシィの感情をぶつけられたマヘリアは、言葉を失った。

 

 確かに、人かクローンかなんて関係ない。

 

 クレナはクレナだ……クレナがクローンだとしたら……だとしたら、何だ? 

 

 元のクレナが戻って来てくれるなら、それでいい。

 

「分かったわ……レジアも貴女の考えに賛成みたいだしね。それに、私も同じ。人は道具なんかじゃない……自分で考えて、自分が正しいって思う道を歩かないとね。それを強制的に言いなりにさせるなんて……許せないわ!」

 

 二人の間に少しの時間、静寂が訪れ……そして笑った。

 

「で、具体的にどうする訳? 動きを止めるだけじゃ、クレナを助けた事にならないわ」

 

「操られているパイロットは、サイコウェーブで脳波を乱された事がスイッチになって意識を分断させられている。ならば、サイコミュで元の意識を引っ張り上げれば……」

 

「そう……貴女、ニュータイプって訳ね……直感だけで動くところはニコルそっくり……いいわ、このままクレナと戦ってても埒が明かないし……でも、少しでも変な動きをしたら容赦なく撃つわよ!」

 

 アーシィは頷くと、クレナ機にアネモ・ノートスを寄せていく。

 

「心があれば……きっと戻せる。必ず戻してやるぞ、カネーシャ・タイプ」

 

 アネモ・ノートスから放たれた微弱なサイコウェーブは、クレナのガンイージに届き始めた……

 

 

 


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