カイラスギリー艦隊
衛星軌道上から地球上の拠点を攻撃する事が可能な[ビッグキャノン]を装備した、ザンスカール軍の攻撃衛星基地の建造を任された艦隊である。
その艦隊の指揮を執っているのが、タシロ・ヴァゴ中佐であった。
ニコルがボイズンに殴られている頃、その旗艦[スクイード1]にて、ザンスカール軍[ベスパ]の戦況報告が行われていた。
「大尉ともあろうパイロットが、たかだか3機のモビルスーツにシャイターン9機を堕とされるとは、どうなっているのかね?」
タシロ中佐は、モデルのようなボディラインを持つアーシィの身体を舐め回すような視線で見ながら、嫌味っぽく言葉を発する。
「お言葉ですがタシロ中佐。あのガンダムもどきや長距離ビーム砲を持つ機体はあなどれません。我々のモビルスーツの性能を遥かに凌駕しています」
「ではレグナイト少佐は、モビルスーツの性能で負けているから、今回の敗戦は仕方がなかったと思っているのかな?」
少し細い目を更に細くし、レグナイトを邪魔者のように見ながら、タシロは冷静に話を進める。
「確かに、リガ・ミリティアの新型モビルスーツのデータも無い中、よく戦ってくれた。しかし君達2人は、ベスパのエースパイロットだ。敵に新型が出てきたから負けましたでは、士気に関わるのだよ」
タシロはそう言うと、ピンクの髪が綺麗なアーシィに視線を向けた。
「特に大尉は、裏切り者の娘だ。シャイターンで出撃して負けましたでは、私も庇いきれんよ。まぁ、なんとかしてみるが…………」
アーシィの頬に手を滑らせて、タシロは下心満載の表情を浮かべる。
「申し訳ありません」
目を瞑り悔しさに耐えながら、しかしアーシィはその行為を受け続けなければならなかった。
「ちっ!!タシロ中佐。アーシィ大尉が裏切り者の訳ではないでしょう!!そもそも今回の戦闘は、モビルスーツの相性も悪かった。シャイターンでは高機動のガンダムもどき相手に対処のしようがない!!そのぐらいは分かるでしょう!!」
タシロはアーシィの頬を擦っていた手を離し、上官に対し毅然とした態度をとるレグナイトを睨み付ける。
「ふん!!貴様が女王マリアの子[アシリア]のお目付け役でなければ、上官に逆らった罪に問えるのだがな!!だが、以後は言葉に気をつけてもらおう!!」
激しい口調のタシロの言葉を聞きながら、レグナイトもタシロを睨み返す。
弱みに付け込み、自分の思い通りに人を動かそうとするタシロという人間は、レグナイトが最も嫌う人種だった。
上官とはいえ、まともに会話するだけでも嫌気がさす。
「では、今後は気をつけさせてもらいましょう。大尉も戦闘直後で疲れている。後で報告書を提出するという事でよろしいな?」
レグナイトは仏頂面のままタシロを再度睨んだ後、申し訳なさそうな表情を浮かべるアーシィの手をとって司令室を飛び出した。
「少佐…………申し訳ありません…………」
指令室から離れた廊下にたどり着くと、アーシィは目を伏せながら、握られているレグナイトの手をそっと離す。
「大尉…………上官ではあるが、奴の言動は気にしない方がいい」
憤りを感じているのであろうレグナイトは、少し怒気の篭った………それでいて、アーシィには優しい表情を作る。
「ありがとうございます少佐。でも、私の父のやった事はザンスカールの運命を左右するかもしれない重要な事…………私には、上官に逆らう事なんて出来ません…………」
レグナイトの言葉に感謝しながらも、アーシィにはその優しさに答えられない気持ちに胸が締め付けられる思いだった。
「では、自分は任務に戻ります。少佐………本当に、ありがとうございました」
アーシィはレグナイトに敬礼すると、床を蹴ってモビルスーツ・デッキに向かい始める。
「アーシィ大尉…………だが、自分の心を裏切って生きていても、必ず後悔する日がくるぞ…………」
アーシィの後ろ姿に敬礼を返すレグナイトの想いは、スクイード1の通路を進むその背中に吸い込まれていった…………