「アーシィ大尉、こちらに! アネモ・ノートスを準備してあります!」
「アネモ・ノートスか……しかし、このモビルスーツは、ベスパの切り札だろ? マリア・カウンターの私が使っていいものか……」
独り言のように呟いたアーシィの言葉に、メカニックの男は笑顔を見せる。
「大尉……今は、ザンスカールの部隊同志でいがみ合っている時ではありません。それにアネモ・ノートスはサイコミュ搭載機なのですから、アーシィ大尉の力を充分に発揮出来る筈です」
アーシィはアネモ・ノートスの正面に立つと、その迫力に愕然としながらも不安を感じた。
「大きいな……この時代に、重モビルスーツとは……レジアのトライバードに、いい的にされそうだ……」
「そんな事は、ありませんよ。パワー・ウェイト・レシオも高いので、機動性も問題ないです。それに、バック・エンジン・ユニット(BEU)はメガ・コンデンサも積んでいるし、大出力のスラスターとしてもマルチプル・ビームランチャーとしても使える優れ物です。コイツなら、トライバードのIフィールドも貫けますよ!」
アーシィは綺麗なピンクの髪を掻き上げると、自信満々に説明するメカニックに笑顔を返す。
マグナ・マーレイに始めて乗った時も、メカニックの男が饒舌に説明してたな……その後、マデア少佐が労いに来てくれたっけ……
アーシィはそんな事を考えながら、アネモ・ノートスのコクピットに収まった。
「大尉、アネモ・ノートスのシートはどうだ?」
「タシロ中佐……貴重な機体を使わせてもらう事になりました。でも、私が使っていいのでしょうか?」
アーシィの言葉に、タシロは軽く頷く。
「スーパーサイコ研究所の連中が、実戦データをとって来いと煩くてな……大尉には悪いが、サイコミュと武装のデータをとってきて貰いたいのだよ。私のクローン計画に合わせて、コイツの量産化も視野に入れているのでな……」
そこでタシロは、大きく溜息をついた。
「本来ならば私のザンスパインを援護する為の機体なんだが、あの自分勝手な男のせいで……それにスーパーサイコ研究所の付けるネーミングは、あまり好きではない……風神を捩った機体名など……な。ザンスカールには、ザンスカールに似合った機体名がある」
独り言のように呟いたタシロの言葉は、モビルスーツを整備する音に掻き消され、アーシィは首を傾げる。
「いや、気にしないでくれ。先行したアネモ・ボレアスは、長距離支援型のモビルスーツだ。大尉の機体と連携出来れば、大きな戦果を上げる事が出来る筈だ。頼むぞ!」
「了解しました。中佐、ハッチ閉めます! アネモ・ノートス、出撃準備ヨシ! いつでも行けるぞ!」
アーシィの声に、オペレーターが最終確認のチェックをしていく。
「大尉、出撃オーケーです! アネモ・ノートスは初めての実戦です! あまり無理しないで下さいね!」
「ありがとう……アネモ・ノートス、アーシィ・リレーン! 出るぞ!」
アネモ・ノートスは、その巨漢からは考えられない程のスピードでスクイード1から離れていった……
「タイタニア・リッテンフリッカ、調整完了しました! いつでも行けます!」
「はいよー、タシロの尻拭いってのが気に食わないケド、仕方ないか……今カイラスギリーが墜とされたら、マヂ笑えないし……」
長く伸びた綺麗な銀色の髪を結わえ直し、頭の頂点でお団子を作ったアルテミスは、座っていた椅子から立ち上がった。
「まぁ……奴みたいな、したたかな人間も必要だ。ここまで上手く事が運んでいるのも、奴の強行策が功を奏している部分が大きい。気に入らない奴ではあるがな……」
「んー……私、M字ハゲ嫌いなのよねーって、ヤバイヤバイ」
正面に立つズガンの頭皮を横目に見て笑いを堪えるアルテミスを、まるで気にせずに……ズガンは視線を窓の外に見えるカイラスギリーに移す。
「別に、お前に気に入られる必要はない。同じM字ハゲでも、お前と敵対してないだけマシってやつだ」
「もー、真面目に答えないでよー。大丈夫……そこまで後退してたら、潔くて好きだよ、私は!」
そう言ったアルテミスも、ズガンと同じ景色を見る。
「私達……木星で生きる人達の力を、地球圏の奴らに見せつけてやらないとね……」
「そうだな……その為のタイタニアとレシェフだ。地球圏の技術なんぞに劣らない力だ……」
スガンの言葉に少し笑うと、アルテミスはタイタニア・リッテンフリッカのコクピットに向けて歩き出す。
「じゃあ将軍、ちょっと行って来るよ! リガ・ミリティアを蹴散らして、ズガン艦隊ここにあり! ってのを見せつけてやるわっ!」
銀色の髪を靡かせて、アルテミスはタイタニアのコクピットに収まった……