「くそっ、どこの部隊だっ! 迎撃、急がせろ!」
「中佐、あれはザンスパインじゃないですか? 開発中の機体が、なんで飛び回ってるんです?」
スクイード1のブリッジで驚愕の表情を浮かべるタシロに、ピピニーデンが聞いた。
「知るかっ! 誰かが情報を漏らしたのか……何にしろ、開発途中だったザンスパインの……いや、ミノフスキー・ドライブの開発が出来る奴が関わっている筈だっ! だとしたら、かなり厄介なモビルスーツという事になる!」
「確かに……あのザンスパインに、完全なミノフスキー・ドライブ・ユニットが搭載されているのであれば……それを開発出来る程の人間が関わっているモビルスーツの性能が低い訳が無い……」
睨みつけるようにスクイード1のモニターを見つめるタシロは、険しい表情で歯軋りをする。
タシロが独自開発していたミノフスキー・ドライブ搭載機、ザンスパイン……
何故かミノフスキー・ドライブの開発が遅れ、完成の目処が立たない機体である。
その機体が、目の前で飛び回っている……タシロは不快感を露にした。
「そういう事だっ! ピピニーデン、貴様にも出てもらうぞ! それと、アネモ・ボレアスとアネモ・ノートスを準備させろ! 戻ったティーヴァに、鈴も付けておけよ!」
「サイコミュ搭載機とサイコミュ増幅装置の実験も行うんですか? まだ未完成の装置を付けたら、ティーヴァの精神が崩壊する恐れも……」
視線をピピニーデンへと移したタシロだが、その表情は厳しい。
「そんな事、言われなくても分かっている! だがな、あのザンスパインを模倣した機体……奴から、危険な雰囲気を感じる。ここで墜とすんだ!」
タシロは、座席の横に付いている机を強く叩いた。
明らかに苛ついているが、それ以外にも何かを隠したい……ザンスパイン計画に、知られたくない情報があるような気がする。
しかし、上官に逆らう訳にもいかない……ピピニーデンは、敬礼をしてからブリッジを出た。
「ちっ……黒のマグナ・マーレイもいる。私のザンスパインを掻っ攫ったのは、マデアか……つくづく、憎たらしい男だ……」
恨みの篭った口調で言葉を吐き出したタシロの眉間には、シワが寄る。
しかし、まぁ考えようだ……マデアの関与が裏付けられれば、マリア・カウンターを解体させられるだろう。
心を静める為に、タシロは大きな溜息をついた。
スクイード1の外は、たった2機のモビルスーツに翻弄されている戦場となっている。
1機は、ザンスパインの姿を模倣したモビルスーツ……マデアの操るザンスバイン。
そして、もう1機……仮面を被った男……リファリア・アースバリの駆るマグナ・マーレイ・ツヴァイ。
オールドタイプのリファリアでは、マグナ・マーレイのリフレクター・ビットは使えない。
その為に開発したのが、フレキシブル・バインダーに装備した2つのビームシールド。
フレキシブル・バインダーから着脱可能なビームシールドは、回転しながらモビルスーツの動きに合わせて自動追尾する。
側面からの攻撃は完全に防御し、接近戦ではビームサーベルで鍔迫り合いになった際に、自動で相手を攻撃する事も可能な優れ物だ。
そしてフレキシブル・バインダーに仕込んだ、もう1つの装備……ビーム・ウィング。
機体後方にしか展開出来ないが、フレキシブル・バインダーから伸びるビームをシールド状に展開し、フレキシブル・バインダーを動かす事で翼を羽ばたかせるように使える。
これにより、後方から迫る敵も一掃する事が可能だ。
更に、通常のマグナ・マーレイをリファリアがモデファイした為、全く別物の様な機体性能を見せる。
2機しかないモビルスーツで、多くの戦果を上げる為の工夫を凝らしていた。
「リファリア、敵の数が多い! ティンクル・ビットを使ってみる!」
「了解。それと、ミノフスキー・ドライブ・ユニットでの攻撃も試してくれ。データを取りたい」
サナリィでの激戦で呼吸器系に深刻なダメージを負ったリファリアは、人工呼吸が出来る装置を付けていなくては生きていけない。
その為、小型の人工呼吸器を取り付けた装置を仮面に取り付けている。
呼吸器を付けないと呼吸が出来ない程であり、どんな状況でも激しい言葉は使えない……しかし、その冷静そうに聞こえるこもった声が、マデアの心も落ち着かせていく。
「分かったよ。武器として使う為に、わざわざミノフスキー・ドライブ・ユニットを3つにしたんだったな。だが、切り札は戦艦を墜とす時に使わせてもらうさ」
ニュータイプであるマデアの操縦にストレスなく反応するザンスバイン……そんなモビルスーツに、ザンスカールの量産モビルスーツが相手になる筈もない。
ラングが……ゾロアットが……次々と破壊されていく。
忍び寄るリガ・ミリティアの部隊へ増援を送る余裕もなく、スクイード1の部隊はザンスバインとマグナ・マーレイ・ツヴァイへの対応に追われてしまう。
タシロが焦るのも、無理は無かった。
「くそっ! アモネ・ボレアスは、まだ出せんのかっ!」
「まだ調整段階の機体です! そんなに直ぐに出せませんよ!」
オペレーターの反応に、タシロのイライラが増す。
心を落ち着かせる溜息も、もはや焼石に水だ。
「中佐、随分と苦戦しているようだな……少し手助けしてやろう。我が無敵のズガン艦隊がな」
「くっ、中将の御手を煩わせる訳には……」
モニターに突然映ったムッターマ・ズガン中将の言葉に、タシロは自分の手の平に爪の跡が残る程に握りしめる。
「中佐の部隊は、リガ・ミリティアに集中しろ。あの謎の機体は、私の艦隊のみに配置されたレシェフが相手をしよう」
レシェフ……黄色いカラーリングの小型モビルスーツの名前であり、ズガン艦隊にのみ配備された試作モビルスーツである。
後にシャッコー、リグ・シャッコーに派生する機体であり、ズガンが個人的にサナリィの技術者に資金提供して造らせた高性能機……
そして、そのパイロット達は木星帰りの凄腕を集めていた。
ズガン艦隊が無敵である由縁……その一翼を担っているのが、レシェフ部隊である。
ズガン艦隊から放たれる砲火……そしてレシェフ部隊が、マデア達に迫っていた……