少し、時間を巻き戻そう……
リガ・ミリティアのビッグ・キャノン破壊作戦が開始された頃、ニコル達は宇宙引越公社のマスドライバーの下にいた。
「懐かしいな……また、ここから宇宙に上がるのか……」
宇宙引越公社……その巨大なマスドライバーを見上げ、ニコルは何も知らないで宇宙に飛び出した時の事を思い出す。
「あの時は……戦争の事なんて、何も知らなかったね……遠くの世界で起きている事で、私達には関係ないって……アルバイト感覚でレジスタンスに参加して、戦争の手伝いをしていた」
「ああ……だが、今は違う。戦争を通して色々な人達と出会い、色々な経験をした……身近な人達が亡くなったり、争ったり……平穏な生活をしていたら、絶対に経験出来なかった事だ。知りたくは無かったが、知ってしまったからには、その連鎖を止める……必ず戦争を終わらせてみせる!」
マイの言葉に頷いたニコルは、強く拳を握る。
大切な人が死んでいき、分かり合えた人達と争わなくていけない……何かが間違っている……その何かは分からないが、分かっているのは、戦争が終われば全て解決するという事。
「その為には、まずビッグ・キャノンってヤツを墜とさないとね。地球に射撃され続けたら、たまったモンじゃない……」
「それに、ミリティアン・ヴァヴも守らないと……皆の帰る場所が無くなったら、戦争を終わらせる前に、私達が終わっちゃうよ」
腕を組みながらニコル達と共にマスドライバーを眺めるペギーとマイは、宇宙での戦闘に不安を募らせていた。
ダブルバード・ガンダムにペギーのガンイージが援軍として向かっても、ビッグ・キャノンを守る部隊……カイラスギリー艦隊との戦力差は大きい。
「絶対に大丈夫……とは言えないけど、ダブルバードならやれるわ。後は、間に合うかだけね。もう戦闘が始まる頃だし……」
モビルスーツのシャトルへの搬入作業を終え、時計を見ながらミューラが戻って来る。
ダブルバード・ガンダムのスペックなら、局面を打開出来る……ミューラには自信があった。
ただ、間に合うのか……ミリティアン・ヴァヴが墜とされていたら、ダブルバード・ガンダムもガンイージも、敵の大軍の中に補給も出来ずに取り残される事になる。
「絶対に間に合わせる! タブルバードが完成して、これからなんだ。ここでミリティアン・ヴァヴが墜ちて、皆が死んじまったら何にもならない!」
「そうだね。ま、奴らの事だ……ボロボロになりながらでも、諦めずに戦ってる筈さ。そういう時は、決まって大丈夫なモンだろ」
ニコルもペギーも、そんな事は考えてもいない様子であり、ミューラの考えは杞憂に終わりそうだ。
自分達より、仲間を……世界の心配をしている。
だからこそ、必ず間に合わせたい……引越公社に無理な注文で出発を急がせている為、今後の関係にヒビが入るかもしれない……それでも、間に合わせなければいけない。
そこに、もう1人……質素な茶色のジャケットを着た男が、引越公社の建物から出て来た。
「行けるぞ! ニコル、ペギー、準備してくれ! ミューラ、キミも宇宙へ上がるんだな……私も、直ぐに追いかける。こんなところで終わる訳にはいかない」
「あなた……大丈夫。しっかりダブルバードの……ミノフスキー・ドライブのデータもとって戻るわ。ニコルとダブルバードなら、きっとやってくれる……」
ハンゲルグ・エヴィンはミューラの頭をそっと撫でると、その精悍な顔立ちを少し崩して笑顔を見せる。
「頼んだぞ! ニコル、ペギー、宇宙に上がったら、直ぐに戦闘になる。私達の希望を……守ってくれ。私は、この程度しか出来んが……」
「任せて下さい。今まで、散々迷惑をかけたんだ……誰一人、死なせない……」
搾り出すように言葉を発するニコルを、マイは後ろから抱きしめた。
「ニコル……私のせいで、ゴメンね。私が、ザンスカールに捕まらなければ……」
「マイのせいじゃないよ……いや、むしろマイのおかげでシャクティさんに会えた。地球にいたから、ダブルバードを早くに受け取れた……」
そんなニコルとマイを、ミューラは笑顔で見つめる。
2人を見てると、焦る気持ちが落ち着いてきた。
きっと大丈夫……きっと間に合う……
「ニコル、ダブルバードのサイコミュ強度は最高にしているわ。ミリティアン・ヴァヴの格納庫に放置されてるエボリューション・ファンネル、早い段階で使える筈よ。ただ、ニコルの負担は……」
「皆を守れるなら、なんでもいい! サンキュー、ミューラさん!」
宇宙引越公社の建物に走って入って行くニコルの後ろ姿を見て、ペギーが綺麗な金髪を掻き上げ溜息をついた。
「戦う前に、エネルギーを使うんじゃないよ! 私達が間に合ったって、倒されたら意味ないんだからね……」
「ふふ……ペギーとニコルがミリティアン・ヴァヴを守り、レジア達がビッグ・キャノンを叩く……リガ・ミリティアの最強戦力で……いえ、このメンバーで戦うんですもの……負ける気がしないわ」
普段は技術者の顔の事が多いミューラが笑顔で声をかけてきた為、ペギーも楽観的な気持ちになる。
「まぁ、そうね。ダブルバードにトライバード・アサルト。それに、アマネセル……それ以外は、量産型とはいえ全員がハイスペックのガンイージに乗ってる。負ける要素はゼロだな」
ペギーもミューラに笑顔を向けると、シャトルに向けて歩き出した。