艦長スフィアの視線の先に、閃光が伸びてくる様子を映し出すモニターがあった。
映画や士官学校時代にあった教材の中に、似たようなシーンがあった事を思い出す。
まさか、自分が同じ境遇になろうとは……覚悟はしていたが、いざその瞬間が訪れると、恐怖に支配される。
そして自分の部下達も同じ恐怖を味わっていると思うと、申し訳ない気持ちになった。
何もかもがスローモーションの映像のように、ゆっくりと時が過ぎる。
死ぬ……とは、こんな感じなのか……
艦橋がビームの直撃を受ければ、死は免れない。
光がモニターを覆いつくした瞬間、スフィアは瞳を閉じた。
ビッグ・キャノンに向かった仲間達に、心の中で詫びる。
なんの衝撃も無く、痛みも無い……
死とは、呆気ないものだな……
スフィアは、そう思いながら瞳を開ける。
死後の世界とは、どんな場所なのだろう……天国だとしたら、楽園のような場所なのだろうか?
しかし、スフィアの期待は大きく裏切られた。
まだ艦長席に座っており、地獄のような戦闘か続いている。
「何が起きた? ビームの直撃を受けた筈だっ!」
「なんだか、よく分かりません。でも、艦橋の前にIフィールドが発生し、被弾を免れました……」
ニーナも死を覚悟したのだろう……その声は、震えていた。
「よく分からないが……助かっても、やる事は1つしかない! 最優先する事は、この艦を生還させ、モビルスーツ隊の帰って来る場所を守る事だ! 弾幕を前方に集中させろっ!」
スフィアは叫び、再び立ち上がる。
「艦長! 今度は、敵のモビルスーツが近付いています! インコムを持ってる……新型ですっ!」
ミリティアン・ヴァヴの捉えた機影は、リグ・グリフ……
アーシィのクローンであるティーヴァ・グリフォンが、その機体を操っていた。
ニュータイプのクローンの為、その能力は当然高い。
戦艦の砲撃など当たる筈もなく、その動きを遮るモビルスーツもいない為、難無くミリティアン・ヴァヴに取り付いた。
「足止めすら……新型に弾幕を集中させろっ!」
「もう無理です! 左側面、直撃! 動き、止められませんっ!」
クルーの叫びが、艦橋に響き渡る。
「ブリッジにインコムによる攻撃……来ます!」
先程、ビームがIフィールドで止められたのを見ていたのだろう……艦橋にインコムを直接当てて、ミリティアン・ヴァヴを破壊するつもりだ。
ビームが直撃する方が、まだ良い……破壊された艦橋を想像すると、背中に寒気が走る。
「もう、いやーっ!」
目を腕で覆って、ニーナはコンソールに身体を投げ出した。
数分の間に、死の危険を2度も感じているのだ……普通の精神なら、おかしくなって当然である。
しかし……今回もブリッジは破壊されなかった。
ビームサーベルの様な物が、インコムに繋がるワイヤーを回転しながら斬り裂いていく。
「何が……何が起きているの?」
「ニーナっ! 泣くのは後……状況確認をするんだ! 何かが我々を守っている!」
スフィアが上げた大声にクルー全員が我に返り、それぞれ仕事を開始する。
何かに守られている……そう、クルー全員が感じていた。
だからこそ、まだ戦える。
「艦長! 新たな機影を確認……シグナルチェック……カリーン基地所属のガンイージ、味方機! ペギー機です!」
「カリーン基地所属? まさか……あのタイミングで、間に合わせてくれたのか……」
スフィアは溢れ出しそうになる涙を堪える為に、拳を強く握った。
「ペギー機の更に前方……もう1機のシグナルチェック……ライブラリ新規照合……ガンダム……ガンダムです! ダブルバード・ガンダム! ニコル機です!」
「艦長! モビルスーツ・デッキから報告! 格納庫は内側から破壊されたとの事……エボリューション・ファンネルが勝手に動き出したみたいです!」
ニーナやクルー達が、次々と報告をしてくる。
気付くと、ミリティアン・ヴァヴの周囲に次々と光球が作られていく。
「艦長! 皆、無事か? 悪い、遅くなっちまった……」
モビルアーマー形態からモビルスーツの形態へ戻ったダブルバード・ガンダムの手がミリティアン・ヴァヴのブリッジに触れ、ニコルの声が艦橋に直接伝わる。
「ニコル……よく来てくれたわ……そして、間に合わせてくれた……」
「もー! ニコル、遅いよぅ……本当に、死ぬかと思ったんだから……」
スフィアとニーナの声の後ろから……ブリッジから聞こえる歓喜の声が、ニコルを安堵させた。
「ごめんニーナ……艦長、ニコル・オレスケス、戦線に復帰します! 自分勝手な行動……申し訳ありませんでした!」
「ニコル……本当は、厳罰しなきゃいけないんでしょうけど……ここは軍隊でもないし、今はニコルの力が必要だから……でも、命令します! ザンスカールのモビルスーツを殲滅し、ビッグ・キャノンを叩きなさい! それで、今回の件は不問にします!」
スフィアの少し震えた……それでも毅然とした声を聞いて、ニコルは少し笑ってしまう。
「艦長……了解しました! マイをミリティアン・ヴァヴで保護して下さい。そろそろ行かないと、ペギーさんに怒られそうだ……」
荒っぽくラングを破壊したペギーのガンイージの動きは、確かに怒っているようにも見える。
「ニコル……少しだけ大人になったのね……新しいガンダムの力、期待させてもらうわよ!」
「こんだけ待たされんだから、半端な戦いしたら承知しないからね! 皆を無事に、ミリティアン・ヴァヴに連れ帰ってよ!」
スフィアとニーナの言葉は、どれだけ自分が期待されていたかをニコルに認識させた。
だからこその、罪悪感と覚悟……
「了解、ニーナさん! レジアさんの両親や、リガ・ミリティアの人達が命懸けで繋いでくれた最後のバトン……ダブルバード・ガンダムは、伊達じゃないっ!」
ノーマルスーツを着たマイをミリティアン・ヴァヴの方へ優しく押し出したニコルは、コクピットで叫んだ。
お肌の触れ合い回線でミリティアン・ヴァヴのクルー達は皆、ニコルの叫びを聞き、全てのクルーの顔は紅潮していく。
エボリューション・ファンネルに囲まれながら宙に舞ったダブルバード・ガンダムの勇姿は、本当に救世主のように見えていた。
そして肩甲骨の辺りから飛び出しているパーツに、フィン・ファンネルのような形状の長細いファンネル……エボリューション・ファンネルが突き刺さっていく。
その姿は、Hi-νガンダムを彷彿とさせる。
「なるほど……サナリィの技術を盛り込んだモビルスーツをアナハイムが作ると……こうなるか」
地球に落ちる寸前のアクシズを止めた伝説のモビルスーツ……その機体を模倣したようなモビルスーツが目の前に現れれば、期待もしてしまう。
「さぁ行くぞ、ダブルバード。まずは、ミリティアン・ヴァヴに取り付くモビルスーツを排除する!」
ダブルバード・ガンダムのデュアル・アイが輝き、バーニアに火が燈った。