機動戦士ガンダム ダブルバード   作:くろぷり

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シャクティの帰還

 バルセロナの町は、悲惨な状態だった。

 

 何度も襲ってくる津波に逃げ道も無く、家は……人々は、波に飲まれていったのだろう……

 

 先程まで食事をしていたマイの家は跡形も無く、両親の姿もなかった。

 

「分かってはいたけど……現実を突き付けられると、結構キツイぜ……」

 

 ニコルは握り拳を作り、その身体は震えている。

 

 逃げているかもしれない……淡い期待を胸に、ダブルバード・ガンダムでバルセロナの町まで来たニコル達は、そこで絶望の光景を目にした。

 

 綺麗な町並みは無惨にも崩され、人っ子一人動いていない。

 

「ニコル……残念だが、これでは、生き残りはいなそうだ。しかし宇宙からのビームで、これだけの威力だ。これ以上、撃たせてはいかんな……」

 

「くそっ! レジア達は何をやってたんだ! こんなヤバイ高出力ビームを簡単に撃たせやがって……ちくしょう!」

 

 ニコルは、落ちていた瓦礫の一つを蹴飛ばした。

 

「ニコル……気持ちは分かるケド……」

 

 落ち着いて……そう言おうとして、マイは言葉を飲み込んだ。

 

 ニコルの言葉は、レジア達に向けられた訳じゃない……寧ろ、ニコル自身に向けられていると分かったからである。

 

 そう……自分がリガ・ミリティアに合流していれば、回避出来たかもしれない現実……

 

 後悔と苦悩……ニコルの表情は複雑だった。

 

「起こっちまったモンは仕方ねぇ……次に起こさないようにする事が大切だ。その為に、宇宙へ上がるんだろ?」

 

 ボイズンの言葉に、ニコルは頷く。

 

「じゃあ、行こうぜ。その娘をカサレリアに送り届けてから、カリーン基地へ向かうぞ! ミューラさんと、連邦のガルドって奴も来てるしな。ダブルバードの最終調整も、しなきゃならん 」

 

 ボイズンはニコルの肩を叩き、そしてアシリアを抱えたマイを見る。

 

 自分の両親が行方不明であるのに、冷静なその姿に違和感を覚えた。

 

「私……やっぱり、おかしいですよね? 両親が亡くなったかもしれないのに……涙の一つも出ない。人を愛せないって、こんなに辛いんだ……」

 

 怪訝そうに見つめてくるボイズンの視線に気付き、マイは苦悩の表情を見せる。

 

「いや……スマン。人を愛する感情が無くなったとは聞いていたが……実際、よく分からなくてな。だが、ザンスカールが何を考えてるか分からねぇが、こんな事をして良い訳がねぇ! だからこそ、俺達が潰さねぇとな!」

 

 マイの顔とバルセロナの崩壊した町並みを交互に見たボイズンは、叫びながらニコルの背中を叩く。

 

「痛ぇな! けど、ボイズンさんの言う通りだ。ザンスカールが何を考えていようが、こんな事を許しておく訳にはいかない! オレとダブルバードと……リガ・ミリティアの皆で、ザンスカールの野望を食い止める!」

 

 ニコルは叫ぶと、バルセロナの町を見ないようにダブルバード・ガンダムのコクピットに滑り込んだ。

 

 

「シャクティ! どうしたの?」

 

 帽子のバイザーを背中側に回したオカッパ頭の少年が、アシリアを抱えたマイの側に叫びながら寄って来た。

 

「気を失ってしまってるだけで、大丈夫よ。キミは、シャクティちゃんのお友達かな?」 

 

 オカッパ頭の少年……ウッソ・エヴィンに、マイは優しく話かける。

 

 バルセロナを離れ、カサレリア近郊の林にダブルバード・ガンダムを隠したニコル達は、気を失ったままのシャクティを抱えて歩く。

 

 そこで、ウッソ少年に出会った。

 

「ええ……ご飯を作ってくれたり、遊んだりしてます。あなた達は、シャクティのご両親ですか?」

 

「違うわ。ご両親に頼まれて、シャクティちゃんをカサレリアに連れて来たの……そうだ、シャクティちゃんの両親に頼まれてた事があるんだけど……お願いできるかしら?」

 

 マイは、警戒心を崩さないウッソに……子供なのにシャクティを守ろうとしている姿に、この少年は信用出来ると感じる。

 

 ポケットからヤナギランの種を取り出したマイは、その種をウッソに握らせた。

 

「このヤナギランの種は、シャクティちゃんとシャクティちゃんの両親を繋げる物なの。シャクティちゃんの意識が戻ったら、渡してもらえないかしら? 自分の身が危険な時に、この種を植えたら必ず助けに来る。もしご両親が助けに来れなくても、このお兄ちゃんが助けに来るから」

 

 そう言うと、マイはニコルの方を向いてウィンクする。

 

 ニコルは軽く溜息をつくとウッソに近付き、そして少年の視線に合わせるように腰を落とす。

 

「少年、女の子を守るのは男の仕事だ。オレは幼なじみの心を守れなかった……だが、君なら大丈夫そうだ。その瞳を見れば分かる……けど、どうしても助けられない時は、オレが助けに来る。約束だ!」

 

 ニコルが差し出した小指に、ウッソが小指を絡める。

 

 自分を一人の男として見てくれた人に……どこか波長の合う童顔の男に、ウッソは何故か波長が合う感じがした。

 

 約束を交わした小指が離れると、ニコルはダブルバード・ガンダムに向けて歩き出す。

 

「じゃあね、少年クン! シャクティちゃんをヨロシクねっ!」

 

 シャクティの身をウッソに預けたマイは、ウィンクをしてからニコルの後を追うように歩き出した。

 

 マイを見送るウッソ少年の頬は、少し赤らんでいた……


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