ニコルが不思議な空間に身を委ねていた時、マイとアシリアもシャクティが生み出す空間に入り込んでいた。
「ここは? 浮いているような感じがするけど……アシリアちゃん、大丈夫?」
「はい……私は大丈夫です。不思議な感じですけど、怖くない……」
妙に大人びた言い方にマイは少し戸惑いながら、その不思議な空間に身を任せる。
アシリアの言う通り、恐怖と言うよりは人の温もりのような心地良さが感じられた。
「アシリア様……マイ……私の声が届いているかしら?」
「シャクティさん? でも、何処から話しているの?」
心に響くように聞こえるシャクティの声に、マイは嫌な予感がして周囲に視線を散らす。
「マイ……私は大丈夫です。でも私は、この先アシリア様を守る事が出来ない。だから、アシリア様をカサレリアに送り届けて……」
「何を言ってるの? シャクティさん、一緒に行きましょう! 私達は自力で戦闘区域を脱出するから、シャクティさんは離脱して! 後で皆で合流しようよ!」
視線の先に、陽炎のように見えるシャクティの姿が瞳に映る。
「マイ……アシリア様をお願い……そして、ニコルも……あなたの心が失われた事を、自分の責任だと責めているわ。でもね、ニコルは大きな事を成せる力を持って産まれてしまった……そして、力を証明してしまった……どんなに逃げても、その力を利用しようとする者が現れる。だから、あなたが側で支えてあげて。ニコルが正しい道を歩けるように……」
「そんな……それこそ、心を失った……人を愛する事が出来ない心で、ニコルを支えるなんて出来ない……1番大好きな人の事を想っても、何の感情も出ない心で、人を支えるなんて……」
マイはレジアの声を聞いても、その姿を思い出しても、何の感情も湧きでない自分の心が嫌になっていた。
そんなマイの心を掴むように、シャクティの心がマイを抱きしめる。
「心が失われても、マイは優しいわ……それが、あなたの本質だから。ザンスカール帝国が計画している、天使の輪計画……あなたのように、人の心を奪って、争いを無くす……でもね、人の本質は変わらないわ。どんなに心を奪っても……ね。マイ……アシリア様をお願い! あなたのような人を増やさない為にも……」
マイの心に、シャクティの声が突き刺さった。
心を失ったのに、優しい?
そうか……心は無くても、頭の奥底では本質を理解している。
そう思うと、マイは気持ちが軽くなった気がした。
「アシリア様……私は、もうアシリア様とは歩めない。でも、遠い空の上から、ずっと見守っています。だから……記憶を奪う事をお許し下さい。でも、いつかきっと思い出す。そして、辛い運命に立ち向かわなければならない……それまでに、強い心を……そして、私の名前を使い続けて下さい。きっと、アシリア様の力になりますから……」
その時、アシリアの頭に強い衝撃が走り、思わず膝を付く。
「シャクティさん! 一体……何を?」
「マイ……これからは、アシリア様の事をシャクティと呼んで……これまでは、偽名だと気付いてたかもしれない。でも、アシリア様の過去の記憶は曖昧になる筈……マイ、アシリア様をお願いね」
そして、マイとアシリアも突然に現実の世界に戻された。
ガアアァァァァァァン!
その直後、耳を劈く程の破壊音が耳に流れ込む。
それと同時に、心を鷲掴みにされたような、嫌な鼓動が脈を打つ。
3人の視線が、その音が響いた地点に集まった。
シャクティの乗るウェーブ・ライダーの機首がゾロに突き刺さっている。
それだけなら、まだ大丈夫……
「シャクティさん! 脱出してくれっ! まだ逃げれる!」
ニコルの悲鳴に近い声も、シャクティには当然届かない。
ゾロの部隊は、驚異的な動きを見せるゼータガンダム・リファインに恐怖を感じていた。
フラフラと降下する戦闘機には目をくれず、ゾロに突き刺さり動かなくなったウェーブ・ライダーを取り囲む。
「くたばれ! この旧式モビルスーツがっ!」
ビームローターの高速回転するプロペラが、ウェーブ・ライダーのコクピットに迫る。
「もう……もう、やめてー!」
アシリアは、涙を流しながら叫んだ。
そして、ビームローターがコクピットを破壊し始めた時、アシリアは気を失い、糸の切れた人形のように力無く地面に倒れる。
「シャクティさん! どうして脱出しなかった! どうして……」
泣き崩れたニコルの傍らに、戦闘機が着陸した……