「おい、その娘をこちらに引き渡せ。別に、取って食おうって訳じゃあない。我々の要人の娘の可能性があるからな」
黄色のジャケット……イエロージャケットのベスパの兵が、片腕で褐色の少女を守るように立つシャクティに迫る。
目は包帯で隠されて見えないはずなのに、シャクティはベスパの兵を睨んでるかのような威圧感を放っていた。
「それに、その娘は不法居住者の可能性がある。放っておく訳にもいかないのだよ」
2人のベスパ兵が前進する度に、同じ程度後ろに下がるシャクティ達。
「あなた方は、ザンスカールの兵士がでしょう??不法居住者を取り締まるのは、地球連邦政府の仕事です。あなた方には、その権利は無いはず」
「やれやれ……我々としては事を大きくしたくないし、誰も傷つけたく無いんですがね……しかし協力して頂けないなら、力尽くになってしまうが??」
2人のベスパ兵は拳銃を取り出して、少しずつシャクティ達との距離を詰める。
「おいおい、大人の男が女性2人を追い詰めるって……3流の悪役みたいだな。しかも銃って……アンタら、なんかダセーぞ」
シャクティが声のした方を向くと、全力で丘を駆け上がって来たであろうニコルが、2人のベスパ兵を睨みながら立っていた。
「なんだ、小僧??こっちは職務中だ。ダサかろうが何だろうが、大切な仕事なんでね」
2人のベスパ兵は一瞬だけニコルの方を向いたが、気にする素振りもなくシャクティ達との距離を詰めていく。
「くそっ、面倒臭いなぁ……おっさん達、女性に銃を向けて子供をラチってく仕事に誇り持ってるのか??オレの知ってるザンスカールの軍人さんは、自分の正義の為に戦っていた。あんた達、職務って言ってたケド、本当に正しい事してるって言えんのかよ??」
マデアの戦いを思い出しながら話すニコルを、まるでゴミでも見るかのような視線を浴びせたベスパ兵は、不敵に笑う。
「小僧、貴様が知っているザンスカール兵が誰かは知らんが、我々はエリートの証であるイエロージャケットを纏い、首相の特命を得て行動している。その辺の雑魚兵と一緒にするなよ」
そう言うと、再びシャクティ達にベスパのイエロージャケットが迫る。
銃口を向けられて怯える褐色の少女とシャクティに、ニコルは安心させるようにウィンクをしてから、ベスパ兵の意識を自分に向けるように地面を蹴った。
「本当に面倒臭いな……オレの知ってるザンスカール兵は、雑魚じゃねぇ!!それに悪いけど、怖がっている女性を守るのは男の義務なんでね……なんちゃって!!」
そう言うと、ニコルは突然走り出す……と同時に、ニコルの向かう方角から飛行機が浮上してくるような音が聞こえ始める。
「おい……なんだ、この音は??」
「ちっ、嫌な予感がするな……簡単な任務だった筈なのに……」
舌打ちする2人のベスパ兵から先程までの不敵な笑みは消え、険しい表情になっていた。
「とりあえず、アシリアの確保が最優先だ。そっちの女は殺しても構わん!!」
「させないっ!!何が何でも、この娘だけはっ!!」
シャクティはその小さな身体に覆いかぶさる様に、アシリアの身体をベスパ兵から隠す。
「四肢を撃って、アシリアから引き剥がせ!!もう時間が無い!!」
ダダダダダダダッ!!
機関銃の銃声のような乾いた音が周囲に響き、土煙が舞い上がる。
その土煙が薄れていくと、白と青のカラーリングが美しい戦闘機が姿を現した。
ウェーブ・ライダーに乗り込んだニコルが、バルカンをベスパ兵とシャクティ達の間に撃ち込んで、ベスパのイエロージャケットの動きを封じたのだ。
「最悪だ!!まさか、戦闘機を隠し持っていたとは……これでは、時間がかかり過ぎる!!」
「だが、戦闘機1機だ……こちらもモビルスーツを出せば……」
身動き出来ないベスパ兵達に、旋回したウェーブ・ライダーが再び迫る。
「とっとと、どっか行けよ!!命までは取らないからさっ!!」
「ってニコル、なんか悪役みたいだよ……」
全天周囲モニター上に座っているマイが、ニコルに声をかけた。
先程、ウェーブ・ライダーをニコルの元に届けたのはマイである。
リガ・ミリティアと行動を共にし、ニコルやレジアにモビルスーツの操縦を習っていたマイは、戦闘しなければモビルスーツを動かせる程度の腕を持っていた。
「くそっ、女。しばらく、この丘の上から離れるな!!」
焦るかのように発したベスパ兵のその言葉を聞いた瞬間、シャクティは不吉な何かを感じとる。
「宇宙(そら)から……何か……落ちて……来る……」
シャクティは、見えない瞳で宇宙(そら)を仰いでいた……