シャクティとの出会い
「青くなってきた…………地球に戻って来たんだな…………」
ヘルメットを外し、頭を振って纏わり付く汗を飛ばす。
全天周囲モニターが空と海の青を映しだし、ニコル達は地球に戻った事を実感する。
「大気圏突入って、思ってたより怖いんだね…………まるで、火の海に飛び込んだみたいだった…………」
マイも、額に付いた汗を拭う。
機体の中の温度上昇もそうだが、恐怖と緊張から2人とも大量の汗をかいていた。
「でも…………無事で良かった。問題は、ここがドコかだよな…………勝手に地球に入ったら、連邦軍に捕まっちまう。エルネスティさんの名前とか出したら、迷惑かけるしな…………」
ニコルはモニターで位置情報を見ながら、ウェーブライダーが降りれそうな場所を探す。
地球連邦軍に見つからず、モビルスーツで降りても不審に思われない場所…………
「ねぇ、ニコル。インドの近くなら、カーシーに降りてみたら??宇宙移民者の巡礼客も多くいるし、あまり怪しまれないんじゃない??この形態なら、モビルスーツには見えないし………」
カーシーとは、インド大陸北部に位置するガンジス川沿いの都市である。
宗教上での重要な寺院もあり、巡礼客も多く賑いを見せる都市だ。
居住禁止の地域でもあり、よそ者がいても不審に思われない。
「カーシーか……………雰囲気は、あまり好きじゃないんだよな…………確かに、旅行客に見せれなくもなさそうだけど…………」
マイはアジア出身であり、インド方面の地理にも詳しい。
以前ニコルは、マイからカーシーの写真や映像を見せてもらった事がある。
文明というのは、この地域では止まってしまったかのような場所で、建物も服も食事も質素であった。
「ニコルは、あまり気に入ってなかったよね。でも、私は結構好きなんだよね。昔ながらの生活が残っている感じがして………」
「分かった。とりあえず、近くの森の中にでもゼータを隠しておこう。カーシーの近くなら、移動手段もありそうだし」
ニコルはガンジス川を視界に捉えると、その川に沿ってウェーブライダーを移動させる。
「この辺りなら、隠せそうだな………マイ、少し歩く事になると思うケド…………」
「うん、大丈夫。なんか、この辺りって穏やかだよね。今まで戦争やっていたなんて…………嘘みたい…………」
ウェーブライダーを着地させてキャノピーを開くと、小鳥のさえずりが耳に飛び込んだ。
ガンジス川のせせらぎも聞こえ、木の間からは木漏れ日が漏れる。
マイの言う通り、宇宙で…………地球の近くで戦争をしていたのが信じられない程、穏やかな空間が広がっていた。
「貴方達は、そこで何をなさっているのです??」
突然、森の奥の方から声が聞こえ、ニコルとマイは身体を固くする。
しかし、森の奥から出て来た人物を見て、ニコルとマイは安堵した。
その人物は褐色の肌を持つ女性であり、その優しそうな顔立ちは、およそ軍人には見えない……………そして質素な恰好をしていたし、何より両目が包帯の様な物で隠され、右腕が無い。
「私達は、これからカーシーに巡礼に行こうと思っているのです。でも、道に迷っちゃって…………」
マイの言葉に、その女性の顔がほころぶ。
「そうですか…………男性の方も、カーシーに??」
「ああ…………はい!!オレもカーシーに用があって………って、アレ??オレの事、見えているんですか??」
明らかに視界を遮っているであろう物を身につけているにも関わらず、声を発していなかった自分が男だと見抜かれた事に、ニコルは驚いた。
「私には、何と無くですが分かるのです。お2人とも、心が壊れそう…………女性の方は、失った心を取り戻せないような…………男性の方は、戦う事への疑問が…………」
突然、心を見透かされたような言葉に、ニコルとマイは顔を見合せる。
「ゴメンなさい。今日ここに、私にとっての希望が現れるって分かっていたんです。間違った道を正す、最初の光になる人物に会えると…………」
その女性の言葉を聞きながら、ニコルとマイは後退りを始めた。
初対面で、訳の分からない言葉を並べる不可解な女性に危機感を感じ始めている。
「なぁ…………なんか、ヤベー奴に絡まれたぞ…………サイキッカーかも知れないケド、頭がチョイと…………」
「そうね………失礼だけど、私も少しそう思う…………隙を見て、逃げようか??目は見えてなさそうだし、運動神経は悪そうだし…………」
ニコルとマイは、小声で話ながら逃げるタイミングを伺う。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私の名前はシャクティ・カッリアラ。今は、娘の成長を見守りながら、カーシーで生活しています」
その名前を聞いて、逃げようとしていたニコルの足が止まる。
「シャクティ…………さん??それって、マデアさんの幼なじみの??」
「マデア……………懐かしい名前…………そう、マデアが貴方を私の元へ導いてくれたのね…………」
懐かしさを噛み締めるシャクティを見て、ニコルは首を捻った。
「マデアさんは…………幼なじみは死んだって…………アーシィさんの家で言っていたんだが…………無事だったって事ですか??」
「そう…………あの状況なら、死んだと思われても仕方ないね…………あの日、私は光と右腕を失った。でも、命だけは助けられたの………」
シャクティは、その時の話をしながらカーシーに向けて歩き始める。
話を聞きながらシャクティと歩いて行くニコルの後を、マイは追いかける事しか出来なかった…………