「女王、ブリッジから離れてしまっては、困りますな。まだ戦闘中であるし、地球を背にしております。我々に敗北はありませんが、衝撃で怪我をしてしまうかもしれません」
スクイード1の通路で、女王マリアはタシロと鉢合わせた。
タシロの隣にいる兵は、傷付いたパイロットを抱えている。
「何故、負傷兵を抱えているのです。直ぐに医療班に引き渡しなさい」
マリアは傷の程度を確認しようとして負傷兵を覗き込むと、心臓を鷲掴みにされたように痛んだ。
「アーシィ……………さん??」
「女王、安心して下さい。彼女はアーシィ大尉のクローンです。我々はグリフォン・タイプと読んでいます。それに、彼女はもう死んでおります。その死を無駄にしない為に、これからデータの収集をする所ですよ」
動揺するマリアの肩を抱きながら、タシロは薄い笑いを見せる。
「アーシィ・ベースのクローンか…………で、そのクローンを作る為に、どれだけの犠牲をだしたんだい??」
マリアの肩を抱くタシロの背後から、タシロにとってはストレスの種である男の声が聞こえた。
「貴様…………ブリッジで待機していろと言っておいただろ!!」
「さて…………勝手に見ていろとは言われたが、ブリッジで待機なんて言われてないぜ??タシロ中佐ボケ……………大丈夫か??」
ボケたか??
と、思わず口走りそうになったマデアは、慌てて言葉を修正する。
「言い直すとは、なかなか殊勝な事だな。まぁいい、貴様の相手をしていては疲れるだけだ」
タシロはマデアを無視して、マリアを連れてブリッジに戻ろうとした。
「おい中佐、そのクローンを造るのに、どれだけの犠牲を出したか聞いたんだ。随分な数のサイキッカーの遺体があったそうだが??」
「サイキッカーの??マデア、それは本当なのですか??」
マデアからニコルが集めたデータが入っているメモリーチップを受けとると、マリアはタシロから離れる。
「ああ、証拠も掴んでいる。クローンの実験に、サイキッカーを犠牲にする程の事があるとは思えない。中佐、一体何の実験をしているんだ??」
そして、小型のメモリーチップ再生用端末を受け取ったマリアは、そのデータを見た瞬間に目を見開いて驚いた。
そのデータを見たマデアとマリアから送られる鋭い視線に、タシロは動じる事なく薄ら笑いを浮かべていた。
「サイキッカーの犠牲は、我々が成そうとしている事の前では些細な事に過ぎない。天使の輪計画、貴様も聞いた事があるだろう??」
「些細な事だと??その天使の輪計画で、サイキッカー達は重要な任務がある筈だ。女王の考えを拡散させるという、大切な任務が!!その数を、貴様の自分勝手な実験で減らしていい訳が無い!!」
タシロの浮かべる涼しい顔に、マデアは苛立ちが込み上げる。
「天使の輪計画は、マリアの考えを拡散させるだけではない。人類から闘争心を奪わなければ意味が無い。人から感情を奪う実験をしなければ、この計画は意味の無いモノになってしまう。そして、奪った感情をクローンに定着させる実験を同時に行う事で、闘争心を奪った後の人類に平和な心を…………母なるものを大切にするという思想を定着させる為にも、大切な実験だ」
「いや…………そこまでする必要は無いだろ!!天使の輪計画のキモであるエンジェル・ハイロゥの完成の為に時間を稼ぐ必要はあるが、実験する時間は充分にある筈だ。何故、そこまで急ぐ??」
のちにエンジェル・ハイロゥは完成するが、それはまだ先の話…………
この段階で、死者まで出して実験を急ぐ必要は無いように感じる。
「でもマデア…………思い出して…………私達が地球に…………アシリアを地球に降ろした時…………私達の友人であるシャクティに、地球の人達が行った仕打ちを………私は、忘れられない。地球の人達から闘争心を奪い、平和な心を持たせる事は、とても大切な事…………あの悲劇を繰り返さない為にも…………」
マリアはマデアにしか聞こえなように、耳元で囁くように声を出す。
「それは………ただ、ここでサイキッカー達を犠牲にして実験をしていたら…………それを黙認してしまっては、我々は地球の人間達と同じになってしまう…………」
「そうだけど…………ニコルの幼なじみは、感情を吸い取られても普通の人と変わらない。これを応用出来れば…………」
マリアの言葉に、マデアは唇を噛み締める。
マリアを丸め込まれては、何も言えなくなってしまう。
そしてタシロの話は、女王の…………マリアの心を揺さぶるには充分な話である事を、マデアは理解してしまった。
そう…………人を愛する感情を奪われたとされるニコルの幼なじみのマイは、その感情が失われた事が分からない程に普通なのだ。
この実験が成功すれば、人類は闘争心や人と争う気持ちを無くすだけで、他は人としての感情を保つ事が出来る。
マリアは、そう考えているのであろう。
タシロの手の上で踊らされている…………マデアには、状況が悪い方に流れているという焦りが込み上げてきていた……………