「彼女か??リガ・ミリティアの脱出艇に乗っていた女性というのは??」
タシロは腕を後ろで組ながら、座らされてるマイを見下ろすように見つめる。
「あの…………私、リガ・ミリティアに参加している訳じゃなくて、保護されてたんですけど、手違いで脱出艇に乗っちゃったみたいで…………」
マイの記憶は、プロシュエールに襲われた時から途切れていた。
気付いたら、ザンスカールの戦艦の中で縛られている。
(結局、あれからどうなったんだろ??ザンスカールの戦艦にいるって事は、プロシュエールの脱出は成功しちゃったのかな??)
マイは考えるが、気を失っていた時の事など考えたところで思い出せる筈もない。
「そうは言っても、はいそうですかと納得出来る程、我々の関係は良好ではない。少なくとも、君はザンスカールの軍人ではなく、リガ・ミリティアの戦艦から出てきた。色々と疑わなくてはいけない」
タシロの横にいたオカッパ頭の士官風の男が、プロシュエールの事など知らないかのように言う。
アルビオ・ピピニーデン中尉。
士官学校を優秀な成績で卒業し、現在はタシロ艦隊で学んでいる。
そのピピニーデンの言葉を分析するに、プロシュエールは脱出艇には一緒に乗っていなかったのだろう。
プロシュエールがいれば、マイの素性など相手に知られている筈だからだ。
「ふむ…………まぁ、こうして見ると、ただの可愛らしい女にしか見えんな…………ところで君は、恋をしているかね??」
「はにゃ??突然何ですか??今の状況と、何か関係が…………??」
当然リガ・ミリティアの機密とかを聞かれると思っていたマイは、素っ頓狂な声を上げてしまい頬を赤くした。
「中佐…………まさか彼女を使うんですか??」
「仮にリガ・ミリティアの関係者だとしても、こんな小娘が重要な機密を持っている訳もない。それより、このぐらいの歳の女なら、恋の1つや2つしているだろ??その感情を、ベースのクローンに送り込む。恋やら愛の力というのは、無意識に力が湧くモノだからな…………」
ピピニーデンの言葉にタシロは頷くと、マイの尋問を中断して、別室に連れて行く。
薄暗い部屋には、大きくてリクライニングする機械仕掛けの椅子があり、頭上にも怪しげな機械が天井からぶら下がっている。
「あの…………何をするんですか??」
「別に大した事じゃない。君はあの椅子に座って、目を閉じているだけでいい。寝ていれば、一瞬で終わるよ」
怯えるマイを強制的に椅子に座らせると、椅子に取り付けてある機械をタシロは起動した。
天井からぶら下がっている機械がマイの頭を覆い、奇妙な音を起てながら動き始める。
「いやああぁぁぁぁ!!」
薄ぐらい部屋の中に、不気味な赤い光が流れていく。
赤い光が点滅する度に、マイは意識が飛びそうになる。
暴れて逃げようとするが、身体を縛られている上に椅子にもしっかり固定されている為、どうにもならなかった。
意識が遠退いたり近付いたりする意識の中で、マイはレジアの事を強く想う。
必ず助けに来てくれる事を信じ、意識が飛びそうになるのを、レジアの事を考えて必死に堪えた。
その様子をみて、タシロはほくそ笑む。
「どうだ??データ的には良好のようだが…………」
「良さそうですね。グリフォン・タイプのクローンは自尊心が強いですから、恋愛の感情を入れる事で多少安定もするでしょう」
ピピニーデンはデータを見ながら、タシロの言葉に同意した。
タシロは満足気に頷くと、歯を食いしばって堪えるマイの姿を下卑た笑みで見つめる。
「流石にザンスカールの国民を拉致して実験したら、女王に何を言われるか分からないからな。母なる者を守るだったか…………くだらない思想だよ、まったく。女性を言いなりにすれば、我々が罰される。しかし、リガ・ミリティアの女であれば、どう扱おうが構わんだろ??しかし、女が苦しむ姿というのは、なんとも……………」
余りにいやらしい笑みに、ピピニーデンは流石に顔を背けたくなったが、グッと堪えた。
タシロやピピニーデンの話しは、マイにも届く範囲で行われている。
しかし、マイは嫌悪感を起こす余裕すら無くなっていた。
大切な感情が、何かに引っ張られて吸い取られていく感覚…………
綱引きのように、必死に自分の方へ戻そうとするが、相手の力が強過ぎる…………
マイの瞳から、自然と涙が流れた。
レジアの笑顔や言葉を忘れる訳ではない。
思い出しても、何の感情も湧かなくなってきているのだ。
その恐怖が…………好きな人を好きと思えなくなる感覚が、とてつもなく恐怖に感じる。
「レジア…………お願い…………早く……………早く来て…………」
必死にレジアの事を想い、感情を繋ぎ留めようとする………しかし、マイの人を好きになる感情は、少しずつ失われていた…………