IS ─∀Turns   作:VANILA

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僕は千冬さんと真耶さんのお陰でここ、IS学園に入学することが出来た。

女としての入学だけどそれよりも。

二人が僕に親切にしてくれたことが、何よりも嬉しかった。


第三話「衝突!意地っ張りセシリア」

「はぁ……。さっきの授業は助かったよ、ローラ」

 

 

「いえ、構いませんよ。ISの授業は難しいですもんね」

 

 

 

三限目の授業が終わった後の休み時間、一夏とローラもとい、ロランは隣の席同士で会話を楽しんでいた。

 

 

 

「いやぁ、それにしても危なかった……。ローラが隣で答えを教えてくれなきゃ、クラスの目の前で赤っ恥をかくところだったよ」

 

 

「フフフ……。山田先生に一夏が指名されたら、顔を青ざめさせてたので何事かと思いましたよ」

 

 

 

実は先程まで、要は一限目から三限目までの授業中、一夏は授業内容がほとんど理解できず、何がなんだか分からなかった。

 

だが、誤解してはいけない。これは一夏が勉強をサボっていたせいで、授業が理解出来なかったのではないのだ。

 

では何故か?それは、IS学園の特異性によるものだった。

 

IS学園ではISというものへの理解をより深める為、そんじょそこらの高校よりも、授業内容が遥かに難しい。

 

何せISの授業では、高校三年生が工学の授業で習うような内容が、一年の授業にさも当たり前のように出てくるのだ。

 

そんな学校に、愛越学園という学力がそこそこの私立高校に入学しようとしていた一夏が、急にそんなISの授業を受けたところで理解なんて出来るはずがない。

 

無論、彼も軟禁されていたこの一ヶ月半を、ただ何もせずに過ごしていた訳ではない。

 

彼の姉である千冬から渡された、電話帳と見間違えるほどに分厚い参考書を使って、彼なりに必死で勉強していた。

 

分厚いだけあって覚えるべき内容も膨大で終わりが見えず、「もうこれ電話帳と間違えたことにして、捨てちまおうかな……」と鬱っぽい気分になったりもしたが、それでも踏ん張ってひたすら勉強し続けた。

 

だが、一ヶ月半で高校三年間の授業を完璧にしてこいと言われても、無理だ。少なくとも、一夏には無理だ。

 

直ぐに勉強につまずき、ようやく二年生の内容を終えたら入学の日になっていて、予習が不完全な状態で入学してしまったのだ。

 

しかも、二年生の内容を覚えたから多少は理解できるとふんでいたのに、いざ授業を受けるとほとんどが一夏の勉強してない三年生の内容ばかりで、もうたまったものじゃない。

 

しかも女尊男卑という風潮がこのクラスの内にも広がっている以上、下手に授業内容が理解できないとクラスの前で公言してしまえば、一夏の印象がかなり悪くなってしまいかねない。

 

そこで授業中は生徒や先生に脂汗の流れる顔を見られて、「あ、こいつ授業内容を理解してないな」と察される事がないよう、教科書を立てて顔を隠し続けていた。

 

なのだが、

 

 

 

「まさか山田先生に指名されるとは……」

 

 

「あはは……。織斑先生は察していたみたいだけど、山田先生はまるっきり気付いて無さそうでしたしね」

 

 

 

よりにもよって授業中に、山田先生に指名されてしまい問題を答えるように言われたのだ。

 

山田先生本人は「あら、一夏君は熱心に教科書を読み込んでますね!じゃあ、この問題は一夏君に答えてもらいましょう!」と思って当てたので、悪気などこれっぽっちも無いのだが、一夏にとってはたまったものではなかった。

 

それで顔がいっそう青ざめている一夏を見て、隣の席のロランが事情を察してコッソリ答えを教えたのだ。

 

かくいうロランもIS学園の授業レベルの高さには驚かされたが、彼の世界には元々モビルスーツがあり、ロランはある程度モビルスーツや工学の知識を持っていたのでISの授業もある程度は理解できた。

 

こうしてロランに教えてもらうことで、一夏は難を抜けることが叶ったのだった。

 

この出来事だけで、一夏はロランのことを「信用できる親友」とまで認定したのだから、ロランの助けがどれだけ一夏にとってありがたいか、想像に難くない。

 

 

 

「にしても、参ったな。千冬姉は俺が授業分かんないの知っていたのか。こりゃあ後で出席簿の殴打が待ってるな……」

 

 

「まぁまぁ、この機会に織斑先生に授業内容を教えてもらえば良いじゃないですか。見方によっては授業に追い付くチャンスですよ!」

 

 

「そのチャンスと引き換えに俺の脳細胞が五千個失われるというのはキツいな……。でも、確かにナイーブになっていても仕方ないか。元気付けてくれてありがとな、ローラ」

 

 

「いえいえ、一夏が元気になってなによりです」

 

 

 

二人の間に穏やかな空気が流れる。会って数時間しか経っていないというのに、二人はまるで往来の友人と談笑するかのように会話を楽しんでいた。

 

ロランにとっては同じ男同士として仲良くしたかったし、一夏としては他の女子達よりも優しいロランと友達になりたかったので、二人が仲良くなるのは必然だった。

 

まぁ、そのせいで一夏の幼馴染みである篠ノ之箒が二人のやり取りを見て、「ぐぬぬ」と悔しそうに歯噛みするはめになるのだが。

 

そんな穏やかな会話が二人の間で交わされていたときだった。

 

 

 

「織斑さん。少しよろしくて?」

 

 

 

二人の会話が、不意に冷ややかな声で中断させられた。

 

声の方を見ると、そこには上品な雰囲気で、お嬢様然とした金髪碧眼の少女が、一夏を見定めるように見つめている。

 

 

 

「確かセシリアさんでしたっけ。どうかなさいましたか?」

 

 

「あら、ローラさん。ご機嫌よう。貴女との会話も楽しみたいのですが、今は織斑さんに用がございますので、また後で」

 

 

「……俺に、何か用か。セシリア」

 

 

 

ロランが何か嫌な予感がしてセシリアに聞いてみるも、セシリアはやんわりとロランに「また後で」と言ってみせて、取り合おうとしない。

 

セシリアから感じる侮蔑の念に辟易しながらも、しょうがないので一夏は自分に何の用だと聞くことにする。

 

 

 

「まぁ!せっかく話しかけたのに、何ですかその嫌そうな態度は!それに初対面のレディを呼び捨てだなんて、なんて失礼なの!教養がないのかしら!」

 

 

 

聞いた瞬間、セシリアは先程してみせたロランへの上品な対応がまるで嘘のように、一夏の言葉に反応する。あからさまに一夏、というよりは男に対する嫌悪感でその声は出来ていた。

 

この手の女は苦手なんだよな、そう思いながら一夏は目くじらを立てたりしないよう、腫れ物を扱うように接することにする。

 

 

 

「あぁ、ごめん。セシリア……さん。さっきまでの授業が難しいものだから、ちよっと機嫌が悪くなってたんだ。不快にさせたようなら、謝るよ」

 

 

「あら、確かに貴方にとってはさっきの授業は難しいかもしれませんわね。指名されたときも、隣のローラさんに助けられてましたし」

 

 

「……あぁ」

 

 

 

まずったと、一夏は内心密かに焦る。

 

よりによって絶対に見られたくない、知られたくないと思っていた類いの人物に、あの授業の一夏の行動を見られたのだ。焦らないわけがない。下手をすると、この一件をクラス中に広められてしまうかもしれないのだ。

 

 

 

「まぁ、いいですわ。もともと男に期待なんてしてませんもの。男ごときがIS学園の勉強についてこれないぐらい、どうでもいいですわ」

 

 

「……そうかよ」

 

 

 

次々と一夏を含めた男達への罵詈雑言が発せられるが、一夏はただただ堪えるしかない。

 

相手は自己紹介の時にも言っていたが、このセシリアという女生徒はイギリスの代表候補生だ。つまりはイギリスのIS搭乗者の顔とも言える立場であり、その少女への苦言や反論は広くとらえると、イギリスへの反抗とも捉えられかねない。

 

相手は好き勝手言ってるが、別に代表候補生でも何でもない自分が口答えをしようものなら、そのせいでイギリスから目をつけられる心配もある。

 

だからだ、ロランもセシリアの言葉に顔をしかめて口答えするのを我慢している。

 

何も言い返さずに一夏とロランはただただ黙りこくって、セシリアの話を聞いていると、不幸中の幸いと言うべきか次の授業のチャイムが鳴る。

 

 

 

「あら、次の授業の時間ですわね。貴方にとっては授業中は苦痛かもしれませんが、まぁ頑張って下さいね。それでは」

 

 

 

やっと去った嵐に一息をつき、これからの事を危惧しながら授業の準備をする。授業の内容はさっぱりだが、それでも授業は受けなければならない。

 

 

 

「一夏、大丈夫ですか……?」

 

 

「ローラ……」

 

 

 

一夏の心境をロランは気にかけ、大丈夫かと心配そうに尋ねる。端正な顔には影が落ちており、セシリアの罵倒に何も言うことが出来なかった事を悔やんでいるようだった。

 

その顔を見て、一夏は後悔した。こんなにも出来た友達を、自分のせいで落ち込ませてしまったのだ。

 

 

 

「大丈夫だローラ。あの手の女子には慣れてるからな。だから、そう暗くならないでくれ」

 

 

「そうですか。……それなら、良いんです」

 

 

 

自分は大丈夫だと、一夏はロランに言って見せる。

 

ローラの顔にはまだ影が落ちているが、その影も少しではあるが薄れたように見える。

 

それを見て、少し一夏は気が楽になった。

 

あまりこの親友に心配をかけさせるわけにもいかないし、何より自分が暗くなってローラまで暗くなってしまうのは、どうしても避けたい。

 

友達を悲しませるような男には、一夏はなりたくない。

 

チャイムが鳴ってからしばらくして、織斑先生と山田先生が教室に入る。

 

だが一限と二限の授業の時とは違い、今度は織斑先生が教卓に立つ。

 

 

 

「さて、三限の授業を始める前に決めておかなければならない事がある。一組のクラス代表者だ」

 

 

 

そこから織斑先生からクラス代表者の役割を聞かされる。

 

曰く、クラス代表者とは小中学校でいうところのクラス委員長の立場のようなもので、クラス代表者としていろんなイベントに出席したり仕事をするそうだ。

 

その立場上、かなり多忙ではあると同時にクラスの顔となるので、責任重大な役職らしい。

 

一夏としてはあまり面倒な事はしたくないし、ロランもクラス代表者になるよりも図書館やニュースでターンエーやこの世界について知りたい。二人とも、クラス代表者になるのは乗り気ではない。

 

ない、のだが

 

 

 

「推薦でも自己推薦でも構わん、誰かクラス代表者になりたい奴はいるか。推薦する場合は、何故推薦したのかも言うように」

 

 

「はい!私は織斑君を推薦します!織斑先生の弟さんで唯一の男性搭乗者ですから、クラス代表者にピッタリです!」

 

 

「私はローラさんを!理由は、ローラさんはとても綺麗だし、しっかりした人だからです!」

 

 

 

推薦をしても構わないと織斑先生がいった瞬間、女生徒達は一斉にロランと一夏の二人を推し始める。

 

良くも悪くもこの二人はクラスの中でも目立っているため、真っ先にクラス代表者という貧乏くじの標的にされたのだ。

 

要はノリという奴で、適当な理由をでっち上げられ、二人は推薦されてるのだった。

 

これには一夏やロランは勿論、千冬まで頭を抱えることになる。

 

一夏は唯一の男であるため推薦されるとは思っていたが、ロランまで推薦されるとは思わなかったのだ。

 

だが、ノリとは言え推薦は推薦だ。教師である以上ロランの手伝いをするとは言ったが、一生徒をひいきには出来ない。

 

 

 

「……では、織斑一夏とローラ・ローラが今のところ代表者の候補だな。言っておくが、推薦されたのだからお前達に拒否権はないぞ。他に誰かいるか」

 

 

「ちふ……織斑先生!?」

 

 

「あはは……。推薦されちゃいましたか、仕方ないですね……」

 

 

 

心苦しさをなるべく表面に出さないように、千冬は言う。

 

その言葉に一夏は自分の意思がまるで無視されて戸惑い、ロランは千冬の心境を察したのか、半ば諦めている。

 

二人に申し訳無いと心中で謝っておき、千冬は他に代表者になりたい人はいるかクラスに確認する。

 

確認はしたが思った通り女生徒達は推薦するだけ推薦して、自分達が代表者になるつもりはないようで、先程まで威勢良く挙げられていた手は各々の膝の上に置かれている。

 

 

 

「居ないか。ならこの二人で代表者を……」

 

 

「納得がいきませんわ」

 

 

 

決める、そう言おうとした千冬の声は別の誰かの声によって遮られた。

 

クラス中がその空気を読まない、場を冷めさせる声が何処から発せられたのか周りを見やり、そして見つける。

 

聞こえたのは、セシリアの席からだった。

 

 

 

「納得?」

 

 

「えぇ織斑先生。このようなIS素人の男がクラスの顔に推薦されるのが」

 

 

 

クラス全体がその言葉で静まり返り、しばらくしてクラス全体がセシリアに「空気を読めよな」と嘲笑する。

 

しかし、セシリアはそれでも強気の姿勢を緩めない。

 

 

 

「わざわざイギリスからこの日本へ飛んできたというのに、何ですかこれは。クラスの顔にもなると織斑先生は仰ったのに、代表をこんな素人意気地無しの男が相応しい?おふざけが過ぎますわ」

 

 

 

クラスの女生徒達がその声に圧倒されて嘲笑が静まっていくのとは対照的に、徐々にセシリアの言葉尻が強まっていく。

 

 

 

「クラス代表者というのは、最もISに精通した人物がなるべきではなくて?ここはわたくしが推薦されてしかるべきです。間違ってもこんな、情けない、弱っちい、男なんかに。クラスの顔は、務まりませんわ」

 

 

「……!」

 

 

 

何を、と反論しようとした言葉を、一夏は咄嗟に飲み込む。今ここでセシリアに反発することは、イギリスを敵に回すことと同義なのを思い出したからだ。

 

ここは、黙っていたほうが得策だ。それを分かっているからこそ、周囲の女子もセシリアに何も言わない。

 

あぁ、言わなくて結構だ。何も助けを期待している訳じゃないのだから。

 

今はただ、この目の前の嵐が去るのを待つだけ。一夏は顔を伏せる。

 

 

 

「待って下さい、セシリアさん」

 

 

 

不意に、一夏の隣から声が上がる。

 

とても澄んだその声は、セシリアの言葉を嗜める。

 

 

 

「ローラ……?」

 

 

 

声を上げていたのは、ローラだった。ローラは席から立ち上がり、セシリアに目を向ける。

 

一夏から見えたロランのその姿は、どこまでも凛としていて、それでいて巨木のような力強さを感じさせた。

 

 

 

「代表者はISに精通した人がなるべきなのは、分かります。でも、だからって、一夏を批判する必要なんてないでしょう!」

 

 

「……ローラさん。貴女はこんな男が代表になるのを、許せるのですか?」

 

 

「許す許さないなんて、ありません。私は、貴女の卑怯さに怒っているのです」

 

 

「卑怯?!」

 

 

ロランの言葉に、セシリアが感情的に反応する。上品な瞳を鋭く尖らせてセシリアは睨むがしかし、それでもロランは怯むことも、セシリアの睨みから逃げることも無い。

 

ロランは怒っているのだ。目の前で罵詈雑言を吐く少女の無神経さと、先程まで我が身かわいさに縮こまっていた自分に、腹をたてたのだ。セシリアの睨みなどで、今さら身を引くなんてことはしない。

 

 

 

「卑怯です。貴女は偉い自分の立場で、一夏を一方的になじっているんです!それは卑怯でしょう!」

 

 

 

ロランの言葉に、セシリアは一瞬たじろぐ。一瞬だけ素に戻った彼女の表情は「そんなつもりじゃ」と意図せぬ事を指摘されて驚いたものだった。だが、それでもセシリアはその表情を引っ込め、直ぐにロランに食って掛かる。

 

 

 

「わたくしの立場で?!そんな、そんなつもり毛頭ありません!わたくしはこの男が代表に推薦されたのが嫌なんですの!貴女は推薦されて良いかもしれませんが、わたくしは納得いきませんわ!」

 

 

「だったら貴女が推薦すれば良いでしょう!自分で自分を推薦しなかった貴女が文句を言うのは、お門違いです!」

 

 

「言わせておけば貴女……!」

 

 

 

どんどん一夏の隣で、舌戦は過激になっていく。

 

ロランが自分の為にここまでセシリアと相対してくれている、そう思うと一夏は自身の冷めた心が段々と熱くなっていくのを感じた。

 

目の前でセシリアの立場に物怖じせずぶつかっていく少女は、男の自分なんかよりも男らしくて、まるで少年漫画の主人公のようだった。

 

一夏も自身の姉と同様、感化されたのだ。この、“ロラン”という人間の人柄に。

 

 

 

 

「貴女はそんなに、今も黙っているこんな男が気に入りましたの!」

 

 

「一夏は関係ないで……!」

 

 

「ローラ、いいんだ。俺が君に甘えていたのは、事実なんだから」

 

 

「……一夏」

 

 

 

ローラとセシリアの舌戦の間に無理矢理入り込み、ローラを宥める。

 

宥められたロランは、悲しそうな顔をして俯いた。一夏が、問題が起きないようにセシリアの暴言を甘んじて受けようと思って、自分を宥めたのだと考えたからだ。

 

だがそれは違う。

 

親友のローラが、それも女子が男の自分を助けてくれている。ならば、当の本人の自分がここで傍観するだけで良いはずがない。だから、一夏は立ち向かうことにした。この親友に負けないくらい、強い男になるために。

 

一夏は、強い声音でセシリアに話しかける。

 

 

 

「セシリア、お前は言ったよな。“俺が代表に推薦されたのが気に食わない、私が推薦されるべきだ”と」

 

 

「……えぇ。言いましたわ」

 

 

 

先程までの弱腰が嘘のように、力強くこちらを見据える一夏にセシリアはたじろいだが、弱味を見せまいと直ぐに持ち直し一夏の言葉を肯定してみせる。

 

 

 

「なら、証明してみせろよ」

 

 

「……なにを、ですの」

 

 

 

挑発的な言葉にセシリアの眉尻が僅かに上がる。だが一夏は、そんなセシリアの様子など意にも介しない。

 

 

 

「『お前が最も代表に相応しい』って、証明するんだよ。勝負でも何でもして、俺よりもお前の方が優れてるって、クラスの皆に示してみろよ。そうしたら、クラスの皆は俺なんかよりもセシリアを持ち上げるさ」

 

 

「……ッ!貴方という方は何処までも私を……!」

 

 

 

啖呵を切られた、そう理解した瞬間セシリアの顔が見る見るうちに蒼白になっていく。

 

 

 

「いいですわ!このセシリア、名家の娘として貴方の子供紛いの挑発にのってあげますわ!決闘です!IS学園の学生なら、ISの試合で決闘しましょう!」

 

 

「いいさ。その決闘、俺は逃げも隠れもしない。真っ正面からお前と戦ってやる」

 

 

 

見事に挑発にのってしまったセシリアは、一夏の目の前まで近付いて指を指して、そう切り返す。しかし一夏も負けじとセシリアを睨みつけ、決闘を受けると宣言する

 

そのやり取りにクラス全体がざわめき始める。それもそうだろう、クラス代表者を決めようとしただけでイギリスの代表候補生と世界に一人の男性搭乗者が、戦うことになったのだから。

 

しかも何をとち狂ったのか、一夏は自分より遥かに格上のセシリアからの決闘を、「俺は逃げない」と言ってみせて受けたのだ。到底、正気の沙汰とは思えない。勝てるはずの無い勝負を、進んで受けたのだから。

 

 

 

「一夏君、止めといたほうがいいよ?代表候補生は何百時間もISを動かしてきた、ISに関してはエリート中のエリートなんだよ?そんな人に勝てっこないよ」

 

 

「そうだよ。せめてセシリアさんからハンデを貰うとか、しておかないと一方的にやられちゃうよ。男が強いっていうのは、もう時代遅れな考え方なんだよ?」

 

 

「やめてよね。本気で試合をしたら、一夏君が代表候補生に勝てるわけないじゃないか」

 

 

 

周囲からそんな声が上がる。勝てるわけがない、男が強いのは昔のはなしだ、やめてよね、ネガティブな言葉のみが一夏にかけられる。

 

仕方ない話だ、女尊男卑という風潮を抜きにしても、代表候補生というのはそれほどISの扱いに長けているのだ。素人の一夏が挑むのは無謀だと言われるのも仕方ない。

 

 

 

「心配してくれるのは、ありがとう。けど、俺は逃げたりなんかしない。それが俺の、男としての意地だから」

 

 

 

それでも、一夏は引いたりしない。

 

だけどそれは、別に大それた動機によるものではなかった。

 

ローラは危険を省みず、セシリアに立ち向かっていった。なら自分だってして見せる、ローラの友人として恥じることがないように。

 

それこそが一夏のちっぽけで、だけども譲れない動機。

 

 

 

「さて、どうやら話は終わったようだな」

 

 

 

一夏とセシリアとの決闘が決定的な物になったところで、先程まで沈黙を続けていた織斑先生が教卓から声をあげる。どうやら生徒同士の問題には、あまり関わらないようにと沈黙をしていたようだ。

 

 

 

「ならば、こちらでアリーナ使用の手配をしておこう。ISでの決闘は来週の月曜日、午前中に執り行う。……それと、この決闘にローラも参加するように」

 

 

「な、なんでローラさんが!?ローラさんは関係ありませんわ!わたくしは単に……!」

 

 

 

織斑先生は決闘場所と日時を伝えた後、ロランにもこの決闘に参加するように言った。すると、セシリアはローラが決闘に参加する必要はないと、抗議を申し立てた。

 

 

 

「セシリアさん。これは、誰が代表に相応しいかを決める為に、この決闘が行われるんです。セシリアさんと一夏の為ではないんですよ」

 

 

「そう言うことだ。クラス代表は、この決闘はだれが代表に相応しいか決めるものだ。決闘をして、誰が代表になるかお前達が決めるんだ」

 

 

 

織斑先生の意図を察したロランがセシリアにそう説明し、織斑先生が補足する形で付け足す。

 

セシリア本人としては、一夏と自分どちらが代表に相応しいかを決める決闘だとばかり思っていたので、ローラが参加するとは思わなかったらしい。

 

だからだろうか、セシリアの顔は少し悲し気だ。

 

 

 

「私は構いません。一夏がやると決めたなら、私だって」

 

 

「ローラ……。ごめん、ありがとう。君まで巻き込んだのに、本当に……」

 

 

 

自分達のせいでロランにも負担をかけてしまった事に、一夏は謝る。感謝と謝罪の念がないまぜになったその言葉は、如実に一夏のやるせなさを表していた。

 

 

 

「……ふん!男の意地だかなんだか知りませんが、まぁ?わたくしに決闘を申し込んだ事がどれだけ無謀かを、存分に思い知るが良いですわ!」

 

 

「!やってみなきゃ、わかんないだろ」

 

 

 

二人の暗い雰囲気が居たたまれなくなったのか、セシリアはオーバーに一夏を挑発する。

 

その挑発に一夏も焚き付けられ、再び今度は一夏とセシリアの舌戦が始まろうとする──

 

 

 

「あぁ、そうだセシリア」

 

 

 

──そんな一触即発の空気に水をさすように、千冬はセシリアに今思い出したかのように声をかけた。

 

 

 

「……?何でございましょうか、織斑先生」

 

 

 

一夏を焚き付けようとして出鼻を挫かれたセシリアが、不思議そうに織斑先生の方を見た。

 

見て、気付いた。

 

気づいてしまった。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

織斑先生が、とてつもなく怒っているということを。

 

 

 

「セシリア……。お前には3時限目が終わり次第、職員室に来てもらう……」

 

 

 

なぜ私が、セシリアの発しようとしたその言葉は、直ぐ様セシリアの理性によって飲み下される。

 

セシリアは直感したのだ。口答えなんてしてみたら、目の前の鬼神の後ろで揺らめく怒りの炎が、身の丈を越えて自分に降り注ぐことになると。

 

 

 

「私は別段、身内贔屓をするつもりなどない。だが、教師である私の目の前で、イジメを始めるとは良い度胸じゃないか……」

 

 

 

そこでセシリアは、思い出した。

 

 

自分が先程までボロクソにこき下ろしていた相手は、目の前の鬼神の弟だったと。

 

 

──その後、三時限目が終わった直後にセシリアは千冬に首根っこを掴まれたまま引きずられ、強制的に職員室に連れ込まれた後、こっぴどく修正されたようだった。

 

目の前に山積みされた反省文用の原稿用紙、目の前でセシリアを圧迫するかのように仁王立ちする千冬、そして千冬の鬼神がごとき怒気。

 

後にセシリアはこの時の修正を、「閻魔も泣き出す地獄だった」と、そう語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期初日の授業はすべて終わり今は放課後、ロランは職員室の前で千冬と真耶が出てくるのを待っていた。

 

というのも、ロランは今日から有志で貸家を出してくれている人の所で、住み込むことになっているのだ。ここIS学園にも寮はあるのだが、ロランが男だとばれないようなるべくIS学園生との私生活での繋がりを希薄なものにするため、IS委員会が第三者の家にロランを住み込ませようと判断しての処遇だった。

 

その為、ロランがこれからその家に向かいお世話になりますと挨拶をしようと思い、その家の住所と行き方を二人に聞こうとしたのだ。

 

のだが

 

 

 

「……おそいなぁ、先生」

 

 

 

先程ロランが職員室で「織斑先生と山田先生はおられますか?」と尋ねたところ、他の先生に「お二人は取り込み中みたいだから待っててね」と言われ、こうして待ちぼうける事になってしまった。

 

かれこれ三十分もこうして職員室の前で待っているが、一向に二人が出てくる気配がない。せめて話し相手がいたらなぁと思いながら待つこと四十分、やっと二人が職員室から出てきた。

 

しかしよく見ると二人とも目に見えて元気が無さそうで、二人の後ろに「ゲッソリ」なんて擬音が聞こえてきそうなくらい、二人とも生気が失われている。

 

特に真耶はあからさまに元気が無さそうで、顔を青くしてフラフラとおぼつかない足で歩いている。

 

 

 

「ど、どうしたんですか……お二人とも?」

 

 

「……あぁ、ロラン君。いたんですか」

 

 

 

山田先生は話しかけられてようやく自分がいることに気がついたようで、力なさげに顔をこちらに向ける。

 

大丈夫かとロランが真耶の顔を覗き込むと、思わずロランは「ワッ!」と驚いて飛びずさる。

 

というのも真耶の目は瞳孔が開ききっている上に唇がカサカサに乾いており、まるで年を食ってしまったかのように二十代の潤いを損なっていたのだ。

 

いよいよもって二人に何があったんだとロランは不安になってくる。

 

 

 

「いや、何。貸家の事で少し問題がな……」

 

 

「?貸家ですか?何かあったんですか」

 

 

 

意識があるかどうかも怪しい山田先生に変わって織斑先生がロランに返答する。

 

かくいう織斑先生も山田先生ほどではないが元気がなく、よく見ると顔が少し青くなっており、いつもよりも眉間に皺を寄らせ頭が痛そうにしている。

 

 

 

「前日にIS委員会がその貸家のお婆さんに詳細な段取りを決める為に電話をかけたのだが、そこで揉めてしまったらしくてな……。それも向こうのお婆さんが『IS搭乗者なんて知ってたら泊めさせるものか!』なんて電話をかけたIS委員会を怒鳴り散らしてな……。その場は何とか諌めたらしいが、怒りの矛先が山田先生と私に向いてな……」

 

 

「……まさか、二人とも今までそのお婆さんに怒鳴られてたんですか?」

 

 

「あぁ、終礼が終わってから先程まで。時間にして二時間ちょっとは大声で罵られたよ……」

 

 

「そ、そんなにですか!?」

 

 

 

ロランは絶句する。ゲッソリするのも無理はない、二時間も不条理に罵られ続ければ、ロランだって心身ともに相応のダメージを受けてしまうだろう。

 

 

 

「しかもそれだけでは終わらずな、『IS搭乗者があたしの家を使うなら、監視させてもらうよ!』なんて事を言い出す始末でな……。向こう一週間はお婆さんが貸家に戻って自分の部屋の準備をするんで使えないんだそうだ……」

 

 

「うわぁ……。むちゃくちゃだ……」

 

 

 

ロランもそうこぼしてしまう程になんというか、貸家の主は無茶苦茶なお婆さんだった。

 

IS委員会に真っ正面から文句を言い、それでも気がすまないものだからほぼ無関係な千冬達を怒鳴り散らし、挙げ句に「監視させてもらうよ!」なんて言い出して一週間も延期させた上に本人の了承なく同居をするのだから、ロランのこの感想は間違っていないのだが。

 

しかしそうなってくると、僕は何処で寝泊まりすることになるんだろう、とロランは気になってくる。

 

一週間はホテルで過ごすことになるのか、それともずっとホテルで過ごすことになるか、はたまた寮に泊まることになるのか。

 

一先ず向こう一週間はどうしたら良いのか、ロランは千冬に聞いてみる。

 

 

 

「僕は、取りあえずこの一週間はどうしたらいいんでしょう?」

 

 

「それなんだが、IS委員会の方にそのことについて問い合わせたら、この一週間はこの学園の寮で寝泊まり、その後はお婆さんの家で同居してもらうことになったそうだ。私はホテルでの寝泊まりを進めたのだが、あいつら金を出すのが惜しいようで却下されてしまった」

 

 

「仕方ないですよ。僕は一応孤児ということになってるんですから」

 

 

 

ロランは不満そうな千冬をそう言ってなだめる。先程言った通り、ロランは(あくまで仮定だが)別世界から来たという実情を隠して、自分を生まれたときから孤児だと主張している。

 

下手に別世界の住人だと明言すれば、学園ではなく強引に研究所に連れていかれる可能性を危惧しての行動なのだが、今回はそれが裏目に出てしまったようだ。

 

孤児で二人目のIS搭乗者というのはIS委員会にとってもその他の団体にとっても、優良で安価な研究材料もとい被験者である。だからこそIS委員会は自分達の利益を割り増しにするため、必要以上にロランという(名目上)孤児にあまりお金をかけたくないのだろう。

 

IS学園は世界が注目し、尚且つISの最先端ともいえる場所の為その周囲の地価が高く、同様にその場所のホテルやマンションは東京の都心部高層マンションもビックリの宿泊料を呈している。孤児でなくても、わざわざマンションやホテルを借りるのは金銭的にナンセンスだ。

 

それでも、それらのホテルやマンションには常に空きがないということを考えると、恐ろしいことなのだが。

 

 

 

「取りあえず、ローラ。お前の泊まる寮の部屋の鍵を渡しておこう。昨日の今日で決まったことで空き部屋がなくて、相部屋になってしまった。住みづらいかもしれんが、そこは我慢してもらいたい」

 

 

 

そう言い、千冬はポケットから鍵を取り出してロランに手渡す。

 

 

 

「それと、委員会から荷物が配給されている。ケータイにタブレット、それとノートパソコン。その他の生活用品と着替えがこのバッグに入っている。他に必要な物があったら何時でも言え」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

重量が一杯のバッグを千冬から受け取る。

 

相部屋になったということは同時に僕が男だとバレる可能性が高くなったということだ、と考えロランはバレることが無いよう、徹底して女性らしい振る舞いに徹しようと意気込む。

 

 

 

「分かりました。じゃあ()は早速こちらの部屋に行って、ルームメイトに挨拶をしていこうと思います」

 

 

「あぁ。それではな、()()()

 

 

「よい学園生活を……()()()さん」

 

 

 

千冬は少し疲れぎみに、真耶は不明瞭な意識で別れの挨拶を()()()に告げる。そこには先程までいたはずの()()()が消え、代りに現れた()()()が千冬達に挨拶を返す。そうして、三人は()()から()()()()()の関係に変わる。

 

三人は別れを告げ、そのまま各々のやるべきことをするため、散っていく。まるで、先程の友人同士の会話のような親しさや穏やかな雰囲気が夢だったかのように。

 

なにも自分達の関係が変わってしまった訳でもない、これはロランの為に行っている演技だ、千冬はそう自分に言い聞かせるが、それでも。

 

 

 

「……ロラン・セアック」

 

 

 

自身の心のなかでくすぶる一抹の寂しさを、そして罪悪感を隠し続けるのは、難しい。

 

直情的な彼女にとっては、なおさら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、かな」

 

 

 

ロランは二人と別れてその後、貸家の主の挨拶はさておいて、今度はルームメイトに挨拶をするためにここ、1030号室に訪れていた。

 

ロランは1030号室に着くと、ポケットから渡された鍵を取りだし番号を確かめる。

 

 

 

「うん、大丈夫。ここであってる」

 

 

 

部屋番号の間違えがないことを確認し、ロランは目の前の1030号室の扉をノックする。

 

すると、扉の向こうから「ちょっと待ってくださる?」と声が帰ってくる。

 

その言葉に従い暫く待っていると、部屋の中から衣が擦れる音がしてくる。どうやら、中で着替えているようだ。

 

下手に扉を開けたりしなくてよかった、ロランが少しホッと安心していると、衣擦れの音がしなくなり、代りに目の前の扉が開かれる。

 

そして、驚く。

 

 

 

「待たせてしまって申し訳ありませんわ、先程シャワーから上がったばかりで出れませんでした、の……」

 

 

「いえ、私は大丈夫です。そんなに待っていませんでした、の、で……」

 

 

 

部屋の主が部屋から出ながら詫びを入れ、ロランの顔を見て、そして固まる。

 

そんな部屋の主にお気になさらずと言おうとその主の顔を見て、ロランもまた固まる。

 

1030号室、ロランのルームメイトは、三限目に舌戦を繰り広げた相手であるセシリアだった。

 

その彼女は、可愛らしい水玉のパジャマを着たまま、ロランの目の前で固まっていた。

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 

驚き具合から見るに、セシリアにはロランがルームメイトになることを知らされてないようだ。まぁ、ロランもその点では一緒なのだが。

 

お互いがお互いの顔を見つめるが、そこからどちらかが動くでも話しかけるでもすることなく、ただただお互い目を会わせるだけ。

 

三限目にあれほど口喧嘩をしたこともあって、お互いがお互いどうしたらいいのかわからず、硬直しているのだ。

 

ロランはセシリアのアクションを、そしてセシリアはロランのアクションを待つという、女子同士が傍目から見たら見つめあっている誤解を招きかねない状況が生まれていた。

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「……取りあえず、部屋に入られたら如何ですの?」

 

 

「あ、はい。お邪魔、します……」

 

 

 

そうして暫く、時間にしては一分も経っていないがロラン達にとっては息のつまるような時間が過ぎた時、唐突にセシリアがロランに部屋に入るように促す。

 

唐突に話しかけられて内心少し驚いたが、一先ずセシリアに中に入りなさいと言われたのでロランはおっかなびっくりといった調子で、セシリアの部屋の中に入る。

 

部屋の中は少し広いワンルームといったところで、大きめのベッドが二つならんで付けられている。

 

また、奥の天蓋付きベッドの近くには、セシリアの私物であろうティーセットと、何百枚とも思える量の原稿用紙がテーブルに置かれている。

 

そのティーセットは素人目から見ても良いものだとわかる代物で、垢抜けたそれでいて品質の高さを思わせる装飾をしており、まさに瀟洒という言葉を体現しているかのようである。

 

その装飾は、ロランの世界にあるルジャーナ領地の郷土品にとてもよく似ており、ロランに微かな哀愁を感じさせた。

 

 

 

「そちらのお席に座ってもらっても?」

 

 

「あ、あぁ。はい、分かりました」

 

 

 

思わず哀愁に浸りそうになったロランを、セシリアの言葉が引き留める。我に返ったロランは慌ててセシリアの言った席に座り、次のセシリアのアクションを待つ。

 

しかし、そこでも二人の間に何か親しい会話が交わされるでも、雰囲気が和らいだりするでもなく、ただただ居心地の悪さが残り続けている。

 

言われるがまま席に座ったがこの後、もしかしたら三限目の続きをすることになるのだろうか、それとも何か別のことをされるのか、ロランは内心びくびくしながらセシリアの方を見る。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

ロランは再び、驚くことになった。

 

セシリアはティーセットを用い、明らかに値のはる茶葉で紅茶を淹れていた。

 

それも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ロランはあの時、暴論を吐いていたとは言えセシリアを散々に扱き下ろし、意図したことではないがクラス内でのセシリアの立場を悪くしてしまった。

 

かくいうロラン自身も、あそこまで言う必要は無かったと悔やんですらいた。

 

それだというのに、セシリアは遺憾の念がこもった顔をし、今こうして扱き下ろした相手に紅茶を淹れている。

 

ロランの知っているセシリアは、女尊男卑と自尊心の塊のようで、それでいてヒステリックな少女だった。しかしこうして紅茶を淹れている彼女は、ロランの知っている彼女の像とはかけ離れている。

 

印象の違いにただただ困惑するロランの事など露知らず、セシリアは紅茶をてきぱきと淹れる。

 

ポットに茶葉をふんだんに入れ、お湯を静かに注ぐ。その後コゼーを被せ、茶葉を蒸す。そして最後に、ポットをカップから少し離して紅茶を注ぐ。

 

セシリアの淹れ方はとても手慣れており、一動作が非常に絵になるほど所作が整っていて、彼女は普段もこのようにお茶を振る舞う機会が多いんだろうなと、ロランは困惑した頭でセシリアの事を分析した。

 

そうしてセシリアは紅茶を二つの瀟洒なカップに注ぎ、その内の一つをロランに渡した。

 

 

 

「どうぞ、ローラさん。良いお茶ですから、きっと気に入りますわ」

 

 

「あぁ、ありがとうございます。セシリアさん」

 

 

 

困惑はしたが、せっかく相手が淹れてくれた紅茶を飲まないのは失礼だとロランは思い、一先ずカップに手をつける。

 

おそるおそるカップを持ち上げると、まだ飲んでも無いというのに、芳醇なミルクの香りがロランの鼻をくすぐる。

 

 

 

「……では、いただきます」

 

 

 

そう言いロランはセシリアの淹れた紅茶、ミルクティーをゆっくりと飲み始める。

 

十分に紅茶を舌と喉で味わいながら一口飲み切り、ゆっくりと息を吐く。そして、評価をする。

 

 

 

「……とても、美味しいです。こんなに美味しい紅茶は、私初めて頂きました」

 

 

 

最高の評価だ。これはお世辞でもなんでもない、セシリアの淹れた紅茶は、ロランが飲んできた中でダントツで一番の美味しさだった。

 

紅茶とミルクの香りが強いが、それに反して紅茶特有の渋みや苦味が一切なく、そのかわり茶葉の甘く濃い風味が呼吸をする度に鼻を抜け、満足感を覚える。

 

また、ミルクと茶葉の甘さが非常に合っており甘味が強いにも関わらず、甘さは舌の上で残り続けずサッと引いていく為、後味も良い。まさに、最高級の紅茶であった。

 

 

 

「良かったですわ。お口に合うかどうか、心配でしたので」

 

 

 

ロランの評価を聞きセシリアは安心したのか、悲痛な面持ちから、朗らかに笑みに変わる。

 

その微笑みは、クラスの中でのセシリア、一夏に突っかかるセシリア、そのどちらにも当てはまらない一少女としての純粋な微笑みだった。

 

だが、その微笑みは直ぐに元の悲痛な面持ちに戻る。そして、彼女もロランの前にある椅子に腰掛け、ロランと相対する。

 

その顔は依然として遺憾の念がこもった顔をしている。表情から何か感じ取れないかと思いロランはセシリアの顔をよく見るが、セシリアが席に座ってから若干うつむいている為、髪でよく表情は見えない。

 

 

 

「あの、セシリアさ……」

 

 

「すみません」

 

 

 

どうしたのだろうかと思ってロランが話しかけようとして、それを遮るようにセシリアが頭を下げてロランに謝る。

 

当然、謝られたロランは何で自分が謝られたのか分からない。

 

 

 

「セ、セシリアさん。そんな、急に……」

 

 

「わたくしのせいで、貴方まで巻き込んでしまいました」

 

 

 

頭を上げてもらおうとするが、セシリアはそれでも止まらない。

 

 

 

「貴方を、ローラさんを巻き込むつもりは御座いませんでしたの。でも、わたくしのワガママで貴方はISで戦うことになってしまわれた……。全部わたくしのせいです、弁解の余地もありませんわ……」

 

 

 

そう言い切り、セシリアはもう一度頭を下げてロランに謝る。

 

そこでやっとロランは、セシリアが何で謝っているのかが分かった。セシリアは、ロランをクラス委員長を決めるためのIS戦に巻き込んだと思い、それを申し訳ないと思っていたのだ。

 

だから僕がIS戦に参加する事が決定したとき、セシリアさんは悲しげな顔をしていたのか、とロラン納得する。

 

しかしその一方で、ロランはセシリアの人物像が分からなくなる。

 

クラスでのセシリアは、一夏に罵詈雑言を浴びせる女尊男卑に染まった少女といった印象だった。しかし、今ロランの目の前にいるセシリアは他人を、しかも先程まで罵倒してきた人物を思いやり、そして自分の行動を反省できる良くできた少女だった。

 

クラスにいる時の彼女と今ここにいる彼女の印象は相反しており、チグハグだ。

 

 

 

「……セシリアさん、頭を上げてください。私も、あの時は言い過ぎました。その事で謝らなくて大丈夫です」

 

 

「しかし……」

 

 

「ただ」

 

 

 

赦しを言われても悔恨の念は拭えないのか、尚も謝ろうとするセシリアの言葉をロランは強引に切る。

 

 

 

「もし、私に本当に申し訳ないと思っているのでしたら、教えていただけませんか。何故、貴女はあそこまで、必要以上に一夏を貶し、辱しめたのですか?」

 

 

「……」

 

 

 

そして、ロランはセシリアにあの騒動の核心を聞く。

 

すると、セシリアはそのロランの言葉を聞いて苦い顔をし、静かになった。しかし暫くすると表情を引き締め、ロランに向き直る。

 

 

 

「分かりましたわ。貴女がそれを望むのでしたら、話しますわ。ただ……」

 

 

 

「ただ?」

 

 

 

「……このことは、誰にも話さないでほしいですの。その、わたくしの生い立ちの話に、なりますので……」

 

 

 

セシリアは一夏への過激な態度への理由を話すことを承諾する。しかし、その代わり誰にも話さないでほしいと言うと、セシリアは言葉の歯切れが悪くなり言いづらそうになる。

 

それだけ、あまり自分の生い立ちの話を誰かに聞かれたくないのだろう。それだけセシリアの過去に辛いことがあったのか、それともやましいことがあったのか。

 

 

 

「……誰にも言いません。話して、下さいますか」

 

 

「……はい」

 

 

 

この少女の過去に無闇に手を伸ばしても大丈夫だろうか、セシリアはその事で傷ついたりしないだろうか、セシリアの話しにくそうな様子を見てロランは聞いていいものかと一瞬躊躇する。

 

しかし、直ぐにロランは誰にも言わないと約束をし、セシリアに話を促す。

 

セシリアもロランが約束を守ると言ったので、多少自分の生い立ちを話す覚悟がついたのだろう、頷いて淡々と自分の生い立ちについて、話し始めた。

 

 

 

「自己紹介の時も話しましたがわたくし、セシリア・オルコットは名家に生まれました。オルコット家、代々続くイギリスの由緒ある家柄ですわ」

 

 

「はい、聞いております」

 

 

「三年前、わたくしの両親は列車事故に巻き込まれ、他界しました。両親が他界し、他に身内が居なかったので、オルコット家を支えられるのはわたくしだけになりました」

 

 

「それは……」

 

 

 

ロランはその話を聞いて、言葉に詰まった。どう言葉をかけたものか、分からなくなったからだ。

 

本当はお気の毒にと、言った方が良いのだろう。だがロランは何となく、セシリアはそんな言葉を望んではいないと思った。だから、今は余計なことを言わずセシリアの話を聞くことにした。

 

 

 

「まだ小学生のわたくしにとって、オルコット家を継ぐのは過酷な事でした。しかし、わたくしがこの家を継がないということは、同時にオルコット家の破産を意味します」

 

 

「……はい」

 

 

「子供心にも、それは許しがたいことでした。わたくしは直ぐにオルコット家の代表になることを決意し、そして就任しました。これでオルコット家を、両親の残した遺産を守れると、幼い頃の私は、愚かにもそう思っていました」

 

 

「思っていた、ですか」

 

 

「……えぇ」

 

 

 

セシリアは唇を噛みしめる。眉に深く皺が寄せられ、よく見ると足がカタカタと震えているのが分かった。

 

 

 

「わたくしは、あのときのわたくしは、単なる餌でした。それも、たんまりと金を蓄えた。そんなわたくしを、あいつらは、男どもは見逃しませんでした。わたくしの無知さにつけこみ、あの手この手で両親の、オルコット家の遺産を狙ってきたのです」

 

 

「そんな……ことが」

 

 

 

当時はまだ小学生だったセシリアにとって、両親の遺産を目当てに自分よりも年上の男たちがすり寄ってくる様は、どれだけ恐ろしかった事か。

 

その男たちもISの登場によって社会的地位や立場が追いやられ、いつ解雇されるか破産するか分からない社会で生き延びる為にも、セシリアという餌は手にしようと必死になり手段も選ばなかったはずだ。

 

小さいセシリアを脅したり、たぶらかしたり、同情を誘ったり、婚約を申し込んできたり。ともかく、様々な手を使ってセシリアを出し抜こうとしただろう。

 

その時のセシリアの感じた恐怖は、計り知れない。

 

 

 

「わたくしは両親の遺産を守るため、必死に勉強しました。男どもから遺産を守るために……あの男の代わりに」

 

 

「あの男……ですか?」

 

 

「えぇ。ハリー・オルコット。わたくしの、父親の為に」

 

 

「え?セシリアさんの、お父様ですか……?」

 

 

 

ロランが聞き返すと、セシリアは力強く頷く。

 

 

 

「あの男は、わたくしの母親と一緒に列車の横転事故に巻き込まれ亡くなったことになっています。でも、あの男は母親とは不仲でした。母親の、オルコット家の婿養子に入ったのが負い目だったんでしょう、あの男はいつも母親に卑屈な態度をとっていました。母親もそんな態度に辟易して、距離をとっていました。そんな不仲な二人が、その時だけに限って一緒に居たんです」

 

 

「つまり……?」

 

 

「あの男は、生きています。自分をあの列車事故で死んだように見せかけて、オルコット家から逃げ出したんです。現に、あの男の遺体はオルコット家に渡されませんでしたし、遺産の一部が使われた形跡がありました。その遺産を使って、あの男は自分の行方を眩ましたのです!自分が、オルコット家を継げる自信がないから!卑劣にも!!」

 

 

 

セシリアは捲し立てるとともに、言葉尻が段々と強くなっていき、その目は怒りに揺らめき始める。

 

とどのつまり、セシリアは今なお戦っているのだ。自分を守るため、オルコット家を守るために、男たちと。

 

だから、一夏にも強く当たった。クラスに馴染めず萎縮していた一夏に、セシリアの言う「あの男」の卑屈な態度が重なって見えたから。

 

ロランは、頭を抱えた。

 

セシリアは明らかに間違っている、だけれども、それをロランが直接指摘するのはダメだ。

 

ロランにはセシリアの悲しみが痛いほど分かる。

 

だからこそ、ロランが指摘することでセシリアはどれだけ傷つくか、自身の根底を覆されどれだけ深く絶望するか、想像に難くない。

 

 

 

「……話が逸れてしまいました。私の生い立ちは以上です。わたくしは家を守るために、男どもより上に立つことを決めたのです」

 

 

「そう……でしたか」

 

 

「えぇ。これで、納得できたでしょうか。わたくしが、なぜあの一夏に苛烈な態度をとったか」

 

 

「はい、ありがとうございました。それと、辛い事を言わせてしまい、すみませんでした」

 

 

「……いえ、構いません」

 

 

 

そうセシリアが返し、二人の間に再び僅かな沈黙が訪れる。

 

だが、その沈黙は他でも無いロランによって破られた。セシリアの為に動こうと決めた、ロランによって。

 

 

 

「セシリアさん。一回だけで、一回だけで構いません。一夏と話をしてみませんか」

 

 

「……今の話を聞いて、わたくしがそのお願いを聞くと思って?」

 

 

 

セシリアの目が冷たくロランを見据える。恐らく、セシリアは何度もその様なことを言われたのだろう。

 

そのように冷めたセシリアの目を、ロランはしっかり見つめて提案をする。

 

 

 

「聞くとは思っていません。だから、賭け事をしてみませんか。セシリアさん」

 

 

「……賭け事、ですの?」

 

 

 

ロランの口から「賭け事」なんて言葉が出るとは思わなかったのだろう、セシリアは驚いたようで少しの間呆ける。

 

この隙を逃すまいと、ロランは一気に畳み掛ける。

 

 

 

「委員長決定戦で私が負ければ、私はセシリアさんのやり方に口出ししません。だけれども、私が勝てば一夏さんと一度だけ分け隔てなく話してみてください」

 

 

「ま、待って下さい!わたくしはそんな賭け事なんて……」

 

 

「セシリアさん」

 

 

 

このままでは相手の、ロランのペースに呑まれると思ったのだろう、セシリアは無理にでも声をあげて乗らないと告げようとする。

 

だがそうはさせない、直ぐにロランはセシリアの言葉を遮る。

 

そして、ロランは用意していた「爆弾」を投下する。

 

 

 

「『証明してみせてくださいよ』」

 

 

「な、何、を……」

 

 

 

セシリアの頬がヒクヒクと痙攣する。何せ、『焚き付けられざるを得ない言葉』を、もう一度言われようとしているのだから。

 

セシリアは男へのその苛烈な態度によって、きっと今まで、何度も「男と上手く付き合えるようになれ」と助言されたことがあるのだろう。

 

そしてその度に、自分と家を守るためにその助言を突っぱねてきたのだろう。

 

だからこそ、セシリアを動かすには、前へ進めるには正攻法ではダメだ。

 

だからこそ、ロランは言ってみせる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『自分のやり方が正しいって、証明するんですよ。勝負に勝てば、私は貴女のやり方を認めますよ』」

 

 

 

 

──気に入らない男からの挑発(最大級の地雷)

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前までセシリアに啖呵を切ったのか」

 

 

「す、すみません。彼女を、セシリアさんを放っておけなかったもので……」

 

 

「ふふっ。優しいローラさんらしいですね」

 

 

 

ロランがセシリアに啖呵を切った翌日の放課後、ロランと千冬、そして真耶の三人は学園のアリーナへ足を運んでいた。

 

ロランがセシリアに啖呵を切った手前、負けるわけにはいかなくなったので、ターンエー(IS)の性能調査も兼ねて、アリーナで練習することになったのだ。

 

というのも、このターンエーは現状世界に存在するISのコア、467個に属さないコアを持つとして、IS委員会から性能調査の申請が来ていたのだ。

 

ロラン達も学園周囲の停電があったため、このターンエーがどうしてISに変化したのか全く分からず、そしてどんな武器や性能なのか分かっていない。

 

なので千冬はIS委員会の申請を許諾し、こうしてターンエーの調査ついでにロランの練習に付き合うことにしたのだ。

 

千冬自身は弟を生徒に持つ身として、あまり一人の生徒に肩入れしないようにはしているが、ロランはISその物が正常かどうかも怪しいので、今回は特例ということにしている。

 

それに、もしかしたらターンエーに委員長決定戦で使える武器や機能が内蔵されているかもしれないため、ターンエーの調査は必須なのだった。

 

 

 

「それでセシリアに嫌われたら元も子もないだろうに……」

 

 

「あはは……。昨日「そこまで言うなら容赦しませんわ!」って言って今日も一切口を利いてくれませんでしたからね……。「わたくし達は敵なのですから、言葉は不要です!」って拗ねちゃって」

 

 

「うふふ。セシリアさん、意外と子供っぽいんですねぇ~」

 

 

 

そんな雑談を交わしていると、あっという間に三人はアリーナに到着する。

 

アリーナに踏入りその中心にたどり着いたのを皮切りに、三人は無駄話を挟みながら各々の準備を済ませる。

 

ロランはターンエーを纏い、真耶はパソコンを立ち上げターンエーと繋ぎ、千冬はアリーナのシールドを起動させて、アリーナに併設されている管制室に移動する。

 

 

 

『此方は用意できました、山田先生』

 

 

「こっちもです!ロラ……じゃなくてローラさんも準備出来ました!何時でもいけます!」

 

 

『よし、じゃあターンエーの機体情報を探ってくれ。前回みたいに一気に探らなくていい、一部だけで構わないからな』

 

 

「分かりました!」

 

 

 

管制室からマイクで飛ばされる千冬の指示に従い、真耶はパソコンのキーボードを軽やかに叩き、ターンエーの機体スペックを調べて行く。

 

その目はパソコンの画面の一部分を食い入るように見つめては、移ろいで行き、また見つめたかと思うと移るを何度も繰り返す。

 

軽やかにキーボードがカチャカチャとタイピングされる音が続き三十分、真耶はようやく画面から顔をあげ、額に流れる汗を袖で乱雑にぬぐう。

 

 

 

「無事見つけることが出来ました!ターンエーの機体スペック、管制室に送ります!」

 

 

『分かった』

 

 

 

真耶は前回の大惨事を引き起こさずにすんで安堵したようで、「終わりました~」といってロランとさっそくじゃれ始める。ロランも嬉しそうにしている真耶を見て、「お疲れさまです」とこちらもまたじゃれ始める。

 

 

 

「全く……。真耶君ももう大人だろうに、あんなにはしゃいで」

 

 

 

そう言い千冬は液晶画面に映る二人を眺めて苦笑しながらも、真耶の出したターンエーの機体スペックに目を通す。

 

まるで今の自分は孫達が遊ぶ姿を見て微笑ましいと思いながら新聞を読む婆さんだな、と一瞬思い、いやいや私はまだそこまで年食ってはいないと妙に自分の世界に浸りながらも、千冬はターンエーの情報を読み進める。

 

 

 

「出力やシールドエネルギーは第二世代より少し上、コアは腰の前方にあり、フライトユニットが取り付けられていない、それと……ん?」

 

 

 

読み進めていくうちに、千冬はターンエーの肩に備え付きになっているという、一つの武器に意識が向く。

 

 

 

「これは……「ビームサーベル」?SFでよくみる、あの……?」

 

 

 

「ビームサーベル」機体スペックに書いてあるその武器にはその名前が割り当てられており、見た目上はただの短い円筒の物体だ。

 

ビームとは、要は重金属を熱したようなもので、千冬はそこまで詳しくはないがビームを実用的な武器にするには、かなりの労力が必要になってくると聞いた事がある。

 

それが、この機体スペックではこの小さい筒からビームが出ると書いてあるのだ。お世辞にも信憑性が有るとは言えない。

 

 

 

『ローラ、すまないが背部にラックしてある「ビームサーベル」を使ってみてくれ。そのデータも取っておきたい。もしかしたら、今度の委員長決定戦で使えるかも知れないからな』

 

 

 

その為、かの機体スペックが信憑性の有るものかどうかを確かめるために、実際にロランに使ってもらうことにする。

 

千冬のその言葉にロランは若干、迷うそぶりを見せるが、直ぐに「良いですよ」とサーベルを一本手に取った。

 

 

 

「山田先生、危ないですので離れてて下さい」

 

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

 

武器の試運転をするので山田先生にロランから離れるよう伝え、十分に距離を取ったところでロランにサーベルの出力を入れることを伝える。

 

 

 

『最低出力で起動させてから、徐々に出力を上げていってくれ』

 

 

「分かりました」

 

 

 

そう言い、ロランはサーベルを起動する。

 

その瞬間。

 

 

 

「!!」

 

 

 

ターンエーの持つサーベルから、高熱量が感知される。それも、()()()()()()()()()()()()()().()()()()()()()()の。

 

 

 

 

『ロラン!直ちにサーベルの電源を切れ!!試運転は中止だ!!』

 

 

「ッ!!分かりました!!サーベル、電源を落とします!!」

 

 

 

千冬は直ぐにロランにサーベルを切るように伝え、ロランも千冬のその鬼気迫る声で危険を察知し、サーベルの電源を直ぐ様落とす。

 

千冬はロランが電源を落としたかどうかを確認する前に、慌てて真耶の様子を管制室の窓ガラス越しから確認する。

 

当の真耶は突然ビームサーベルの試運転が中断されて不思議そうにしており、「折角だからもっと見たかったです~」なんて呑気な事を言っている。

 

真耶の無事を確認し、千冬はその場にあった椅子に体を預けるように荒々しく座る。

 

そして、何気なく額を袖で拭い、玉のように出来た冷や汗が自分の額に流れていたことを、ようやく知った。

 

助かった、千冬は誰に言うわけでもなくそう一人ごちる。

 

あのまま起動させ続ければ、山田先生には何かしらの被害が出てしまっていただろう。

 

あの出力を維持し続けても全身火傷は逃れられないだろうし、もしも出力が上げられていたなら、山田先生の体は……。

 

そこまで考えて千冬はかぶりを振ってその想像を強引に打ち切る。

 

そして、今はロランにビームサーベルについて話さなければいけないことを思いだし、かけてた椅子から立ち上がり

 

 

 

『ロラン、今後一切そのビームサーベルを起動するな。そいつは、強力すぎる……!』

 

 

「やはり、そうでしたか」

 

 

 

千冬のその言葉を聞き、ロランは察したようだった。

 

ロランには悪いがこの武器は使わせれない、これは人殺しの武器だ。

 

ロランもこのビームサーベルの危険性は覚悟していたようで、千冬の使用禁止命令に逆らわず受け入れた。

 

だが、そうなると委員長決定戦の武器をどうするだろうか。

 

 

 

「学園の武器、は貸出しされてて空きがないか……。正式に倉持から購入する、にはロランに支給された資金が少なすぎる……」

 

 

 

何処をどうしようと八方塞がり、そんな状況に何か突破口はないかと千冬が探す一方。

 

 

 

 

「……。ん?」

 

 

 

ロランは、ターンエーのディスプレイに『TRANSFER COMPLETE』という字幕と共に、電子音が鳴り響いたことに気付いた。

 

何だろう?そう思った瞬間。

 

 

 

 

「わっ!?わわっ!!?」

 

 

「え?えぇっ!?」

 

 

 

アリーナにいた真耶とロランが同時に驚く。無理もない、何せロランの手にいつのまにか()が握られていたのだから。

 

 

 

 

「こ、これは……」

 

 

『何だ!どうした二人とも!?』

 

 

 

二人の声を聞いて、管制室の千冬は慌ててアリーナ内のカメラでロランを液晶に映し、確認する。

 

 

 

『な!?何だこれは!?機体スペックに、こんなものは記載されていないぞ!』

 

 

「えぇっ!?そ、そうだったんですか!?」

 

 

 

驚愕に満ちた千冬の発言に、利用者ロランと真耶は驚く。

 

ロランは千冬のその言葉を聞き、急いでターンエーに話しかける。

 

 

 

 

「ターンエー、どうした!?何処からこれを持ってきたんだ!これは一体……!?」

 

 

 

 

すると、その言葉と呼応するかのように、ターンエーのディスプレイは光り、そしてロランの問いに答えを返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     『DOCbace The moon 2』

 

 

 

 





次回予告

とうとう僕たちは、ISで戦うことになる。彼女の心を、少しでも癒してあげたいからだ。

そんな僕を、セシリアさんは鋭く睨むのだった。

次回 IS─∀turns
『ターンエー立つ』
舞い上がれ、戦風──。

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