IS ─∀Turns   作:VANILA

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僕は、とても悲しいことがあって、ターンタイプ達が眠る繭を見に行ったら、そこで目覚めたターンエーに捕まって気を失った。

目が覚めるとそこは僕の知らない世界で、しかもターンエーは宇宙服みたいに小さくなっていた!

僕はこの先、どうなってしまうのかと、不安になるのだった。



第二話「ローラの新学期」

「……はぁ」

 

 

 

織斑一夏は、げんなりとした面持ちでIS学園の一年一組の机についていた。

 

IS学園はISの『女性しか扱えない』という特異性もあって、生徒はほぼ全て女性だ。

 

しかし、何事にも例外というものはある。この織斑一夏が、その最たる例だろう。

 

このIS学園に入学する最低条件として、まずISを操作できなければならない。当然だ、なにせこの学園はIS操縦者を育て上げる学校なのだから、操縦すらできなければ話にならない。

 

だが逆にいえば、それさえクリアしたらこの学園に入ることができるのだ。

 

そしてこの織斑一夏こそ、男性でありながらISを動かすことの出来る、世界で最初の男性IS搭乗者なのだ。

 

 

 

「……ぐぐ」

 

 

 

だが、織斑一夏はそんな自分の境遇を喜ぶことは出来なかった。

 

なにせ、今日のIS学園の始業式の日まで軟禁状態の生活を強いられていたかと思うと、今度は生徒達が全員女子のIS学園に無理やり入学させられ肩身が狭い思いをしなければならないのだ。

 

無論、彼はそれが他でもない自分を守るための措置だということも、自分は今特殊な状況におかれていることも理解していた。

 

だが、理性で分かっていても不愉快さはぬぐえないもので、先程から一夏の額に大量の脂汗が滲み、足は勝手に貧乏揺すりしだす始末だ。

 

 

 

「くそっ……」

 

 

 

不満ばかりが募り、無性に一夏は過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。

 

三月に藍越学園の受験会場に向かうときに藍越学園までの地図を無くさなければ、

 

藍越学園を『IS学園』と聞き間違える老人に行き先をたずねなければ、

 

そして『IS学園』で受験会場の場所を探してうっかりISに触らなかったら、

 

こんなことにはならなかったのに。

 

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

すこし離れた席に座る、六年ぶりに再会した幼馴染みの少女にすがるような視線を送るが、先程からずっと一夏と目が合わないように不機嫌そうに顔を背け続けていた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

溜まりにたまった不満を和らげようと、もう一度溜め息をつく。

 

正直なところ、周りが女子生徒だけで居心地が悪いだけならまだ良かった。周囲の女子生徒から好奇の視線を向けられる程度ならば、その視線を無視すれば多少は気が楽になるからだ。

 

でも、この状況は違った。

 

向けられる好奇の視線に、悪意なき侮蔑や嘲笑の念が多からずとも混じっているのだ。

 

それもこれも、ISが作られるにあたって出現した、女尊男卑の社会的風潮によるものだった。

 

女性は男性よりも優れているというその風潮は、いまや当たり前のものとなってしまった。

 

だからだろう、周りの女子生徒達が侮蔑や嘲笑の念を抱いていても、そこには悪意がない。男性が弱いのは、彼女ら女性にとって当たり前だからだ。

 

そんな居心地の悪いなんてものじゃない教室に、ガラッと前の扉が開く音がした。

 

 

 

「あ、どうやら全員揃っているみたいですね。じゃあ、ホームルームの時間には早いですけど、始めましょうか」

 

 

 

音の鳴った元を見ると、緑髪で幼い顔をした女性が扉を開けて、クラス全体にショートホームルーム開始の旨を告げる。

 

 

 

「じゃあ、自己紹介させてもらいますね。私の名前は山田真耶と言います。この一組の副担任を任されています、これから一年よろしくお願いしますね」

 

 

 

教卓に立ち後ろの黒板に「山田真耶」と書いて、まず女性は自分の自己紹介を済ませる。

 

しかし、教室全体が異様な緊張感に包まれているためか、クラスの女子生徒達はその自己紹介になんの反応も示さない。

 

 

 

 

「あ、あれぇ?」

 

 

 

自己紹介をしたものの思っていたより反応が薄い、いや反応が無かったので真耶は困惑し、次第に涙目になる。

 

見た感じ、クラス全員にナメられてると誤解しているようだと一夏は当たりをつけ、間接的とは言え涙目にしてしまってすまないと心の中で謝る。

 

 

 

「じ、じゃあ今度は皆さんの自己紹介をお願いします、出席番号順で、最初はア行の人達から、で……」

 

 

 

 

居たたまれなくなったのか、じょじょに声量がしぼんでいってしまいながらも、話題を変えるかのように自己紹介を促す。言い切った真耶先生は、からだ全体が哀愁を放ち、もう見てるこっちが居たたまれなくなってくる。

 

そんな先生の哀愁の姿もさておき、クラスの自己紹介が始まった。

 

どの子も女の子らしい趣味や嗜好を言っていく為、どんどん一夏の覚える疎外感が強くなっていく。

 

しかし、出席番号順で自己紹介が始まった以上、織斑一夏つまり「ア行」の一夏の順番は近く、そしてついに一夏の番になる。

 

ゆっくりと自分の席から立ち、教卓の前まで歩いてクラス全体を見渡す。

 

 

 

「えっと、織斑一夏、です。趣味はその、ゲームだったり、です」

 

 

 

緊張に引っ張られてうっかり自己紹介を噛まないように、たどたどしくもゆっくり喋る。そして一通り言い終わるが、どことなくクラスの女子達や隣に立つ先生は不服そうにいまだこちらに目を向ける。

 

ようは「他にもっと何かないの?」と、この人達は言ってるのだ。

 

しかし、クラスの中で男が一人だけというだけでも目立っているのに、これ以上何か言って目立つようなマネはしたくない。

 

 

 

 

「……これから一年、よろしくお願いします」

 

 

 

ので、一夏は無難に自己紹介を締める。女子生徒達から不満そうに見つめられるが、緊張している一夏にとってはこれで精一杯の挨拶なのだ。これ以上は、できれば言いたくない。

 

そんな当たり障りのない自己紹介を一夏が終えると、今度は教室の後ろの扉が開く。

 

そしてその扉を開けた人物を見て、一夏は大いに驚いた。

 

 

 

「千冬姉!? どうしてここに……」

 

 

 

それも仕方ないだろう、職業不詳で月に一度か二度家に帰るかどうかの実の姉が、スーツを着こんでこの学園のしかも弟の教室にいるのだから。

 

と、そこで千冬は一夏にツカツカとヒールを鳴らしながら近づくと、手にもっていた出席簿で一夏の頭を叩く。

 

 

 

「あ痛っ!」

 

 

「ここでは、織斑先生と言え。今は姉弟という立場ではなく、教師と生徒だ。分かったな」

 

 

 

スパンッ! と大きな音を立てて弟の頭を叩いた千冬は、一夏にそう言って場をわきまえろと注意する。

 

そこで一夏は先程、山田先生が自己紹介の時に副担任だといっていたのを思い出した。

 

そして先程の千冬からの注意を元に考えるともしや──

 

 

 

「もしかして、千冬姉は『IS学園』の教し、あ痛!」

 

 

「そうだ、だからここでは織斑先生だ馬鹿者」

 

 

 

また千冬姉と言ってしまった為叩かれるが、やはり千冬は『IS学園』の教師、しかも状況からするにこの一組の担任のようだった。

 

職業不詳にしていたのは、恐らく『IS学園』という特殊な環境に身を置くにあたって、『IS委員会』から身内に対してもその身分を喋ってはいけないとされていたのだろう。

 

職業不詳とはそう言うことだったのかと納得する一夏のまわりで、その姉弟の会話を聞いていたクラスメイト達が突然ざわめき出す。

 

 

 

「嘘!? 一夏君って千冬様の弟さんだったんだ!」

 

 

「一夏君羨ましいよぉ! さすが千冬さんの弟ォ!!」

 

 

「いいなぁ、私も千冬様の妹に生まれたかったぁ。もう叶わないケド」

 

 

「なに言ってんの! 一夏君と結婚すれば、今からでも義妹になれるわ!」

 

 

「「「「お前天才か!!?」」」

 

 

 

 

次々に千冬に対する黄色い声がそこらじゅうから上がり、小さな騒ぎがあっという間にクラス全体の千冬へのラブコールへと変わる。

 

それに対して千冬は大きく溜め息を吐き、眉間にシワを寄せて不快そうにしてみせる。

 

だが、人気なのも仕方ないだろう。千冬はかつてのIS元日本代表で、戦歴は全戦無敗という伝説的な記録を持った、人類最強のIS操縦者と言われているのだ。

 

ISに乗る少女達からすれば、千冬はまさにレジェンドと言っていい存在なのだから。まぁ、身内の一夏にとっては今一つ理解しがたいことではあるのだが。

 

 

 

「山田先生、少しショートホームルームが早いようですが、どうかされました?」

 

 

「はい、その、織斑先生が会議に出席されていたので、自己紹介だけでも済ませておいた方が良いかなと思いまして。でも会議も早く終わったようですし、余計でしたかね?」

 

 

「いえ、心遣い感謝します。それと、『準備』ももう済ませました。今は扉の前で待機させています」

 

 

「そうなんですか? じゃあ待たせるのも可哀想ですし、『彼』……じゃなくて『彼女』を早速紹介させてもいいですか?」

 

 

「……えぇ構いませんよ」

 

 

 

千冬と真耶が教師二人でしばらく何か話し合い、暫くして千冬が教卓の前に立ち、生徒全員に向けて話す。

 

 

 

「さて、唐突だがこのクラスに女子の転入生が入ることになった。所属している企業の関係で、この四月から急遽このIS学園に転入することが決まったそうだ」

 

 

 

その言葉にクラスがざわつく。

 

この四月、しかも新学期の始まる日に転入生など、漫画かアニメかライトノベルぐらいのものだろう。

 

現実離れしたそのイベントに、クラス全体が沸き立つ。

 

ただ、一夏にとっては「また女子が増えるのか」と機嫌を更に悪くさせるイベントになるのだが。

 

 

 

「それじゃあ、早速入ってもらおう。『ローラ』入れ」

 

 

「はい」

 

 

 

千冬の呼び掛けに対し、扉の向こうにいる転入生が返事をし、扉を開ける。

 

 

 

そして、教室は静まり返る。

 

 

転入生は、言葉では十全に言い表せない程の美貌を有していた。

 

褐色の肌をしたその転入生は、女性物のIS学園の制服に身を包んだ姿で現れた。

 

誰もが口を開けたまま、その転入生に目を釘付けにされていた。

 

そんな静まり返った教室をいぶかしむ素振りをみせながらも、転入生は教卓の前まで歩き、そしてクラスメイトに正面を見せる。

 

正面を見て、クラスメイト達はその転入生の美しさを更に思い知ることになった。

 

転入生の髪はプラチナを思わせるほど艶のある銀髪で、後ろ髪を結って片目を隠した髪形をしており、片目を隠していることで神秘性が増し、後ろ髪を結っていることで露出した首筋から、快活さと僅かな妖艶さが放たれている。

 

さらに後ろ髪を結っている蝶の髪飾りが七色に輝き、首筋の艶かしさをさらに際立たせている。

 

しかも体のありとあらゆる細部に至るまでその美しさはまんべんなく、体型もその碧眼も唇も指も、女性にとって羨望の的になるほど端正であった。

 

その姿にもはや嫉妬することなど忘れて、女子生徒達は息を止めてじっと転入生の隅々を見る。

 

というより、嫉妬できないのだ。目の前の転入生の美しさの前では、嫉妬しようがしまいがその美しさは揺らぐことがなく、そして嫉妬心を抱くこと自体がおこがましいと思えるほど美しいからだ。

 

 

 

「皆さん、初めまして。私は『ローラ・ローラ』と申します。企業の関係でこのIS学園に転入し、皆さんと勉学を共にすることになりました。どうかこの一年間、皆さまと一緒に楽しく学園生活を送れたらと思います。よろしくお願いします」

 

 

 

転入生は自己紹介を済ませ、最後に少し大勢の前で話すのが恥ずかしかったのか頬をほんのり紅潮させ、和やかにはにかむ。

 

教卓の前で挨拶をし、お辞儀をする一連の所作と言葉全てが気品に満ちており、クラス全体がのまれかける。

 

不機嫌になりかけていた一夏も、クラスメイト達と同様に息を飲んで、転入生のローラをじっと見つめていた。

 

 

 

「さて、ローラの席だが……。ん? 席が一つ足りないな」

 

 

 

確かによく見ると席が一つだけ足りず、ローラの座る場所がない。

 

 

 

「あ、本当ですね。転入が急に決まったので、準備の際にローラさんの情報がうまく回ってなかったのでしょうか」

 

 

「かも知れないな。しかたない、今から椅子を用意すると時間がないし、ローラには欠席者の席を使って貰おう。それでいいか? ローラ」

 

 

「はい、私はそれで構いませんよ」

 

 

 

そう言って、千冬に微笑みながら頷く。

 

 

 

「すまんな、助かる。それじゃあ丁度良い、織斑一夏の隣に座ってもらえるか?」

 

 

「はい」

 

 

 

千冬の言葉に従い、ローラはいまだに硬直している一夏の隣の席まで歩き、椅子を引いてゆったりとした動作で座る。

 

 

 

「お隣、失礼しますね。一夏さん」

 

 

「あ、あぁ。よろしく、ローラ……さん」

 

 

 

座ると同時にローラから話しかけられ、一夏は挙動不審になりながらも、挨拶を交わす。

 

しかし緊張していたからか、普段は初対面でも同年代ならば名前呼びで敬称をつけないくらいフレンドリーなはずの一夏は、敬称をつけてしまう。

 

そんな挙動不審な一夏を見て可笑しかったのか、ローラはクスクスと笑ってみせた。

 

 

 

「私たちは同年代なんですから、よそよそしくしなくて構いませんよ。ローラと気軽に言ってくださいね」

 

 

「あぁ。……分かったよ、ローラ。ローラも俺を呼ぶときは、一夏で良いからな」

 

 

「はい。フフフッ、よろしくお願いしますね、一夏」

 

 

 

緊張していた一夏だったが、ローラと話していくうちに、その緊張も抜けていつも通りフレンドリーに話すことができた。

 

というのも、ローラからは周りの女子達のような侮蔑や嘲笑の念が感じとれず、純粋な「仲良くしたい」という思いが伝わってくるからだった。

 

女子が加わるというから落ち込んでいた一夏の気分も、思っていた以上に転入生が優しく、それでいて仲良くしてくれようとしていたので、幾分か良くなった。

 

 

 

「さて、転入生からは以上だ。それじゃあ自己紹介の続きをしてくれ。それが終わったらショートホームルームは終わりだ」

 

 

 

暫く呆け続けたクラスメイト達も、千冬の言葉を聞いて我に返り、再びクラスメイト達の自己紹介が再開される。

 

クラスメイト達が自己紹介をしていくなか、隣が優しそうな転入生でよかった、そう思いながら一夏はローラの方を見る。

 

ローラは自己紹介を終える女子生徒達に拍手を送りながら、楽しそうに女子生徒達の趣味や嗜好を聞いていく。

 

 

 

(あれ?)

 

 

 

見ていて、ふと一夏はローラに対して違和感を覚えた。

 

優しいはずの彼女が、何かに強いられているかのような、そして何かを隠しているかのようなそんな気がしたのだ。

 

そして──

 

 

 

(……いや、気のせいだろ)

 

 

 

そして、一夏は考えるのを止めて、ローラと同様に女子生徒達の自己紹介に耳を傾ける事にした。自分の考えが明らかにおかしいと思ったからだ。

 

それもそうだろう。

 

 

 

こんな麗しい子が、まるで男みたいだなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISを起動し、周囲に多大な被害を出したあのあと、ロランと千冬達はお互いの知っている世界について話し合っていた。

 

ロランはムーンレィスと地球人、ターンタイプと黒歴史について話し、千冬はISと『白騎士事件』、女尊男卑と篠ノ之束について話した。

 

そして、二人の知っている世界は明らかに違うことが分かった。

 

 

 

「これは、どういう事なんでしょうか……」

 

 

「私にも分からない。ターンタイプが歴史を塗り潰したなんて話も、月には宇宙人がいるなんてことも今はじめて知った」

 

 

「僕も、女尊男卑だったり『白騎士事件』だったり、知らない事ばかりです」

 

 

 

二人してこの奇っ怪な現状の正体が何なのか、どういう事かと思考するが、答えは出てこない。これは人智を越えた現象ということぐらいしか、分からない。

 

 

 

「あ、あの……」

 

 

 

そこで、今まで口を閉ざしていた真耶が声をあげる。

 

 

 

「自分でも馬鹿らしいとも、夢見がちだとも、あり得ないとも思えます。でも、状況からしてこれは、異世界からロラン君が迷いこんだとしか考えられ、ないですか……?」

 

 

 

その言葉に、ロランと千冬の二人は口を閉ざすしかなかった。

 

メルヘンや夢物語を言っている訳じゃない、真耶の言ったこの仮説は立派な可能性だった。

 

だが、だとしたら。

 

これからその迷いこんだロランはどうすればいいのか、帰るためにはどうしたらいいのか、三人には皆目見当がつかず黙り混む。

 

暫く沈黙が続いた後、千冬はその沈黙を破るように喋り始める。

 

 

 

「取り敢えず、ロラン君。君がどんな行動を起こすにしろ、住むところや食べる物、着るものが必要になってくるだろう」

 

 

「はい、確かにそうですね」

 

 

「だが、いまの君はこの世界では身分不詳の身の上だ。働き口も無ければ、住むところも食べ物を買うお金も無い。だが」

 

 

「だが?」

 

 

「君は、ISを動かすことができる」

 

 

 

その千冬の言葉で、ロランは全てを察する。

 

ISの史上二人目の男性操縦者として、このIS学園に入学しないかと、千冬は言っているのだ。

 

だが入学させるといっても、ロランが身分不詳である以上、そんな身の上を入学させて大丈夫なのだろうかと、ロランは不安になる。

 

詳しいことは分からないが、自分を入学させるために千冬達が迷惑を被るのは、ロランにとってあまり望ましくなかった。

 

 

 

「なに、遠慮することはない。身分不詳という点はこの学園ではどうとでもできるし、ここで君を見捨てたりすると私の寝覚めが悪くなる」

 

 

「そうですよ。私と千冬先生を助けると思って、ここは私達に頼ってください」

 

 

「御二人とも……。ありがとうございます、初めてあった僕に、こんなにも親切にしていただいて」

 

 

 

そんなロランの心情を汲み取ってか、千冬と真耶はロランが遠慮する前に先んじて告げる。

 

とても温かく優しさに満ちた二人の言葉にロランは感動し、ロランは遠慮をして二人を悲しませたくないと思い直し、力を借りることにした。

 

 

 

「男性操縦者となれば、入学費や学費も『IS委員会』が進んで出してくれるだろう。住所の手配や生活費のは私達で何とかしてみせよう」

 

 

「研究のためロラン君の血液採集やターンエー?のIS操縦のデータを委員会に送ることになるかもしれないけど、それさえ終わらせれば大丈夫だからね、ロラン君」

 

 

「ありがとうございます、僕に出来ることはありますか?」

 

 

「君はまだ目が覚めたばかりで、体調はそこまで良くないだろう。今は保健室で休憩しておけ。無理せず、ここは大人に頼っておけ」

 

 

 

その言葉でロランは少しばかり自分の体が重いことに気づいた。この世界に来たからか、まだロランの体調は優れないようだった。

 

千冬の好意に甘えさせてもらい、再び保健室で休ませてもらう。

 

そして幾分たっただろうか、暫くして真耶が保健室の扉を開けて、入ってきた。とても嬉しそうな表情をしており、太陽のように晴れ晴れとした笑顔は思わずこちらも笑顔になってしまう程素敵なものだった。

 

 

 

「良かったですねロラン君! 住むところは有志で貸家を出してくれる人が丁度いて、そこの人がロラン君を住ませてくれる事になりました! 生活費も『IS委員会』が負担してくれるそうです!」

 

 

「本当ですか! ありがとうございます、山田先生!」

 

 

「えへへ、これでも先生ですからね! これぐらいなんて事ないですよ!」

 

 

「あはは! さすがです山田先生!」

 

 

 

住むところや生活費が出たことが嬉しかったのと、真耶のテンションが高かったのもあってか、二人で手を繋いでくるくると回りながら踊る。

 

 

 

「……何を踊っている、二人して」

 

 

 

二人が踊っている後ろで再び保健室の扉が開き、そこから千冬が現れロラン達に冷めた目を向けて言う。

 

変なテンションで突然踊り出して、しかもそれをうっかり千冬に見られてしまった為二人して気まずくなってしまい、繋いでいた手をどちらともなくそっと手を離した。

 

そんな二人の姿をみて溜め息をついて、千冬は『IS委員会』に聞いたロラン入学について話し始める。

 

 

 

「まず、結果として入学は認められた。身分不詳の件は『IS委員会』が偽造の身分証を発行することで解決。身分上だが、ロランは『倉持技研』の専属パイロットとして所属していたことにするそうだ」

 

 

「やりましたね千冬先生! これでロラン君は二人目の男性IS操縦者ですよ!」

 

 

「……あれ?」

 

 

 

とそこで、ロランはいまの話がおかしい事に気がついた。

 

 

 

「『倉持技研』に()()()()()()、ですか? それだと、僕が織斑一夏君より先に動かしていたって事になりますけど」

 

 

「……」

 

 

「……あ! 本当ですね! これはどうしたんですか、織斑先生?」

 

 

 

ロランの指摘に、千冬は顔をしかめ始めた。それはまるでどうすることも出来なかった自分に腹が立っているようで、それでいて悔しがっているような顔だった。

 

なぜそんな顔をしているのか、まるで分からなかったが、この世界の状況を反芻していくうちに次第にロランは気付いた。IS委員会が、ロランに何をさせようとしているのかを。

 

 

 

「もしかして委員会は、()()()()入学しろと……言っていたんですか」

 

 

「……あぁ、そうだ。委員会に参考にとお前の写真を送ったら、男であることを隠せと言われた」

 

 

 

肯定した千冬に、真耶は驚く。

 

 

 

「お、織斑先生!? な、なんでそんな……」

 

 

「女尊男卑、ですよ」

 

 

 

戸惑う真耶に、ロランは冷静に答えを示してみせる。初めは真耶はロランが何を言っているか分からなかったが、千冬とロランの補足で次第に委員会が何故そんな事を要求したのか、理解する。

 

 

 

「そうだ。IS委員会は、基本的にその大半が女性で構成されている。何故か? ISは女性にしか使えないから、確かにそれも理由だ、だが」

 

 

「IS委員会に所属する大半が女性であることで、ISを元にした女尊男卑という社会の認識を、揺るがぬものにしたいから。……ですよね、織斑先生」

 

 

「あぁ、その認識で間違いない」

 

 

 

元来、IS操縦は女だけの特権であり男にはあまり関係の無いものだ。

 

だからこそIS委員会はほぼ女性の議員しかおらず、男性議員がいてもその男性には発言権というものが無いに等しい。

 

そうやって委員会内での男性の地位を低くすることで、基本的に女性の意見が通りやすくしているのだ。

 

 

 

「ロランが最初の男性搭乗者だったら、話は違っただろう。だが、今回は二人目」

 

 

「これ以上男性の搭乗者が増えれば、必然的に男性搭乗者の為に男性議員が増える必要性が出てきます。そうなってくれば、女尊男卑の風潮が薄くなっていく可能性があります」

 

 

「なるほど……。そうなれば女性に多大な支持を受けていたIS委員会は失墜する恐れも出る、だからロラン君だけでも女として公に扱いたいんですね……」

 

 

 

ロランと千冬の説明に真耶は納得する。しかし、だからと言ってロランへの待遇に賛同が出来るわけがない。真耶は精一杯反発する。

 

 

 

「ですけど、こんな扱いはあんまりです! 今からでも抗議をしましょうよ! 何で織斑先生はそんな事を了承したんですか!」

 

 

「私だって、こんな扱いは許せるものじゃない。抗議はしてみせた。だが……」

 

 

 

千冬は目を伏せる。

 

 

 

「どれだけ頭を下げようと、どれだけ私の『ブリュンヒルデ』の名前を振りかざそうと、委員会が動くことは無かった。それどころか、学園ではなく研究所でロランを預かるべきだと強気で言ってきたんだ。……あいつらはそれほど、自分の名前が可愛いんだよ」

 

 

「そんな……」

 

 

 

真耶はその言葉を聞くと、先程までの快活な笑顔が嘘のように暗く、悲しそうに俯いた。

 

そして、千冬も顔を伏せてあるため分かりづらいが、唇を思いきり噛みしめており、今にも血が出そうだ。

 

二人とも、自身の無力さを嘆いているのだ。大人に任せろと言っておいて、ロランに女として振る舞えと屈辱的な事をさせようとしているのだ、悔しくないわけがない。

 

 

 

「そんなに気に病まないで下さい、千冬さんに真耶さん」

 

 

「ロラン君……」

 

 

 

暗くなっていた真耶と千冬に、声が掛かる。それは、ロランの二人を気遣う言葉だった。

 

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいよ、だが……」

 

 

「分かってますよ、僕が何を言っても慰めにならないのは。でも、千冬さんも真耶さんも僕のために動いてくれた、それだけで僕にとっては充分なんですよ。それに、御二人が頑張ってくれたのに女装くらいで不満なんて言いませんよ」

 

 

 

「それに、女装するのは慣れてますしね」肩をすくめながら、最後にそう付け加えてまるで冗談でも言ってみせるかのように、ロランは話す。

 

彼にとっては初対面の、それも会って間もないこんな自分を助けようと動いてくれただけで、とても救われたのだ。感謝することはあっても、恨むことなど万にひとつもない。

 

 

 

「でも、ロラン君……」

 

 

「それに」

 

 

 

申し訳なさそうにしている真耶の言葉を、ロランは遮り笑ってみせる。

 

 

 

「僕は、気になったんです。どうして世の中がここまで女尊男卑に染まってしまったのか。『白騎士事件』だけで、こんな風潮がはびこるはずがないんです。だから、どうしてこの世界の人たちがこんな人を大事にしないような考えを望んだのか、僕は知りたくなったんですよ」

 

 

 

ロランはふと自分の手元にある、蝶の髪飾りを、待機させてあるターンエーを見やる。

 

恐らく、この世界に来たのはターンエーの力によるものだろう。だけれど、なぜこの世界にくる必要があったのか、そしてターンエーがなぜISに変化したのか、分かっていない。

 

だから、それも含めて知りたい。いや、知らなければならないのだ。ターンエーのパイロットとして、一人の人間として、この世界の事やターンエーのことを。

 

 

 

「ロラン……」

 

 

「ロラン君……」

 

 

 

二人はロランの目をみて、何も言えなくなる。

 

彼の瞳は何処までも真っ直ぐで力強く、そしてその表情はこれからの出来事に対して覚悟を済ませた、()()()の顔だったからだ。

 

 

 

「だから、僕はこの学園に入学したい。学園に入らない道もあります、でもそれではISが中心になっているこの世界についてうまく知ることが出来ないと思うんです。女装くらいしてみせます。だから、千冬さん。僕をこの学園に入学させて下さい。お願いします!」

 

 

 

ロランは自身の覚悟と目的、そして決意を述べて最後に千冬に向かって頭を下げる。

 

頭を下げてから暫くして、目の前の千冬の場所から溜め息が吐き出されるのが聞こえる。

 

 

 

「頭を上げろ、ロラン。私が君に謝る必要がないのと同じように、君が私に頭を下げる必要などない。そうだろう?」

 

 

 

頭を上げたことで見えた千冬の顔は呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな顔だった。

 

また、隣に立つ真耶も和やかな笑顔でロランを見つめ、千冬同様に嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

「そこまで言うなら、ロラン。お前には女として入学してもらう。そしてこの学園でしたいことを、存分にしてくるがいい。私達も、出来る限りその手伝いをしよう」

 

 

「ロラン君は、強いんですね。なら私がロラン君にどうこう言うのは、失礼ってものですね。私に出来ることなんてたかが知れてますが、ロラン君の為に頑張ってみせます。だから、ロラン君もこの学園の生徒として頑張って下さい!」

 

 

 

二人から激励の言葉をロランは受け取る。

 

ロランの言葉で、二人は後ろめたさや不満で足を止めるより、ロランの為に出来ることを探すことに決めたのだった。

 

 

「千冬さん、真耶さん! ありがとうございます!」

 

 

「今は良いが、入学したら私の事は『織斑先生』と呼ぶことだ。無論、『山田先生』もな」

 

 

「はい、先生!」

 

 

 

ロランのその言葉を皮切りに、三人は互いの顔をみて笑い合い始める。

 

彼らはまだ会って間もない。それこそ会話を交わしたのはものの数時間だけで、お互いの事もそこまで理解していない。

 

しかしその僅かな時間で、彼らは確かな絆を築いていた。

 

それはロランの混じりけのない優しさに、千冬と真耶が感化された事で生まれた、尊い絆であった。

 

 

 

「そうだった、女装すると決まった以上、『女としての名前』を決めなくてはな。『IS委員会』から名前だけはそちらに任せると言われていてな。女らしい名前なら、なんでも良いそうだ」

 

 

「『名前』ですか?」

 

 

 

千冬が思い出したかのように言う。

 

その言葉を聞いてロランは少し逡巡して、

 

 

 

「『ローラ・ローラ』。僕は、いえ、私は『ローラ・ローラ』になります」

 

 

 

かつて疎ましく思っていたもう一つの名前を、仮初めの名前に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、これは関係ないことなのだが、千冬達がロランにISの知識を教えたり女らしい振る舞いの練習をさせたりしたとき、あまりにも女性らしい仕草に慣れていたのとロランの「女装は慣れてますから」発言に

 

 

 

「「(もしかして女装が)趣味か!?」」

 

 

 

と大の教師二人が揃いも揃ってすっとんきょうな事を尋ね、

 

 

 

「任務ですよぅ!」

 

 

 

とロランも頬をむくれさせていじけてしまったりと色々な苦労話が有るのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 




次回予告

一夏に苛烈な態度をとる少女、セシリアは一夏と僕とISで戦うことになった。

僕はつい彼女に酷いことを言ってしまうけれど、彼女はとても優しくて、意地っ張りな子だった。

僕はそんな彼女のために、何かしてあげたいと思うのだった。

次回 IS─∀turns
   『衝突!意地っ張りセシリア』
    彼女の心に、風は届くか──?

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