IS ─∀Turns   作:VANILA

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女神転生の小説の息抜きとして、書いてみました。

それは良いとして、ロラン君可愛い!!

ローラ党はとてもいいものだぁー!みんなー!早く入ってこーい!!!


第一話「おいてけぼりロラン」

ロランは、走っていた。

 

自転車のサドルから腰を浮かせ、生き急ぐかのようにペダルを漕いで車輪を回す。

 

頭上では月の光が輝き、ロランの進んでいる道を照らしている。

 

ロランもまた月の光に照らされ、絹のような銀髪と浅黒い肌が、夜闇だというのにはっきりと浮かび上がっている。

 

自転車はロランの住んでいた小屋からどんどん遠ざかり、やがて森の中へ入っていく。

 

自転車はどんどん速度を上げていき、向かい風もまた強くなってくる。

 

 

「わあああああああっ!!」

 

 

向かい風に押されこわばった顔を動かし、強引に声帯を震わせて叫ぶ。

 

肺の中の空気を全て出したことで体に疲労を感じ始めたが、それでもロランは自転車のペダルを漕ぎ、ひたすらに走る。

 

柔らかい砂の傾斜をタイヤは踏みしめ、やがてロストマウンテンと呼ばれる山の頂にまで到達する。

 

 

「うわあぁっ!?」

 

 

体の疲労を無視して走っていたからか、ロランはペダルから足を踏み外し、バランスを崩してそのまま倒れてしまった。

 

膝に擦り傷を負い、身体の節々は疲労でギシギシときしむほど、ロランはペダルを漕ぎ続け、そしてここまで来た。

 

ロランをここまで動かしていたのは、哀しみと寂しさ、そして怒りといった感情だった。

 

それらの感情は、ロランを言い様のない衝動に駆らせ、冷静な思考を奪っていた。

 

それほどまでに、それらの感情は強烈なものだった。

 

頂きに座り込み、鼻をすすりながら、未だに頬を伝い流れる水滴を、何度も何度もロランはコートの袖でぬぐった。

 

ロランの青く潤んだ眼は大粒の涙を流し、赤く腫らしながらも、それでもこの頂きから見える虹色の繭から視線をはずすことなく見つめていた。

 

それは、とても美しいものだった。

 

繭は虹色の光を絹のように滑らかな表面に浮かび上がらせ、その上では満月がそれを見下ろし、更に美しくさせるかのように銀色の月光を浴びせる。

 

元は歴史を黒く塗り潰した機械達だったことなど忘れてしまうほど、この繭の光景は神秘的で優雅だった。

 

ロランが疲れたとき、悲しくなったとき、いつも必ず夜になったらこの場所に来ていた。

 

この景色は来るたびにそんなロランの心を、慰めてくれていたからだ。

 

ロランの駆っていたホワイトドールも、黒歴史を呼び出そうとしたターンXも、今はこの繭の中で眠っている。

 

その眠りは一時的な物だと、いつだったかロランの知り合いの技術者が言っていたのを思い出した。

 

長い長い年月を費やしながら、二機のターンタイプはお互いを癒しあって、そしてまた起きるらしい。

 

 

 

「……グスッ」

 

 

 

そこまで思い出して、ロランは悲しくなる。

 

悲しくなって、また収まったと思っていた眼から熱いものが込み上げてきた。

 

そして、羨ましいと思った。ホワイトドール達は、死ぬことがない。その事が、ロランを悲しませた。

 

ロランは、直ぐにここから離れようと、考えた。

 

いつもは慰め、癒してくれていたこの光景が、今はただただロランの中にある矮小な羨望と嫉妬心を呼び起こしてくるからだ。

 

羨み嫉妬し、そしてそんな自分に嫌悪感を抱く。そんな負の感情と思考がロランを更に苦しめた。

 

もう、戻ろう。ここにいたら、苦しくて立ち直れない。

 

そう考えて、ロランは腰を持ち上げる。

 

だが、少し休んでいたもののまだ疲れが残っていたのか、ペダルを踏み外したときと同じように、足がもつれた。

 

 

 

「わ! わわ、わああぁぁ!!」

 

 

 

もつれ、バランスを崩して前の斜面に倒れ込み、柔らかい砂がロランを転がす。

 

大きな砂ぼこりをたてながらロランの体は重力場にしたがいながら斜面を転がり続ける。

 

ロランは何とか起き上がろうとするが、転がっていくうちにロランの目は渦を巻くように回ってゆき、平衡感覚を掴めずになすがままに転げ落ちる。

 

 

 

「わああぁぁぁ! と、へぶっ!?」

 

 

 

転げ転がり続け、傾斜が緩くなった砂地でロランは顔でブレーキをかけて止まった。

 

端正で張りのある褐色の肌のあちこちに擦り傷ができ、血がにじみ始める。

 

 

 

「いってて……。そうだった、ここの土柔らかいんだっけ……」

 

 

 

全身にまとわりついた土を手で払いその場から立ち上がると、すぐ目の前に件の繭が鎮座している。

 

どうやら座っていた頂きから繭の鎮座している所まで転がり続けたようだ。

 

頂きからここまで、かなりの高さと距離があるのだが、擦り傷程度ですんでよかったとロランは息をつく。

 

息をついて、ロランは気付いた。

 

自分の周りに何か、砂ぼこりとは違う虹色の粉末が飛び回っている。

 

 

 

「……? 何だろう、これ。キラキラしてて、きれいだけど……」

 

 

 

それはとても綺麗なものだった。

 

小さな粉末は七色に輝きながら、風に流されていく。

 

綺麗な粉末が風にのっていく様は美しく、それでいてとても懐かしい感じをロランは覚える。

 

まるで虹色の蝶々が羽ばたいて落ちたリンプンが、風に流され輝いているかのようで───

 

 

 

「……え? 蝶々の、リンプンだって!?」

 

 

 

───そこまで考えて、ロランはハッとする。虹色の、蝶々のリンプン、もしかしてその蝶々は……!

 

そして、再び繭の方を見る。

 

もう見たくないと思っていた繭を。

 

見ざるを得なかった。

 

なにかが確実に起こっているのだ、世界を揺るがしかねない何かが。

 

ロランは、見なくてはいけなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……だろ」

 

 

 

繭から、ターンタイプが生まれてくるのを。

 

繭はその丸い自身の体から強烈な風を吐き出し、それにともない繭を包む虹色のナノスキンの粒子がが大量に吹き飛んでいく。

 

徐々に吐き出される風が強くなっていき、それだけナノスキンの粒子も多く飛ばされて行く。

 

やがて風はロランが立ち上がることが出来ない程吹き荒れ、粒子は目の前を覆い尽くす程大量に飛んでいく。

 

もはや粉末を乗せた風は虹色の奔流となり、ロランを包みこむ。目を開けることすら、出来ない。

 

もはや嵐と言っても過言ではなかった。

 

目を開けることも立つこともできず、ロランは腕で顔を庇いながらその場で倒れ伏して、自分の体を守る。

 

 

 

「なんで!? ホレスさんは、ターンタイプが目覚めるのは何百年と先のはずだって、言ってたのに!?」

 

 

 

ターンタイプは確かに化け物じみた性能の塊だ。

 

だが、ターンXもホワイトドールも先の戦いでお互い大破し、癒え難い傷を負っている。

 

誰かが手を加えたりしなければ、こんなに早く直るはずがない。

 

しかし、手を加えるもなにも、ターンタイプは誰も分からない未知の機能で出来ている。

 

そんなものに、手を加えるなどできるはずがない。

 

 

 

「! まさか、ターンタイプ同士が……!」

 

 

 

そこでロランは、一つの考えに至る。

 

もしも、ターンタイプ同士がお互いの傷を修復しあっていたとしたら。

 

決して有り得ない話ではない。

 

あのときホワイトドールとターンXは組み合いながら、ナノマシンが作る布に包まれていった。

 

その中で、ターンタイプ二機がお互いの機体を修復しあうことで治癒までの時間を短縮したとしてもおかしくない。

 

むしろそう考えると、何百年もかかるであろう機体の修復が数年にまで早まったことにも納得がいく。

 

 

 

(敵対していたホワイトドールとターンXが、お互いを直したのか……?)

 

 

 

自機を直すためとはいえ敵対していた機体とそんなことをするのだろうか、そう考えていたときだった。

 

 

 

「……あれ、風が止んでいってる?」

 

 

 

腕越しに感じていた風が、弱まってきていることが分かる。

 

恐る恐る目を開けると、あの虹色の奔流も嘘のようになりを潜め、虹色のナノマシンがまるで雪のようにハラハラと降っているだけだ。

 

ゆっくりと立ち上がり、背中に積もったナノマシンを払い落とす。

 

顔を庇っていた腕を下ろし、伏せてた目を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、白い巨像(ホワイトドール)がそびえ立っていた。

 

宝石貝のように白く美しい頭、深い青を基調とした胴体、ハイヒールのように女性的でありながら機械的にかく張っている脚、そして猛々しいヒゲ。

 

その姿を忘れるはずがない。それは正しく、戦乱の歴史を黒く塗りつぶした張本人で、ムーンレィスと地球人の架け橋となった機械。

 

 

 

「ターン、A……」

 

 

 

∀ガンダム、原始回帰の象徴たるガンダムだった。

 

 

 

「……ターンエー。お前はどうして急に、目を覚ましたんだ……?」

 

 

 

いまだロランを見下ろすターンエーに、ロランは一人ごちる。なぜこうも早く、目を覚ます必要があったのか、ロランには理解しかねた。もう役目は全うしただろうに、なにがターンエーを動かしているのか。

 

いろいろと、ロランは考えなくて良いことを考えてしまう。ただやはり、考えたところで答えが出るわけでもなく、考えていく内にロランも頭が冷えていき、考えてもしょうがない事だと思うことにした。

 

 

 

「……! 待てよ、ターンXは! ターンXは何処だ!?」

 

 

 

冷静になったからだろう、ロランはそこに在るべきものが無いことに気付く。

 

繭から出てきたのは、ターンエーだけだった。ターンXはそこには居ない。

 

ターンエーと共に眠っていたはずのターンXは、既に何処へと消えてしまった。

 

中に二年近く閉じ込められたギンガナムが生きているとは思えない、となれば月のマウンテンサイクルでホワイトドールとターンXが会合したときのように、自動操縦で動いたのだろうか。

 

 

 

(まさか、ターンXは先に修復を終えて、既に繭から抜け出していたのか!? だとしても、いったい何処へ行ったんだ!?)

 

 

 

あの時ターンXが自動操縦でうごいたのは、ギンガナムいわくターンエーを打ち倒すためだと言っていた。

 

そのターンXが何故にターンエーの入った繭から離れたのか、そしてターンXが何故修復中のターンエーを攻撃しなかったのか、分からないことが多すぎる。

 

しかし、やるべき事は一つだ。

 

 

 

(ターンXを見つけないと! 黒歴史の機体が動いたと皆が知れば、また皆の闘争本能が甦り、黒歴史の発端になってしまうかもしれない! ターンXを、何としてでも……!)

 

 

 

黒歴史を二度と起こさないよう、ターンXを見つけて停止させなければならない。

 

ターンタイプは、その存在だけでも人々に闘争本能を呼び覚ます力がある。

 

その闘争本能が大きくなっていけば、また人類は戦争に明け暮れ、第二の黒歴史が始まってしまう。

 

止めなければ、そう考えていロランはターンエーと向き直る。

 

ターンエーならば、月のマウンテンサイクルのときと同様に、自然とターンXへと動き出すだろうからだ。

 

だが、向き直り、ロランは気付く。

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 

 

そして、言葉を失う。

 

ターンエーが、一人でに動き出していた。

 

 

「なぁ!?」

 

 

慌ててコックピットを見てみるが、そこには誰も乗っていない。

 

無人のターンエーは一人でに膝をついたかと思うと、腕をロランの方へ伸ばし掴まんとしてきている。

 

 

 

「どうしたターンエーッ!?」

 

 

 

白い巨躯に圧されその場から動くこともできず、ロランはターンエーの手のひらに包まれ、黒く無機質な手のひら以外何も見えなくなる。

 

そして、次の瞬間だった。

 

 

 

「こ、これは! ターンエーの、ナノマシン!?」

 

 

 

黒い手のひらからおびただしい量のナノマシンが放出され、ロランの体を包みこむ。

 

先程まで真っ黒だった目の前が、急に虹色の光に塗り潰され真っ白になる。

 

 

 

(しまった……! あの時のギンガナムと同じように、ナノマシンで僕を取り込んでいるのか!!)

 

 

 

僕が繭に近づいたことが引き金になって、ターンエーは僕を取り込もうとしているのかと、全身をナノマシンに巻き付かれ身動き一つできない状態で、ロランは考察する。

 

このままだとまずいということはロランにも分かっているが、どれだけ手足をばたつかせようと体をよじろうと、ナノマシンの束縛を解くことができない。

 

なぜターンエーが突然こんなことをしてきたのか、ロランには皆目見当がつかないし、分からない。

 

ただ、ナノマシンに全身が覆われ、自分が酸欠状態になりつつあることだけは、分かった。

 

 

 

(ダメだ、手持ちにナノマシンの膜を引き裂けるような刃物はないし、近くに誰か僕を助けてくれる人がいるとは、思えない。これは、とうとうダメかも、知れない……。)

 

 

 

徐々に徐々に自分の意識が薄らいでいくのを、自覚することができた。

 

声も出せない、ロクな思考も出来ない状態でロランの脳裏には、自分の大切な人達が精一杯生きている情景が浮かんだ。

 

 

 

 

 

パンを焼くことで戦ったムーンレィスの少年は、あの素直じゃないお婆さんに小言を言われながらも、自身のパートナーと最高のパンを焼いている。

 

 

 

地球人とムーンレィスの架け橋になろうと躍起になって写真を撮っていたムーンレィスの少女は、惚れ込んだ自身の夫と子どもをあやして、微笑んでいる。

 

 

 

自分の幼なじみ達は、月の王女に出会ったことを周りに自慢しながら、裕福とは言えない環境でもたくましく、そして生き生きと生活している。

 

 

 

かつては世間知らずのお嬢様だったかつての主は、ムーンレィスの王女としてムーンレィス達を導き、地球人とムーンレィスとの間の軋轢を無くそうと、多忙な日々を送っている。その傍らには、赤いメガネをかけた自身の思い人が立っている。

 

 

 

特攻娘と揶揄されたとても元気なもう一人のかつての主は、少しだけではあるが女性らしくおしとやかになり、しかしてハイム鉱山の運営を一人で担う強かな女性になった。

 

 

 

(もしかして、だけど。これが走馬灯って、奴なのかな……。)

 

 

 

ロランはふと、そう思う。

 

各々が自身の生活を目一杯に生きている姿は、とても喜ばしくて嬉しい光景だった。

 

どれも眩しいほど明るく、『生の歓び』というものを体現しているようだった。

 

だと言うのに、それは同時に残酷な光景だった。薄れる意識の中でもロランは涙を流し、唇を僅かに噛み締める。

 

 

 

(みんな……皆は、どうして)

 

 

 

そんなに幸せそうなのか、矮小な嫉妬にまみれたその思考は唐突に中断される。

 

その前に、ロランの意識は、途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、こんな時にどこのどいつだ」

 

 

 

明らかに苛立ったようにそう吐き捨てながら、一人の女性が学園の敷地を早足で歩いていた。

 

織斑千冬は、大層に機嫌が悪かった。

 

今は三月。『IS』を使う女子高生を次世代の『IS操縦者』として育成する学園である『IS学園』はちょっとばかり、いや、とても慌ただしくなっていた。

 

『IS』というパワードスーツは、現存するありとあらゆるどの兵器をも凌駕する性能を持っている代わりに、女性しか扱えないという欠陥を抱えていた。

 

しかしそのような欠陥を抱えていても尚『IS』は世間に強い影響を与え、軍事組織は一斉に解体され、女尊男卑という風潮が数年で形成されていた。

 

そのような、女性だけが『IS』を使えるのだから男性よりも優れているという思想が浸透したこの社会で、なんと男性でありながら『IS』を使える人物が現れた。

 

それが織斑千冬の【弟】である、織斑一夏であった。

 

私立高校であった『藍越学園』の入学試験を受けるはずが、間違えて『IS学園』に入ってしまい、半ば事故のような形で『IS』に触れ、しかも動かしてしまっていた。

 

なんとも間抜けな理由ではあるが、結局『IS』を動かしたところを見回りをしていた教師に見られ、一夜の内に『ISを動かした男性』と銘打たれてしまい、世界で知らない人は居ないであろう程の有名人になってしまった。

 

そして諸外国から「ISが使えるならば、『IS学園』に入学すべきだ!(その男の生体データを採取すれば、男でもISが操作できるようになるかもしれん……!)」だとか、「ISを唯一使えるということは誰かに狙われやすいということだ、身の安全のためにも入学した方がいい!(その男にうちのISを提供すれば、いい宣伝になるぞぉー!)」という声が強いため、渋々強制的に織斑一夏は『IS学園』に入学することになってしまった。

 

そのせいで学園全体は織斑一夏の入学手続きで慌ただしくなった上、しかも女尊男卑にそまった女性達に対する対応でその慌ただしさは更に加速していた。

 

しかし、織斑千冬が苛立っているのは、それらが理由ではない。

 

 

 

「こんな忙しい時に、わざわざ『IS学園』のセキュリティを突破して、敷地内に入ってくる馬鹿がいるか」

 

 

 

そう言いながら、織斑千冬は敷地内のとある場所へと歩を進めていた。

 

織斑千冬が苛立っている理由、それは誰とも分からない侵入者が世界最高峰レベルの『IS学園』セキュリティを突破して、かの学園の敷地を踏んでいることだった。

 

実は三分ほど前に、織斑千冬が職員室で机の上にたまった書類を次々に処理していると、急に学園のアラートが鳴り出したのだ。

 

曰く、学園の敷地内に突如として、小型の熱源反応が出現したらしい。

 

しかも学園のカメラ全部が急に機能停止してしまい、更には警護の人物達も、怪しい人物を通した覚えはないと言っている。

 

つまり、その熱源は学園のセキュリティを全て突破してポンと現れたそうだった。

 

 

 

「こんなことができる奴は……。まぁ、あいつだけだろうな……」

 

 

 

そして大事をとってISの操縦、剣術に長けた織斑千冬が今その熱源の正体を確認しにいってるのだが、織斑千冬にはその侵入者に心当たりがあった。

 

 

 

「束……。一夏が入学することになってこっちも忙しいのは分かっているだろうに、一体なんの用だ全く……」

 

 

 

篠ノ之束、それは織斑千冬の幼なじみであり、『IS』という『宇宙用スーツ』を生み出した張本人である。その持ち前の頭脳は天才とも天災とも言える程に規格外で、たった一人で世界全体を敵に回したとしても負ける事はない。

 

そして篠ノ之束は、天災とだけあって無邪気で、よくこの学園に幼なじみである織斑千冬に会いにちょくちょく訪れる。それも、学園のセキュリティをハッキングして完全停止させた上で。

 

そしてその篠ノ之束は現在、諸外国の重鎮達からその頭脳を買われているが、本人は誰かの下につくのはまっぴらだと言って何処とも分からない所で逃避行をしている。

 

つまり──

 

 

 

「今すぐここを通してください! ミス篠ノ之に会わせてもらいたい!」

 

 

「そうはいきません! ちゃんとした手続きをふんでから入ってください!」

 

 

「ええい! 日本人はこれだから!」

 

 

「はぁ……。耳の早いやつらだな、本当に」

 

 

 

学園に篠ノ之が来たと思わしい出来事があれば、学園の外で一般人に扮して張り込んでいた、諸外国から派遣された外交官がこのように学園へすっ飛んでくるのだ。

 

遠くから聞こえる警備員と外交官達の喧騒を尻目に、織斑千冬は熱源が報告された敷地の場所へと歩を進める。

 

そこは学園内でも珍しく、人工芝が敷き詰められたかなり広めの原っぱだった。

 

おそらくその原っぱを見れば折角敷き詰められた人工芝にクレーターを造るようにニンジンの造形をしたミサイルが落ちていて、駆け寄れば「やっほー! ちーちゃん元気ぃ?」なんてその場に相応しくない甘ったるい声で束は私に呼び掛けて、抱きつこうとしてくるのだろう。

 

取りあえず、出会い頭にゲンコツを束の脳天にかましてやろうと、織斑千冬は拳を固く握る。

 

ちなみに言っておくがこれははた迷惑な幼なじみに対する制裁ではなく、織斑千冬と篠ノ之束がコンタクトしたときに行われる一連の儀式みたいなもの、いわゆるテンプレートというものだ。

 

決してケンカ等ではない。

 

そうこうしてるうちに、織斑千冬は目的の原っぱに辿り着いていた。

 

そしてその原っぱの上で、誰かが寝転んでいるのが織斑千冬の目に写る。

 

そしてややしんどそうにかぶりを振りながら、その寝転んでいる人物へと近寄る。

 

勿論、ゲンコツをかますためだ。

 

 

「いつもいつもお前はどうしてそんなに人様に迷惑をかけるのが得意なんだ、たば……ね」

 

 

 

ゲンコツを降り下ろした手は途中で止まり、叱り飛ばそうとした言葉は静かに喉の奥へと飲み込まれていく。そして、固まる。

 

 

寝転んでいるのは、千冬の幼なじみの束ではなかった。

 

そこには、千冬の見知った顔ではない少女が涙を流しながら、寝息をたてていた。

 

想定していた人物では、なかった。

 

 

「……」

 

 

だが、千冬が固まったのは想定外の事態が起きたからではなかった。もっと別の、はっきり言って俗っぽい理由だった。

 

 

(なんて、綺麗な少女なんだ……)

 

 

その少女は、褐色の肌をしていた。

 

頬は若干赤く染まっておりとても健康的な印象を受ける。

 

体つきもとても良いもので、女性らしさはあまりないがとてもバランスが良く、見ていると美しい彫像を見たときと同じ感覚になる。

 

少女の銀色の髪は絹のように滑らかで柔らかく、原っぱに注ぐ太陽を銀色の髪はその身に受けた上で眩しく反射しており、純度の高いプラチナを思わせた。

 

そんな少女は原っぱに無防備にも体を投げ出していた。

 

仄かに潮の臭いが香る風が少女の髪と芝の葉を揺らす様は、まるで絵画を直接切り取ったかと思うほどに幻想的で、そして儚さを連想させた。

 

その儚さに、少女の流す涙が拍車をかけ、ここにいる少女は自分が見ている幻なのではないかと、千冬は思ってしまう。

 

とどのつまり、千冬は目の前の少女の美しさに見とれていたのだった。

 

千冬に同性愛の気は全くといって良いほどない。

 

だがそれでも、千冬は自分の職務を忘れ、しばしば投げ出された少女の肢体を眺めていた。

 

それほどまでに、目の前の少女は浮世離れした美しさだった。

 

 

 

「……いや、何をやっているんだ私は。」

 

 

 

しばらく眺め続けていく内に、千冬はだんだん頭が冷えていき、今の自分はちょっとばかしおかしいと省みることができた。

 

なんせテロリストや諸外国のスパイかもしれない目の前の侵入者にたいして、見とれているのだ。

 

客観的に見てもそうでなくても、十二分におかしいだろう。

 

だが、千冬には不思議と目の前の少女がそういった類いの人物ではないと思えた。

 

そのような類いの人物がこんなところでのんきに昼寝をしているわけがないというのもあるが、この少女の流す涙から、邪気を感じないからだった。

 

少女をひいきしているとも見られるが、千冬にはこの少女の美しさには外面だけのものではなく、彼女自身の心の清らかさにもよるものだと感じれたのだ。

 

と、そこで千冬は吹いてくる風の寒さを感じ、そういえば今は三月だと思い出す。

 

そんな冷たい風を受け続けてもなお、目の前の少女が起きる気配はない。

 

少しその少女の肩を揺すってやるが、それでも少女は気絶でもしているかのようにピクリとも動かない。

 

 

 

「……しかたない。ひとまず保健室のベッドで寝かせてやるか」

 

 

 

乱暴に起こすこともできたが、この少女に乱暴を働くのはどうしても憚られた。

 

仕方ないので、ひとまず保健室で寝かせておいて、目が覚めたら事情を聞くことにする。

 

このような冷たい風の原っぱの上で体をさらし続ければ、風邪をひいてしまうかもしれないからだ。

 

少女の体を担ぎ上げ、学園の保健室へと運んでいく。

 

教師陣に「熱源の正体はこいつだった」と伝えておき、なるべく優しくベッドに寝かせた後に所持品検査を行う。

 

サスペンダー付きのズボンからは見たことのない紙幣と硬貨が入った財布、そして“日本語”で書かれた車の免許証が入っていた。

 

 

 

「わかっていたが、拳銃や火薬のような危険物は無いな。他に何かあるか……」

 

 

 

今度は服の下に何か無いか千冬が調べようとすると、少女の頭の後ろにオパールのように虹色と青に光る何かを見つけた。

 

手に取ってみると、それが何であるかわかる。髪飾りだ、それも蝶々の。触ってみるととても硬質で、そしてひんやりと冷たい。

 

髪飾りを見る角度を変えると、蝶のキラキラと青っぽい虹色の羽が、角度ごとに羽の色が赤や緑に変化する。

 

とても凝った装飾をなされており、高い技術がなければ作れないような髪飾りだが、千冬はこのような装飾品を見たことがない。

 

千冬自体がそういった装飾品の類いに興味ないのもあるが、この髪飾りも今目の前で眠っている少女同様に、現実のものとは思えない程の輝きを携えており、そしてどの宝石よりも美しい印象を持ったのだ。

 

 

 

「ふむ、これだけあれば学園のデータベースから身元を割り出せるな。山田先生、これらを更に詳しく調べてもらえますか?この子の詳細を知るには、これで充分でしょう」

 

 

 

「あ、わ、わかりましたっ。織斑先生」

 

 

 

なんにせよ価値が高くそして珍しい物品だと考えた千冬は、少女が持っていたこれらの所持品で少女の身元と詳細を調べさせることにする。

 

千冬から受け取った物品を教師であり千冬の後輩である山田真耶は、専門の部署にそれらを預けて調べてもらうように伝えるため、保健室から急いで飛び出していった。

 

何も危険性はそこまで無いのだから急ぐ必要は無いのだが、山田という教師はそういう人物なので止めても無駄だろう。

 

 

「にしても……」

 

 

千冬はいまだ眠り続ける目の前の少女を見やる。

 

流していた涙は収まっていたが、涙が流れたあとが頬に残ってしまっている。

 

この子は何に対して涙を流していたのだろう?そんな事を千冬は考え、少女が目覚めるのを椅子に腰掛けてしばらくの間待つことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

閉じていたまぶたから光を感じ、ロランは目覚める。

 

 

「……? ここ、は……」

 

 

起きた場所はロランがいた、アメリアのマウンテンサイクルとは違う、何処か知らない屋内の一室だった。

 

清潔感に溢れた全体的に白い部屋に置かれたベッドに、今自分の体は横たわっているようだ。

 

 

「目が覚めたか」

 

 

体にかけられていたブランケットをのけベッドから体を起こすと、椅子に腰掛けていた目付きの険しい女性がロランに話し掛ける。

 

マウンテンサイクルで気を失ったかと思えば、急に知らない場所で目覚めたためロランは状況をのみ込めず少しばかり混乱したが、おそらくこの女性が僕をターンエーのナノマシンから助け出し此処まで運んでくれたのだろうと考える。

 

 

 

「僕、どのくらい眠っていました……?」

 

 

「だいたい六時間程だったか、それぐらいだ」

 

 

「あ、その……。ありがとう、ございました。助けていただいて」

 

 

 

少々混乱した頭で、目の前の目付きが険しい女性に「ありがとう」と感謝の念を伝える。

 

 

 

「その話は、今は良い」

 

 

 

女性は首を振って、感謝する必要はないというより「君に聞きたい話があるからその件は後にしてくれ」といったニュアンスで、ロランの感謝の念を受け取ろうとしない。

 

 

 

「私の名前は、織斑千冬。君の名前は」

 

 

 

女性が自分の名前を明かし、ロランに名前を言うように迫る。相変わらず目付きは険しく、会話の節々が所々尖っており、会話というより尋問に近い印象を感じる。

 

 

 

「は、はい。申し遅れてすみません。僕の名前はロラン・セアックといいます。イングレッサ・ミリシャに一時期所属していて、『MS(モビルスーツ)』ターンエーのパイロットでした」

 

 

 

あくまでこれらは過去形の話で、現在の話ではない。しかし、自分の事を説明するにはミリシャに所属していて、あのホワイトドールのパイロットだと伝えた方が早いだろうとロランは判断し、伝える。

 

「ホワイトドールのパイロットはムーンレィスである」と銘打たれた新聞は、アメリア大陸に止まらず地球上の有りとあらゆる都市部で配られており、『ロラン』という名前を知らないものは居ない程だ。

 

ホワイトドールに乗っていた『ロラン』と知れば目の前の女性も、「あぁ、あの『ロラン』か」と自分の名前を思い出してくれるだろうと考えていた。

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

しかし目の前の女性は思いだした素振りを見せず、むしろ先程よりもその目付きを険しくさせ、顔を伏せる。

 

少しだけ、ではあったがロランは女性の険しい目から、困惑の色を感じ取れた。

 

何がおかしいのかは分からないが、目の前の女性がロランの受け答えに対して困惑しているのは分かる。

 

 

 

「ロラン『君』。君はイングレッサのビシニティで、ハイム家の専属運転手をしているな」

 

 

「あ、はい。といっても昔の話で、今はやめちゃったんですけど。……よく、ご存じですね?」

 

 

「所持品検査で財布の中身を調べさせてもらった。その時の免許証で知ったんだ」

 

 

「そ、そうなんですか? 見られて困るものはないので、僕は別に構いませんけど……」

 

 

「……そうか」

 

 

 

何を話しても織斑千冬という女性は淡白な反応しかせず、ただひたすらにロランにたいして尋問まがいの問答を繰り返すその態度に、ロランは居心地の悪さを感じ、たじろいだ。

 

 

 

「あ、あの、織斑千冬さん、でしたよね? 先程から、僕の事について聞いていますけど、僕がどうかしましたか……?」

 

 

「……居心地の悪い空気を作ってしまったのは、すまないな。だがこちらも、君から話を聞く必要があるからな」

 

 

 

事情を聞こうとするも、千冬は淡々と本質を答えることの無いような返答をするだけで、話の全貌が全くといっていい程見えない。

 

千冬の目はますます険しくそれでいて鋭くなり、強制力の持った眼力を前にロランは口答えさえすることができない。

 

 

 

「君はどうしてあそこにいたんだ? 何か目的があって、あそこに来たのか?」

 

 

「えっと、たまにですけど僕は夜になったら、あそこで繭を見に来るんです。ターンタイプ達が眠る繭に」

 

 

「繭?」

 

 

 

千冬の眉が一瞬だけつり上がり、そしてすぐにもとに戻る。

 

 

 

「それで、暫く眺めていたら繭からターンエーが出てきたんです。それでターンエーは一人でに動き出して、僕を捕まえにきて、それで気を失っていたんです。しかも、ターンXは既にその繭から居なくなっていて……」

 

 

「成る程、ターンエーとターンXがその繭から出てきて、ターンエーが君を拘束したのか。それで気を失っていたと」

 

 

「あ、あの、やけに落ち着いてらっしゃるんですね……? ターンタイプが二機とも出てきたと知ったら、多少は驚かれると思ったのですが……」

 

 

「……ふむ」

 

 

 

ロランの疑問には答えず千冬は腕を組んで、考え事をしているかのように動きを止める。

 

急に考え込んだ千冬の意図を今一理解できず、ロランは困惑する。

 

 

 

「……そうか、わかった」

 

 

 

千冬は黙り込んでいたかと思えば、急に独り言を呟き椅子から立ち上がる。

 

もう、ロランには何が何だかわからない。自分にたいして警戒しているのは分かるが、何故警戒しているのか警戒している上で何をしようとしているのか分からない。

 

 

 

「あの! どうしてそんなに僕の事を聞いてくるんですか? 何か、聞く必要があるんですか? 僕が答えられることなら幾らでも答えます。だから、そこまで貴女が僕について聞いてくる事情を説明してください」

 

 

 

たまらずロランは千冬に問いかける。ここまま雰囲気に流されていては、何も判らないと思ったからだ。

 

 

 

「……そうだな。私もまどろっこしいのは嫌いな質だ。変に取り繕わず、率直に言うべきだったな」

 

 

 

すると千冬は、先程まで核心をひた隠しにしていた姿勢からは考えられないほど、あっさりと「本質について話す」と言ってくる。

 

 

 

「まず、この部屋には監視カメラと録音機が設置されている。そして、録音機で記録された会話データを、先程から別室の機械類管制室に転送し、会話から出ている『単語』を抜き取り、検索している」

 

 

「な! そんな事をしていたんですかぁ!?」

 

 

 

聞かされたのは、監視カメラや録音機を使って、ロランの言動を逐一記録しているというものだった。

 

そこまでしなければいけないほど、自分が不味いことをしたのか、それともターンXが動いたのは、ムーンレィスである自分の仕業では無いかと疑われているのか。

 

だが間違っても、ロランがターンXを動かすはずがない。

 

 

 

「僕はターンXを動かした訳じゃないんです! 僕はただ、あの山で繭を見ていただけで……!」

 

 

「まぁ、話は最後まで聞け」

 

 

 

焦ったロランはそう自己弁護したが、予想に反して千冬は自分がターンXを動かしたことを疑っている訳ではなかった。

 

それ以外に僕に何の用なのか、まさかターンエーに何かあったのか、ロランは気が気でなくなる。

 

 

 

「先程言った通り、君と私との会話は別室にデータとして送られ、会話の端々に出てくる『単語』、例えばさっき言っていた『MS』や『イングレッサ』『ターンタイプ』のようなものだ。これを学園のデータベースで検索していた。君の身元を調べるためにな。だが……」

 

 

「だが、どうしたんですか?」

 

 

「ヒットしなかった」

 

 

「え?」

 

 

「どの単語も、ヒットしなかった。世界中の情報が記録されてるここ『IS学園』のデータベースに、()()()()()()()()()んだよ。実際私も、『MS』に『ターンエー』、『ターンタイプ』に『イングレッサ・ミリシャ』なんて言葉をはじめて聞いた。『イングレッサ』なんて地名、どの地図にも載っていない。このイヤホンマイクで別室の教師と連絡しあっていたから、検索漏れということもないだろう。」

 

 

 

食いぎみに反応したロランに、千冬は耳につけていた機器を目の前で取り外してみせ、そう告げる。

 

ロランは、息を飲んだ。

 

自分が二年間を過ごした第二の故郷は地図から消え、地球の歴史を揺るがした存在が無かったことになっているという事実は、ロランの心中を大いに揺さぶる。

 

 

 

「しかも、君はターンエーに拘束されたと言っていたが、私が見たのはこの学園の原っぱで君だけが寝転んでいた姿だ。しかも唐突に、まるで瞬間移動でもしたかのように、君はこの学園に現れた。その上、この免許証から君の身元を調べようとしたら、そもそも『ロラン・セアック』という名前で登録されている免許記録が無かった」

 

 

 

その上、これだ。ターンエーに捕まえられていたはずなのに、ロランは一人でマウンテンサイクルとは別のところで眠っていたと言われる。

 

しかも、自慢ではないがロランという名前はよくも悪くも、かなり名が知れているはずだというのに、免許記録にロランという名前が無いとまで言う。

 

冗談はやめてください、そうロランは言おうとするが、千冬の目を見て何も言えなくなる。その目は真剣で、尚且つこの現状に困惑しているものだった。

 

 

 

「ぼ、僕は嘘なんかついてませんよ!? 本当に、ターンエーに捕まえられて、それで気を失っちゃったんです!」

 

 

「あぁ、分かっている。私も伊達にこの『IS学園』の教師をしている訳じゃない。君が嘘をついてないことくらい、分かっている。君の目を見れば、嘘をついてるかついてないか分かるからな」

 

 

 

ロランは嘘をついていないということは、千冬にはわかっていた。そして、分かっていたからこそ困惑しているのだった。

 

 

 

「……そして、これを見てくれ」

 

 

「これは、髪飾りですか?」

 

 

「これは、君が持っていたものだ」

 

 

 

そう言われても、ロランには心当たりがない。ロランは中性的で端正な顔をしているが、間違っても女ではない、髪飾りというものは普通女性がつけるものだ。

 

それを僕が持っていたとはどういう事だ、ロランは考えてみるが答えは出ない。

 

 

 

「私が髪飾りを見つけたとき、君は女の子だと思っていた。だが、証明書に君が男だと書いてあるのを見て、おかしいと思ったんだ。何故、男がそんなものを持っているのかと、な」

 

 

「……そんなに男らしく無いですかね、僕? でも確かに、変ですよね。僕も初めてそれを見ましたし」

 

 

「そこで、更にこの髪飾りを詳しく調べることにした。この髪飾りが一体何なのか知るために。そして、分かった事がある」

 

 

「分かったこと……ですか?」

 

 

「この髪飾りは、ただの髪飾りではない。『IS』だ。待機状態の、な」

 

 

「『IS』……?」

 

 

 

『IS』、ロランにとって聞いたこともない単語だ。

 

それは先程千冬の言っていたロランたちが今居る場所、『IS学園』とも何か関係があるのか?

 

しかしいずれにせよ、ロランには『IS』なる髪飾りを持っていた覚えはない。そもそも『IS』なんて言葉を知らなかったのだから、当然だ。

 

 

 

「知らないか……。まぁ、そうだろうと思ってはいた。付いてきてくれ」

 

 

 

千冬はそう言い部屋の扉の隣に立ち、ロランに付いてくるよう促す。

 

 

 

「付いてこいって、どこへ?」

 

 

「その『IS』について、調べるんだよ。その為の場所だ」

 

 

 

千冬に促されるまま、ロランはベッドから立ち上がり、見知らぬ学園内を歩きながら付いていく。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

 

 

連れてこられた先は、ドームのような建物だった。

 

ドームはとても大きくまるで、何かのスポーツの観戦場のようだ。そのドームの中心に千冬とロラン、そして先程現れた山田真耶なる女性の三人が、ロランを囲むように集まっていた。

 

 

 

「早速だが、『IS』を起動してくれ。この髪飾りを握りながら、「全身で着ける」イメージをすれば、恐らく立ち上がるだろう」

 

 

「お、織斑先生? もしかしてこの子も……?」

 

 

「……動かせる、と私は考えています」

 

 

「……?」

 

 

 

動かせるだの動かせないだのといった話を千冬達は交わしているが、何が動かせるのかどうかロランにはさっぱりだった。

 

しかも、髪飾りを「全身で着ける」とはいったいなんなのであろうか。

 

パソコンを「起動する」とイメージして起動するならまだしも、「着る」とイメージして起動するとは、どう言うことなのか。

 

 

 

(……考えても、仕方ないのか。今はとにかく『IS』とやらを起動しよう。考えるのはそれからだ)

 

 

 

変に考えるよりも、ロランは『IS』を起動することにする。

 

 

 

「山田先生、この『IS』からの反応は?」

 

 

「依然、こちらからのアクセスを拒絶しています」

 

 

「そうか。ロラン早速だが、頼んだぞ」

 

 

「は、はい! 分かりました」

 

 

 

そう言って、ロランは目をつぶり髪飾りを両手で包み込んで、千冬に言われたように「着る」ようにイメージする。

 

この髪飾りの蝶の羽が大きくなり、まるでベールのように自分を包み込むイメージをしながら、「着よう」とする。

 

その時だった。

 

 

 

閉じている目の裏に、虹色の蝶が見えた。

 

 

七色に移ろう光を放つ羽に黄金の触覚、そして肌色の胴体。

 

 

その蝶は羽を羽ばたかせ、ゆっくりとロランに近づいてくる。

 

 

近づくとその蝶は蝶ではなく、人間の姿をしていることに気づき───

 

 

 

 

「……!織斑先生!沈黙を続けていたISが、起動しました!」

 

 

 

 

───その蝶は羽を羽ばたかせた。

 

掌に包まれた髪飾りから大量のリンプン(ナノマシン)が放出され、今いるこのドームの全てに充満する。

 

そしてそれと同様に、このドームの中で台風や嵐以上の暴風が吹き起こる。そしてその暴風の中心にいるロランは虹色のリンプンの奔流に包まれ、姿が見えなくなっていた。

 

目を凝らして見ようにも、暴風も相まって手元のものしかよく見えなくなっていた。

 

 

 

「くっ!? 何だこれは! ISを起動しただけで、こんなことが起きるのか!?」

 

 

「た、大変です織斑先生!! ドームのシールドエネルギーと学園全体の電力が、急速に減少していってます!!」

 

 

「何っ!?」

 

 

「っ!? そ、それだけじゃありません!! ISからコンピューターに膨大な情報が流れ込んだせいで、情報バンクを圧迫されて学園全体の機械系統がま、ま、麻痺しちゃいました!!」

 

 

 

その言葉と共に千冬にコンピューターの画面を見せる。

 

そして、絶句する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀

 

 

 

コンピューターはバグを起こし、狂ったかのように画面にひたすら(error)を映し出す。正体不明のISが吐き出す影響は学園のみならず、既に手持ちのコンピューターにまで侵食し始めていたのだ。

 

 

 

「くそっ! ロランは大丈夫なのか!! ロラン!!」

 

 

 

呼び掛けるも返事がない。そもそも暴風の風の音も相まって、なにも聞こえなくなっていた。

 

やがて三人が今いるドームは明かりが点滅し、消えていく。停電になっているのだ。今は見えないが、学校側でも同じように停電が起きてるであろうことは、想像に難くなかった。

 

そして停電すると同時に、暴風も止み始める。

 

ひっきりなしに飛んでいたリンプン(ナノマシン)はやがてドームの中心に集まり始め、形を形成し始める。

 

虹色のモザイクは時間をかけながら、不定形な全身を何度も変化させてゆく。

 

 

         そして、そこに居たのは。

 

 

 

「なんで……」

 

 

        モザイクを纏っていたのは。

 

 

「なんでなんだ……」

 

 

 

            他でもない、男の。

 

 

 

 

「なんでターンエーが、宇宙服みたいになっているんだ!?」

 

 

 

 

(アイエス)を身に纏った、ロラン・セアックだった。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

僕は突然訪れてしまったISの世界に戸惑っていた。

前の僕の世界とは、何から何まで違うからだ。

千冬達から聞いた、女尊男卑という考えが蔓延しているこの世界に僅かな憤りを感じ、そして僕はある決断を下す。

僕はこの世界で、どうなってしまうのだろう……?


次回  IS─∀turns
    『ローラの新学期』
    風は僕らの始まりを告げる──。

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