鍛錬と斬魄刀の意思の具象化に専念した次の日。
出勤してきた井塚の耳に、ことの結末が聞こえてきた。
――浦原喜助、握菱鉄栽は現世へ永久追放
――四楓院夜一は護廷十三隊二番隊隊長職、及び隠密機動総司令官職、及び刑軍統括軍団長職から永久除籍
――鳳橋楼十郎、平子真子、愛川羅武、六車拳西、矢胴丸リサ、九南白、猿柿ひよ里、有昭田鉢玄、死神復帰困難な為除籍
大きな欠員を出した十三隊は、せわしない日々を送ることになった。特に、隊長、副隊長を同時に無くした隊は影響が大きく、他の隊から助力を請う程。
井塚もまた、小さな情報すら聞き逃すまいと、様々な部隊の援護に走り回った。より早く、迅速に動き回るのは瞬歩の鍛錬にももってこいだ。
そんな環境になったからだろうか。海燕が浮竹からの推薦に漸く応え、副隊長に就任した。どたばたと慌ただしい中だったので祝いの席もなく、一先ずは形だけ、といった具合ではあるが、それでももしもを考えたら、副隊長が空席よりはマシだった。井塚にとってみれば、浮竹との密談に割って入られそうで戦々恐々の状況になったが。
と、九番隊へ向かう途中、見知った顔を見つけた。どうやら同じ方向への用向きのようで、並走する形になる。
「やぁ、お疲れ様朽木くん」
「井塚か。貴様も忙しそうだな」
「まぁね。そっちも忙しいんじゃない?」
井塚の問いに、白哉は神妙な面持ちで頷く。六番隊は他の隊への助力のほかに、現世へと逃亡した浦原達の捜索の任も、一応行っている。尸魂界内の問題解決の方が優先の為、ほとんど形だけになっているが。
せわしなく行きかう死神たちを見る。隊長格が抜けた穴が大きいのは事実。だが別の意味で苦難を背負っている隊もあるだろう。
「ねぇ、朽木くん」
「言うな、井塚」
恐らく、井塚が言いたいことは分かっているのだろう。周りに聞かれてはいらぬトラブルを引き起こすことになると、白哉は止める。それに対して井塚は苦笑しながらも、話すことはやめない。
「君はこれでいいと思う?」
「……」
井塚の問いかけに、白哉は沈黙で返す。今回の下手人の一人、四楓院 夜一と白哉は長い関わりがある。彼女の人となりについては、彼がよく知っているだろう。恐らく、他の朽木家の人間も。
白哉は答えない。自分の中でも、これといった結論が出ていないからだ。彼女はいたずら好きで、よく白哉を振り回してはいたが、決して悪人ではないと白哉は知っていてた――知っていたつもりだった。
だが、今ではそんな印象も正しかったのかが分からない。彼女が、彼女たちが無実だったとして、それを訴えても意味がない。四十六室の決定に逆らうことにもなる。
思い悩んでいる様子の白哉に、井塚は苦笑を漏らす。
「うん、悩むことはいいことだよ。仕事に支障はきたさない位までだけど」
すぐに割り切れるものではない。突然、信頼していた者がいなくなるのは、いつだって慣れないものだ。
「でも、仮令世間的に見れば悪なんだとしても――個人的に信じ続けるのは、いいと思うんだよね」
ほら、心の中とかでさ。そう言う井塚に、白哉は瞠目する。
「貴様は、信じているのか」
「うん、まぁね」
あっさりと言い放つ井塚。そも、井塚と白哉では前提条件が違うのだが、それを白哉が知ることはまだ無い。だが、井塚は断言する。仮令彼の情報を知っていなくとも、井塚は夜一たちを信じていただろうと。
「最後に頼りになるのは自分の直感と経験だけ、自分のものだから、疑う意味がほとんどないからね」
だが、それに頼りきりになっては周りが見えなくなる可能性もあるから、注意が必要なわけだが。
「だから、心の中で信じているくらいは、いいんじゃないかな?」
そう言い残し、井塚は九番隊の隊舎へと入っていった。取り残された白哉も、悶々とした気分を抱えながら、自身の目的地へと向かっていった。
書類の届けと報告を済ませ、井塚は十三番隊へと戻る。道すがら見る人たちは一様に暗い雰囲気を背負っている。その中でも他と違う雰囲気を背負っているのは――恐らくは十二番隊だろう。裏切者が率いていた隊という烙印を押されたのだ、裏方が多い二番隊と違って、隊長達を失った部隊からやっかみを受けている可能性は高い。だとしても、井塚にできることはないのだが。
隊舎に戻ってくると、入り口につい数日前に見た人間がいた。銀髪の少年――市丸 ギン三席だ。
「お疲れ様です、市丸三席」
「ん?おん、お疲れ様や」
会釈をすると、市丸はひらひらと手を振ってくる。書類を抱えているところを見るに、どうやらこちらに任せていた書類を回収しに来たかしていたようだ。
「書類でしたら、我々がお届けしましたのに」
「確かに四番隊も忙しいけど、いつまでも任せっきりにはしていられへんやろ?この位はやらせてくれへんか」
そう言われてしまうと、井塚からは何も言い返すことが出来ない。元々は四番隊に回された仕事を手伝っている形なのだ、その本人――本隊?――から断られてしまえば、そこまでなのだ。
「そう言われるのでしたら……でも、無理はしないでください。三席まで倒れてしまわれたら、藍染副隊長の負担が増してしまいます」
寧ろ増してしまえとは思うが、それを口にしたって仕方ない。三席が倒れてしまったら他の隊員に負担が回ってしまうのは事実、それを避けるのは一隊員としては当たり前の意識だった。
そんな井塚の忠言に、市丸は瞠目――したように感じた――し、直後苦笑するように相貌を崩した。
「キミ、藍染副隊長が好きなん?」
「恋愛的な意味での問いならば否と言っておきますね」
というか大絶賛で疑いをかけている相手に心を寄せるとか、そんなことあるわけがない。
にっこり、と満面の笑みでそう答えると、市丸はへぇ、と相槌を打つ。
「そないなら、ボクは?」
「二度しか会ったことが無い方を好きにはなりません」
「つれへん人やなぁ」
そう言われても、むしろこちらは何故そう言われたのかが理解できない。何か変な言動が今の自分のものにあっただろうか。
「なんかキミ、藍染副隊長をやけに気にかけとる気がしてなぁ」
「……そりゃあ、私が初めて鍛錬を受けた隊長格の方ですし、真面目な方みたいでしたからね。全部抱えてぶっ倒れそうな気がして心配になるんですよ」
よくもまぁ心にもないこととつらつらと並べられたものだ、と自分でも笑いたくなる。
そんな井塚に対し、市丸はふうん、とどこか納得がいかない表情。どうしたのだろうか、と井塚が内心でびくびくしていると。
「おーい市丸。書類一部忘れて……って、井塚、戻ってたのか」
「あ、海燕せ、副隊長」
「おい今先生って呼びかけたか。てか海燕じゃなくて志波副隊長だ」
「いやぁ、すいません海燕先生」
「そっちの呼び方じゃねえ!」
市丸に書類を届けに来たのだろう海燕に挨拶するついでに、適当に弄る。未だに志波副隊長という呼び方になれていないのは事実だ。
軽く頭をぐりぐりと撫でまわされ、きゃーきゃーと井塚が騒いでいる横で、海燕が市丸に書類を差し出す。それを受け取りながら、市丸は二人を見た。
「仲がええんやね、付き合ってはるん?」
「んなわけない、こいつは俺の妹みたいな存在」
そういって井塚を示す海燕。その表情を見るに、本当にそれ以上の含みは無いようだ。
と、海燕は井塚を撫でていた手を彼女から離すと、何故か今度は市丸の頭を撫で始めた。不思議そうに首を傾げる井塚と市丸に、海燕はくしゃりと相貌を崩す。
「市丸、お前も無茶するなよ?」
「――一体どうしたんです、志波副隊長。ボクの心配なんて」
突然の言葉に、市丸も、井塚も目を見開く。
「いや何。井塚には以前話しただろ?こいつ、いつか独りで突っ走って死にそうだって」
「あー、そう言えばそんな話もしましたね。懐かしい」
その話をしたのは確か、真央霊術院で二年に上がる頃だったか。懐かしい部類に入る思い出だ。
「そないなこと話とったんですか?」
「お前底が見えないっていうか、見ていて不気味っつうか……」
「海燕先生、それ本人に言いますか」
思ったよりずばずばと物言いを始めた海燕に、井塚が苦笑する。それに対して海燕はうっせ、と一蹴してから、また市丸に言い募る。
「お前が何を考えて、抱えているかは知らねえけど、その中身を見せなくてもいいから、たまには息抜きしろよ?頼りになる人間に相談するとか、そういうことしておけ。お前中身はどうあれ、見た目はまだ子どもなんだからな」
そういって微笑んで、わしゃわしゃと市丸の頭を撫でる海燕。胡散臭くて苦手だ、と話していたあの頃から、何か心境に変化があったのだろうか。井塚は首を傾げる。
「ボクこれでも一端の死神なんやけど……まぁええか。一応、頭にとどめておきますわ」
「おう、そうしろそうしろ」
んじゃ、仕事がんばれ。そう言って、海燕は市丸を送り出した。四番隊隊舎に戻る道すがら、市丸が振り返り、軽く会釈をする。その表情は、いつもの張り付けたような笑みではなく、どこか見た目相応のそれに見えた――気がした。
「苦手だって言ってたのに、随分と対応が変わりましたね」
「そりゃあ近くに似た奴がいれば変わるさ」
「ああ、ギルか」
「は?」
「え?」
「お前の事だよバーカ」
と海燕先生は思っていそう
次からは
・ギルの霊術院生活
・卍解修行
・白哉、結婚する
・ルキアとの出会い
・雨の日
等などを予定しております