次の日、井塚と白哉は戌吊にやってきた。懐かしい、第二の故郷ともいえる場所に、井塚は落ち着かない様子であたりを見回している。そんな彼女に、白哉はそういえば、いつもこうだったなと学生時代を思い出す。彼女はなんというか、いつも自由に行動していた。
「井塚。これは任務だ、落ち着いて行動しなくては痛い目を見るぞ」
「はいはい。いやぁ、朽木くんに先輩風を吹かせられることになるとは」
何があるか分からないものだねぇ、なんてぼやく井塚に、そうだな、と内心で同意する。
虚の目撃情報があった付近を捜索。その中で、井塚は白哉から詳細な内容を聞いていた。
「目撃されたのは
「が?」
「
「はぁ!?」
思わず大声を上げる井塚。それもそうだ、大虚は巨体で知性が低いが、
「安心しろ、今回は偵察の要素が強い。巨大虚だけなら早急に退治、大虚の出現を確認した場合は速やかに救援を呼べとのことだ」
淡々と続く白哉の言葉に、井塚は頷く。何はともあれ、死なないことが大切だ。それに、死神になっての実質初戦闘、油断も先走りも禁物。
だが、捜索を始めて小一時間。虚らしき霊圧
「どうした井塚」
「いや……やけに静かすぎる気がしてね」
その言葉に白哉は一瞬疑問符を浮かべたが――すぐに同じように抜刀し、井塚と背中合わせになって辺りを見回す。そう――確かに静かすぎる。自分たち以外の生き物がいないかのように。
霊圧をコントロールして、気配を消す虚なのか。だとするなら、頼りになるのは己の五感のみ。背中合わせのまま、周囲を見回していく。
自分たちの衣擦れの音と、風の音しか聞こえない中――それに気づいたのはほぼ同時だった。
「上!」
「っ!」
わずかに変わった空気を感知した直後、同時に真上に向けて斬魄刀を振るう。上空から不意を打ってきた巨体虚はしかし、飛ぶことでそれを回避した。
「飛行型とか、こりゃ厄介なのが出てきたねぇ」
軽い口調で言ったものの、井塚は内心で舌打ちする。神薙が浅くでも傷を与えられていたら、僅かでもその能力を知れたというのに。状況判断がいいのか、反射神経がいいのか。どちらにしても、初戦の相手にしては厄介であるのは確かだった。
白哉も油断なく斬魄刀をかまえ、虚を見上げる。虚は暫しこちらを伺ったのち、ケタケタと嗤いながらこちらにとびかかってきた。その場から飛び去ることでそれを回避するが、白哉と離れてしまう。
挟撃、いけるか――?一瞬その考えが浮かぶが、この状態で咄嗟にそれができるとは思えない。避けられた場合に同士討ちを回避できるかも怪しい。コンマ数秒でその案を却下する。
一先ずは囮になるべきか。井塚がそう判断し、虚との距離を一気に縮めて斬りかかる。
「はぁぁっ!」
予想通り、虚は上空へ飛び去る。それを追いかけるように飛びあがる井塚。その間に白哉にアイコンタクトを送る。井塚が囮になったことを把握したのか、不満げな表情をしながらも、白哉は刀をかまえ、静かに、解号を口にした。
「――散れ、千本桜」
背後で聞こえた言葉を流し、井塚は隙間なく虚に斬りかかっていく。囮というのは、自身にヘイトを集め続けなくてはいけない。生前、さんざん囮役を担ってくれた
と、虚の翼が変質する。蝙蝠のようだったものから、あれはまるで鳥のような――
「っ、朽木、跳べ!」
井塚の声に、始解を振るおうとした白哉は反射的にその場を飛び退く。その直後、変質した羽が、虚の翼から雨のように降り注いできた。
弾丸のように降り注ぐ羽の先端は鋭く、地面に突き刺さっている。井塚の忠告が無ければ当たっていただろう。だが、肝心の彼女は。それを確認しようと空を見上げ、白哉は目を見開いた。
「全く、
至近距離だったが故に避けられなかったのだろう、彼女の体、真正面部分至る所に羽が突き刺さり、血にまみれている。利き腕と目だけは庇ったのか、右腕と顔が無事なのも相まって、余計に悲惨な状態だった。
そんな状態でもなお、井塚は刀をかまえる。
「かかってきな、こんな怪我、大した痛手でもなんでもないんだから」
でまかせでも何でもない、本当に余裕だと言いたげな井塚。その挑発に乗ったのか、虚がまた襲い掛かろうとして――無数の
跡形もなく消えていく虚に漸く一息を吐き、井塚が地面に降り立つ。虚が斃されたと同時に羽も消え、残ったのは刺し傷まみれの井塚のみ。白哉が駆け寄り、回道を施していく。その表情は険しい。それに対し、井塚はへらへらと笑っている。
「いやぁ助かったよ朽木くん。傷だらけの私を見ても、冷静に判断してとどめを刺してくれて」
「馬鹿者が」
「あ、うん、この怪我は自分の不始末だから罵倒は甘んじて受け入れいだだだだだだだ傷!その傷口まだふさがってない!痛いから!」
「心配したぞ」
「あー、すいません」
「浮竹隊長には詳細に報告しておこう」
「隊長と海燕先生のWお説教はイヤー!」
怪我などどうということはない、とでも言いたげな井塚に、白哉はため息を吐く。それを見て、また井塚は笑った。
「ふふ、心配されるというのはいいねぇ」
「する方の心境も考えろ」
「善処します」
「つまりはいいえと言う事か」
目をそらした井塚に、白哉はまた溜息を零す。そろそろ帰還し、井塚を四番隊へ連れていくべきだろう。そう考え、白哉が促そうとした時――それはやってきた。
「!」
先ほどの虚とは比べ物にならない霊圧。突如として襲ってきたそれの出どころを探して空を見上げ、驚愕。
虚圏を繋ぐ
「大虚……!」
井塚の口から洩れた言葉に反応するように、それはゆっくりと――二人を視界にとらえた。
「井塚は急ぎ通信で隊長に報告!この場は私が抑える!」
「馬鹿言うんじゃないよ、私も手伝う、ついでに通信もする!」
「貴様は怪我を負っているんだぞ……!」
「慣れてるから大丈夫」
けろっとした様子でそう言い放った井塚に唇を噛むも、それ以上は言わない。時間がないうえに、実際白哉一人で対処できる相手ではないのは分かっていた。
「後方から鬼道による支援を行え。それが最大限の譲歩だ」
「了解、気を付けて」
「それはこちらの台詞だ」
それを合図に、黒腔から出てくる大虚に向かって、白哉は駆け出した。井塚はそれを見ながら、隊長へと通信を試みる。内心は不安がいっぱいだ。自分はまだいい、だが、白哉が倒れるような事態が起きるのはごめんだ。生前、目の前で仲間が喰われた光景は今もはっきりと思い出せる。あんな光景は二度と見たくない。
白雷で大虚を牽制しつつ、通信機がつながるのをひたすら待つ。白哉の千本桜で大虚に傷がつくのが見えるが、超速再生で瞬時に修復されてしまう。やはり、今の自分たちに負える相手じゃない。
通信機の向こうから声がしたのは、数秒経ってからだろうか。いや、もっと時間がかかったかもしれない。五感が冴え渡り、体感時間が早くなっている気がする。
「どうした井塚!」
向こうから聞こえたのは、何故か海燕の声。疑問に思ったが、それを聞く暇はない。
「戌吊にて大虚確認!ただいま朽木 白哉が前線にて抑えています。が、そう長くは持ちません、急ぎ救援を!」
それだけ言い、通信はそのままに鬼道の詠唱に入る。大虚が口を開けたのが見えた。虚閃を放つ気だ、そうはさせまい。
「――君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」
唱えるのは、霊術院時代からの慣れ親しんだ術。だがその威力を上げ、今回は妨害をしなくてはならない。霊力を捏ね上げ、大きくする。早く、そして正確に。イメージするのは――ラーヴァナの炎の弾。
「そう簡単に撃たせないよ!破道の三十一 赤火砲!」
大きく開いた口目がけて、火塊が飛び込む。発射するために溜まっていた霊子諸共、内部で爆発を起こし大虚が悲鳴を上げる。だが、それだけだ。斃れる気配はみじんもない。
舌打ちを一つ零し、井塚はさらに鬼道を詠唱する。
「――君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 震撼と反逆 横たわる無垢の者を奮い立たせよ」
先の一撃よりもより大きく、より強くなるように捏ね上げる。イメージするは――アルダノーヴァの強靭な一撃。
「破道の三十二 黄火閃!」
井塚の声と共に、大虚を黄色の霊圧が襲う。だがそれもあまり効いていない。
「くそっ!」
ならば足止めだ。井塚は続けて縛道の詠唱を行う。六十番台は練習したこともないが、五十番台までは詠唱すればできるのだ、やれる。
「――神の楔 蛇の鎖 此れ連なり呪いと成せ」
術の連発のせいか頭が痛くなってきたが、そんなこと知ったことではない。大虚が虚閃を再度打とうとして、白哉が斬りつけたことでそれを阻止されたのが見えた。
霊力をさらに捏ねろ、イメージするは――あの終末の光景。
「縛道の六十三 鎖条鎖縛」
太い鎖が、大虚の体全体を縛り付ける。無論、それは虚閃を放つ口も同じだ。それを確認し、安心した直後、力が抜け、井塚は膝をつく。
鬼道の維持に意識を割きながら、必死で気絶しないようする井塚を白哉が支える。
「大丈夫か!」
「あー、うん……頭痛くなるから大声やめて……今縛道の維持に意識やんないと千切れそう」
その言葉に、白哉が顔を顰める。
「私が術をかけ直す。貴様はゆっくり休め」
そう言うが早いか、白哉は井塚の術に上書きするように鎖条鎖縛をかけ直した。あちらの方が強度も高い、資質の違いは悲しいものである。
それを確認し、井塚は自身の鬼道を解除。同時に、意識を失ったのだった。
――なお、彼女を待っていたのは隊長と先生と慕う彼からのお説教だったという
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 震撼と反逆 横たわる無垢の者を奮い立たせよ」
三十番台の二つが前半の詠唱が同じだったので後半のみいじりました
「神の楔 蛇の鎖 此れ連なり呪いと成せ」
語感は六杖光牢っぽくしてみて、あとはなんとなくなかんじで
白哉さん影薄くてすいません……