「………八幡?」
画面に映っていたのはクローディア・エンフィールドではなく、オーフェリア・ランドルーフェンだった。
ヤバい恥ずかしい。いきなりエンフィールドとか言っちまったよ。次からはちゃんと着信相手を確認しよう。
……とりあえずオーフェリアに謝ろう。
「悪いオーフェリア。1分前までエンフィールドと電話してたから勘違いをして『……八幡』……何だオーフェリア?」
謝っている最中にオーフェリアが遮ってきた。しかも何かどす黒いオーラを纏っていてメチャクチャ怖い。
『……今エンフィールドって言っていたけどそれはクローディア・エンフィールド?』
「あ、ああ。そうだけど」
俺がそう返すとオーラの強さが増した気がする。え?今なんか地雷踏んだのか?今の一言だけでオーフェリアは怒ったの?
「……何で八幡が彼女の連絡先を持っているの?」
え?何でだって?そりゃ向こうが連絡先を交換しようと言ってきたからだけど。
しかし何故かそう言えない。オーフェリアの地雷はどこにあるかわからないから下手に言えない。しかし言わない選択は間違いなく地雷だ。マジでどうしよう?
悩んでいる時だった。
『……ごめんなさい。誰の連絡先を持っていても八幡の自由なのに強く当たってしまったわ』
オーフェリアが画面越しに謝ってくる。既にどす黒いオーラは消えていてしおらしい態度を取っている。
「あ、いや……別に怒ってないから気にするな」
『……本当?私の事嫌いになってない?』
オーフェリアはいつもの悲しげな表情に不安を加えた表情で見てくる。その顔を見ると何故か胸が痛くなる。
「安心しろ。大抵の人間は嫌ってきたからな。今さらちょっとやそっとじゃ人を嫌いにならねぇよ」
『……理由が悲しいわね。でも………良かった』
オーフェリアはそう言って安堵の息を吐いている。不覚にもその仕草にドキッとしてしまった。
つい照れ臭くなってしまったので顔を背けてしまう。普段悲しげな表情をしているこいつのそんな顔は破壊力はヤバすぎるな。
「そ、それはいいが何でおれに電話したんだ?」
これ以上こいつのこんな顔を見ていると顔が更に熱くなりそうなので半ば強引に話を戻す。
『……八幡は鳳凰星武祭が始まったら小町達を応援しに会場に足を運ぶの?』
「ん?一応そのつもりだが?」
少なくとも小町が出る試合は全部直で見るつもりだ。天霧ペアを始め他の有力ペアはどうせ簡単に予選は突破するだろうし、予選は見るつもりはない。
『……その時に私も一緒に行っていいかしら?』
「……随分予想外の頼み事だな。星武祭は興味ないんじゃなかったのか?」
『……そうね。星武祭を一緒に見たいのは建前。本音を言うと八幡と一緒にいたいから』
……やっぱりな。オーフェリアが星武祭に興味を持っていないのは知っていたから目的は俺と過ごす為なのは明白だ。
にしても……オーフェリアの発言については言われたばかりの頃は緊張していたが、しょっちゅう平然とした表情で一緒にいたいって言ってくるから慣れちまったな。
しかし……
「別に構わないが一ついいか?」
『何かしら?』
「実はずっと前にシルヴィと一緒に見る約束をしたからシルヴィもいるかもしれないがいいか?」
そう尋ねるとオーフェリアの目がほんの少し細まった気がする。何だ?また地雷を踏んだのか?だとしたら嫌な予感しかしないぞ?
若干ビクついていると……
『……わかったわ』
意外にもオーフェリアは了承してきた。マジか?
「……いいのか?お前てっきりシルヴィと仲が悪いかと思った」
『別に仲は悪くないわ。単に私が彼女を一方的に危険視しているだけよ』
……は?危険視だと?オーフェリアがシルヴィを?言っちゃ悪いがオーフェリアからすればシルヴィは雑魚だと思う。シルヴィを危険視する理由がわからん。
理由は知りたいが聞く事が最大の地雷のような気がするので聞かないでおこう。
「わかった。じゃあ後でシルヴィに聞いてみる」
『お願い。まあ彼女が拒否するなら大人しく下がるわ。先に約束をしたのは彼女だし』
「シルヴィが拒否するとは思えないが……まあ一応聞いとく」
その後は適当に雑談(と言っても俺とオーフェリアは互いにコミュ障なので片方が質問してもう片方が質問に答えるだけ)をして空間ウィンドウを閉じる。
さて……次はシルヴィか。
(……確かシルヴィは今日生放送があったから忙しいしメールにしとくか)
そう判断した俺はシルヴィに『鳳凰星武祭が始まったらお前と見る約束をしていたが、オーフェリアも追加して貰っていいか?』とメールを送る。
すると5分もしないでメールの返信が来た。内容は『いいよ。見る場所はクインヴェールの生徒会専用席で良い?』と書いてあるがレヴォルフの生徒が入っても大丈夫なのか?
まあシルヴィから誘っている以上問題ないのだろう。『別に構わない』と返信して携帯端末をポケットに入れる。
俺は息を吐きながらテレビをつけてニュースを見る。まあこの時期だから鳳凰星武祭に関するニュースが多い。
見ると天霧、リースフェルトペアについて解説してるし。まあ優勝候補筆頭だから当然だろう。
小町達は本戦出場は問題ないと思うが本戦からは厳しい戦いになるだろう。優勝は無理だと思うがベスト8以上には上がって欲しいものだ。
俺はそんな事をのんびりと考えながらテレビを見続ける。いつの間にかテレビの画面が変わっていて、世界の歌姫が笑顔を浮かべているのが不思議と印象に残った。
そして鳳凰星武祭当日……
「……元来煌式武装にはこれといった制限を設けてこなかったけれど、技術の進化というのは目覚ましく、色々と不都合な部分が出てきたわけだ。具体的に言うと、自律駆動する機械を武器としてどう扱うか」
俺とオーフェリアはアスタリスク中央区総合メインステージ、通称『シリウスドーム』の最上階層の観客席で星武祭運営委員会委員長マディアス・メサの開会の挨拶を聞いている。これは例の人工知能についてだろう。
(つーか毎年開会式は見ているが委員長の話だけでいいだろ?)
マディアス・メサの話は聞いていて飽きないが、その後の式典は聞いていて眠くなる。てか前シーズンの王竜星武祭の時は立ったまま寝ちまったし。
そんな事を考えながらステージを眺め回すと生徒会長が並んでいる所で目が止まる。
それと同時にシルヴィがウィンクしてくるがあいつはあの距離から俺が見えているのか?
疑問に思っていると制服の裾を引っ張られたので見るとオーフェリアがジト目で見てくる。……お前やっぱりシルヴィと仲悪いだろ?
内心オーフェリアに突っ込んでいる中高らかな宣言が耳に入る。
「そして、星武祭を愛し、応援してくださっている諸氏には、これがまた一段階進化した新たな星武祭へ繋がるものである事をご期待いただきたい。星武祭は常に世界で最高のアミューズメントであり、無二の興奮と感動を生み出すステージであり、そして魂を震わせる至高のエンターテイメントなのだから!」
マディアス・メサがそう締めくくると観客席からは爆発的な拍手が鳴り響く。まあ客からすれば盛り上がれば何でも良いだろうからな。
対照的に選手からは嫌な空気が漂っている。観客から受けていても実際に参加する人からすれば迷惑千万な話しだから仕方ないだろう。
マディアス・メサが壇上から降りると統合企業財体のお偉いさんや各学園の学園長の話が始まる。
しかしこれは生徒だけでなく観客もそこまで熱心に聞いていない。まあ観客からすれば早く試合を見せろと思っているだろうから仕方ない。
かく言う俺も退屈過ぎて欠伸をしてしまう。しかも昨夜はゲームにハマって寝たのは深夜3時で3時間くらいしか寝てない。
「……眠いの?」
「ん?まあな」
「……だったら開会式が終わったら起こしてあげるから寝たら?」
え?マジで?そいつはありがたいな。
「じゃあ頼んでいいか?」
「いいわよ」
オーフェリアがそう言ったので俺は言葉に甘えて目を閉じる。すると直ぐに睡魔が襲ってきたのでそれに逆らわずに意識を閉ざした。
「……ん」
暗闇の中、揺さぶられる感触がする。何だよ?何が起こっているんだ?
「……八幡」
ん?俺の名前を呼んでいるのか?この声は確か……
疑問に思っているとさらに揺さぶられる感触がする。それでも尚真っ暗という事は目を閉じているのか?
そう判断して俺は目を開ける。
「……やっと起きたわね」
目を開けるとそこにはさっきの声の主であるオーフェリア・ランドルーフェンが目の前にいた。
(……そっか。俺確か開会式で眠くて寝ちまったんだ)
「んっ……起こしてくれて悪いな」
「……ええ。開会式も終わったし小町達が試合をする会場も聞いたわ。だからそろそろ起きて」
マジか?会場の場所も聞いといてくれたのか。オーフェリアには感謝だ。
……しかし、何故俺の正面にオーフェリアがいるんだ?
疑問に思っていると後頭部に柔らかく生温かい感触がした。……何だこれ?
そう思いながら触ってみるとムニッとした感触が手に伝わる。んだこれは?柔らかいな。
「……っ、八…幡……」
するとオーフェリアがくすぐったそうな表情を浮かべる。それを見て俺は嫌な予感を感じた。おい、まさか……
半ば強引に顔を上げ、下を見てみる。するとそこにはオーフェリアが足の全てを覆っている真っ白な靴下があった。
端的に言うと俺はオーフェリアの膝枕で寝ていた事になる。
「……えっとだな、オーフェリア。その……俺はお前に倒れこんだのか?」
「……ええ」
オーフェリアはほんの少しだけ頬を染めながらそう返す。悪い事をしちまったな。
「……すまん。悪い事をしたのは謝る。だから警備隊に突き出すのは勘弁してくれ」
反省はしている。だがこの歳で警備隊のお世話になるのは冗談抜きで勘弁して欲しい。
「……別に気にしてないわ。だから八幡も気にしないで」
そうは言っているが……顔赤いからな?俺に非があるのは事実だから怒りたいなら怒って構わない。
「……本当に良いのか?」
「……ええ。それより早く行きましょう」
オーフェリアはそう言って顔を背けながら歩き出した。心なしか少しばかり足が早い。
それに気付いた俺は慌ててオーフェリアに続いた。
それから2分……
見事にオーフェリアとはぐれました。
いやだってシリウスドーム広過ぎなんだもん。その上観客は10万人以上だ。はぐれても仕方ないと思う。
「……ここシリウスドームじゃ合流は無理だろうからそうだな……12時半にカノープスドーム一階の売店の隣にあるトイレ前に集合しないか?」
現在俺は小町と戸塚が試合をするカノープスドームの地図を見ながらオーフェリアと連絡を取っている。
『……わかったわ。昼食はどうするの?』
「それはシルヴィと合流してからでいいだろ。試合開始は2時からだし」
『そうね。じゃあまた後で』
そう言ってオーフェリアが電話を切ったので俺も歩き出す。
人混みに飲まれながらも何とか進む。こんな事なら最上階層の席にするんじゃなかったな。
ため息を吐きながら正面ゲートに辿り着き、シリウスドームから出ようとすると、
「オレたちと当たるまで負けるんじゃねぇぞ!」
何か聞き覚えのある声が聞こえたので見てみると、星導館のマクフェイルが取り巻きのデブと一緒にドームから出て行ったのが見えた。
あいつがあんなセリフを吐くって事は……
そう思いながらさっきまでマクフェイルがいた方向を見ると天霧とリースフェルトがいた。
そして天霧の背中には女子が抱きついていた。……あいつマジでギャルゲーの主人公かよ?
現実にあんな人間が本当にいるのかと感心していると向こうも俺に気付いたのか近寄ってくる。
「やあ比企谷。久しぶり」
天霧は爽やかな笑顔でそう言ってくる。相変わらずリア充の雰囲気がするな。
しかし何故か天霧には苛立ちを感じない。同じリア充の葉山からは胡散臭さがしていたのに。
「そうだな。そういや序列1位になったんだな。お前ってトラブルに巻き込まれ過ぎだろ?」
入学早々リースフェルトと決闘したり、サイラスに狙われたり、刀藤と決闘したり、バラストエリアに飛ばされたり、再度刀藤と決闘したりと何処のラノベの主人公だよ?
「全くだ。おかげで私の胃はこいつのおかげでしょっちゅう痛くなる」
俺が冗談混じりに言うとリースフェルトは真剣な表情でうんうん頷く。
「あー、それは……ごめん」
天霧は苦笑いしながらリースフェルトに謝る。なんだかんだ良いコンビだなこいつら。
そう思っているとさっきまで天霧に抱きついていた小さい女の子が天霧の制服の裾を引っ張っている。
「……綾斗、知り合いなの?」
「え?あ、うん。比企谷さんのお兄さん」
「……ああ。レヴォルフ序列2位の」
少女は納得した様な表情を浮かべて近寄ってくる。
「……綾斗の幼馴染の沙々宮紗夜。よろしく」
沙々宮? って事は……
「……ああ。お前が銃で白兵戦する奴か」
「うん、そう」
んな過激な事をする奴だからもっとゴツい女かと思ったぜ。まあ人は見かけによらないからな。身長が低いからって舐めるつもりはない。
「そうか。俺は比企谷八幡だ」
挨拶を返していると刀藤が近寄ってくる。
「……あの!先日はどうもありがとうございました!」
そう言って頭を下げてくる。あの時も頭を下げていたのに……随分と律儀な奴だ。
「……ん?比企谷は刀藤とも知り合いなのか?」
リースフェルトが不思議そうに聞いてくる。まあ悪名高いレヴォルフの序列2位と純粋無垢な女の子に接点があるとは考えにくいよな。
「まあな。このまえ天霧と刀藤がバラストエリアで下着姿で……」
「わー!比企谷!ちょっと待った!」
すると天霧は俺の口を塞いでくる。しまった、寝起きの所為かペラペラ喋っちまった。刀藤なんて真っ赤になってるし悪い事をしたな。
内心刀藤に謝罪しているとリースフェルトと沙々宮からどす黒いオーラが漂いだした。あ、これはオーフェリアが偶に出すヤツと同種の物だ。
「……下着姿だと?」
「……綾斗。詳しい話を聞かせて」
2人は鋭い視線を天霧に向けながら近寄っている。
「あ、いや、それは……」
天霧はしどろもどろになりながら後退するも2人は更に距離を詰める。
それを見た俺は思った。
(よし逃げよう。君子危うきに近寄らずだし)
方針を決めた俺は刀藤に話しかける。
「すまん刀藤。人を待たせてるからもう行く。予選頑張れよ」
そう言って俺はダッシュでシリウスドームを後にした。後ろからは「ちょっと比企谷。助けて……!」と聞こえたような気がしたが……うん、気のせいだろう。
次回、ガイルキャラの登場です