プロキオンドームにて……
「ふぅ……」
ノエルは控え室で緊張していた。試合まで後20分位あるが緊張が解けずにいた。
ノエルの対戦相手は沙々宮紗夜、高威力の煌式武装を幾つも使いこなして鳳凰星武祭ではベスト4、獅鷲星武祭では優勝と好成績を挙げている強敵だ。
(でも、私は負けたくない……!ガラードワースを立て直す為にも、八幡さんとシルヴィアさんに認められる為にも……!)
ノエルが王竜星武祭に参加した理由は2つある。
1つはガラードワースの為。現在ガラードワースは割と困っている状態である。
新会長となったノエルの兄的な存在であるエリオットが前会長のアーネストと比較されて苦労していたり、ガラードワースと仲の悪いレヴォルフの生徒とはいえ葉山が他所の生徒会長ーーー八幡を殴り飛ばしたり、学外にて八幡を馬鹿にする生徒が増えるなど様々な問題が起こっている。
特に葉山グループについては学内でも八幡の否定運動をしていて、事情を聞いたエリオットは毎回胃に穴を開けて週に一度は治療院に通っているほとだ。
よって世間でもガラードワースの評価は下がっているのでノエルは王竜星武祭で結果を出して少しでも評判を上げようとしている。
そしてもう一つは自分の為。自分の恋する相手である八幡とその恋人であるシルヴィアとオーフェリアに認めて貰う為。
ノエルが恋した八幡は彼女持ち、それも2人で世界の歌姫と世界最強の魔女と自分とは天と地ほど離れた存在である。
ノエルは自分でも身の程知らずと思っているが、シルヴィアとオーフェリアのように彼に愛されたいと思っている為、少しでも認めて貰える可能性を上げる為に王竜星武祭に参加したのだ。
そして昨日ノエルは八幡とシルヴィアとオーフェリアと一緒に試合を見たが、別れ際にシルヴィアに……
『ノエルちゃん、準々決勝まで上がってきてね。ノエルちゃんがどれだけ八幡君の事を想ってるのか見極めたいから、ね』
そう言われた。それはつまり可能性があると見ても良いのだろうとノエルは思った。
だからノエルは5回戦で負けるつもりはなかった。ここで勝って準々決勝でシルヴィアと戦って認めて貰えるように頑張りたい。
そしていつか、八幡やオーフェリアにも認めて貰い……
『ノエル……可愛いよ』
『は、八幡さん……お世辞は止めてください。私なんかよりシルヴィアさんやオーフェリアさんの方が……』
『お前こそ私なんかって卑下するのは止めろ。お前は可愛い……シルヴィもオーフェリアもお前を認めたんだから、お前も自信を持って俺の所に来い』
『あっ……!やぁっ……八幡さん…!』
『ノエル……んっ……』
『んっ……ちゅっ……は、八幡さん……優しくお願いします』
『ああ……元気な子供、産んでくれよ?』
そこまでが限界だった。
(〜〜〜っ!わ、私っ、何を考えて……!)
ノエルはベッドの上にて自分が八幡に押し倒さながらキスをして、子作りをしようとした所で妄想を止めて、顔を真っ赤にしながら首を横に振る。
「うぅぅぅ……」
ノエルが真っ赤になりながら両手で顔を覆っている時だった。
pipipi……
ノエルの端末がいきなり鳴り出した。こんな時に誰からと疑問に思いながら端末を開くと……
「ふぇっ?!は、八幡さん?!」
先程自分が妄想の中とはいえ純潔を捧げようとしていた相手からのメールが来ていた。同時にノエルはさっきの妄想を思い出して更に顔に熱を生み出す。
(な、何のメールかな?もしかして……さっきの妄想のやり取りに関係するメールじゃないよね?)
普通に考えたらあり得ないが、妄想を終えてから直ぐにメールがきた以上可能性がありそうなのは事実だ。
恐る恐るメールを開くと……
『from八幡さん 頑張れよ』
そんな一言が書いてあるメールが来ていた。同時にノエルは安堵の息を吐く。
(良かった……普通のメールで。い、いや別に八幡さんとそういう事をするのが嫌ってわけじゃないけど、まだ私達は付き合ってないんだし……でも、いつかは八幡さん達3人に認められて……)
ノエルは再度顔を真っ赤にしながら首を横に振る。その顔はまさに恋する乙女の表情だった。
暫く首を振っていると、遂にノエルの試合の時間となった。
pipipi……
試合開始5分前のアラームが鳴ると、ノエルは意識を切り替えて、一度深呼吸をしてから控え室を後にする。
ノエルの目指すのは優勝だ。今から戦う紗夜だけでなく、準々決勝で当たるであろうシルヴィアや、準決勝まで上がるであろう暁彗や、決勝に進出するであろう八幡にも負けたくないとノエルは思っている。
一層気合いを入れて入場ゲートをくぐると、眩い光と大歓声がノエルを迎えた。
『ここで西ゲートから入場したのはガラードワースのノエル・メスメル選手!気合いの表れなのか猛ダッシュでの入場だぁー!』
実況の声が聞こえるなか、ノエルはゲートから続くブリッジを走りステージに飛び降りる。前方には既に紗夜が居てこちらに歩み寄ってくる。
「よろしく」
「は、はい!よろしくお願いします……!」
紗夜の出す手に対してノエルも同じように手を出して握手をする。
『うんうん、試合前に小ちゃくて可愛い2人の握手……見てて和むわぁ』
解説の左近千歳がそう口にするとノエルと紗夜は若干眉を寄せる。
「私はまだまだ成長期。数年後にはナイスバディになっている筈」
「わ、私だって八幡さんの喜びそうな抜群のスタイルになりたいのに……」
ノエル自身、幼児体形ではなくシルヴィアやオーフェリアみたいに抜群のスタイルを欲しがっている。(*尚、八幡自身、ノエルは今のままで可愛いと思っている)
そんな願望から思わず口にしてしまい、それが紗夜の耳に入る。
「ん?お前は比企谷の事が好きなのか?」
「ふぇっ?!え、ええと……はい」
既に自爆した以上隠し通せないと判断したノエルは白状した。それを聞いた紗夜は眉をひそめる。
「お前と比企谷に接点があるとすれば……やはり魎山泊のメンバーか」
「は、はい」
紗夜は魎山泊の存在も、八幡が魎山泊にてアシスタントを務めている事も知っている。その事からノエルが魎山泊のメンバーだと思ったのだが、ビンゴだった。
「やっぱりな……比企谷からあの2人を奪うのは超難しい……というか無理だと思うぞ?」
「い、いえ……奪うつもりはなくて、私もあの中に入りたいのです……」
「……まあ奪うよりそっちの方が可能性は高いな」
紗夜の言葉にノエルは頷く。八幡からシルヴィアとオーフェリアを奪うのは殆ど不可能だ。それなら奪うのでなく仲間に入れて貰う方が上手くいく可能性はあるだろう。(それでも十分難しいが)
「何にせよ勝つのは私だ。リムシィとの再戦は出来ないが、負けるつもりはない」
言いながら紗夜は鋭い目付きでノエルを見てくる。少し前のノエルならビビっているが……
「わ、私も負けるつもりはありません……!」
握り拳を作って紗夜を見返す。鋭い目付きではないが、紗夜はノエルの目から強い力を感じた。
「そうか。なら試合でハッキリ白黒つけよう」
そう言って紗夜はノエルに背を向けて開始地点に向かうので、ノエルも同じように開始地点に向かう。
『何を話していたかはわからないけど、お互いに闘志を剥き出しにしてる感じだなぁ……』
『まあ勝てたらベスト8入りだし仕方ないんとちゃう?』
実況と解説がそんな風に会話をする中、ノエルは杖型煌式武装を展開する。対する紗夜は……
「三十五式煌型重機関砲グランヴァレリア」
丸太ほどの大きさはあろうかという巨大な機関砲を起動する。それを見たノエルはやはりと思った。ノエルは紗夜のデータは何度も見たが、あのグランヴァレリアはノエルの能力と相性が良いことを知っているから。
ノエルが警戒心を高めながら杖を構えて、紗夜がグランヴァレリアの砲口をノエルに向けて暫くすると……
『王竜星武祭5回戦第3試合、試合開始!』
試合開始の合図が告げられた。
同時に2人が動き出す。ノエルの足元から大量の茨が生まれ、紗夜の持つグランヴァレリアからは大量の光弾が放たれて目の前にいる敵に向かう。
次の瞬間、轟音と共に茨と光弾がぶつかり合う。茨と光弾はぶつかり合って千切れたり消滅したりする。しかし今の所は拮抗していて互いに無傷だ。
ノエルの茨と紗夜のグランヴァレリアの光弾を比べた場合、1発1発の攻撃力や耐久性はノエルの茨の方が2倍近くとかなり上だ。
それでも拮抗しているのは紗夜のグランヴァレリアの攻撃速度が桁違いだからだ。ノエルは毎分2000本近くの茨を生み出せるが、紗夜のグランヴァレリアは毎分4000発の光弾を放てると、紗夜の攻撃速度はノエルの倍近くだ。
つまり現状、ノエルがパワーで攻めて紗夜が手数で対抗している感じだ。
普段のノエルは手数で押すタイプで、紗夜はパワーで攻めるタイプなので今の状況は、2人の戦闘スタイルを知っている人からしたらかなり異常である。
しかし……
(若干だけど私が押されてる……!)
僅かに、ほんの僅かだが紗夜のグランヴァレリアの攻撃がノエルの茨を押していた。予想はしていたが、やはり紗夜の煌式武装は桁違いのようだ。
(やっぱりこの程度で勝てる相手じゃない。こうなったら……!)
そこまで考えたノエルは腰から待機状態の煌式武装を2つ取り出して起動する。それは剣型煌式武装で刀身は水色だった。
それを見た紗夜は嫌な表情に変わる。理由は簡単、それは……
『ここでメスメル選手、剣型煌式武装を展開したぁ!』
『アレ見たことあるわぁ……確か前回の獅鷲星武祭でチーム・赫夜が使っていた『ダークリパルサー』とちゃうん?』
解説の言う通り、あの剣は獅鷲星武祭で大暴れした『ダークリパルサー』と紗夜は考えているからだ。
ノエルが『ダークリパルサー』を持ってる事は不思議ではない。紗夜自身『ダークリパルサー』の製作者である材木座義輝が、ノエルの師匠である八幡と中学からの知り合いである事は知っている故に。
しかしアレの恐ろしさを知っている故に紗夜は思わず嫌な表情を浮かべている。同時に製作者のドヤ顔が紗夜の脳裏に浮かぶ。
(材木座の奴……次に共同開発で星導館に来た時に1発ぶちかます)
紗夜は内心でそんな恐ろしい事を考えるなか、ノエルが2本のダークリパルサーを上空に投げ上げる。
同時にノエルの足元から生える大量の茨の中から2本の茨が上空に生えて『ダークリパルサー』を捕まえて、上空から紗夜目掛けて振り下ろす。
それを見た紗夜はグランヴァレリアを一瞬だけ上空に向けて光弾を放ち、『ダークリパルサー』を掴んである茨を吹き飛ばし『ダークリパルサー』もノエルと紗夜から離れた場所に落ちる。1発食らっただけで猛烈な頭痛を受ける『ダークリパルサー』対策をするのは必然だ。
しかし紗夜が一瞬だけ隙を見せたので、ノエルは自分自身と足元にある茨に星辰力を纏わせる。普通に攻めていたのでは紗夜が有利故に違う戦術を取らないのいけないので、ノエルは攻め方を変えたのだ。
同時に大量の茨がノエル自身に絡みつき、ノエルは大量の茨に包み込まる。ステージには巨大な茨の球体が生まれて……
そして……
「纏えーーー聖狼修羅鎧……!」
茨の球体の中からそんな声が聞こえると茨の球体は形を変えながら徐々に小さくなる。
暫くすると狼を模した西洋風の茨の鎧を纏ったノエルが現れた。同時に観客席からは歓声が湧き上がる。
『ここでメスメル選手、圧倒的なオーラを醸し出した鎧を身に纏う!』
『さっきの『ダークリパルサー』は鎧を纏う為の時間稼ぎちゅうことやな。ていうかあの鎧、レヴォルフの比企谷選手の鎧に似てへん?』
解説の指摘は正しい。ノエルの聖狼修羅鎧は八幡の影狼修羅鎧をモデルにして作った技なのだから。
ついでに言うとノエルの切り札の大半が八幡の技をモデルにしているが、能力が似ているからだろう。
それを見た紗夜はグランヴァレリアを待機状態にして……
「三十九式煌型光線砲ウォルフドーラ……ずどーん」
ウォルフドーラを起動して即座に放つ。グランヴァレリアは手数重視で攻撃力が低いので鎧を纏ったノエルには通用しないと判断したからだ。
ウォルフドーラから放たれた光線は一直線にノエルに突き進むも……
「やあっ!」
ノエルの可愛らしい掛け声と共に放たれた可愛くない拳によって呆気なく消し飛ばされる。
それを見た紗夜は予想以上の破壊力に眉をひそめる。ウォルフドーラは紗夜の持つ10種類の煌式武装の中で3番目に攻撃力の高い煌式武装だ。そんなウォルフドーラの攻撃を呆気なく防げるという事はノエルの纏う鎧は桁違いの防御力を持っているという事である。
つまり端的に言うと……
「……強い」
紗夜はそう言いながら、自身に向かって突撃を仕掛けるノエルを睨む。
対する紗夜は一息吐いてからウォルフドーラを消して……
「四十二式煌型杭打式粒子砲アレスブリンガー」
次の煌式武装を展開する。同時に紗夜の右腕を覆うようにして細長い円筒型の煌式武装が顕現する。
アレスブリンガーは近接高火力戦闘用に紗夜が開発した新型煌式武装であり、接近戦において紗夜の技術が最大限に発揮される専用武器だ。
それを見たノエルは鎧の右腕に星辰力を込める。ノエルは紗夜が4回戦でアレスブリンガーを使って『双頭の鷲王』カーティス・ライトの煌式遠隔誘導武装『シャルウルカズ』を一撃で粉砕したのを見ている。
単純な破壊力なら今大会屈指の一撃である以上、こちらも全力を出さないといけない。
(念の為、左腕の茨を右腕に移す……!)
ノエルがそう念じると、聖狼修羅鎧の左腕の部分の茨が無くなり、全て右腕部分に移り分厚くなる。
そして……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「天霧辰明流沙々宮式砲剣術ーーー肆祁蜂・爆砕……!」
掛け声と共に力と力がぶつかり合った。