学戦都市でぼっちは動く   作:ユンケ

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本戦にて強者は動き出す

王竜星武祭4回戦第2試合、星武祭にしては珍しく姉妹同士の激突だった。

 

雪ノ下陽乃と雪ノ下雪乃

 

学園は違うも両者共に冒頭の十二人のメンバーである。予選にて陽乃は圧倒的な体術を駆使して、雪乃は自身の能力で対戦相手を凍結させて圧勝してきた。

 

加えて2人の容姿は極めて美しいので試合前、観客達は八幡とヒルダの戦いの興奮が冷めないまま姉妹対決を楽しみにしていた。美しき姉妹達が織り成す美しい戦いが観れる、と。

 

 

しかし現在、観客達は無言の状態で試合を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあっ」

 

雪乃は息を吐いて呼吸を整える。同時に口の中に溜まった血を吐き出す。周囲には氷の破片が散らばっていて、前方では……

 

「やるじゃん雪乃ちゃん。10秒で倒すつもりだったんだけど、2分以上持ち堪えられると思わなかったよ」

 

姉の陽乃が絶対零度の眼差しを向けながら雪乃を褒める。しかしそこには微塵の容赦も油断もなかった。

 

2人の戦いは試合が始まってから一方的だった。陽乃が先手必勝とばかりに一瞬で距離を詰めたら雪乃は辛うじて回避して氷の弾丸を数百発生み出して放った。

 

しかし陽乃が腕に星辰力を込めて横薙ぎをすると氷の弾丸は全て吹き飛ばされたのだ。

 

その後陽乃は再度体術を駆使して雪乃に攻撃を仕掛け、雪乃はそれを躱して能力で攻撃をする。

 

 

それを暫く繰り返していく内に、雪乃は能力と回避に神経を使い過ぎて陽乃の体術についてこれなくなっていき、徐々にダメージを受け始め、鳩尾にチョップを叩き込まれて今に至る……って感じだ。

 

「でも甘い。雪乃ちゃんも相当鍛錬したみたいだけど、私には及ばない。量や質はまだしも、心構えがね」

 

「どういう……意味かしら?」

 

「じゃあ聞くけど、雪乃ちゃんは何で王竜星武祭に出陣したのかな?」

 

「それは……姉さんに勝ちたくて……」

 

「うん知ってる。でもそれってさ、最悪失敗しても自由は失われないよね?」

 

陽乃の言葉に雪乃はハッとした表情になる。自分の姉は王竜星武祭で優勝出来なかったら全ての自由を奪われる事を、改めて認識した。

 

「私はね……負けたら後がないの。負けたら本当に終わりなの。だから強くなった。ただ私に勝ちたいだけの雪乃ちゃんとは立場もモチベーションも違うの」

 

もしも陽乃がオーフェリアの一件が無くて自由が許されていたなら、陽乃の中に絶対に負けられないという強迫観念が生まれず、今ほど勝つ事に対する執念も薄かったかもしれず、雪乃にも勝ち目があっただろう。

 

しかし今の陽乃の中には絶対に負けられないというプレッシャーがあり、陽乃はそのプレッシャーに潰される事なく鍛錬をしたのだ。王竜星武祭に出場した選手の中ではトップクラスの量の鍛錬を。

 

只でさえ才能に差があるのに、モチベーションによって更に差が生まれたらどうなるかは言わずもがなであろう。

 

「さて、そろそろ終わりにしよっか」

 

「……っ!」

 

そう言って構えを見せる陽乃に対して雪乃は血を吐きながらも構えを見せる。

 

確かに自分は姉よりも劣っていて、鍛錬についてもモチベーションの差がある事も理解した。普通に考えれば勝てる要素はないだろう。

 

しかし……

 

『勝てない?だからって諦めてんじゃねぇよダボが。少なくとも美奈兎ちゃん達チーム・赫夜はどんな相手でも本気で勝つ気で挑んで才能の塊集団に勝ったぞ?それに比べりゃテメェの姉貴程度に勝つのは苦じゃねぇからな?』

 

酒を飲みながら毎日のように自分を叩き潰す教師の言葉を思い出して奮起する。相手が格上であろうと、才能の塊であろうと……ここで折れては勝てないのだから。

 

同時に雪乃の周囲から星辰力が爆発的が膨れ上がる。それを感じた陽乃は面倒な事になる前に潰そうとするが雪乃の方が一歩早く……

 

 

「凍てーーー氷界の獅子王……!」

 

雪乃の背後から全長10メートルを超える氷の獅子が生まれて、口から広範囲にわたって吹雪を生み出す。それを星辰力を自身の身体に纏わせて防御の姿勢に入る。それによってダメージは殆ど受けないが……

 

『おおっと!雪ノ下陽乃選手の足元が凍り始めた!』

 

『おそらくあの吹雪は敵を倒す技でなく足止めを目的としたのだろう。本命はおそらく……』

 

解説のヘルガがそう言うと同時に獅子は巨大な足を振り上げて……

 

 

「っ……!」

 

そのまま陽乃に叩きつける。同時に陽乃は吹き飛んでステージの壁に叩きつけられる。

 

それによって煙が上がって陽乃の姿は見えなくなるが雪乃は油断せずに獅子と共に歩を進める。この程度で自分の姉が負けるはずはないと思いながら。

 

すると……

 

「急急如律令、勅!」

 

煙の中からそんな言葉が聞こえて、同時に黒い龍が現れる。大きさは20メートル以上と八幡の影の竜に匹敵する大きさだ。違いがあるとすれば陽乃が呼び出したのは東洋の龍であって、八幡の呼び出すのは西洋のドラゴンといったところだろう。

 

陽乃が煙の中から出る中、雪乃は本能的な恐怖を感じるも屈する訳には行かずに、獅子に命令を出すと、両者の口から吹雪と黒炎が吐き出されてぶつかり合う。どうやら陽乃も同じ命令をしたようだ。

 

しかしそれも一瞬で徐々に黒炎が吹雪も呑み込み始めている。地力の差がある故に陽乃の龍が雪乃の獅子を追い立てる。

 

それを見た雪乃はこのままではマズイと判断して、氷の槍を顕現して突撃を仕掛ける。氷界の獅子王が破壊される前に、陽乃を叩くべく。

 

対する陽乃は体術を使わずに呪符を取り出して振るう。同時に呪符から黒炎の塊が生まれて襲いかかってくるが、雪乃は涼子との鍛錬で培った体術を駆使して次々に回避する。この程度の攻撃なら今の雪乃には脅威ではない。

 

そして遂に……

 

「穿てーーー氷烈の弾丸」

 

陽乃との距離が10メートルまで縮まったので牽制として氷の弾丸を生み出そうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ざーんねん。それは偽物だよ?」

 

いきなり前方の虚空からそんな声が聞こえたかと思えば、雪乃と陽乃の間から口から若干の血を流したもう1人の陽乃が現れる。

 

同時に雪乃が先程まで狙おうとしていた陽乃が溶けるように消えていった。

 

(星仙術による幻覚?!マズい、早く避け……っ!)

 

雪乃はそこまでしか考える事が出来なかった。なぜかと言うと陽乃の拳が雪乃の鳩尾にめり込んでいたからだ。

 

星辰力の込められた陽乃の一撃は……

 

『雪ノ下雪乃、意識消失』

 

『試合終了!勝者、雪ノ下陽乃!』

 

雪乃の意識を奪い、陽乃に勝利を与える。

 

「ふぅ……一発食らったのは予想外だけど勝ったから良しとするか」

 

陽乃は口元に流れる血を拭いながら息を吐く。陽乃は獅子の一撃を食らって壁にぶつかった際に、その時に生まれた煙に紛れて『黒炎の龍を生み出す』星仙術と『自身の偽物を生み出す』星仙術と『自身の姿を隠す』星仙術を生み出して雪乃を欺いたのだ。

 

三種類の星仙術を即座に使える程の才能を持つのは界龍でも陽乃だけである。その才能は見事に発揮され、結果として雪乃は見事に騙されて偽物に攻撃をしようとしたので、その隙を突いて雪乃を撃破したのだった。

 

「さて……次からが本番ね。死んでも勝たせて貰うよ、『戦律の魔女』」

 

陽乃はそう言ってレヴォルフの専用観戦席にいるシルヴィアを睨みながらそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「気の所為か?なんかこっちを見てる気がするんだが?」

 

「八幡君じゃなくて私でしょ。次の試合で私と彼女が当たるから」

 

「……私のシルヴィアを睨むなんて……雑魚の癖に良い度胸してるわね」

 

レヴォルフの専用観戦席にて雪ノ下姉妹の試合を見終えた俺達はそう呟く。というかオーフェリアさん怖過ぎるからな?お前あの人が相手の時は本当に容赦ないな?

 

そう思いながら俺は携帯端末を取り出してベスト16に上がった選手を確認する。

 

今の試合で午前中の8試合は全て終わり、ベスト16に進出した選手は俺、シルヴィ、雪ノ下陽乃、レナティ、ノエル、天霧、梅小路、ヴァイオレット、の8人だ。まあ大体予想通りだ。

 

残りは午後の8試合だが、組み合わせを見る限り暁彗、ロドルフォ、リースフェルトあたりは十中八九勝ち上がるだろう。対戦相手もそこまで強くないし。

 

残りの4試合は割と予想が出来ない。特にアルディとリムシィの擬形体同士の対決とか、小町とネイトネフェルの試合とかは。

 

「とりあえず午前の試合は終わったし、飯でも買ってくるか」

 

「あ、じゃあ私とオーフェリアが買いに行くよ。八幡君は疲れてるでしょ」

 

「……そうね。とりあえず八幡は座ってなさい」

 

恋人2人は俺に気遣って有無を言わさぬ口調で休むように言ってくる。2人がそう言うならお言葉に甘えさせて貰うとしよう。

 

「わかった。任せる」

 

俺がそう言うと2人は出て行ったので俺は一息吐く。2人の言う通り今の俺はかなり疲れている。明日の相手は壁を越えた人間ではないが厳しい戦いになるだろう。

 

何故なら今の俺はかなり限界が近く、明日になっても万全には程遠い状態だという確信がある。

 

影神の終焉神装を使えず星辰力も全快まで回復してない状態、加えて筋肉痛もあるからから間違いなく厳しい戦いになるだろう。

 

(とりあえず明日を乗り切れば調整日で1日休みだから頑張ろう)

 

まあ明日を乗り切るのか難しいんだがな。ともあれ明日の試合までは無駄に身体を動かさないようにしないとな。

 

そこまで考えた時だった。手に持つ俺の端末が鳴り出したので見てみるとノエルからの電話だった。時間を見る限り試合が終わってインタビューを済ませたから電話をしてきたのだろう。

 

そう思いながら空間ウィンドウを開いて繋げると、ノエルの顔が映る。

 

「もしもし?」

 

『八幡さん、勝ちましたよ……!』

 

「ああ、知ってるよ。4回戦突破おめでとさん」

 

『あ、ありがとうこざいます……!』

 

ノエルは顔を赤くしながら身体を縮こまらせる。本当に可愛いなこの子。庇護欲が湧いてくるわ。

 

「とはいえこれからが本番だぞ」

 

ベスト16に残る選手の中には運で勝ち残った人間は1人もいない。ノエルの次の相手はまだ決まってないが、壁を越えた人間じゃないとはいえどちらも強敵だし。

 

『は、はい!頑張ります……!決勝戦で八幡さんと戦いたいですから……!』

 

「そうか。俺は絶対に決勝に行くから来るなら来い」

 

『はい!……あ、それと八幡さんにお願いがあるんですけど……』

 

途端にノエルはモジモジしながら顔を赤らめる。ノエルの事だから無茶なお願いはしてこないと思うが、あの顔を見ると妙に嫌な予感がする。

 

「なんだよ?言ってみろ」

 

しかし何も聞かずに却下する訳にはいかないので聞いてみると……

 

『その……今、シリウスドームに向かっているんですけど、午後の試合、一緒に見ませんか?』

 

午後の試合を見るだと?俺自身嫌ではないが……オーフェリアとシルヴィが嫉妬しまくるんだよなぁ。あいつらも大袈裟だろ?ノエルが俺に恋してるならまだしも、恋してないんだしそこまで嫉妬しなくても良くね?

 

内心返答に悩んでいると……

 

『………』

 

涙目+上目遣いで俺を見てくる。毎度思うがこいつのそれは反則だと思い。マジでドキドキしてくるし。

 

俺が揺らいでいると……

 

『………八幡さん』

 

涙目+上目遣いの状態で俺の名前を呼んでくる。それによって俺の意思は徐々に傾いていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふーん。それでノエルちゃんが来るんだ」

 

「……相変わらず女子と仲が良いわね」

 

5分後、飯を買ってきた恋人2人に説明をすると、2人はジト目で俺を見てくる。

 

「す、済まん。返答に悩んだんだが、奴の涙目+上目遣いには勝てなかった」

 

「それソフィア先輩の時もだよね?というか王竜星武祭が始まってから思ったけど八幡君モテモテだね」

 

「なんでそうなんだよ。確かに基本的に毎日お前ら以外の女子とも見てるが向こうは恋愛感情はないだろ」

 

初日はノエルと、2日目はチーム・赫夜と、3日目は偶然会ったエルネスタと、4日目は星露と、5日目はヴァイオレットと、6日目はフェアクロフ先輩と見て、7日目は1人で見た。そんで昨日は抽選会だから試合は無くて、今日はノエルと見る。シルヴィの言う通り女子と一緒に見ているが向こうは絶対に俺に恋愛感情を持ってないだろう。

 

そう思って2人を見ると……

 

「なんだよその目は?」

 

何故か馬鹿を見るような目で俺を見てくる。俺が馬鹿なのは否定しきれないが、そこまで言う程馬鹿じゃない……と、思いたい。

 

「「別に」」

 

2人はそう言ってから俺に背を向けてゴニョゴニョと話し出す。

 

 

「(ねぇオーフェリア、実際ノエルちゃんは落ちてるよね?)」

 

「(……私の見立てでは完全に落ちてるわ。後ソフィアとヴァイオレットも危ないわ)」

 

「(あ、でもヴァイオレットちゃんは天霧君の大ファンだから、前の2人よりはまだ安心かな)」

 

「(そうね。ソフィアは基本的にチーム・赫夜として動くし……問題はノエルね)」

 

「(うん。彼女、引っ込み思案な性格だと思ったら予想以上に積極的だし、八幡君はノエルちゃんみたいな子に弱いから)」

 

「(……全くよ。何で八幡って有名な人間にモテるのかしら?)」

 

「(知らないよ。仮に今言った面々に加えて、ソフィア先輩以外のチーム・赫夜のメンバーや、レヴォルフの生徒会メンバーも加わったら……)」

 

「(……否定しきれないのが怖いわね)」

 

「(もう……八幡君って皆に優しいんだから)」

 

「(……女誑し)」

 

 

 

 

2人の声は小さく何を言ってるか全くわからないが俺をdisっているのは間違いないだろう。解せぬ。

 

 

結局2人はノエルが来るまでコソコソ話をするのをやめなかったのだった。


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