『武暁彗、校章破損』
『試合終了!勝者、チーム・エンフィールド!』
機械音声が勝利を告げると、ステージを覆っていた防護ジェルが解除されて、間髪入れずに大歓声が上がる。
『ここで試合終了!準決勝第二試合を制したのは、星導館学園のチーム・エンフィールド!』
『いやはや凄い激戦でしたね。特に最後。天霧選手が信じられないほどの技術で武選手を追い詰め、封印関係で動きが鈍くなってからの刀藤選手とリースフェルト選手の対応は見事でした』
実況と解説の声がクインヴェールの地下トレーニングステージに響く中、俺達はそっと息を吐く。余りの激戦に見ているこっちが疲れてきたな。
「決勝の相手はチーム・エンフィールド……だけど予想以上に向こうも負担が掛かっているから、もしかしたらもあり得るわね」
フロックハートが冷静にそう口にするが、俺もフロックハートの意見には同感だ。見れば刀藤は最後に暁彗の拳をモロに受けた為、医療班の用意した担架に乗せられている。ダメージから察するに明日の決勝は無理だろう。
他の4人も差はあれど若宮達チーム・赫夜同様にかなり疲弊しているので、優勝出来る可能性は充分にある。
とはいえまだまだ厳しいのは事実。天霧が最後に見せたあの力、まだまだ不安定みたいだがアレを使われたら刀藤がいない事を計算に入れても勝率が下がるだろう。
(てかあの野郎マジで強過ぎだろ?もしも『黒炉の魔剣』を完璧に制御したら最盛期のオーフェリアにも勝てるんじゃね?)
そこまで天霧の本気は次元が違った。もしも王竜星武祭で相対した場合に備えて今の内に対策をしとくべきだろう。
そんな事を空間ウィンドウを見れば両チーム共にゲートから退場していたので空間ウィンドウを閉じる。今日の試合は全て終わりであるのでこれ以上見る意味はない。
「さて……試合も終わったし対策ミーティングを始めるわ」
フロックハートがそう口にすると全員が真剣な表情のままフロックハートを見る。俺とオーフェリアとシルヴィは参加選手ではないが全力を尽くす所存だ。
「試合を見る限り刀藤綺凛は決勝には出れないと思うわ。一応出る場合に備えた話もするけど、とりあえず出ない事を前提とした作戦を練りましょう。先ずはフォーメーションだけど……」
フロックハートが説明を始めたので他の面々はメモや録音の準備を始めたり、空間ウィンドウを開いてチーム・エンフィールドの試合記録の整理を始める。俺も使えそうなフォーメーションを確かめるべくチーム・赫夜のこれまでの試合記録を調べ始めたのだった。
2時間後……
「って感じで明日の試合は望みたいわね。何か質問は?」
フロックハートがそう口にするも全員無言のままだ。まあ2時間の間に沢山質問はしたからな。これ以上は早々出ないだろう。最悪明日の最終ミーティングですれば良い話だし。
「じゃあこれで作戦会議は終わり。皆、寮に帰って少しでも体力を回復するように早く寝なさいね」
フロックハートがそう言うが、俺の見立てじゃお前が1番体力を回復すべき人間だから気を付けろよ?
「はーい」
「わかりました」
「クロエさんもしっかり休んでくださいまし」
「明日で最後……!」
4人は各々特有の態度で了承した。アッヘンヴァルの言う通り泣いても笑っても明日で最後だ。悔いのないように頑張って貰いたいものだ。
(まあ悔いのないようにするには優勝しないと無理だと思うがな)
内心苦笑しながらも俺達も立ち上がる。
「あ、それとオーフェリアにシルヴィ。今から帰るけど、俺は今日義手の定期検診があるから先に帰ってくれ」
よくよく考えたら月に一度の定期検診がある。オーフェリアも体内の瘴気を制御するべく定期検診に行っていたが結構怠いんだよなアレ……
そんな事を考えていると……
「あ、私はさっきペトラさんに呼ばれたから先に帰ってて」
「……そういえば冷蔵庫の食材が足りなかったわ。買いに行きたいけど……」
シルヴィとオーフェリアが同時にそんな事を言ってくる。まさか三者共に用事があるとはな……
「仕方ない。全員用事があるしクインヴェールで別れるか。悪いがオーフェリア、食材の買い出しはお前に任せて良いか?」
流石に治療院に行ってから食材の買い出しは面倒だし、バラバラに行った方が効率が良いだろう。
「わかったわ。夕飯は何が食べたい?」
「「グラタン」」
俺とシルヴィは即答する。オーフェリアの飯はどれも美味いが、1番美味いのはグラタンだ。これについては一生変わらないと思う。
「……わかったわ。じゃあ2人が満足するグラタンを作るわ」
オーフェリアはそう言って小さく笑う。自由になってからのオーフェリアはよく笑うようになったが、昔とのギャップ差がありオーフェリアの笑顔は最高だ。これについては絶対に揺らがないだろう。
願わくば今後二度と彼女から笑顔が無くならない事を祈りたい。
クインヴェールを出た俺は自宅の近くにあるスーパーに向かうオーフェリアと別れて治療院に向けて走り出す。本来なら影の竜に乗った方が早いが以前それをやって治療院に通う人をビビらせまくったから自重している。今更だが一般人に気を使う俺ってレヴォルフの生徒らしくなさ過ぎだな?
そんな事を考えていると……
「あら?比企谷君ではありませんか?」
いきなりそんな声が聞こえたので顔を上げるとエンフィールドとリースフェルトと沙々宮の3人がこちらにやって来る。しかし沙々宮はコックリコックリしながら歩いているがどんだけ器用なんだ?いや、まあ、今日の試合で疲れてるのだろうけど。
「よう。歩いてきた方向から察するに治療院に行ってたのか?」
3人が来た方向にある施設は俺が今から行く治療院ぐらいしかない。
「ええ。綺凛のお見舞いに」
「ふーん。じゃあやっぱり明日は出れないのか?」
「残念ですが。流石の綺凛も『覇軍星君』の拳をモロに受けた以上、無理と判断しました。今は入院中ですよ」
「まああいつの拳は痛いから仕方ないだろ?」
「……そんな風に言っているが、学園祭で『覇軍星君』を拳を受けて平然と戦ったお前が言っても皮肉にしか取れないぞ?」
リースフェルトは呆れながらそう言っているが、こっちは学園祭の前から暁彗より強い星露の拳を受けていたからなぁ……
「そいつは悪かったな。つーか天霧は?あいつも入院してんのか?」
「いえ。綾斗はお姉さんのお見舞いに」
ああ、そういやあいつの姉ちゃんは治療院の特別区画にいるらしいな。星武祭の前実行委員長が関係していることが原因らしいが、蝕武祭の件といい彼女は彼女で色々面倒な運命に巻き込まれてそうだな。
そんで優勝した暁には姉ちゃんの封印を解除するようだが……
「そうか……あいつの境遇には同情するが、明日は若宮達が勝つからな」
俺は若宮達チーム・赫夜が優勝して欲しいと思っている。あいつらは願いを叶える為にどんな訓練も耐え抜いてきたのだ。近くで見てきた俺としては若宮達に勝って欲しい。
「いいや。勝つのは私達だ」
俺の言葉に真っ先に反論するのは予想通り、負けず嫌いのリースフェルトだった。不敵な笑みを浮かべながら凄んでくる。
「ええ。私達も負けるつもりは毛頭ありません。優勝は我々が頂きます」
「そうかい、まあ今口論しても意味ないし、この辺りで止めとこう」
「そうですね。明日になれば嫌でもわかるのですから……そろそろ行きましょう。帰ってミーティングもしないといけないですし」
「そうだな。ではまたな比企谷。行くぞ紗夜」
「すやぁ……」
すると沙々宮は眠りながらも親指を立てて歩き出す。どんだけ器用なんだこいつは?
この場にいる全員が呆れる中、沙々宮は星導館がある方向に歩き出し、エンフィールドとリースフェルトがそれに続く。何つーか……あいつらも若宮達に負けず劣らず個性的だな……
そん事を考えながら俺は3人が見えなくなるまで見送って、再度治療院に向けて足を運びだした。
それから1時間後……
「失礼しました」
治療院にある一室にて、俺は担当医に頭を下げてから部屋を後にする。メンテナンスは無事に終了した。また武器を仕込んでいた事に関しては煩く言われたが、こればかりは止めるつもりはない。どんな状況でヴァルダや処刑刀と相対するかわからない以上、あらゆる対策をしておくのがベストだろうし。
そう思いながら暫く廊下を歩いていると……
「……ん?妙だな……」
さっきから廊下で誰とも会わない。夜の治療院だから人が少ないのはわかるが、1人も居ないのはおかし過ぎる。実際に治療院に入った時は少数ながらも他人とすれ違ったし。
そう思うと胸の内に言葉にし難い不快な感情が生まれてくる。何というか……あるだけで虫唾が走る感情が。
(この感情……前にヴァルダと相対した時に似てる……まさか奴が近くにいるのか?)
俺の推測ではヴァルダは純星煌式武装で精神を操る能力を持っていて、代償として使用者を乗っ取る代償があると考えている。
あのネックレスはウルスラさんを解放した後に回収しようとしたが処刑刀に奪われた。だから違う人間を乗っ取っていてもおかしくないし。
そこまで考えていると少し離れた場所から剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。治療院の中にもかかわらずに、だ。
(やっぱりおかしい……!そんな音が聞こえてくるのに人が現れないなんて……)
嫌な予感がしてきたので俺は剣がぶつかり合う音がする方向に走り出す。
そして音のした方向ーーー治療院の中庭に行くと……
(あいつら……!)
天霧が仮面を付けた男ーーー処刑刀と相対していた。見間違える筈もない。あの仮面に『赤霞の魔剣』を見ればわかる。俺の手を斬り落とした男が天霧とやり合っている。
加えて2人の近くにはフードを被った人影がいる。顔は見えないが首にあるネックレスは間違いなくヴァルダの物だ。
何を持って天霧とやり合っているかは知らないが、助けに行った方が良いだろう。完全に封印解除した天霧ならともかく、今の天霧が処刑刀に勝つのは無理だ。
そう判断した俺は影に星辰力を込めながらも端末を取り出し、オーフェリアとシルヴィとお袋に、この前に連絡先を交換したヘルガ・リンドヴァル警備隊長に『処刑刀が治療院に現れた』とメールを送る。
これで4人が来てくれたら15分以内に来てくれるだろう。だから俺の仕事はそれまで足止めをする事だ。
そう思いながらも俺は窓を蹴破り、四色の魔剣を持ち対峙する2人を視界に入れて……
「影の刃群」
足元から100を超える影の刃を処刑刀に放つ。狙いは機動力を下げる為に処刑刀の足だ。
しかし処刑刀は『赤霞の魔剣』で天霧を『黒炉の魔剣』ごと弾き飛ばして影の刃を全て一閃する。やっぱりこの程度じゃ倒れないか。
「ふむ……こんな所で会うとはね……」
「忌避領域を軽々と破る……相も変わらず忌々しい男だ……!」
処刑刀は感心したように、フードの人間ーーーヴァルダは不愉快そうな声を出しながら俺を見てくる。俺は警戒しながらも天霧に話しかける。
「大丈夫か?」
「あ、うん。比企谷は何でここに?」
「そこのアホが原因で用意した義手の定期検診だよ。で?お前は処刑刀らといるんだ?」
「それがいきなり明日に備えて手助けをするとか言ってきて……」
手助けだと?前から思っていたが処刑刀の行動はいまいち分かり辛いな。
「……まあ良い。どの道俺としても左手の借りは返したい所だしな」
言いながら処刑刀とヴァルダを見ると処刑刀は考えるような素振りを見せてくる。
「ふむ……ここで引きたいのは山々だが……」
「引きたきゃ引いても良いぜ。ただしヴァルダだけは破壊させて貰うがな」
軽く挑発を返す。もちろんそんなことは考えていない。俺としてはここで2人を捕まえたいのが本心だ。とりあえず後10分ちょい時間を稼げばそれでこいつらは詰みだし。
「それは困るな。オーフェリア嬢に加えてヴァルダも奪われちゃたまらない……仕方ない、今後に備えて君はここで始末させて貰うよ、比企谷君」
言って『赤霞の魔剣』を俺に向けてくる。それで良い、オーフェリア達が来るまで遊ぼうぜ。
「って、訳だ天霧。俺はこいつと戦うからお前は好きにしろ。逃げたいなら逃げて良いし、戦うつもりならさっさと構えろ」
天霧はいきなり襲われたらしいし、俺の行動に協力する必要はない。
「……いや、協力するよ。姉さんを斬った男を野放しに出来ないしね」
言うなり天霧は『黒炉の魔剣』を構えて俺の横に並ぶ。まあ姉を斬った男が目の前にいるなら仕方ない反応だな。
「……そうかい。なら好きにしろ」
俺がそう言って処刑刀とヴァルダを見る。おそらくヴァルダは積極的に戦闘に参加しないだろう。これまでに二度ヴァルダと戦った。その事から奴は認識を阻害する能力や人払いの能力を持っているが、その力を使っている間はそこまで強くない。
処刑刀の正体は知らないがバレないことを最優先にしている以上、ヴァルダが認識を阻害する能力は常に使うだろうし。
そこまで考えていると処刑刀が頷く。
「ふむ、2対1か。なら私も本気を出さないといけないようだ」
やはりバレないことを最優先にしているようで、自分1人で戦うようだ。
すると処刑刀は両手を挙げ……
「なっ?!」
天霧の驚きの声が生まれると同時に、処刑刀の周囲に複数の魔法陣とそこから伸びた縛鎖が顕現して、処刑刀がそれを振るうと縛鎖は一瞬で粉々に砕け散って消え始める。
すると処刑刀の身体から禍々しく圧倒的な鬼気が放たれる。そのプレッシャーは星露とやり合っている俺でも若干気圧されてしまうレベルである。
縛鎖が完全に消え去ると処刑刀は『赤霞の魔剣』を軽く手の中で遊ばせ……
「それでは始めようかーーー久しぶりの殺し合いを」
瞬時に俺と天霧に詰め寄って『赤霞の魔剣』を振るってくる。上等だ、殺られる前に殺してやるよ……!
同時刻……
「えっ?!ペトラさんゴメン!急用が出来た!」
「ちょっと?!シルヴィア?!」
「……八幡、直ぐに向かうから」
「あん?あの野郎また狙われたのか……おい匡子」
「な、何すか涼子姐さん?!」
「急用が出来た。今直ぐ治療院まで車出せ」
「え?!今まで酒を飲んでたんすけど?!」
「バレなきゃ問題ねーし、警備隊が出てきたら私が瞬殺するから早くしろ」
「は、はい!」
「処刑刀……何の目的で現れたかは知らないが逃がさんぞ……!」
私事ですが、明日は泊まりで出かけるので更新はお休みさせていただきます