「アレは……」
クインヴェールの専用観戦室にて、クインヴェールの理事長のペトラさんは驚きを露わにする。目にはバイザーが装備されているが、声に若干驚愕の色が混じっているから直ぐにわかった。
「ほー、美奈兎ちゃん。馬鹿息子の動きをトレースしたな」
お袋は理解したように頷く。まあ偶にお袋と一緒にチーム・赫夜のメンバーと模擬戦をしたからわかるか。お袋の言う通り、今の若宮は俺の技術をトレースしているのがわかる。
ステージを見れば若宮がフォースター相手に蹴りを放ち、フォースターが回避した所で瞬時に距離を詰めて突っ張りを放ち、向こうが回避して反撃の突きを放つと身体を捻ってギリギリのところで回避している。
若宮の玄空流は様々な流派が混ざったカオスな流派だが、ある程度の形はある。しかし今の若宮の動きは完全に実戦で培われた荒々しい技ーーー俺が星露相手に磨いた動きそのものだ。
「……なるほど。まあ1年近く、面倒を見た貴方なら彼女達も信頼しているでしょうね」
ペトラさんは納得したように頷く。フロックハートの能力は伝達だが、感覚、技術の伝達は信頼した者同士でないと使えないのだ。
俺自身、赫夜のメンバーは信じているが、赫夜のメンバーは俺を信じてくれているか当初は若干緊張していたが、全員が使えた時は安心した。
まあ赫夜のメンバーが初めて俺の体術を使用した時は……
「ふ〜ん。仲が良くて嬉しいよ」
「……そうね。勝負はこれからね」
今みたいにオーフェリアとシルヴィがジト目で俺を見てきたんだよなぁ……確かに俺と赫夜のメンバーは信じ合っているのはフロックハートの能力が発揮出来たことから否定しないが、俺とお前達はそれ以上に信じ合っていると思うぞ?
「……ここで痴話喧嘩はやめてくださいね?貴方達が痴話喧嘩をするとブラックコーヒーを飲みたくなるので」
「そんな事はしないよ!」
そんな事を考えているとペトラさんとシルヴィが言葉を交わしているのが耳に入る。まあ俺としてもこんな場所で喧嘩をする気はない。どうせなら夜のベッドの上で違う喧嘩をしたい。
「……お願いしますよ。しかし……試合を見る限り彼の体術のレベルは高いですが、エリオット・フォースターには届かないでしょう」
ステージを見ると、フォースターは若干予想外の動きをする若宮に戸惑いながらも徐々に若宮の攻撃を対処している。
ペトラさんの言葉は間違っていない。実際獅鷲星武祭が始まる1週間前、星露との鍛錬を終えた後に俺は星露に俺自身の体術のレベルはどれくらいなのか?、と尋ねた。
対する星露の回答は界龍なら冒頭の十二人に入れるかどうかギリギリ、だった。つまり今の俺の純粋な体術のレベルは界龍の序列10位から20位だという事だ。
対するエリオット・フォースターの実力はガラードワースの序列6位で、界龍にいても冒頭の十二人に入れる実力はあるだろう。ペトラさんの言う通り、俺の体術だけでは奴を倒すのは厳しいだろう。
しかし……
「そうですね。ですが、それはあくまで俺の体術だけを使ったら、の話ですよ」
俺がそう口にすると同時に会場に湧き上がったような歓声が生まれる。どうやら新しい展開がやって来たようだな。
所変わってステージでは……
「く、女王の崩順列!」
ニーナが巨大な大砲を生み出し砲塔から光の剣を生み出し射出する。狙いは正面にいるノエル・メスメル……の足元から生まれている大量の茨だ。
巨大な光の剣が一直線に茨が広がる地面に突き刺さると、轟音が生まれて茨がブチブチと切れて消滅する。
しかし……
「ま、まだ出るの……?!」
唖然とした表情を浮かべるニーナの視線の先では未だにノエルが杖型煌式武装に額を付けてしゃがみこんで、足元から茨を生み出している。
さっきからこの調子だ。ノエルが足元から茨を生み出して、ニーナがそれを破壊すると、ノエルが再度足元から茨を生み出すの繰り返しだ。ニーナのチームメイトのクロエと柚陽はノエル本人に攻撃をしているも、護衛の騎士に防がれている。
しかしこのままだと不利なのはチーム・赫夜である。ノエルは星辰力だけを消費じているが、ニーナは違う。トランプを模したニーナの能力は星辰力だけでなく一度使ったスートと数字の組み合わせは丸一日使えなくなるのだ。
ニーナが使える能力のパターンは全部で4×13の52種類だが、既に18とかなり消費している。このまま行けばジリ貧になるのは確実だ。
ニーナの役割はノエルの茨を美奈兎とソフィアの元に近付かせない事。ノエルの能力はチーム戦で援護をする時は絶大な効果を発揮するので、ノエルをフリーにするのはチーム・赫夜の負けに繋がる。
しかしこのままだとニーナの能力は使えなくなるのでニーナは……
『クロエ!ソフィア先輩の剣技をお願い!』
攻め手を変えることにした。ニーナは腰にあるホルダーからサーベル型煌式武装を取り出し起動しながらクロエの頭に話しかける。
『わかったわ』
同時にクロエの周囲に星辰力が湧き出て、ニーナの身体に何かが伝わってくる。それを受け止ったニーナは……
「はぁっ!」
アスタリス最強候補と評される剣技を駆使して美奈兎とソフィアの方に向かっていた茨を全て引き裂く。その速さは圧倒の一言で、観客の大半は見えない速さだった。
「き、来た……!急いでお兄ちゃんのフォローを……!」
同時にノエルは驚愕の表情になりながら自分を守る騎士に指示を出すも……
「そうはさせないわ……!」
「美奈兎さん達の所には行かせません」
クロエが美奈兎の能力をトレースして護衛の騎士にナックル型煌式武装を装備した拳で殴りかかり、柚陽がノエルーーーより正確に言うとノエルの校章に向けて6本の矢を放つ。
「くっ!」
騎士はクロエの一撃を防ぐものの、予想以上の一撃にバランスを崩しエリオットのフォローもノエルの護衛も出来ない状況となる。
「うぅっ……」
一方のノエルも柚陽の矢を杖型煌式武装で全て弾くものの……
「やあっ!たあっ!」
ソフィアの剣技をトレースしたニーナが全ての茨を切り裂いてエリオット達前衛の援護が出来ない状態となっている。
(くっ……私が明日の試合で支障なく動ける為に後1分以内に勝たないと……!だから美奈兎達も頑張って……!)
ニーナはソフィアの剣技を使用する事によって生まれる激痛に耐えながらも美奈兎達にエールを送り、更に剣速を早めた。
一方、当の美奈兎は……
「はあっ!」
「そこっ!」
チーム・トリスタンのリーダーのエリオット・フォースターと激突していた。互いに叫び声を上げながら拳と剣を交える。
美奈兎が拳を放てばエリオットが片手剣で受け流し、エリオットが得意のカウンターで突きを放てば美奈兎が身を屈めて躱しながら足技を仕掛けている。
両者の制服は所々が裂けていて血もかなり出ていると、現時点では拮抗している。
普通に美奈兎とエリオットが戦えばエリオットの方が上である。しかし何故エリオットが美奈兎を倒せず拮抗しているかというと……
「くっ……2種類の体術は本当に厄介ですね……!」
エリオットの言う通り、現在美奈兎は本来自分が使っている玄空流と、八幡が星露との戦いで身につけた我流の体術の2種類の体術を使用している。
2種類の体術は全く違うスタイル故に弱点も違う。だから美奈兎はそれを利用して2種類の体術を交互に使ってエリオットを翻弄しているのだ。
それによって現在は互角の勝負を繰り広げているが、美奈兎の顔は優れない。何故なら……
(大分身体が痛くなってきた……!早めに決着をつけないと………!)
これはクロエの能力の恩恵を受けていればわかるが、他人の技術をトレースして使うのは身体に強い負荷が掛かる。技術というソフトが伝達されてもそれを使う肉体ーーーハードは伝達されないからだ。玄空流と真逆の八幡のスタイルを使う度に美奈兎の身体は悲鳴を上げている。
美奈兎が悩んでいると……
ーーー馬鹿正直過ぎだ馬鹿。格上に勝つには相手を騙す事……相手の想定を超える事が重要だーーー
自分の頭の中に鍛えてくれた男の顔と言葉がよぎる。何度も何度も自分の我儘に付き合って戦ってくれて、弱い自分を決して見捨てなかった友達の顔と言葉が。
(そう、だよね……!確かに強いけど、比企谷君や星露ちゃん、比企谷先生に比べたら怖くない……!)
そう思った美奈兎は……
『クロエ!ソフィア先輩の技術も伝達してくれない?!』
エリオットの片手剣を蹴りで防ぎながらクロエの頭に無茶振りな要求をする。
『正気?美奈兎の身体は八幡の技術を使ってかなり疲弊しているのよ。それにソフィア先輩の技術が加わったら……』
『それでも……勝ちに行きたいから!』
『ダークリパルサー』を使えば勝てるとは思うが、それはチームの手の内を全て晒すことを意味する。そうなったら優勝は殆ど不可能と判断した故だ。
『はぁ……15秒だけよ。それ以上は明後日のチーム・ランスロットの試合に影響が出るわ』
明日は調整日故に休みだが、長時間ソフィアの剣技をトレースすれば明後日の試合で美奈兎が戦力外になると判断したクロエは15秒以上のトレースは許さないと美奈兎に伝える。
『充分!絶対に決めてみせる!』
言いながら美奈兎はエリオットの薙ぎ払いを左手に装備したナックル型煌式武装でガードする。そしてバックステップで後ろに退がりながら……
「えいっ!」
右手に装備したナックル型煌式武装をエリオットの顔面に投げつける。エリオットはそれを簡単に斬り払うが、1秒の隙が生まれた。
そして1秒あれば充分であり、美奈兎は腰にあるホルダーからサーベル型煌式武装を起動して瞬時にエリオットとの距離を詰める。
そしてサーベルを振るうと風が吹き、片手剣を跳ね上げて、胸の校章を狙って突きが放たれる。エリオットは嵐のような猛攻を凌いでいるものの完全に防戦一方となっている。
ソフィアの剣技をトレースした美奈兎の攻撃は校章を破壊してはいないものの、圧倒的でありエリオットの防御を上回りエリオットの身体のあらゆる箇所から出血させている。こと単純な剣技においてソフィアの剣技はアスタリスク最強クラスだからだ。
「だからと言って負けられませんよ……!」
しかしエリオットも負けられないとばかりに、美奈兎の突きを受け流して返す刀で、片手剣を上段からサーベルに向けて振り下ろす。
「あっ……!」
同時に美奈兎の手からサーベルがはたき落される。ソフィアの剣技をトレースした美奈兎なら上段からの一撃を余裕で回避出来る筈だが、八幡の体術の体術を使用して予想以上にら身体に負担が掛かっていた為回避に失敗した美奈兎であった。
「先ずは1人……!」
エリオットがそう言って全身から血を流しながらも、痛みがないかのように美奈兎の校章に突きを放つ。サーベルを落として体力も限界に近い美奈兎にエリオットの攻撃を対処する術はない。
美奈兎1人なら。
『美奈兎、伏せて!』
美奈兎の頭にクロエの叫び声が聞こえると、美奈兎は間髪入れずに地面に伏せる。
すると美奈兎の頭スレスレの位置に光弾が飛んで、片手剣に当たり、エリオットの手から弾き飛ばす。クロエがノエルと護衛の騎士を相手にしながらも放った光弾だ。
「なっ?!」
エリオットが驚く中、美奈兎は全身から感じる痛みを無視して未だ左手に装備されているナックル型煌式武装に星辰力を込める。ここを逃したら勝ち目は薄くなると理解しているからだ。
「あぁぁぁぁっ!」
そして美奈兎は叫びながら、左手から血を流しながらもエリオットの校章に向けて拳を放ち……そのまま校章を打ち破った。
『エリオット・フォースター、校章破損』
『試合終了!勝者チーム・赫夜!』
機械音声がそう告げると歓声が上がり、美奈兎はステージの床にうつ伏せに倒れる。既に美奈兎は限界に近いがそれでも口元から笑みを消すことはなかった。
「後2試合……頑張らないと……」
その言葉は大歓声によってかき消され、美奈兎以外の人に聞かれる事はなかった。
チーム・赫夜、準決勝進出