神代に近いレベルまで魔力の籠った霧が満ちる大英帝国の首都ロンドン。
そこを跳梁跋扈するは無数の機械人形と魔術師の手による肉人形達。
魔霧に包まれた通りでは、全ての家屋の窓と扉が固く閉ざされ、屋内の住人達は誰もが明かりすら灯さずに恐怖に、飢餓に、目前に迫った死に怯えていた。
「はぁ…はぁ…!」
人気はなく、ただ人外の気配に包まれたロンドンで、口元をマフラーで厳重に覆った女性が歩いていた。
彼女の家には既に食料は無く、腹を空かせた子供達しかいない。
仕事で市外に出ていた夫からは便りは無く、金銭すら尽き始めていた。
だから、危険の蔓延る屋外へ、食糧を探し求め、霧の濃い地区までやってきてしまったのだ。
そして、この正体不明の騒動と“運の悪さもあり”、彼女は端的に言って詰んでいた。
「ねぇ、貴方はお母さん?」
不意に、霧の中からフードで全身を覆った小さな人影が現れた。
その声は幼さすら感じる少女のものだが、その手に握られた大振りのナイフが少女が尋常の者ではないと告げていた。
「ひッ!?」
「苦しくて、辛いんだ?」
霧の都の殺人鬼が幼げな声で心配する。
その両手にナイフを握りながら、ゆっくりと女性の下へと歩み寄る。
「じゃあ楽にしてあげるね。大丈夫、ちょっと私達を中に入れてくれるだけで良いから。」
女性はこの奇妙な霧を吸い込んだ影響で、最早家に帰る事は出来ないと思っていた。
その前に、彼女の命は此処で凄惨に散らされるのだと、女性自身が確信した。
だが…
「はい、それちょっと待った!」
英雄の資質の一つは、悲劇に必ず間に合う運の良さであると言う。
その点で言えば、世界の滅びに間に合った少年は間違う事無き英雄の一人だった。
「…ダメだよ、そんな事しちゃ。」
「お姉ちゃん、邪魔するの?」
敏捷Aは伊達ではなく、白い少女の振るったナイフを褐色の少女が黒く歪な双剣で以て防いだ。
「…お腹を切っても貴方達は帰れない。その人は別の子供のお母さんだから。貴方達のお母さんじゃないの。」
「そうなんだ…。」
奇しくも互いに似た得物を扱う二人は服装も似ており、何処か纏う雰囲気すらも似ていた。
だからだろうか、その場にいた他の面々では分からない事も言葉少なに通じ合っていた。
「…お腹が減ってるのなら、こっちに来る?お菓子もあるよ。」
「お菓子?欲しい!」
そして、てっきり本格的な戦闘になるかと思えば、子供らしくあっさりとお菓子で釣れてしまった。
「はい、葡萄味の飴。」
「わーい!」
受け取った飴から包装を外して直ぐに口に放り込むジャック。
その姿からは先程の凶行を全く感じさせない無垢、否、幼さがあった。
『と、取り敢えず案内人ゲットかな?』
そして、状況に付いていけない周囲の声を代表する様に、ロマンが呟いた。
……………
(身体が軽い…もう何も怖くない!)
“おい馬鹿止めろマジで。”
やぁこんにちは!私の名前はサドゥ!探せば割と何処にでもいる生に倦み疲れた自殺志願者だよ!
今日は毒ガスに満たされたロンドンに、化学テロってるテロリスト共を殲滅するために来てるんだ!
此処の所ずっと体調が悪かったんだけど、此処ロンドンに来てからは絶好調なんだ!
きっと今回は良い事があるに違いない!
具体的には小便王とか、魔術王とか、お前のとーちゃんダービーデーとか、逃れられない死亡フラグとかが!
遂に!私の下に!訪れる!気がするんだ!
“うーんこのはっちゃけぶり。見事にラリッてやがる。”
(自覚はある!しかし今、このサドゥの辞書に自重の二文字は無い!)
“魔霧吸ってステータス上がってるのは解るんだが、どーしたもんかねーこりゃ。”
(エ゛ェェェェェェェェイ゛ィメェェェェェェェェン゛ッッ!)
“そのCV若本止めろや。あーもう滅茶苦茶だよ…。”
……………
『いやー何かもう、凄まじいね。』
先程ジャック・ザ・リッパーから救助した女性を自宅に送り届けた後、通信越しにDr.ロマンが告げたセリフに、その場の全員が賛同した。
案内人としてお菓子で雇ったジャックと共に先頭を突き進むサドゥ。
つい最近まで不調を抱えていた彼女だが、このロンドンに満ちる魔霧を吸収し始めた途端、絶好調☆になってしまった。
本来なら低ステータスと本人のひ弱さもあり、人間相手以外では活躍できないと考えられていた。
しかし、それは大きな間違いだった。
フランスでジークフリートに掛けられた呪詛を吸収し、ステータスを上昇させた様に、彼女は後天的に自身のステータスを半永久的に強化する手段が存在する。
他のサーヴァントもまた生前に近いレベルまで霊基再臨する事は出来るが、呪詛の類を吸収して強化されるなど、サーヴァントの反転化染みた強化を独力で成す英霊となると聞いた事が無いし、本来なら在り得ないのだろう。
「…邪魔。」
だが、現実として敏捷以外は最低クラスのステータスであったサドゥは、ステータスだけを見れば中々に高いものがあった。
「…退いて。」
敏捷はそのままに筋力がC+、耐久がC、魔力がBに変化したのだ。
その上、接敵から今まで戦闘していると言うのに魔力を消費する事も無い。
消費した傍から魔霧を吸収する事で補給しているのだ。
現に、機械人形とホムンクルスの類を相手にしても、全く消耗せずに戦い続けている。
だが…
「…終わったよ。」
「取り敢えず回復で。」
敵陣に調子に乗って突っ込めば、当然ながら怪我をする。
これが純正のサーヴァントなら兎も角、彼女はデミサーヴァントである。
つまり、幾ら魔力を補給しても、宝具やスキルに回復効果が無いのなら、そのままでは怪我は治らないのだ。
全身に掠り傷を負いながら、普段より元気に殲滅を報告するサドゥに立香は迷わず回復魔術を掛けた。
「姉さん、余り無理はしないで下さい。また、必ずマスターの指示に従って下さいね?」
「…うん、解ってる。」
「ボクも頑張るからさ、サドゥも合わせてね?」
「…ん。」
実際、ちょっと圧倒されてしまったが、他の戦闘特化サーヴァント達に比べれば、まだまだと言うステータスなので、やはり過信は禁物という事だ。
「ジャック、それじゃあ色々お話聞かせてくれるかい?」
「うん、いいよ、お母さん。」
『「「「「「お母さん!?」」」」」』
何故か仮マスターである立香をお母さんと呼ぶジャックに、困惑と驚愕が一同の間に満ちる。
取り敢えず、案内人であるジャックとの意思疎通が喫緊の課題となった。
……………
ロンドンにおけるカルデア一行の動きは迅速だった。
ローマの様に軍と共に移動するのではなく、オケアノスの様に船で移動するではなく、大都市とは言え立香を除けばサーヴァント達だけで移動し、情報を収集できたのが大きい。
モードレッドやアンデルセン等の現在出現している野良サーヴァントと碩学者達とその関係者を片っ端からジキル博士のアパルトメントに集めて知恵を出し合い、解決策を練った。
結果、魔術協会跡地から情報を収集し、魔霧から生み出されたサーヴァント達を確保して、敵側のサーヴァントCのチャールズ・バベッジとPのパラケルススを撃破し、遂にはこの時代の指揮官であるMのマキリを追い詰め、魔神柱を撃破した。
しかし、マキリによる魔霧を起爆剤としたロンドン全域の焼却のトリガーとなる英霊が召喚されてしまった。
その名もニコラ・テスラ。
人類文明に「電気」を齎した天才科学者だ。
強力な雷電を操る彼に対し、カウンターとして追加召喚された野良サーヴァントである坂田金時と玉藻の前と共に何とかロンドン焼却が行われる前に撃破に成功した。
しかし、今度はロンドン上空に集中した魔霧を消費して聖槍ロンゴミニアドを携えたランサーの騎士王、その反転した姿が召喚されたのだ。
こちらの召喚に関しては完全に事故の様なものだったのだが、マキリの影響が残っていたため、何とか最後の力を振り絞って撃破に成功した。
本当にギリギリだった。
ニコラが作った雷の階段がまだ残っていたからこそ被害が少なかったものの、ロンドン市街で戦闘になって対界宝具たる聖槍を解放されていたら、それだけでこの時代の人理修復が不可能になっていたからだ。
味方に騎士王特攻を持つモードレッドがいたから、円卓勢に対して高い耐久力を持つマシュがいたからこそ拾えた勝利だった。
そして、後は地下にある聖杯を回収して終了と、その筈だった。
何の気紛れか、敵の首領たる魔術王ソロモンが現れるまでは。
……………
「魔元帥ジル・ド・レェ。帝国真祖ロムルス。英雄間者イアソン。そして神域碩学ニコラ・テスラ。」
それは唐突に現れた。
「多少は使えるかと思ったが―――小間使いすらできぬとは興醒めだ。」
ただその場にいるだけで、他の存在を圧迫、圧砕する。
「下らない。実に下らない。やはり人間は
これが敵。
あらゆる時代の人理を焼却してみせたカルデアの、人類種の敵。
褐色の肌に長い白髪を三つ編みにし、赤と白の装束の上に銀と黒の軽鎧を纏い、4柱もの魔神柱を率いる男。
「名をソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ」
金時が、ジャック・ザ・リッパーが、ナーサリー・ライムが、玉藻の前が、シェイクスピアが、モードレッドが、カルデアのサーヴァント達が。
次々と、次々と、サーヴァント達が倒れていく。
4柱の魔神柱を辛うじて撃破しながらも、しかし彼らはソロモン王には全く歯が立たない。
「そら見た事か。ただの英霊が私と同じ地平に立てば、必然、このような結果になる。」
だが、最早残存サーヴァントがサドゥとマシュ含めた3騎となった時点で、時計塔地下で情報を収集していたアンデルセンがソロモン王の特権に気付いた。
即ち、人類の生み出す自業自得の自滅要因に対するカウンター、あらゆる英霊の頂点に立つ者だと。
「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた!我こそは王の中の王、キャスターの中のキャスター! 故にこう讃えるがよい!―――グランドキャスター、魔術王ソロモンと!」
そして、前言通りにアンデルセンの五体を百に引き裂いてから塵も残さず焼却した。
「凡百のサーヴァントよ。所詮、貴様等は生者に喚ばれなければ何もできぬ道具。私のように真の自由性は持ち得ていない。どうあがこうと及ばない壁を理解したか?」
72柱の魔神を率いる、人類史上最上級の魔術の王。
そして、本来なら人の滅びに立ち向かう存在。
それは即ち、人を滅ぼせる存在でもあると言う事だ。
「さて、本当なら此処で帰るつもりだったのだが…。」
スゥと、その千里眼が細められた。
「後一撃、凌いでみせたら帰ってやろう。」
ポゥと、その指先から赤い魔力の光が灯る。
ガンドと言われる、北欧に伝わると言う、対象を指さすだけで相手を呪える貴婦人向けの比較的簡易な魔術。
では、それを行使するのが魔術王であったのなら?
答えは簡単、現行の人類の持つ手段では決して防げない程の密度と指向性を持った呪詛となる。
ドゥと、放たれた呪詛に対し、既にマシュは守りに入っていた。
しかし、連戦に次ぐ連戦により、既に彼女は限界だった。
少なくとも、未だ霊基を解放し切っていない彼女ではもう防げない。
このままでは、マスター諸共に呪詛に貫かれて終わるだろう。
「…!」
だから、サドゥが前に出た。
呪詛に高い親和性を持つ彼女だからこそ、耐え切れる可能性がある故に。
(ッシャー死亡フラグキタ――(゚∀゚)――!!)
“こいつ、この状況でもぶれないとか…ッ!”
そんな後ろ向きに愉快な本人の内心は周囲に欠片も漏れず、サドゥはその敏捷性を生かしてマシュと立香を呪詛の射線上より突き飛ばし、
「がッ!?」
呪詛の直撃を貰った。
余りの密度、余りの量に、一撃で意識を持っていかれそうになる。
耐え切れなかった血管が、魔術回路が、魂が罅割れ、全身から鮮血が噴き出す。
「偽り写し――」
しかし、歯を食いしばって衝撃に耐え切る、耐え切れてしまう。
それはつまり、まだ死ねていないと言う事。
「記す万象――!」
だからダメ押しをした。
これで確実に自分は死ねると、魔術王の怒りを買って死ぬ事になるだろうと、自分勝手にもそう思ってしまった。
「ほう、驚いた。」
純粋な感嘆の声。
見れば、その白い衣服と銀の鎧が血の赤に染まり、総身に大小様々な裂傷が走っている。
再生も出来ず、未だ鮮血を流す姿には寧ろこちらの方が怖気を覚える。
求めているのとは違うそれに落胆すると同時、せめてもう一太刀と双剣を構える。
「だが、些か不愉快だ。宝具を解け。さもなくば後ろの者達を焼く。」
それは勘弁願いたい。
後ろから何か声が聞こえるが、眼前の魔術王に集中しているためか、サドゥにはまともに聞こえない。
聞いた所でどうしようもないから、素直に宝具の効果を解いた。
「素直だな。褒美を取らす。」
次の瞬間には先程と寸分違わぬ状態まで回復した魔術王、その千里眼が輝き、こちらを見つめて
そこでサドゥの意識は途絶えた。
もう何話か続くんじゃよ
しかし、毎度毎度ニッチな話書いてる筈なのに、どうしてこうも人気が出るのか?(日間ランキング見て困惑
次があったら所長か所長の身内とかでやってみるか