夢を見ている。
そう自覚しながら、立香はその見知っている様で見知らぬ景色を眺めていた。
恐らくはカルデアの施設内。
マシュの時と同様にその部屋は無菌室となっており、その部屋の住民がどれ程厳重に守られているかが知れた。
視点の主が動き、ベッドからやや離れた位置にある棚の上からアイパッドを手に取って操作する。
閲覧する内容は様々だ。
政経ニュースだったり、バラエティだったり、料理や映画、アニメや書籍に小説なんかもあった。
その内気に入ったのか、次第に娯楽小説や風景の写真等を見る様になったが、それも暫くして飽きたのか、止めてしまった。
ごろり、とベッドの上に横になる。
天井を視界に入れながら、しかし視点の主は天井を見ていない。
否、彼女は何も見ていなかった。
「死にたい…。」
聞き覚えのある声が、ポツリと零した言葉を最後に、夢は覚めた。
目覚めれば、ドッと汗をかいていた。
こんなに寝汗をかいたのは久しぶりで、迷わずシャワーを浴びる事を決意した。
汗を吸った下着が肌に張り付いて気持ち悪く、急いで準備をする。
早くシャワーを済ませて着替えなければ、と彼はパパッと衣服を脱いで直ぐに蛇口を捻ってシャワーを浴び始めた。
カルデア脅威の技術力のお蔭で、シャワーから出る水はほんの数秒で程好い湯となり、汗を流してくれる。
「ふーすっきりー。」
浴室から裸のまま出て、ベッドに放ってあった下着を着ようと手に取った…
「先輩!おはようございます!」
所で、後輩がノックもせずに元気よく入室してきた。
「「……………。」」
痛々しい沈黙が横たわる。
マシュはその端正な顔を赤くしたり青くしたりを繰り返し、立香は立香で折角シャワーを浴びたばかりだと言うのにダラダラと汗をかいている。
「「きゃーーーーーーーー!?」」
そして、早朝のカルデアに二人の悲鳴が響き渡った。
……………
「本っ当に申し訳ありませんでした!」
「いや、もう良いよ、うん。」
羞恥で顔を真っ赤にしながらも必死に頭を下げて謝罪するマシュを、立香は疲れた様に宥めた。
「まぁ今後はノックしてくれると助かるな。ボクは兎も角、他の人だったらガチで怒っちゃうかもしれないから。」
「はい、マシュ・キリエライト、以後はノックを忘れません…。」
沈痛な表情で告げるマシュ。
相も変わらずな真面目さに、立香は怒りも失せて話題を変えた。
「さ、そろそろ食堂に行こう。今朝の分はサドゥが仕込んでくれてたんだっけ?遅れたくないしね。」
「あ、はい!行きましょう先輩。姉さんも待ってると思いますから。」
そして二人は仲良く談笑しながら食堂へ向かった。
「フォウフォーゥ。」 訳:やれやれ、甘酸っぱいぜ。
その姿を、フォウが器用に肩を竦めながら見守っていた。
……………
「…おはよう、マシュ、立香。」
にこり、と慎ましげな笑みを浮かべるサドゥの姿に、立香はカルデアに帰って来た事を改めて実感した。
カルデアの制服の上から黒一色だが胸元に白く「SADJU」とプリントされたエプロンを纏う姿は普段の儚さを抑え、家庭的な雰囲気を感じさせるため、立香としては大歓迎な装いだった。
「おはようございます、姉さん!」
「おはよ、サドゥ。今朝も早いね。」
にこやかな朝の挨拶にほっこりする。
「…ううん、今朝はエミヤさんがいたから余り早くなかったよ。」
「そういう事だ。君達も早く食べた方が良い。朝食は一日の活力だからな。」
「おはよう、エミヤ。」
「おはようございます、エミヤさん!」
カルデアの赤い家政婦、一家に一台、サーヴァントお母んの名を欲しいままにする男、エミヤが厨房から声を掛けてきた。
「仕込み自体は済ませてあったからな。私も楽をさせてもらっているよ。」
「…いえ、まだまだエミヤさんみたいには行きませんから。」
「何、もう然したる問題が無い程度には出来ているとも。今後も精進を忘れない様に気を付けたまえ。」
「…はい、ありがとうございます。」
エミヤ不在だった当時、厨房を預かっていたサドゥにはやはり負担だったのだろう。
大過なくこなせたと知って、随分安堵している様だった。
「では君もマスター達と朝食を摂ると良い。この場はブーディカもマタ・ハリもいるし、人手は足りているから。」
「…では、お言葉に甘えさせてもらいますね。」
「姉さんも一緒なんて、久しぶりで嬉しいですね、先輩。」
「うんうん、今回は別行動だったしね。」
こうして、束の間の日常を、彼らは謳歌していた。
……………
「して、どうだったのだ、彼女は?」
今日は自分達がいるからと、強制的にサドゥを休ませたエミヤは、彼女を見守っていたアサシン二人へと尋ねていた。
「病状に変化はありませぬ。ですが…」
「良くなってもいない。それでいて働き過ぎておるのだ。何れ限界に至るであろう。」
身体を動かし、何かから目を背ける様にして働き続ける。
それに比例する様に、徐々に徐々に睡眠時間が長くなっている。
以前は体力を使う事も無かったから、睡眠時間は短かったらしい。
なのに、デミ・サーヴァントになった現在でもそれは進行している。
即ち、普通の体力的な問題ではない。
精神よりも先に肉体が限界を迎えようとしているのだ。
「私の見立てでは…彼女は1年も持つまい。マシュ嬢よりも早く死ぬだろう。」
「でござろうな。」
「生前の私と同じで、明らかに無理な改造が加えられている様ですからな。」
どんよりとした空気が男達に覆い被さる。
現在、このカルデアには高名なキャスターがメディアとドルイドのクー・フーリンの二人しかおらず、その彼女もレイシフト先の特異点で入手した素材を用いた礼装や秘薬の作成、更にクー・フーリンは特異点での戦闘に立香の戦闘訓練も加わって忙しく、サドゥとマシュの二人を治療し切るには頭脳も人手も足りなかった。
「かと言って、マシュ殿はマスター殿の最後の盾。特異点へのレイシフトには欠かせませんぞ。」
「そこは私も理解している。やはり、彼女達に負担が行かない様にしつつ、治療の準備を進めるしか現状で出来る事はない。」
「ついでに少々雅ではないが、ロマニ殿も締め上げるべきでござろう。あの御仁なら何かしら知っているであろう。」
こうして、現状打破を目指す男達の密談は続いた。
……………
“やれやれ、どうしたもんかねぇ?”
何処とも知れない、光無き暗がりの中で、最弱の英霊が誰にともなく呟いた。
“どいつもこいつも勘違いしてやがる。治ろうとしない患者に付ける薬なんてありゃしないのによ。”
彼の言う事は一つの真理だった。
本来なら歴戦の戦士である英霊達もそれは知っていた。
だが、サドゥが、マシュが死ねば、カルデアの、人類最後のマスターの心も折れるだろう。
否、彼なら何れ立ち上がるだろうが、それが何時になるかは分からない。
故に、英霊達は彼女達を死なせない様に苦心している。
“まーオレとしちゃ取り敢えずはその路線で良いとは思うけどさー。”
ニヤニヤと、人によっては嫌悪感を煽られる様な笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。
幸いと言うべきか、サドゥの中は彼にとって居心地が良かった。
嘗て殻として被った人間、衛宮士郎とはまた違った良さがある。
彼の場合は自己を蔑ろにしてでも目指した善意であるが、サドゥの場合は自己を憎悪した果ての感謝の善意であった。
外から見れば同じなのに、その本質は余りにもかけ離れていて、逆にそれが面白く感じられた。
“死にたいってんなら、これなら死んでも良いって舞台が来るまで持たせる程度はしてやるよ。”
まー無駄だとは思うけどなー。
その呟きは、やっぱり誰に聞かれる事もなく、暗闇の中に消えていった。
第4特異点が発見されるのは、この一月近く後の事であった。
手隙の女性陣?サドゥ同様にカルデア内の雑務に従事して、日常面からサドゥを癒そうとしているよ!(現在まで効果0)