カルデアが次に赴いた第二の特異点は1世紀。
未だ滅亡の兆しの遠い、最盛期のローマ帝国。
後世において暴君と罵られる、ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスの時代だった。
「うむ!実に素晴らしい働きであった!カルデアと言ったか?汝らの事はよく分からぬが、汝らが一騎当千の強者で、余のローマに味方してくれると言うのなら歓迎しようぞ!」
目標地点から反れたものの、レイシフト先のアッピア街道周辺で、戦闘中であった露出激しい男装?の美少女なネロ帝と旗下のローマ兵士達と数百規模の敵軍に遭遇した。
時代的にはネロ帝の方が正史側であるとして加勢して勝利を収めた後、簡単に事情を説明した後の言葉がこれである。
「大胆不敵ですね…。」
「無論、根拠はあるぞ。其方らの戦力なら余を討ち取る事は今でも可能だ。何より言った事には何一つ偽りが無かった。それで十分である。」
流石は薔薇の皇帝と言うべきか、年若いのに皇帝とした確たる見識を持っていた。
これ位無ければ謀略渦巻くローマの政治とかやっていけないと言う事もあるのだろうが。
「さて、余のローマへと歓迎しよう。このアッピア街道を北進すれば直ぐに見えてくるであろう。」
斯くして、ネロ率いるローマ軍と共に帝政ローマへとカルデア一行は向かうのだった。
……………
(いやーキャラが濃いねあの皇帝様。マジで。)
“安心しな。お前も結構濃い部類だから”
しかも、見目麗しいメンバーにチラチラ視線向けてるし。
特にマシュの胸とか腰回りに。
うちの妹は立香以外にあげませんよ?
“他に見てるのは百合剣にメディアにワンコか?節操ねーなー。”
(男女どっちもいける口だったらしいしね。)
視線がエロ親父のそれと大差ないんだよなぁ…。
“まー気張っていこーぜー。”
(おー。)
……………
花の都、ローマ。
この時代、世界的に見ても最も栄えたであろう都市。
そこにいる人々は、生きていた。
飲食物に衣服や家財、娯楽品に実用品等、様々な物資が大通りの店へと並び、活発に売り込みの声を上げ、通りを行く人々の多くがそれに寄り付き、商品を物色している。
他にも物資の運搬や会計を行う労働者、通りを駆けまわる子供達、道の傍で井戸端会議をする主婦達。
21世紀現在では殆ど消えてしまった、日々を闊達に生きている人々による営み。
「うわぁ…。」
「…………。」
「…………。」
それを見たカルデア一行、特に年若いマスター達は呆気に取られた様にそれを見ていた。
(そう言えば、この世界の平和に生きてる人を見るの、初めてだ。)
この世界に生まれてから、ずっと年中雪山なカルデアの奥の自室にいた。
出られたのだってつい最近で、こうして戦う様になったのもそうだ。
フランスでは戦火に焼かれた街とワイバーンと戦う城塞の兵士達しか見なかった。
だが、そんな複雑な事情なんかを考慮に入れずとも…
(あぁ、この人達は生きていたいし、生きていてほしい。)
少なくとも、自分の様な者とは違って。
それだけは、間違いようの無い事実だった。
……………
味方がローマなら、敵もまたローマだった。
ローマ連合帝国、それが敵勢力の名だった。
既にローマの支配地域の半分以上が侵略され、本来のローマ帝国はその版図を首都ローマを中心として大きく縮小させていた。
『フランスと並んで、敵の殆どは人間の兵士だ。指揮官であるサーヴァントの撃破を優先するんだ。それで敵の多くは無力化できるだろう。それに、対人戦闘に関しては専門家がいるからね。皆は遠慮なくサーヴァントを狙ってほしい。』
「…頑張る。」
ぐっと拳を握ってアピールするサドゥの姿に、周囲の面々はほっこりしながら方針を話し続ける。
「相手は国を名乗っている。となれば、当然ながら戦闘や生産のための拠点、そして首都が存在する筈だ。恐らく、そこに標的は存在するだろう。」
「当面はネロ帝の要請を受ける形で戦闘に参加しつつ情報収集って所かな?」
大まかな方針が定まった所で、今度は具体的な戦術案が話し合われた。
「…単独行動スキルがあるなら、足で稼ぐとか…?」
「エミヤさん達アーチャー組が持ってるけど、行ける?」
「難しいな。如何に単独行動持ちとは言え、此処まで広範囲を探索するのは容易ではない。」
『それにマスターとの距離が離れれば、どうしてもラインが細くなるし、カルデアからの支援もし辛くなる。余りお勧めできないな。』
うーむ、と頭を悩ませる一同。
どう考えてもマスターが一人という点で、取れる戦術が限られてしまう。
「こんな時こそアサシンクラスがいないのが痛いな…。」
「小次郎も呪腕さんもまだ霊基上げの最中ですから…。」
一応、この場にいるサーヴァントではサドゥとマシュを除いた全員が霊基の強化をほぼ終わらせている。
カルデアの英霊召喚術式であるシステム・フェイトはどんな英霊でも縁さえあれば召喚可能だが、機能を限定したが回復可能になった令呪でも御せる様に弱体化した状態で召喚される。
多数のマスターで多数の英霊を比較的低コストで召喚・運用しようとするなら最適なシステムだが、現状ではその欠点に諸に直面していた。
「こればかりは仕方ないよ。出来る事を精一杯していこう。」
そう言って締め括る立香の声に皆が頷く形で方針は纏まった。
……………
敵の手に墜ちたガリアを攻め落とし、判明した敵首都を目指してローマ軍を背に進軍する。
ブーティカ、スパルタクス、荊軻、呂布を仲間として仮契約した。
カエサルを、カリギュラを、アレキサンダーを、諸葛孔明を、レオニダスを、ダレイオス3世を倒し、漸く連合国首都にてカルデア一行は神祖ロムルスの撃破に成功した。
「えぇい役立たずの二流サーヴァント共がッ!折角召喚してやったと言うのに…!いや、これも私の責任だな。ゲームにお行儀よく付き合ってしまったのが敗因か。」
そして、この特異点の聖杯の持ち主たるレフ・ライノールを追い詰める事に成功した。
「…教授、前から律儀だよね。」
ポソッと、レフの発言に殺気立つカルデア一行の中から、全く温度の異なる発言が漏れた。
「何だと?」
「律儀で真面目だから、些細なミスも許せない。今まで頑張って積み重ねたものを台無しにされた。だから、腹いせ混じりに私達に勝たないと気が済まない。」
「驚いた。あの実験体がここまで的確に囀るとは。見ない内に随分と成長した様だな。」
マシュ、そしてサドゥを嘲りと共に睨みつける。
「部屋に籠るより、旅した方が経験は積める。で、降参はしてくれる?」
「まさか。それこそ王に怒られてしまうよ。」
そして、レフは見せつける様に聖杯を掲げた。
「さぁカルデア諸君!君達の求める聖杯は此処にある!だが、君達がこれを手にする事はない!」
ぼこり、とレフの肉体が不自然に膨らみ、膨張、肥大、展開していく。
『なんだこの反応は!?確実に英霊以上の何かがそこにいる!そんな、これじゃまるで…』
「兄貴、宝具!」
立香の右手の甲から令呪が一角喪失する。
「突き穿つ―」
同時、魔力に満ち溢れた青の槍兵が跳躍と共に紅の魔槍を全力で投擲する。
魔槍ゲイ・ボルグ。
クー・フーリンの師匠スカサハにより討たれた紅海の魔獣グリード、その頭蓋骨より削り出された、稲妻の様な切込みを持つ鋸の様な穂先を持った槍である。
その効果は因果逆転による必中であり、更に投げれば穂先が無数に分裂し、命中すればその箇所からも分裂して敵を体内からズタズタにすると言う極めて高い殺傷性を持つ。
況してや、それを全力で投げるのはアイルランドの大英雄たる光の御子である。
「―死翔の槍ッ!!」
真紅の魔槍が弾丸、否、砲弾となって正体を現した化生へ向かって突撃する。
その速度はマッハ2を超え、その威力は同質量の砲弾を遥かに超え、城壁すら突破し、比較対象は艦砲射撃クラスだろう。
『――ハ、ハハハハハハハハハハハハ――!』
だが、この場合は相手が悪かった。
『我が名はレフ・ライノール・フラウロス!72柱が1柱!王に仕えし悪魔!恐怖せよ、絶望せよ、そして死ねカルデア諸君。貴様らの旅に、この私が引導を渡そう!』
一瞬で爆炎に飲み込まれ、発生した粉塵の中から、醜悪な肉の柱が屹立する。
それは全体に走る血の様に赤い亀裂から巨大な人外の目玉をギョロギョロと動かしながら、一切のダメージを感じさせずに宣言する。
「戦闘開始!」
だが、立香は見逃さなかった。
本当に僅かな間だが、傷が治っていくのが目視できた。
つまり、ダメージ自体は入っている。
ならば、宝具クラスの火力を再生力を超える程に一気に叩き付ければ良い。
人間である立香の目で見えたのなら、それは即ちサーヴァント達の目には当然見えている筈だ。
即ち、
「攻撃は通る!つまりは殺せる!なら勝つ!」
「任せときな!」
自慢の槍が対処されたのに、一切の動揺もなく、最速の大英雄が疾走する。
まー彼の場合、宝具が効かないからヤバいとか、その程度の温い人生送ってないというのも多分にあるだろうが。
「…じゃ行こうか。」
そして、それに釣られる様に、サドゥも悪魔へ向かって駆け出した。
……………
魔神柱を倒し、召喚されたアッティラ大王に蹴散らされ、しかしリベンジしてみせたカルデア一行はネロ帝との別れを惜しみながらカルデアへと帰還した。
戦勝に沸き上がるスタッフを捌きつつ、何とか自室へと向かう。
“おいおい大丈夫かよ?”
(全然。)
戦闘が終わって気が抜けたのか、既に身体の末端の感覚が希薄で、その範囲が拡大していくのが分かる。
それなのに、先程から口の中には鉄錆に似た味が広がり、それを無理矢理飲み下して自室を目指している。
一応、ドクターには何とか支給のリストバンド型端末で一報を入れたが、間に合うかどうかは…それこそ、神のみぞ知る、だろう。
“まぁ、お前さんとしちゃここでくたばっても問題はねーんだろーがよ。”
自身の内から響く声にサドゥは肯定を示す。
死こそが我が安らぎだと、彼女は微塵も疑っていないから。
“が、同居人のオレにとっちゃそうじゃねーのさ。”
ぐらり、と遂に身体がバランスを崩して床へと倒れ込みそうになり…
「おっと。間に合ったか。」
力強い腕に抱き止められた。
「…ぇ…ぁ…。」
エミヤさん、そう言おうとした喉は血がこびり付いて動かない。
それを見て取ったエミヤは即座にサドゥの負担にならぬ様に丁重に抱えながら廊下を疾走する。
足音もなく、気配も最大限殺して、彼は消えかけの命を守るために緊急治療室へと駆け出した。
「無茶をし過ぎだ。君の意思は兎も角、君の身体で無茶は禁物だ。」
魔神柱、そしてアルテラ。
後者はまともに戦えば勝機等無かったので支援に徹したが、前者は寧ろ前に出た。
魔神柱に対し、自分は何故か他のサーヴァントに比べ、攻撃がよく通るから。
それは極僅かな差でしかなかったが、宝具の発動条件を満たし、魔神柱の動きを阻害し続ける事には成功した。
無論、その間ずっと重傷のままだった必要もあり、こうして今現在醜態を晒しているのだが。
「今は眠りたまえ。何、ロマン達は優秀だ。必ず治るとも。」
それが慰めだと知りつつも、サドゥは一度頷いてから瞼を閉じた。
次に彼女が目覚めたのは、二日後。
起きた次の瞬間にフォウさんに顔面突撃され、妹とマスターにギャン泣きされて、慰めようにも話術が下手で尚且つ喉への麻痺が進行しているサドゥではどうしようもなくて、慌ててナースコールもといドクターコールをして事態の解決を図るのだった。
結局全員からガチ説教されたが。