マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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嘘予告 ×Apocrypha 黒のアヴェンジャーが逝く

 「駄目だよ、悪い事をしちゃ。」

 

 ゾブリと、獣の爪牙の様な歪な短剣が、男の胸板を背後から貫いた。

 ゴボゴボと、血泡を吹きながら倒れた男に一瞬だけ視線を向けた後、短剣の持ち主である人ならざる少女は、こちらを見て目を丸くしている女性に問うた。

 

 「…貴方が私のマスター?」

 

 鮮やかな返り血を浴びながらも、小首を傾げながら、無垢に問う少女。

 自分の恋人と思い込んでいた男を目の前で惨殺されながら、女性は肯いた。

 

 「えぇ、私が貴方のマスターよ。」

 「…わかった。サーヴァント・アヴェンジャー。真名をアンリ・マユ。偽者だけど、よろしくね。」

 

 何か複雑な思惑が両者にあった訳ではない。

 少女は死にたくないという声を聞いて。

 女性はこの不思議な少女ともっと一緒にいたいと思って。

 こうして、この聖杯大戦における最悪の主従が生まれた。

 

 

 ……………

 

 

 「逃げられたか…どうする?」

 「放っておきましょう。一般人とそれに従うサーヴァントでは、赤のセイバー達以下の脅威度です。」

 「まぁ良い。あれらはあちらこちら彷徨うであろうが、あれの望むものは手に入るまい。」

 

 両教会の拠点に訪れるも、毒で満たされた部屋にマスターが案内される寸前、アヴェンジャーは悪意を嗅ぎ取って撤退した。

 そも、彼女には毒や呪いの類は効かない。

 獣が偽装した者であったとは言え、グランド・サーヴァントである魔術王ソロモンの魔術を受け、耐えてみせた彼女に対し、毒の女帝セミラミスは余りにも相性が悪かった。

 危うく追撃されそうになったものの、アサシンも言峰神父も、アヴェンジャーとそのマスターを小物としてしか見ず、使い魔化した鳩による監視だけで、追手を出す事はしなかった。

 だが、赤のランサーことカルナだけはそのスキルで以てアヴェンジャーが何者であるかを看破していた。

 していたが、マスターでもなく、助言を求めてもいない者にペラペラと話す程、彼はお喋りでもなかった。

 劇作家であるキャスターのみはランサーの様子から何かある事を悟ったが、彼の性質上、「物語」が面白くなるのが最重要事項であり、その結果「物語」に如何なる結末になろうとも頓着しない。

 故に、赤の陣営の指揮官たる言峰神父は気付かなかった。

 自分が後一歩で、自分自身の手で己の願いを壊していた事に。

 そして、壊れる可能性はまだまだある事を。

 彼は未だに気付けていなかった。

 

 

 ……………

 

 

 聖堂教会と魔術協会への投降が不可能と分かるや否や、アヴェンジャーはすぐさま黒の陣営に赴き、事の次第を説明した。

 そこには本来この世界には無い、外からの知識も含まれていた。

 つまり、赤の陣営だけでなく、黒の陣営もまた相手勢力の情報をほぼ完全な形で入手できたのだ。

 これにて情報戦では漸く五分となったのだが…それ故に問題が発覚した。

 

 「…以上が、赤の陣営の戦力です。」

 

 アサシンではなくアヴェンジャー、悪神を名乗る少女が語る情報に、黒の陣営は頭を抱えた。

 

 「キャスターを除けばどれも大英雄。しかも、指揮系統の一本化に成功しつつも何を願うかが不明瞭とは…。」

 「公王よ、それだけではありません。その神父、いやルーラーが何を聖杯に望むかで、我らと魔術協会の戦争どころではなくなります。」

 

 黒の陣営のトップである二人は、余りの事態にどうするべきか思考を重ねる。

 無論、魔術師らしく己の利益となる展開を望んでもいるが、そのためにも聖杯は確実に確保し、儀式を成功させなければならない。

 だが、彼我の戦力差は余りにも明らかだった。

 辛うじて数の上では互角だが、最大戦力であったセイバー・ジークフリードが予期せぬ事態によって大幅に弱体化(ホムンクルスの少年と融合しデミサーヴァント状態)している事もあり、正面戦力ではランサー・ヴラド三世が宝具を連射可能でも不利は否めない。

 

 「…ここで下手に戦術を変えても付け焼刃になる。戦力の増強しかないな。」

 「キャスター、ゴーレムの生産を早められるかね?」

 

 ヴラド三世の言葉に賛成する形で、ダーニックが尋ねる。

 本来なら、キャスター・アヴィケブロンの宝具を稼働させるピースが揃っていたのだが、セイバーとライダーの行動のせいでそれも出来ない。

 下手に強行して内紛に発展しては元も子もない。

 

 『やってはみるが、余り期待はしないでほしい。そも、サーヴァント相手では量産型のゴーレムでは力不足だ。』

 

 とは言え、数がいなければ話にならない。

 一応ホムンクルスも大量に配備できているとは言え、敵のアサシンが竜牙兵を操る女帝セミラミスならなおの事だ。

 

 「…あの…魔術師の心臓なら獲ってきましょうか?」

 『出来るのかね?』

 

 アヴェンジャーの言葉に、キャスターが問い返す。

 アヴェンジャーには気配遮断のスキルは無い。

 クラス固有スキルは復讐者、忘却補正、自己回復(魔力)しかない。

 それでいて、彼女は実際にここミレニア城塞に霊体化していたとは言え誰にも気づかれず、話の分かりそうなアーチャー・ケイローンの元に行き、事情を話す事でこうして無事に己と主の身の安全を確保している。

 確かに、アサシンの代わりも十分に出来るのだろう。

 意外にも使えそうな気配に、ダーニックが警戒レベルを引き上げつつも問うた。

 

 「可能かね?相手は一流どころの魔術師だが?」

 「大丈夫です。悪い人には負けませんから。」

 

 可愛らしい容姿でフンスと得意げに言うアヴェンジャーに、ダーニックは頭が痛くなってきた。

 

 

 

 

 なお、翌日にはルーマニア国内に展開していた魔術協会所属の魔術師の殆どが狩られ、同時に新鮮な魔術師の心臓が多数ミレニア城塞に届けられ、無事に『王冠:叡智の光』の炉心に活用される事となる。

 

 

 …………

 

 

 「…と言う訳で、貴方達に私のマスターの保護をお願いしたいんです。」

 「随分といきなりだな、おい。」

 

 翌日の昼前、燦々と日光の差す喫茶店のテラス席の一角。

 既に結構混み始めている喫茶店にて、アヴェンジャーとそのマスターは街で見かけた赤のセイバーとそのマスターとコンタクトを取っていた。

 

 「しっかし、やっぱり奸賊だったなあの女。」

 「えぇ、私もアヴェンジャーがいなかったら、後少しで酷い目になっていたでしょうね。」

 

 ほぅ、と頬に手を当てて溜息をつく姿すら様になっている六導玲霞を横目で見ながら、アヴェンジャーは話を続ける。

 

 「…私も、私のマスターも特にこれといって聖杯に望みは無いんです。マスターの身の安全さえ確保できれば、別に何処でも構いませんので。」

 「両陣営の情報の対価としちゃ安い位だな。お前はどう思う、セイバー?」

 「あー…良いんじゃないか?こいつ、敵に回すと弱いのに厄介そうだが、味方だと役立ちそうだし。」

 

 実際、参戦して僅か数日でこれ程の情報を入手し、剰えどの陣営からも監視なりされている状況下で素早く動き回ってきたのを考えると、生半可なアサシンよりも遥かに優秀だ。

 戦闘面でこそアサシン並とは言え、それでも味方とするには十分だった。

 

 「…じゃぁ玲霞、後はこのおじさんと一緒に…」

 「あら、それは嫌よ。」

 

 きっぱりと、此処に来て初めて玲霞はアヴェンジャーの提案を断った。

 

 「えぇ…?」

 「受肉してくれないのは仕方ないけど、それでも私は貴方と一緒にいたいの。一度は貴方のお願いを聞いたのだから、今度は貴方が聞いて頂戴ね?」

 

 にこにこと、質問風に言ってはいるが、そこには明らかに断固とした意思が垣間見える。

 ちらりと、テーブルの対面に座る二人に視線を向ければ、向こうの強面のマスターが気不味そうにサングラスの下で視線を反らしながらコーヒーを飲み、赤のセイバーは美味しそうにクラブサンドに齧りついていた。

 結論:味方はいない。

 

 「ね?」

 「………………………………………はい……。」

 

 あかん、この人一般人なのに精神力が強すぎる。

 一応人類の天敵なのに、アヴェンジャーは自身のマスターにあっさりと屈服した。

 

 

 …………… 

 

 

 

 赤のアサシンの宝具『虚栄の空中庭園』による空中からの強襲により、ミレニア城塞の全てが激戦区となっている中で、二人はこの世界では初めて出会った。

 

 「貴方は…!」

 

 そのサーヴァントを、ルーラーたるジャンヌ・ダルクが見た時、彼女ははっきりと己の使命を認識した。

 赤の陣営の不可解な動きも、黒の陣営の混乱も、しかし、今この時だけは一段と優先順位が下がった。

 目の前の、年端も行かない少女の姿をしたサーヴァント、否、ビーストの幼体こそ、己が特殊な条件で召喚された原因の一つなのだと、はっきりと理解した。

 

 「…お久しぶりです、ジャンヌさん。」

 「えぇ、お久しぶりです、サドゥさん。ですが、こんな形で、こんな所で再会したくはありませんでした。」

 

 正規のルーラーであるジャンヌは聖杯戦争の記憶を引き継いで召喚される。

 本来なら召喚された世界に限定されるのだが、抑止力による後押しにより、今回ばかりは此処ではない世界の記憶すら、彼女は継承していた。

 

 「何故、貴方が此処に?」

 「…呼ばれたからです。死にたくない、助けて、と。」

 

 故に、ジャンヌは目の前の少女の危険性を認識していた。

 第三の獣、「狂信」の理を持つビーストⅢ。

 此処ではない何処かの世界を滅ぼした七つの人類悪の一つ。

 

 「現状、貴方を討った所で大聖杯が汚染されるだけですか…。」

 「…ごめんなさい。」

 「いいえ、誰かを助ける事は間違いなく正しい事です。どうかそれを忘れないで下さい。」

 

 だが、例え善意で現れようとも、否、善意であろうとなかろうと、彼女が顕現する事は人類滅亡の引き金になり得る。

 だからこそ、ジャンヌは目の前の少女を見過ごせなかった。

 

 「申し訳ありませんが、拘束させて頂きます。」

 「…ごめんなさい。マスターが待ってるんです。」

 

 ジャキリと、互いに旗と双剣を構えて、機を伺う。

 互いに相手を素直で善良だが頑固者だと思っているので、対話で無理なら押し通すしかないと判断したのだ。

 

 

 

 

 こうして、大聖杯を巡る聖杯大戦は、更なる混迷へと突き進んでいく事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、アヴェンジャーが倒されると、自動的に大聖杯の汚染or人類悪顕現になる模様。

 




繁忙期の合間を縫って投稿。
さぁ寝るか、明日も早い。

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