マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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イラストを描いて下さったどらいばー様からのリクエストの続きです。
どうかお収めください。


リクエスト番外編 ×うしおととら 中国編 前編

 春秋時代の中国大陸、多くの国々が群雄割拠するこの時代において、ある国があった。

 その国の皇帝にはある妃がおり、これを大層寵愛していた。

 名前こそ後世に伝わっていないものの、老人の様な白髪と不健康そうな病的な肌を持ち、しかし人格面と容姿に関しては賛美される程度には優れた人物だった。

 その妃は元々市井の出であり、高貴な生まれである他の妃や妾達からは目の敵にされていたものの、皇帝は無理をしてでも彼女を後宮に入れた。

 と言うのも、彼女は皇帝にとって命の恩人だったからだ。

 他国との戦争の際、味方と分断されてしまった時、敵の兵が迫る中でお付きの兵達は殿を請け負って討ち死にし、何とか生き延びた皇帝と山中で出会い、匿ったのがその妃だったのだ。

 手当をし、食事を出し、皇帝を兵達の屯する街へと案内した功績を買われ、彼女は後宮に入ったのだ。

 より正確に言えば、辞退する彼女を皇帝が熱心に口説き、彼女がそれに根負けする形ではあったのだが…それはさておき。

 重要な事は、この時歴史に名が残らない女性が、皇帝の妃となったと言う事実だった。

 さて、後宮と言えば大奥の様な、女達の伏魔殿であり、蟲毒の壺と言う印象があり、実際この国の後宮もそうだった。

 そのため、この女性が後宮入りした頃はその髪と肌の色から白兎と蔑称されていたのだが……何故か彼女が後宮に入ってからは徐々に過剰な争いは消えていき、妃達の実家からの意見の調整機関の様な役割をこなし始め、宦官らを通じて、国政に助力し始めた。

 また、後宮での争いが無く、国政に注力できるようになった皇帝もまた精力的に職務に励み、富国強兵に努めた。

 そして、疲れれば件の妃の下へと通い、英気を養ったと言う。

 

 さて、件の妃だが、彼女は余り表立って行動する事は無かった。

 ただ、自身に与えられた居室で書を嗜み、通い詰める皇帝を慰め、時折他の妃の下へと向かいなさいと窘める程度だった。

 寧ろ、日陰にいる事の方を望んでいた。

 と言うのも、彼女は後宮入りした日に、皇帝に対して重要な事を願ったからだ。

 曰く、「自分は市井の生まれです。他の妃達に比べ、貴い血筋は引いておりません。それ故、どうか私との間に子供が産まれても、継承権は与えないで下さい。」と。

 結果的に言えば、この発言が彼女の身を守った。

 大なり小なり、穏やかになったとは言え後宮は次代の皇帝とその血筋を産むためのもの。

 どうしても継承権争いは存在するし、貴族として、女としての確執もある。

 また、私は貴方様と愛し合い、その証として子供を儲け、育てるだけでも十二分ですと告げたとも伝わる。

 皇帝は感心して、彼女の願いを叶え、後に儲けた一人娘は食うに困らない程度の所領を与えられ、平和に暮らす事が出来たと言う。

 もし此処で逆に子供の王位を願っていたら、彼女は恐らく暗殺されていただろう。

 

 そうして、珠の様な女児を皇帝との間に儲け、後宮では珍しく、幸せかつ穏やかに暮らす妃であった。

 また、その娘も健康かつ聡明で、本当に珠の様に可愛らしかった事から、何時しか妃は玉兎妃の字でよばれるようになった。

 だが、彼女は何時からか皇帝からの寵愛を断り、娘と共に心此処に在らずと言った様子で夜の庭で湖面や月を眺めるようになっていた。

 流石にこれはおかしいと皇帝は妃に詰問したのだが、これに妃はぽろぽろと涙を零しながら答えた。

 曰く、「私は元々この世の者ではありません。異界に住む人ならざる者でしたが、人の暮らしに焦がれてこうして迷い出てきたのです。ですが、それももう終わりです。私を殺そうと、私と同類の獣が迫ってきています。」

 これに皇帝は仰天した。

 変わった髪や肌、誰も聞いた事のない様な先進的な知識、それをひけらかさない思慮深い人格等、薄々そんな気はしていた。

 しかし、それ以上に聞き捨てならないのは、彼女が殺されると言う事だ。

 皇帝は妃に詳細な話を聞くと共に、国軍や国内中の術師を動員し、その獣を排除しようとした。

 それを妃は無意味だと諦めた様に首を振った。

 曰く、「獣は不死身です。口から炎を、鬣から雷を放ち、トラの様な模様をして怪力で、しかし鳥よりも遥かに早く空を飛びます。あれを殺す事は誰にも出来ないでしょう。」

 これを聞いた皇帝は即座に国内の鍛冶師を総動員し、その獣を殺し得る神剣の鍛造を命じた。

 それもまた無意味だと、妃は告げた。

 曰く、「通常の剣ではどんなに鋭くても、あれを斬る事は出来ません。人ならぬ者か、人の限界を超えた者が、神話に謳われる程の武具を手にして、漸く戦えるのです。」

 それでも皇帝は諦めなかった。

 そして、そもそもの原因として、妃が何故獣に追われているのかを尋ねた。

 それに妃は重々しく、一人の男の人生を語った。

 天竺にて、とある姉弟によって心を救われた、一人の英雄の物語を。

 

 

 ……………

 

 

 「10年かぁ…。」

 

 未だ何処か慣れぬ着物を纏いながら、サドゥは遠くを見つめていた。

 思えば随分と遠くに来たものだ、と。

 カルデアでマシュと立香達と戦った日々も遥か遠く。

 異なる世界の果てで、ある程度女性らしく成長し、子供まで儲けたサドゥは嘗てへと思いを馳せていた。

 

 「お母様、どうしたの?」

 「ううん、何でもないのよ。」

 

 心細そうにこちらに縋る娘の頭を、少しでも安心させようと優しく撫でる。

 せめてこの愛情が少しでも通じる様にと願いながら、サドゥは世界の外で出会い、新たにこの世界に生まれ直した娘の行く末を思う。

 どうか、この子に幸多からん事を。

 父親である皇帝は何とか自分達を守ろうとしているが…それは無意味だ。

 アレは既に「獣」の幼体だ。

 自分の眷属である残骸の獣とは訳が違う。

 サーヴァントでも高位の者が十全な状態で戦って漸く相手取る事が出来る存在であり、何を切っ掛けに覚醒するかも分からない。

 故に、覚醒し切る前に討つ必要があった。

 

 (やはり、直接私が…。)

 

 幸いと言うべきか、この神秘息づく世界における人間版蟲毒の壺とも言える後宮では、呪詛や悪意の類には事欠かなかった。

 故に、力を溜める事は出来たが…その殆どは子供を産むために消耗してしまい、はっきり言って今の自分は嘗ての1割程の力もない。

 まぁ、あれはあの世界に悪意が積み重なっていたが故の事もあったのだが、それはさて置き。

 

 「いい葛葉。もし私と別れる事になったら、お父様の言う事をよく聞いてね?」

 「やだ!お母様と一緒が良い!」

 「もう、聞き分けなさい。普段は良い子にしているでしょう?」

 「やだ!」

 

 膨れ面の娘に、困ったなぁ、と眉を下げる。

 この世界で本当の母娘となれた娘、マシュとはまた違う自分の血を分けた愛しい子。

 この国の皇帝に押し切られる形で結婚したものの、この子を産めた事だけでもここの窮屈な暮らしは帳消しと言って良かった。

 この子を産んで早五年、世界の外側の時とは比べるべくもない短い間に、自分なりに愛情を注げたと思う。

 悪性の受け皿とされた身としては、十二分な程に平穏に生きられたと思う。

 

 そろそろ過去の清算をすべきだろう。

 

 あの獣、かつてシャガクシャであった獣を討てるのは、この世界では今自分しかいない。

 娘やこの世界の者達に、そんなテュポーンばりの負債を残す訳にはいかないのだ。

 そのためにも、後顧の憂いは断っておくべきだった。

 

 「う~~……。」

 「仕方ない子ね。」

 

 だが、この幼くも聡い娘がそれを邪魔する。

 生まれる前から一緒だったこの子の事だ、自分が何をしようとしているのかは漠然とだが理解しているのだろう。

 だからこうも頑強に抵抗している。

 手放したら二度と会えないと、そう察しているから。

 

 「ほら、寝る前にお話ししてあげるから、そろそろお部屋に入りましょう?」

 「うん…。」

 

 あぁ、嘗ては待ち焦がれた死が、今はこんなにも疎ましい。

 私はただ夫と娘と、穏やかに暮らしたかっただけなのに…。

 しかし、そのために犠牲にしてしまった者がいる。

 その者もまた、家族と、愛する者達との平穏を望んでいた。

 ならば、これは当然の報いと言うものだろう。

 

 「さぁ行きましょう。今日はどんなお話が聞きたいの?」

 「えーとねー……ろくでなし騎士団とその王様のお話!」

 

 ごめんなさいアルトリアさんに円卓の皆さん。

 うちの娘は何か貴方達を勘違いしてしまったらしく……その、もし再会したら何かお詫びしますので許して下さい。

 おかしい、私はただアーサー王物語を詳細まで語っただけなのに…うごごご……。

 

 

 ……………

 

 

 長い、永い、久い旅だった。

 それは人にとっては余りにも長い旅路の果てに、人らしさを失っていた。

 衣服は随分前に千切れ、肌は環境に適応して硬質化し、筋力もまた嘗ての人以上のそれよりも更に強くなり、黒髪と褐色の肌は、何時しか虎の様な体毛と鬣に置き換わり、言葉を失った代わりに炎と雷を吐くようになっていた。

 自分が何者であったのかは、遠い昔に気にする事すら忘れた。

 どうして自分が当て所なく彷徨っているのかすら忘れた。

 どうして自分が妖怪や兵士、山賊等に区別なく襲い掛かるのかすら忘れた。

 ただ、延々と続くこの生が不快であり、苦痛であり、我慢できなかった。

 だが、何時しか奇妙な惹かれる感覚、気配を感じた。

 ほんの僅かしかないそれは時折薄れたり、途切れているが、それだけを頼りに当て所ない旅を続ける。

 どうせ何をしたいのかすら分からないのだ、これ位の寄り道は問題ないだろう。

 そして、漸く行き着いたのだ。

 その気配の大本、行き着いた国の都の中央、その国の皇帝の住まう宮城の最奥の方から。

 しかし、それを阻む様に人と術者の軍勢が立ち塞がっていた。

 だからどうした。

 それにとってはそんなものは木っ端に等しい。

 何の躊躇いもなく、獣は正面から突き進んだ。

 

 

 

 




長くなったので、前後編に分割

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