「おっ兄ちゃーーーーーん!」
「ぐあああああああああ!?」
「せ、せんぱーい!?」
「飽きないねマシュも。」
Q、父に似たオレンジがかった茶髪を短いサイドテールにし、母に似た豊満な肢体を持ったマスターの妹が、挨拶も抜きに自分達のマスターに助走つきタックルをかました場合の状況を述べよ。
A、ご覧の通りです。
朝早くから実にカオスな藤丸家だった。
………………
「始めまして、お兄ちゃんの妹です。」
にっこりと笑って挨拶する姿からは、一見して何の邪気も見えない。
しかし、その一寸も笑っていない眼からは「貴様らが私の愛しのお兄ちゃんを誑かしたんか我ぇ…!?」と言うイメージが伝わってくる。
眼が口程にものを言う、と言うのをこんな形で体験したくなかった。
「で、お兄ちゃんもう帰ってきたんだよね?もう国外は行かないんでしょ?元々短期のバイトだったんだし。」
「そ、それはダメです!」
どうして妹はそう喧嘩腰なんだ?
そしてマシュもどうして君が返事をするのかな?
立香はそれを突っ込みたかったが、この場でそれをやれば火に油を注ぐだけだと分かっていたので、敢えて沈黙した。
「先輩は私の先輩なんです!例えご家族で妹さんでも、これだけは譲れません!」
「あぁ?後輩風情が何ナマ言ってんの?私はお兄ちゃんの妹、この世でただ一人同じ血が流れてる存在!お兄ちゃんの将来に不安が無いか知る位は当然の権利でしょう?」
どう考えてもおかしい、とは言えない雰囲気だった。
立香はせめてマシュを宥めてもらおう、と思って視線だけでサドゥを探すが…
「えぇ…はい…分かりました。では…」
何やら真面目な顔で電話していたので、恐らくカルデアの話なのだろう。
となれば、邪魔する訳にもいかなかった。
「あらあら。」
「娘はお兄ちゃんっ子だからなぁ。」
そして次に頼りになりそうな両親は微笑ましげに二人を眺めていた。
(アカン、実家なのに孤立無援とか…。)
味方はいなかった。
(よっ)
だからか、何故か脳内に妹に似たナマモノが出てきた。
その姿は妹を二頭身にデフォルメした姿だが、その極端に見開かれながらも焦点の全く合っていない目が言い様の無い不気味さを醸し出していた。
今、明らかに自分は見えてはいけないモノが見えている…!
そう確信するには十分な異様だった。
(いーじゃんか。ハーレムよか気心の知れた妹の方が絶対良いって。)
そして何かおかしな事を言い出した。
(もーソロモンぶっ殺したんだろ?じゃーお前が無理する必要ないじゃん?)
いや、確かにマスターがもう僕だけって訳じゃないけどさ…。
(私もマスターとしてはプロ?だからさ、そんな気張らないで、ここでのんびりしなよ。んでレア鯖と石や札を私に…)
(それが狙いか!?)
(はいソコカットー。)
が、今度はデフォルメされたサドゥが現れ、妹っぽいナマモノを背後から羽交い絞めにした。
(離せ貴様!さては運営の回し者だな!?)
(違います。単純に貴方はこの世界線の住人じゃないだけです。お引取り下さい。)
(はーなーせーよー。)
ズルズルと、二人は何時の間にか出現していた「如何にも不吉な感じのする暗闇」へと入っていく。
(じゃーね立香。余り現実逃避しちゃダメだよ。)
(オノレ!例え私が倒れても第二、第三の私が貴様らの前に…)
(はいはいワロスワロス。)
(オ・ノーレぇぇぇぇぇ……。)
最後までかけ合いと恨み節を残しながら、奇妙な二人は脳内イメージから去っていった。
「「先輩/お兄ちゃん!何とか言ってください!」」
「えぇっと…。」
そして、現実に戻って早々、立香は妹と後輩の間で板ばさみになるのだった。
「ふふ…昔を思い出しますね、先輩?」
「止めてくれ、頼むから…。」
「立香、カルデアから連絡だよ。」
一切止めずに眺めつつイチャついていた両親と違い、漸くサドゥによって一時離脱の口実が手に入った。
「早く帰ってきてくれ、だって。向こうは大変みたい。」
「予想はしてたけど、予想よりはもったね。」
必死にマスターLOVE勢を始めとした問題児達を止めているであろうカルデア職員らの苦労を思って、立香は心中で彼らに敬礼を送った。
本当にカルデアは魔境である。
……………
カルデアからの涙ながらの緊急帰還要請に、三人は休暇の終わりを悟った。
藤丸妹は地団駄踏んで悔しがって、今は不貞寝しているが、送り出す段になれば復活するだろう、と藤丸母のお言葉なので、丁寧に放置させてもらっている。
元々、既に配達に出したお土産を除けば、荷物は余り多くないので、荷造りにかかる時間は少ない。
後は、冬木に調査に行った面々が迎えに来るまで待てばよい。
「そっか、もう帰るのか。」
「うん、元々長居は出来なかったから。」
父の言葉に、立香は言外にもう覚悟していた、と返す。
予想以上の長さの休暇だったけど、まだ戦いは終わった訳じゃない。
それは、新宿での幻霊事件が証明してしまった。
残った魔神柱、残ったビースト。
世界の危機は、未だ完全に終息していない。
「オレから言える事は無い。ただ、必ず生きて帰ってきてくれ。それだけは約束だ。」
「うん、分かってる。」
それだけは、誓って本当だった。
この日常に戻ってくるために、取り戻すために、そして大事なあの子達と生きるために、藤丸立香と言う人間は人類史と向き合ったのだから。
「うふふ、男同士の会話なんて、何時の間にか出来るようになってたのね。」
「母さん…。」
そのシリアスな雰囲気を引っ繰り返す様に、藤丸母が現れた。
「で、立香としてはサドゥちゃんとマシュちゃん、どっちが本命なの?」
「ぶふっ!?」
いきなり爆弾が飛んできた。
思わず噴出した立香を、しかし藤丸父はニヤニヤしながら見ている。
彼としては、息子が青春しているのが微笑ましくて仕方なかった。
「実際、オレとしても気になってた。」
「父さん!」
「立香…ハーレムは止めておけ。死ぬぞ。」
真顔だった。
茶化されたと思ったら、滅多に見ない父の真顔だった。
完全に感情が抜け落ちた、そんな感じだった。
「当然じゃないですか…私と結婚したのに、他の人に目移りなんて絶対にさせません…。」
そして、母は母で何故か髪が白くなって、影が蠢いている様に見えた。
「とは言え、サドゥちゃんは例え選ばれなくても祝福するだろうなぁ。」
「二人とも、とっても良い子なんですよねぇ。」
が、あっさりと雰囲気を変えて二人は話し続ける。
きっと追求した所で、いつも通り「幻覚です」と言われるのがオチなので、深く追求しないでおく。
「当人達が納得しているのなら…。」
「でも、サドゥちゃんは普通に身を引きそうだし…。」
「あの、当事者ほっぽって話進めないで…。」
それに、今現在は恋愛とか考えてないし。
「とは言え、早めに身を固めるのは意味があるぞ。普段の仕事や生活でのモチベーションが違うし、何より心に芯が出来る。何が何でも家族を守って、家庭に帰るって芯がな。」
「それは…。」
確かに、英霊達の中にも、家族を愛する者達は多かった。
無論、悲劇も多かったが、確かにそこには並ならぬ感情が、愛があった。
「ま、一番大事なのは当人同士の気持ちだ。こればっかりはお前らで決めるしかない。」
「決まったら一度帰ってきてくださいね。またマシュちゃん達にお料理教えますから。」
「うん、必ずまた帰ってくるよ。」
もしかしたら、今生の別れになるかもしれない。
それを胸の内に秘めながら、立香は笑顔で旅立った。
「お兄ちゃん!ちゃんと私の所にも帰ってきてね!」
「はいはい。次は土産期待しててくれ。」
「絶対だからねー!」
「さようなら、お義母さんにお義父さん!」
「ありがとうございました。」
「いやいや、こちらも楽しかったから、また来てほしい位さ。」
「次はもっとゆっくりしていってくださいね。」
和気藹々と、悲壮感など一切ない様子で最後の時間を惜しむ。
送り出す時は、せめて笑顔で。
そんな思いを薄々と感じながら、それでも誰もが陰なく微笑んでいた。
「じゃぁ…行ってきます!」
「「「行ってらっしゃい!」」」
そうして、立香達は再び旅立った。
……………
「よろしいのですか、シロウ?彼らに挨拶位は…。」
「止めておくよ。エミヤシロウとまた会ったら、それこそ今度こそ殺しそうだ。それに…」
「それに?」
「正義の味方を目指さぬ者は、エミヤシロウではない。あれはただ一人の、何処にでもいる男だよ。」
「…シロウ。」
「…………。」
「今からでも、私と家庭を作りませんか?」
「!?」
……………
人理修復が成り、情勢がある程度の落ち着きを見せた頃、新たな特異点の観測と判明した情報に、国連も魔術協会も聖堂教会も大いに揺れた。
何せ、未だに世界を滅ぼし得る魔神の一部が存命し、願望器たる聖杯を持っているのだから。
これには誰もが頭を抱えた。
少なくとも、事前に想定していた段取りを踏まえてのレイシフトなど、そんな悠長な手順は踏む余裕は無い。
荒れに荒れつつも、何とか話し合いと各勢力の各派閥は一応の妥協点を見せた。
この話し合いの際、カルデア側の多くの知恵者、即ち皇帝やファラオ、宰相や魔術師の一部を始め、工作活動の得意なアサシンが大きく貢献する事となり、以後、オルガマリーやロード・エルメロイ二世の指示の下、更に重宝される事となる。
で、妥協と腹の探り合いと利益の確保と人類存続のための話し合いの結果、纏まった内容が以下の通りだった。
1、カルデアが特異点を観測した場合、国連及び両協会の許可なく、レイシフトを行う事を許可する。
2、但し、カルデアには常に国連及び両協会の代理人を置き、彼らとの合意の下でレイシフトを行う。
3、レイシフトによる無用な過去改変や物品の回収は必要でない限り、原則的に禁止する。
1と2は緊急時での対応速度を優先したものであり、カルデアとしても大きく問題にはならない。
ただ、3についてはどうしても英霊の霊基再臨や強化、礼装の材料となるため、また両協会からの聖遺物や触媒等の確保のため、ある程度抜け道のある形になった。
ここまで決まったのが、人理修復がなってから実に二ヶ月近く経過した後であり、もし新たな特異点が観測されていなければ、それこそ会議は踊るままだっただろう。
「………………………………………つかれた。」
そして、連日連夜と続く中身の無い会議に会合に会談に付き合わされ、古今東西の頭脳派な英霊達と強制的に頭を使う日々が終わった時、オルガマリーは完全に燃え尽きていた。
「もういっかい、じんりしょうきゃくおきないかな……?」
その目は完全に死に、口からは物騒な文句が飛び出てくる。
もしこの場にあの戦いに参加した者がいたら、首が千切れる程の勢いでブンブカブンブンと振っていただろう。
「うふ、ふふふふふふふふ…とけいとうもきょうかいもみーんなもえちゃえばいーのアイタ!?」
だが、虚無に取り込まれていたオルガマリーを正気に戻す様に起こった額の激痛に、彼女は悲鳴を上げて飛び起きた。
「だ、誰よ!?私の額を叩い、た…。」
オルガマリーの声が途切れた。
当然である。
目の前に恐らくこのカルデアで最も「怠惰」を嫌悪する人物が佇んでいたのだから。
「山の、翁…。」
「いかにも。」
初代“山の翁”、間違いなくカルデア最強戦力の一角が、オルガマリーを見据えていた。
「仮にも人理を救わんと集った星見台の代表がこの体たらく…恥を知れぃ!」
「ヒィィィィィィ!ご、ごめんなさいーー!!」
綺麗な土下座だった。
見事な土下座だった。
余りの早業に、ついつい「首を出せ」と言うつもりだった山の翁の出鼻が挫かれる程の土下座だった。
人間、生命の危機には限界を超えると言うが、それを土下座で発揮したのを見たのは山の翁をして初めての事だった。
「働け。」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
なので、結局は一言で済ませる事にした。
まぁ、この様子なら十分だと思うが。
以後、人理焼却中のロマニ以上と言うガチ過労死寸前まで働いていたオルガマリーが、冬木から帰還してきたナイチンゲールに気絶させられて強制入院させられ、同じく帰ってきた立香達に看病される事となる。
それを見た職員達は「あぁいつも通りのカルデアだな。」と言って直ぐに仕事に戻ったそうな。
ふぅ…これにて「マシュの姉が逝く」で想定していたネタは全て終わった。
次は何を書こうかなー。