マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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番外編4 里帰り 前編

 

 「情勢もある程度落ち着いたし、家に帰ろうと思うんだ。」

 

 立香のこの言葉に、時が凍った。

 

 「あ、あの、先輩…?それは、何時の…」

 「え?出来る限り早くかな?長い事留守にして心配してるだろうし。」

 

 必死に平静を装いながら、マシュが震える声で尋ねた。

 マスターが、旦那様が、息子が、奏者が、主殿が、先輩が帰ってしまう。

 =もうカルデアには来ない。

 そう認識したマスターLOVE勢は身体を使ってでも立香を繋いでおこうと一斉に動き出…

 

 「期間は?」

 「んー短いと3週間?長いと一月かな?」

 「「「「「「「へ?」」」」」」」

 

 傍らでヒロインXオルタと共に、無言でゆったり和菓子とお茶を楽しんでいたサドゥからの問いかけに、立香はあっさりと答えた。

 

 単なる帰省だった。

 

 だが、彼からすれば人理焼却によって本当なら死んでいただろう家族との再会だ。

 例え、情報では生きている事が分かっていたとしても、その顔を見て安心したいのは当然の想いであり、叶えられるべき願いだった。

 

 「護衛はどうするの?マシュは確定として…。」

 

 瞬間、ギラリとLOVE勢の瞳に殺意と欲望の光が宿る。

 だが、日本へ行くとなれば、常識があり、現代知識があり、機転が利く人格者でなければならないので、どうしたって絞られる。

 問題児の多いマスターLOVE勢など、絶対に選ばれる事はない。

 だが、分かっていても無理矢理ついていくからこそ、彼女らは問題児なのだ。

 一触即発の状態に、マスターは気づきながらも言葉を探す。

 

 「あー…それなんだけどさ、もう決まってるんだ。」

 

 ざわ…ざわ…っ

 LOVE勢に動揺が広がる。

 だが、告げられた立香の言葉に、多くの者は不承不承ながらも納得する事となる。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「いや、彼がいなくなったらカルデア崩壊まで三日とかからないからね?リストラとかあり得ないから。」

 「だよねー。」

 「遺憾ながら、あの少年だからこそ英霊達は従っているからな。」

 「他のマスター候補も、頑張っているんだけど…。」

 

 技術部門TOPと医療部門TOPとその補佐、そして所長の言葉である。

 本当に、カルデアとは魔境だった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ともあれ、帰省である。

 山脈を降りて、最寄りのバス乃至電車のある街まで行き、そこから国際便のある空港まで行き、更に一日は空の旅をして、漸く日本に到着する。

 この間、実に三日である。

 カルデア就職時よりはスムーズだったとは言え、呆れる位に遠い道程だ。

 

 「久々の日本…あ~この排ガスの匂いが懐かしい…。」

 「私も、平和な時代の日本って楽しみですっ」

 

 マシュを連れて、立香は関西国際空港へとやってきていた。

 二人とも、装いはカルデアの制服ではなく、かと言って派手過ぎない私服だ。

 立香の方は元々彼が持っていたものだが、マシュに関してはカルデアのおかん勢(-サドゥ)が彼女の思いを汲んで「彼氏の御実家に挨拶にいく彼女の恰好」として選んだものだ。

 黒地のワンピースに白いセーター、黒いタイツと無彩色ばかりだが、その分肩から掛けるバッグは薄桃色の可愛らしいデザインで、靴は踵の低い大人しめなものだ。

 私服にしてはカジュアルさを抑え、ある程度フォーマルな印象を与える、そんな感じのコーディネートである。

 

 「二人とも、手続き終わったよ。」

 

 空港のロビーの椅子でのんびりしていた二人に、受付から戻ってきたサドゥが声を掛ける。

 その服装はマシュのそれと違い、殆ど少年染みた洒落っ気の無いものだった。

 襟元の大きい紺色のパーカーに黒のジーンズ、そして運動靴。

 見る者が見れば、恐らく「虫おじさんの恰好」、又は地味なXオルタとか言われそうだ。

 まぁ主役は立香とマシュで、自分は護衛だとサドゥは思っていたので、こんな格好でも良いし、最悪なら別のホテルで泊まるのも有りか、とすら思っていた。

 無論、カルデアのおかん勢やお洒落大好き勢からギリギリまで追求されていたのだが…こういう時、単独顕現って便利である。

 そんなサドゥの手には帰りの飛行機の予約チケットが三枚握られていた。

 

 「行こう。駅までバスが出てるからそっちで。」

 

 行先は一つ、立香の実家だ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 一年と数ヵ月程度だった。

 たったそれだけの期間なのに、こうして帰ってこれたのは、奇跡に近かった。

 本当に、皆の努力と協力と死力、多くの好意と幸運と決意によって、奇跡的な確率の果てに、こうして立香は家に帰ってくる事が出来た。

 震える指で、チャイムを鳴らす。

 奥から、「はーい」と言う返事と足音が聞こえる。

 そのよく知った声と気配に、知らず涙が零れ、喉が震えそうになる。

 だが、それらを旅の中で培った精神力で捻じ伏せ、精一杯の笑顔で、立香は声を大にして告げた。

 

 「ただいま!」

 

 それは、彼が漸く日常へと戻ってきた証だった。

 

 

 

 

 「おかえりなさい、立香!」

 「ごはぁ!?」

 「せ、せんぱーい!?」

 

 直後、出迎えた母親のジャンプからの抱き着きを受けきれず、立香はそのまま倒れ込み、後頭部を地面に強打した。

 

 “実は愉快な家庭に生まれてたんだなーアイツ。”

 (うん、カルデアと同じ位楽しそう。)

 

 そんな狂乱を、人類悪は微笑まし気に眺めていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 藤丸邸 茶の間

 

 「一年以上連絡も入れずに放置してた立香が悪いんです!以上!」

 「すまん、息子よ。母さん、これでもかなり心配しt痛い痛い。」

 

 青みがかった黒髪を持った、マシュよりも更に大きな胸部を持った妻の言葉に、夫がフォローを入れるも、藤丸母は顔を真っ赤にしてポコポコ叩いている。

 実に仲睦まじげな夫婦だった。

 

 「遅くなってなんだが…おかえり、立香。」

 「ただいま、父さん。」

 

 父と息子が、互いにニッと笑い合う。

 明るくも力強さを感じさせるその笑みは、親子らしくよく似ていた。

 

 「それで、君がカルデア?から来た…」

 「は、はい!マシュ・キリエライトです!よろしくお願いします!」

 「姉のサドゥ・キリエライトです。息子さんにはよくお世話になっています。」

 

 ぺこり、と礼儀正しくお辞儀する姿は微笑ましく、藤丸夫婦は相好を崩した。

 

 「二人とも、狭い所だけど、滞在中は我が家だと思って寛いでくれ。何か困った事があったら、遠慮なく言ってほしい。」

 「はい!お世話になります!」

 「短い間ですが、よろしくお願いします。」

 

 オレンジがかった茶髪の父の言葉に、姉妹二人は笑顔で頷いた。

 

 「さて立香、長旅で疲れたでしょうから、今日はマシュちゃん達と休んでてね。料理は私とお父さんで頑張るから。」

 「あはは、じゃぁお願いします。」

 

 ニコニコとハレの気を全身から発する母の思いをふいにする事は、立香にはできなかった。

 そして、基本的に二人揃えば直ぐにイチャイチャしだす二人の邪魔も、出来る筈もなかった。

 

 「先輩、先輩のお部屋は何処ですか?」

 「あはは、お手柔らかに。」

 「荷物は何処に置けば?」

 「ちょっと待ってね。えっと客間は…」

 

 そうして、和気藹々と三人は藤丸邸で荷物を降ろし始めた。

 

 

 

 

 「さて、どうしたもんかな?」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 夜の藤丸邸にて

 

 「美味しい!」

 

 夕食の時間、出来立ての豪華な料理を一口食べたと同時、マシュは思わず叫んでいた。

 

 「美味しい。」

 

 対して、姉のサドゥは言葉少なに黙々と料理を口に運んでいる。

 その姿は何処か小動物めいた微笑ましさがあった。

 

 「先輩のお料理もとっても美味しいと思ってましたけど、ご両親がこんなにお上手なら納得ですね。」

 「まだまだ父さん達には敵わないけどね。」

 

 事実、藤丸家の台所は三人で共有しているようなものだった。

 唯一、余り立ち入らないのが妹なのだが…彼女は現在、全寮制の女子高にいるので、この場にはいなかった。

 

 「ふふ、まだまだありますから、たくさん食べて下さいね。」

 「はい!頂きます!」

 

 実際、凄く美味しかった。

 洋食は母が、和食は父が作ったのだが、どれもこれも店が開けるレベルがあった。

 但し…

 

 (でも、何処かで食べた様な気が…)

 

 和食の方、立香の父の味付けに、マシュは何処か既視感を感じていた。

 一方、サドゥは目の前の二人が誰であるのか、事前に資料を見て一目見て分かったので、内心冷や汗ものだった。

 

 (突っ込みたい。この二人に色々突っ込みたい…!)

 “野暮な事は言わぬが花さ。まぁ後でエミヤとの話の種にはなるだろ。”

 

 洋食が得意な、紫がかった黒い長髪の美人巨乳奥様な母。

 和食が得意な、オレンジがかった独特の茶髪に白髪が混じった、左手だけがやたら日焼けした父親。

 明らかにあのルートの、あの二人だった。

 

 “この世界線じゃ幸せだった。そんだけだろ。”

 (住む場所変えて、偽名まで名乗って、か。)

 

 取り敢えず、この二人に関してはそこまで心配しなくても大丈夫だろう。

 恐らく、並の封印指定執行者では返り討ちに合う。

 サーヴァントや代行者、封印指定といった、この世界の中でも戦闘に優れた者、その中で明確な弱点を持たぬ者。

 それだけが、常に格上殺しの芽がある藤丸●●を確実に殺し得る。

 しかし、ここに一度は聖杯と成った藤丸●が居れば、難易度は更に跳ね上がる。

 ほぼ無尽蔵と言って良い魔力量に、虚数元素を操る。

 その性質だけとっても封印指定を免れないサポート役がいるのだ。

 厄介、と言うレベルではない。

 

 “っと、そろそろ仕事だな。”

 

 あぁ、やはり完全に気楽ではいられない様だ。

 食事を楽しみながら、サドゥは悪意が忍び寄ってくるのを感じていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ガツガツ グチャグチャ ズルズル

 残骸の獣達が、獲物を食い散らかしている。

 獲物は魔術師達。

 悪意を覗いた限りでは、協会内の非主流派所属の、極一般的な「」到達に狂った魔術師達だ。

 彼らは他派閥が早々にカルデアへと慎重な態度を取る事を決めたのを後目に、カルデア最高のマスターとその身内を人質にする事で、カルデアへの要求を通そうと考えていた。

 だが、その手の行動が警戒されていない筈もなく、結果は御覧の有様だった。

 

 「手早いな。」

 

 残骸の獣達が襲撃者達の遺骸を食い荒らしていた時、不意にその場に男の声が響いた。

 

 「………。」

 「構えなくていい。オレも似た様な感じだ。」

 

 声の主へと視線を向けながら、サドゥが双剣を構える。

 見れば、男の服には返り血が付着し、今しがた「仕事」を終えてきたのが分かる。

 

 「立香達は気づいているのか?」

 「ううん。」

 

 マシュは気づいていない。

 だが、立香は薄々と気づいているだろう。

 あれでも、彼は英雄なのだから。

 戦場の、流血の気配には否が応でも敏感になってしまった。

 

 「そうか…。」

 「お二人の事は、誰にも言いません。」

 「助かる。正直、ここからは移りたくなかったんだ。」

 

 やっと落ち着けた場所だからな。

 そう言う藤丸父の眼は、何処か遠くを見ていた。

 きっと置き去りにしてしまった多くの者、斬り捨てた多くの者を思い出したのだろう。

 だが…

 

 「だが、カルデアが敵対するなら覚悟はしてくれ。」

 「それは無いです。」

 

 その鋼鉄の意志は、些かの揺るぎも無い。

 惚れた女と子供達。

 それを世界から守り続ける事を誓った、ただ一人のための正義の味方。

 

 「私達は、立香に大きな恩がある。そして、錬鉄の英霊にも感謝している。だから、私達が貴方達の邪魔をする事は無い。」

 

 きっと、あの善き人達は、真実を知った所で黙殺するだろう。

 そこに平和があるのなら、それを維持し、守り続ける事が何よりも大事だと、彼らは信じているから。

 

 「恩だけかい?」

 

 しかし、敵意が無いと分かったからか、珍しく藤丸父は茶目っ気たっぷりに問い掛けてきた。

 そこに含まれた意味に気付きながら、サドゥはサラリと受け流す。

 

 「後は戦友としての信頼、友情。妹婿への家族愛ですね。」

 「そこは君も入らないのかい?」

 「私は生憎とサーヴァントなので。」

 「そりゃ残念。妻は二人とも気に入ってるんだがなぁ…。」

 

 気の抜けた雰囲気になったからか、不意に今が何時なのかを思い出した。

 

 「早く寝ます。明日は市内観光ですので。」

 「あぁ、お休み。一応何かあればすぐに知らせてくれ。こちらでも対応してみる。」

 

 そして、二人は並んで、自分達の大切な者が眠る自宅/仮宿へと歩んでいく。

 その様子はまるで親子のようでいて、同時に対等な戦友のようだった。

 だが、二人の背には何処か影が、重みがあった。

 何時かは終わるものだと分かっていても、なお戦い抜く。

 そんな、人としての意志の重みが。

 

 

 




 書いてる途中にピックアップ回したら、プロ剣が来ちゃった♪
 
 ピックアップが仕事するとか、明日は槍が降るのか…?(疑心暗鬼

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