第三の獣との戦いは、熾烈を極めた。
ウルクの二大英雄、ギルガメッシュとエルキドゥ。
ケルトの大英雄、クー・フーリン。
並ぶ者無き英雄の中の英雄、ヘラクレス。
アサシン教団の創始者、初代“山の翁”。
ブリテンの花の魔術師、マーリン。
皆が皆、最上の状態であれば、或はそのままであっても冠位に相当する一騎当千の英霊達。
無論、サーヴァント化による弱体化はあれど、並の怪異ならば鎧袖一触の戦力だ。
それこそ、単体で国家を陥落せしめる程の。
だが、それ程の戦力であってなお、ビーストの相手は辛い。
第三の獣、狂信のアンリ・マユ。
その本質は悪性の請負である。
それ故、余程可笑しな宝具やスキルを持っていない限り、悪性の存在からの攻撃を受け付けない。
これは女神たるケツァル=コアトルもそうだったが、彼女の場合は更に質が悪い。
人の悪性・原罪の化身でもある彼女は、人間がその心から悪性を捨て去らない限り、決して滅びず、倒した所で任意の場所と時間で復活する上、悪性を吸収しながら成長し続ける。
つまり、人間に対してほぼ絶対的な優位性を持っており、更に同じ優位性を持った残骸の獣や精神を汚染する泥を無尽蔵に生産する事も出来るのだ。
正しく人類の自滅因子にして大災害と言える。
そのため、七つもの聖杯で作った人間がマスター以外いない特異点への閉じ込めに成功したとしても、それは漸く同じ土俵に上がれたに過ぎない。
とは言え、ここまでくれば最早過たずに詰みに行くだけだ。
先ず、エルキドゥの拘束により動きを封じ、更にマーリンの魔術によるケイオスタイドの無効化で弱体化し、その上で山の翁による天命の一撃により、死の概念を付与する。
ここまでやって、漸くビーストⅢは殺せる存在となる。
そして、不死殺しに定評のあるクー・フーリンとヘラクレス、カルデア屈指の火力を持ったギルガメッシュによる掃討戦に移行する。
その手筈だった。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』
咆哮と共に、獣の身体が砕け、泥としてではなく、霧状のケイオスタイドへと変質する。
更に、閉鎖空間全域を満たす様に拡散していく。
英霊達は短時間なら兎も角、マスターは即死する可能性があった。
「ギャラハットさん…もう一度だけ、力を!」
それを、土壇場で復活した盾の少女が防ぎ切る。
無論、長時間は持たないだろう。
だが、それで良しとした。
元より長引かせるつもりはない。
『■■■■■■■■■■―!』
ケイオスタイド作成に回したためか、獣の身体は一回り縮んで、残骸の獣の作成も止まっていた。
しかし、音を容易く超える速さは更に増し、未だ巨躯と言える身体を縦横無尽に動かして暴れ狂う。
だが、猛る獣など狩り飽きたと言わんばかりに、前衛二人の活躍は凄まじかった。
カルデア内においても、特に戦闘経験豊富な戦上手二人の活躍で、獣は直ぐに追い詰められ…
「『天地乖離す開闢の星』!」
「『射殺す百頭』!」
「『人よ、神を繋ぎ止めよう』!」
「『突き穿つ死翔の槍』!」
その巨体であってもどうにもならぬ程のダメージを受け、それでも獣は沈まない。
みっともなく足掻き続け、その果てに無残な死に様を晒す。
それこそが自身に求められた役割/悪だと信じるが故に。
「天命は汝を指し示した…」
だが、それすら最早終わる。
「信ずる者を間違えた娘よ…その首、この一刀にて断つ。」
彼女の死神が、約定を果たしにやってきた。
「『死告天使』!」
そして、獣は死んだ。
……………
あれ?わたしは
あぁ、そっか、もうかえれないんだ
ごめんね、ふたりとも
もう、なかないで
わたしのねがいは、かなったんだから
さいごにわらって、おねがいだから…
あぁ……よかっ
……………
その後、獣の遺骸は決して復活しない様に、聖杯の一つと共に世界の外側へと放逐された。
それは二度と復活しないように、という以上に、決して彼女の遺骸が他者に辱められないための処置だった。
以後、人類は残った三体の獣との戦いに注力していく事となる。
その果てが人類の滅亡か、或は鋼の大地か、さもなくば星の大海への出発か。
結末は誰も知らないが、残された英雄と少女はその命の限りを生き切ったのは確かだった。
……………
時も空間も無く、ただ世界の狭間と言う虚無の中を一つの小箱が漂い続ける。
ただ一人の少女と、彼女を守る箱。
聖杯によって形成されたその箱は、或は聖櫃と呼ぶべきかもしれない。
その箱はただ、願われたままに中身である少女を守り、状態を保ち、漂い続ける。
星が生まれ、星が膨張し、星が滅びるよりも、長く、久く、永く。
だが、遠き那由他の彼方にて、その箱はある変事に巻き込まれる。
それは虚無の終わりであり、有の始まり。
何もない宇宙における星の誕生と同じく、何もない虚無における世界の誕生。
超新星爆発にも勝る世界の誕生に、その箱は巻き込まれた。
結果として、箱は世界の淀みの底に、世界が生まれる時に分かたれた陰の気の中へと沈んでいた。
その膨大な陰の気は、世界の始まりの力に晒され、罅割れた箱の中身へと染み渡っていく。
その量、世界の半分とも言えるソレは人由来のものだけではないのだが…それは獣の少女を目覚めさせるに十分な起爆剤となった。
目覚めた少女は、しかし、そこから動かなかった。
自分の置かれた現状、それよりも遥かに重大なものを見たから。
美しかった。
ただ美しかった。
自身の纏う陰の気ではなく、天上に集まる陽の気。
この世の全ての生き物達が持つ、命の煌めきとも言えるソレに。
彼女は、ただ見惚れていた。
やがて、彼女はもう一度眠りに就いた。
もう決して人を傷つけないように。
あの天上の美しさを穢さないように。
彼女はもう一度眠りに就く事を選んだ。
だが、それは(彼女の感覚からすれば)直ぐに破られる事となった。
下に落ちて澱んでいた陰の気が一つに纏まり、形を持ったのだ。
それは自分によく似た、白い獣の姿をしていた。
否、本来なら彼女の方こそ似ていると言うべきなのだろう。
「あなたは われの はは か?」
「貴方がそう望むのなら、そうするよ。」
世界の淀み、その底で一組の獣が邂逅し、母子となった。
この変化がその世界にどんな波紋を広げるか…それはまだ、誰も知らない。
名作「うしおととら」とのクロスオーバー
あの白面の者がちゃんと赤子として愛されていたら?と言う感じでスタート。