マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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その3 冬木編2

 何とか合流したサドゥだが、その恰好が問題だった。

 下半身こそ赤い血の様なボロ布で隠されていたのだが、その上半身は何一つ隠されていない。

 つまりオープントップ、半裸、胸が丸見えだった。

 平坦で慎ましやかな胸、綺麗な色をした乳首がフルオープンであった。

 即行で立香が自身の上着を差し出したが、サドゥはこれを拒否した。

 曰く、「礼装だからダメ」と。

 事実、立香の纏うカルデアの制服は魔術礼装としてだけなく、高い保護機能を持った高級品だ。

 仮にもデミサーヴァント化して耐久力が向上しているサドゥと違い、生身の立香には防具が必要不可欠だ。

 故に、現在はマシュと立香は廃墟から衣服になりそうなものを漁っていた。

 所長はと言うと、サドゥへの説教と治療を担当していた。

 何処かでサーヴァントと交戦したのか、ボロボロだったサドゥは一流の魔術師である所長により治療されなければいけない程度に消耗していた。

 

 「全くもう!貴方達は二人して何でこんなタイミングでデミサーヴァント化するのかしら!もっと前になってくれていたら色々準備だって出来たっていうのに!」

 「…ごめん、なさい。」

 「謝らないで!責任があるとしたら、TOPである私なんだから。…よし、これで大丈夫でしょ。藤丸!マシュ!そっちはどう!」

 

 瓦礫と廃墟漁りから帰って来た二人に所長が声をかけた。

 

 「って藤丸はこっち見ない!セクハラよ!」

 「す、すいません!あ、これ!カーテンの布ならフードとかいけるかなって!」

 「申し訳ありません姉さん。普通の衣類は焼けてしまって…。」

 「……。」フルフル (別にええんやで。)

 

 所長の背後に隠れながら、サドゥが首を左右に振る。

 そもそもメンタルが男性であった彼女にとって、別に半裸な事はそこまで重大ではない。

 まぁTPOは弁えるため、着る必要があれば着るが。

 

 「…よし、これで胸当てとフードが出来たわ。さ、早く着なさい。」

 「所長、実はすごい器用なんですね。」

 「はいマスター。所長はああ見えて女子力の高い人ですから。裁縫なんかもお手の物です。」

 「そこ、聞こえてるわよ!」

 

 和気藹々、何処か和やかな空気が流れるが…ここは特異点だ。

 大都市全ての人々は死に、死者である死霊やスケルトン、英霊が跋扈する修羅の巷だ。

 そんな空気が、何時までも続く訳がない。

 

 キン!と甲高い音が響いた。

 

 「マスター!敵です!」

 

 暗がりから音もなく放たれた黒塗りの短刀をマシュが大楯で弾いた。

 見れば、サドゥも既に臨戦態勢であり、両手に歪な双剣を構えている。

 

 「クカカ、やはりそう上手くはいかぬか。」

 

 暗闇から滲み出す様に現れたのは、特徴的な白い髑髏面。

 それを基点に薄らと輪郭が視認できるのはアサシンのサーヴァント、歴代の山の翁の一人だ。

 だが、その特徴的な腕のシルエットから、相手が妄想心音を宝具とする呪腕のハサンだと分かる。

 歴代アサシンの中でも特に身軽なこの個体は、FGOにおいては初期アサシンの一角でありながら、かなりの高性能なサーヴァントとしても知られている。

 

 「アサシンのサーヴァント!気を付けて、こいつは…!」

 

 所長の警告と共にアサシンが再度暗がりに身を溶け込ませる。

 A+という最高クラスの気配遮断となれば、例え至近距離でも殺気を出さねば気づけない程の隠密能力となる。

 あっと言う間に見失ったアサシンが建物や瓦礫の影から甚振る様に短剣を投げ放ってくる。

 一つ一つがマシュとサドゥの二人ではなく、サーヴァントには敵わない立香と所長を狙ってくる辺り、実に嫌らしくも堅実な戦い方だ。

 

 「マスター、このままではジリ貧です!何か指示を!」

 「って言っても…」

 

 マシュの言葉に立香は戸惑いを返す。

 そも、経験をある程度積んだ状態なら兎も角、今の彼は只の一般人であり、こんな時の対策なんて知る筈もない。

 

 「キリエライト!多分だけど、あのアサシンは宝具以外の火力は低いわ!耐えて耐えてカウンターを狙いなさい!サドゥ、貴方は遊撃に徹して!貴方の敏捷性なら追いつける筈よ!」

 「! 分かりました!」

 「…はい。」

 

 オルガマリーの指示は少なくとも現状妥当であると感じさせるものだった。

 少ない情報、山の翁というサーヴァントの特性からほぼ完全に相手のステータスを推測してみせる辺り、流石はアニムスフィア家の現当主と言える。

 とは言え、技量に関してはアサシンよりも低いであろうアヴェンジャーでは良い様に対応されてしまっているし、マシュにしても初見の敵宝具に対して上手く対応できる可能性は低いのだが。

 

 「………。」

 

 9本、それがサドゥが受けた短刀の数だ。

 幸いにも、毒物が付与されていなかった事、即座に問題が出る部位には受けていない事から、その動きに陰りは無い。

 最低限の回避と防御で切り抜けている故のダメージだが、それ以上に彼我の技量差がそうさせていた。

 単なる亡霊と、正規の訓練を受けた暗殺者の英霊では、必然的に後者が勝るのも当然の理だった。

 とは言え、先程から敵の短刀を回収しているので、徐々に攻撃回数は減っている。

 愛用の武器を鹵獲されているという事実に、ハサンは黒化され、狂気が付与された思考で煩わしさを覚える。

 現状、確実に殺せる敵は目の前の双剣を持った半端なサーヴァントだ。

 だが、背後に二人のお荷物を持つ盾のサーヴァントもまた、彼にとっては付け入る隙だ。

 もし此処で二人とも防御に徹していれば、また違ったのかもしれないが。

 兎も角として、アサシンは状況を動かす決意を固めた。

 先ずは、あの少年から無残にも殺してやろう、と。

 霊体化し、殺気も引き、最大限に気配遮断を使用して、嘗てハナムと呼ばれた男は非道を働く悪意を胸に忍び寄る。

 だが…

 

 (あ、いる。)

 

 この場には、この世で最も悪意に敏感な者がいた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 結論として、サドゥはアサシンを仕留め切れなかった。

 そも、アンリマユというサーヴァントは直接戦闘で活躍できる機会はほぼないのだ。

 それでもなお、彼女は自分の仕事をしてみせた。

 

 「マシュ…!」

 「!」

 

 危機感を滲ませながら妹の名を呼ぶ。

 それだけで、天然で無垢だが察しの良い妹は全てを悟った。

 

 「マスター!」

 

 振り返れば、大切な少年の背後に浮かぶ白骨の仮面。

 その右手は既に解放され、確実に殺すために宝具を放つ準備に入っている。

 既にオルガマリーの魔術も、マシュの盾も間に合わない位置取りだ。

 

 「偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」

 

 だから、間に合うのはこれしかなかった。

 自身のダメージをハサンに転写し、相応のダメージを与える。

 あのランサーにも効いた使い辛過ぎる宝具だ。

 しかし、今回は相性が悪かった。

 

 「く、ぬ…!」

 (動きが、止まらない!?)

 

 ハサンは呻きを漏らしただけで、その右手を止める事は無かった。

 山の翁は偉大過ぎる初代を除けば、そのほぼ全員がハシシを吸い、主に痛覚や恐怖を鈍化させている。

 即ち、問題にならない程度の痛みは無視できるのだ。

 これが四肢の欠損並のダメージの転写なら兎も角、致命打にならない程度なら、その行動は些かの遅滞も起きないのだ。

 

 (ま、ず…!?)

 (あ、これ死んだ。)

 

 サドゥが焦燥と共に全力で駆け付けようとするが、その前に立香はただ己の死を確信した。

 迫り来るシャイターンの腕、それを断ち切るにはもう一手足りない。

 では、此処でマスターたる少年を失い、彼らの物語は終わりか?

 答えは…

 

 「アンサズ!」

 

 否、である。

 

 「ご、がァ!?」

 

 炎が奔り、黒衣のハサンが炎に包まれる。

 

 「シャァ!」

 

 そして、間に合ったサドゥがハサンの右腕を切り飛ばす。

 続く2の太刀でその首を落とし、ハサンはエーテルとなって消えていった。

 

 「マスター、ご無事ですか!?」

 「あ、うん。マシュ達も大丈夫?」

 「あ、はい。マシュ・キリエライト、問題ありません。」

 

 自身の主と上司を背に庇って、マシュは漸く安堵した。

 しかし、サドゥの方は警戒と共に炎を放った乱入者を見つめていた。

 

 「よぅ、そんな睨むなって細っこい嬢ちゃん。こっちは敵じゃねぇんだからよ。」

 

 そして、彼らは漸く話の通じる現地人と出会えた。

 

 「オレはキャスターのサーヴァントだ。現状、唯一正気と言える、な。」

 

 空色のローブに木製の杖、青い髪に神性の証たる赤い瞳の男が片手を挙げて声をかけてきた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (いやー、キャスニキが合流してくれて助かったわー。)

 “いやはや、オレ達大活躍だったな。”

 

 現在、キャスターのクーフーリン兄貴ことキャスニキにより、マシュの宝具特訓が行われている。

 斯く言う自分達は「お前さんは相性良いから大丈夫だな、宝具も使えてるし。」という事で火炙りを免れた。

 現在は休息のため、先程確保した缶のお汁粉を啜って回復に努めている。

 

 (さーて、この後はあのアーチャーとセイバーのコンビかー。どう考えても勝てないな。)

 “はっはっは、最弱英霊アンリ君の名は伊達じゃねーぜ。”

 

 アサシンがいない現状、斥候とか偵察とか情報収集が一番役に立ちそうなのに、それをする場面が此処冬木にはない。

 

 (まー後は出番もないし、最後の崩落で逸れれば良いか。)

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (どうしたもんかね、こいつは。)

 

 クー・フーリンは頭を悩ませていた。

 坊主と盾の少女は純真で分かり易い。

 そして一応リーダーらしい女性も虚勢を張っている様はよく吠える子犬の様だ。

 だがしかし、もう一人の痩せぎすの少女には問題があった。

 

 (生気が、生きようって気概がねぇ。)

 

 死んでないから生きている。

 ただ物を食べ、動き、乞われるままに働き、それを繰り返す。

 こいつには自発的に生きようという意思がない。

 でなければ、とっくに何処かで死んでいてもおかしくはない。

 

 (戦場でもいたな。自分の役目だけは淡々とこなすが、心の底じゃ諦めてる奴。)

 

 こういう人種は生に対して希望を抱いていない。

 あっても死への切望か生への絶望が上回っており、おいそれと回復する事もない。

 

 (つっても、今のオレじゃ長々と面倒は見切れんしな。)

 

 となれば、カルデアとやらの人員に期待するしかない。

 

 (幸い、坊主と盾の嬢ちゃんには気を許してるしな。)

 

 そこが唯一の取っ掛かりになるだろう。

 だが、彼らは今現在戦時下にあるのだ。

 何時誰が死んでもおかしくはないと考えれば、可及的速やかにメンタルケアを施す必要がある。

 

 (頼むから誰か気づけよな、おい…。)

 

 クー・フーリンは内心で愚痴るが、生憎と今現在のカルデアに、サドゥの内心を見抜けた者はたった一匹を除いていなかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 しばし時は飛んで、現在は地下大空洞 大聖杯前。

 現在、絶賛崩落中です。

 

 (おーおー、正に大震災。テーブルは何処だー。)

 “この状況で平常運転の宿主にオレビックリ!頭ん中マジでどうなってんのさオイ!?”

 

 アヴェさんの突っ込みもさて置き、間もなく待ちに待った瞬間です。

 あ、レフ教授がチラッとこっち見た。

 取り敢えず今までお世話になった分お辞儀しておく。

 お辞儀をするのだ!って偉い人も言ってたからね。

 

 “その偉い人、最後に地獄に落ちてなかったっけ?後その呼び方は止めてくれマジで。”

 

 って言っても、もうまともに立ち上がれないけどね。

 既にアーチャー・セイバー戦でボロボロだもん。

 今のお辞儀で最後の体力使い果たしました。

 して妹は…あぁ、ちゃんと立香君とフォウさんを守ってるね。

 我が妹ながら偉いなぁ、今後もそのままお願いね。

 

 あ、足元が崩れた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 地下空洞が、否、この時代が崩落していく。

 レフの手によってカルデアは爆破され、人理は焼却され、所長は二度も殺された。

 素人の藤丸立香は何も分からない。

 けど、レフとその一派が倒すべき悪党で、此処から脱出しないと死んでしまうという事だけは解った。

 

 「マシュ!」

 「先輩!」

 

 マシュと互いに手を伸ばし、握り合う。

 もしかしたら死ぬかもしれない。

 でも、あの時と同じく、せめて最後まで一緒に…!

 

 「姉さん!」

 

 マシュが残った左手をもう一人の仲間へと伸ばす。

 だが、サドゥは既に動く事もままならず、崩落してきた岩の上に座り込んでいた。

 

 「サドゥ、手を――ッ!!」

 

 マシュがそうする様に、立香もまた必死に彼女へと手を伸ばした。

 二人だけじゃ嫌だ、これ以上人死には見たくない。

 そう思う暇すら無く、ただ只管に手を伸ばした。

 

 「……また、か。」

 

 その様を見ていたサドゥは仕方ない、という様にマシュ以上に傷だらけの身体で両手を伸ばした。

 その細い両手を、マシュと一緒に二人で握りしめる。

 もう離さない。

 その決意を込めて、奈落の中へと落ちていく立香達3人の意識は途切れた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “折角の機会だってのに、良かったのかい?”

 

 黒と赤と死と怨嗟と呪いと憎悪と嫉妬と殺意と絶望と、あらゆる負の感情で満たされた様な暗闇で、問いかける声が聞こえる。

 

 (良いんだ。あの二人には泣いてほしくない。)

 

 何時だって踏み止まる理由は誰かのためだった。

 煩わしい、とは思うものの、それでもあの子達は良い子であり、善人であり、正しい行いをしようとする者だから。

 その期待には応えられずとも、その涙を今暫くは遠ざける事は出来る。

 例え別れが不可避でも、この旅が終わる前に限界を迎えるだろうとも。

 

 “やれやれ、とんだ甘ったれだ。目が離せない。”

 (君は帰っても良いんだよ?こんな所、居たくないんなら。)

 “話畳むなってー。お前さんの中はこれで中々居心地が良いんだから、もう暫くは居てやるよ。”

 (ありがとう。そうしてもらうと助かる。)

 

 実際、彼が自分の中から消えれば、自分はまた無菌室に逆戻りとなり、一月と保たないだろう。

 折角出られたのだ、もう少しだけあの二人を見守ってから地獄に逝きたい。

 

 “ま、初陣お疲れさん。暫くは寝てな。”

 (うん、ありがとう…。)

 

 意識が暗闇の中に沈んでいく。

 きっと多くの人なら絶叫して拒絶する様なものなのだろうが、自分にとっては既に慣れ親しんだものであり、暖かでフカフカのベッドと間違いそうになる程だ。

 疲れた、今は休みたい。

 その思考を最後に、意識は呪いの汚泥にとぷんと沈んだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「……………いむ、しつ?」

 

 目を開ければ、そこは普段Dr.ロマンが仕事をしている医務室だった。

 はて、どうして此処にいるんだったか?

 前後の記憶が曖昧なまま、茫洋と視線を彷徨わせていると、不意に部屋のドアが開く。

 

 「サドゥ!気が付いたん、だ…」

 

 そこにはタオルを持った立香が立っていた。

 しかし様子おかしい。

 何だか段々顔が赤くなり、同時に脂汗をかいているが…はて?

 

 「フォゥフォーゥ!」

 「待って下さいフォウさ…姉さん!?目が覚め…」

 

 そして飛び込んできたフォウを追う様に、マシュが飛び込んできた。

 しかし、マシュもまた動きが停止する。

 

 「先輩!強制退去です!」

 「ご、ごめんなさーい!」

 

 両手で顔を覆う立香をマシュが部屋の外へと追い立てる。

 

 「姉さん!いい加減に前を隠して下さい!」

 (あ、私裸だったか。)

 

 その後、妹による説教&強制着替えタイムに突入した。

 

 

 

 

 

 医務室前の廊下にて

 

 (び、ビックリした…。)

 

 ドキドキと、未だに高鳴る心臓に手を当てながら、先程の事を思い出す。

 先日冬木で見た時とスタイル自体に変化はなかった。

 しかし、今のサドゥは全裸であり、更に痛々しい包帯に撒かれながらも、マシュよりも細い手足に病的なまでの白い肌、僅かながらも確かな柔らかさを持った胸と桜色の乳首は余りにも青少年に目の毒だった。

 

 (って、マジマジと見つめるとか変態じゃないか!後で謝らないと…。)

 

 後日、何とか許しを得られたものの、マシュからの説教は免れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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