マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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 これは元デミ・サーヴァント、サドゥ・キリエライトの日常の一コマである。

 一応原作知識必須のタブはありますが、今回は新宿編の真名バレはまだ早いとの事なので、一部修正しました。



番外編2 サドゥ・ストーリーズ

 ケース1 「黒髭」エドワード・ティーチ

 

 「うん、あま~い。」

 

 バレンタイン当日、黒髭は珍しく相好を崩していた。

 彼の目の前にはチョコ、それも市販品を溶かして固めた手抜きではなく、やや大量生産な気はあったが、明らかに手作りのチョコがあり、それを味わう様にゆっくりと食べていたのだ。

 

 「うわっ」

 「誰ですの?あの髭にチョコを作った物好きは…。」

 

 それを二人組の女海賊らは台所の油虫に向ける様な「やなもん見ちゃった…」と言う目で見ていた。

 

 「…で、どしたの黒髭?」

 「お、訊きたいですか?訊きたいのですな!では訊かせてあげましょう!」

 ((イラァ))

 

 二人が嫌悪感と殺意を胸に滾らせているのに気づいてるだろうに、黒髭は大仰な身振り手振りで説明し始めた。

 

 「これはつい先程の事なのですがな?我輩、食堂で…」

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 「はい、どうぞ。」

 

 リア充爆発しろ。

 黒髭はその一念を以って、食堂を爆発させるつもりだった。

 リア充な鱒鯖共による祭りなど、この手で粉砕してくれる、と意気込んでいた。

 

 「黒髭さんも、水上戦ではお世話になってますから。これ、日頃の感謝です。」

 

 しかし、そこには天使がいた。

 

 「お口に合うか分からないけど、ちょっと黒髭さんっぽくしたので…。」

 

 喜んでくださると嬉しいです、とサドゥははにかみながらチョコを差し出した。

 差し出されたチョコは、雪だるまの様に二つに重ねたホワイトチョコのトリュフに、黒髭の意匠を追加された簡素ながらも受け取る側への配慮を感じさせるものだった。

 少し困った様な笑みを浮かべるその姿は悪神だとか、第三の獣とか、デザインベビーだとか、そんなもの一切関係ないと言わんばかりの包容力だった。

 カルデアの制服の上に黒いエプロンを纏ったその姿は、しかし女神や天使などではない。

 寧ろ、

 

 「かーちゃん…」

 「え?」

 

 そう、まるでバレンタインの日に必ずチョコを渡してくれる母親の様な母性。

 流石は若くしてカルデアのおかんサーヴァントに登録されているだけはあった。

 

 「拙者、このチョコ大切に食べるでござるよ、か~ちゃぁ~ん…。」

 

 そう言って、誰からも視線を向けられていない事を良い事に、その薄い胸へと髭面で抱きついた。

 

 「よしよし、これからも頑張ってね。」

 

 しかし、サドゥはそれを一切嫌がる事もせず、ただゴワゴワとした頭をゆっくり丁寧かつ優しく撫でてくれるのだ。

 それを黒髭はくんかくんかすりすりしながら堪能し続ける。

 

 (最っ高…!豊満さは無いけどこれ最高でおじゃる…!あ~バブみを感じるんじゃ~。)

 

 僅か数分の出来事だが、黒髭は召喚されてから初となる女の子の感触に酔い痴れた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ってな事がありましてな~。」

 

 先の思い出を語る黒髭、その顔は普段にも増して蕩けており、端的に言って気色悪かった。

 

 「「有罪。」」

 「な、何故にー!?」

 

 その疑問に女海賊二人は言葉少なに武器を以って返答とした。

 

 

 後日、女性サーヴァント一同からマシュ共々、女性としての振舞い方等を講義される事になるのを、サドゥはまだ知らない。

 

 

 なお、雪だるま型チョコは全サーヴァントに微妙に意匠を変えて配られた義理チョコである事を此処に明記する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケース2 「錬鉄」 エミヤ

 

 カルデアは大所帯、故に食堂等の生活部門は常に大忙しだ。

 現在、人理修復のなった後、カルデアの職員らが蘇生した事もあり、旧館の方には本来のコックらが詰めているが、サーヴァントらが起居する新館では当然ながら人理修復時と同じく、一部の料理上手なサーヴァントらが詰めている。

 

 「エミヤさん、焼き鮭上がりました!」

 「8番テーブルに!ハンバーガー特盛りセットは!?」

 「上がったよ!配膳お願い!」

 「17番テーブルから注文!ランチセット三つ!」

 

 この様に、一般的な食堂と同じく、昼時の数時間は修羅場となる。

 

 

 そして、それらが終わって、洗い物等の後片付けが終わってからがコックらの休み時間となる。

 

 

 「さて、賄いでも作ろう。」

 「いえ、今日は私が。」

 

 おや、と珍しい事にエミヤが怪訝そうにする。

 このサドゥという少女、基本的に自己主張が弱い。

 その身上で仕方ないとは言え、こうして自己主張するのは本当に珍しい。

 

 「それは良いが、何か考えでも?」

 「はい。」

 「じゃぁ、私もサドゥにお願いするね。」

 「はい、じゃぁちょっとお待ちを。」

 

 ブーディカも賛成し、サドゥはいそいそと調理を開始した。

 とは言え、5分程度で調理は終わったのだが。

 

 「炒飯か、どれどれ…。」

 

 む、とエミヤが目を見開く。

 一見、葱と卵、安物のカニ風味かまぼこだけの家庭的な一品には、濃厚な魚の出汁があり、見た目以上の旨味があった。

 

 「これは、シーチキンだな。」

 「缶詰の、残った油かな?」

 

 普段は捨てがちなものだが、シーチキンの缶詰の油は意外とあっさりしてて、尚且つその旨味をたっぷりと含んでいる。

 具の方もシーチキンの旨味と邪魔し合う事もない。

 これで具が挽肉だったらしつこ過ぎるだろうが、ちゃんと配慮した具になっている。

 エミヤも時々ドレッシングに利用したりするが、大胆と言うか大雑把に炒飯に突っ込んだ事は無かった。

 調理技術こそエミヤやブーディカの方が上だが、アイデアと言う点では柔軟な発想に負けた気分だった。

 

 「ちょっとガサツだけど…」

 「いや、いけるね、私は。」

 「あぁ。もう少し香辛料を入れても良いな。」

 「そうですね。私も…」

 

 島国育ちの二人にとって、海産物は身近な食材な事もあり、シーチキン炒飯は好評だった。

 あぁでもないこうでもない。

 目先の変わった新しいツナ炒飯を肴に、食堂の午後は穏やかに過ぎていった。

 

 

 

 「何やら美味そうな匂いがする。」

 「シロウ!私にも何か!」

 「あの、すいません、私にも…。」

 (((あちゃー)))

 

 だが、それは三色の暴食王によって儚くも破られてしまうのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケース3 「山の翁」 キングハサン

 

 人理を巡る戦いが一先ずの決着を得た後、初代山の翁は召喚された。

 主にキングハサン、初代様、初代さんと言われる彼は、基本的にカルデア新館の最下層で過ごしている…らしい。

 気配遮断を高ランクで修める冠位持ちのアサシンである彼にとって、誰にも気づかれずにカルデア内を散歩するのは簡単な事なので、本当に最下層にいるのかは不明なのだが。

 迂闊に人に出会ったら説教又は首を断つ超絶怖い人という認識があるためか、彼は基本的に人前に姿を現さない。

 そんな彼だが、マスターなど周囲の反対を押し切ってまで最下層に起居しているのは、人間にとって更に危険なサーヴァントを自ら監視している、と言う理由があった。

 ゴルゴーン、新宿のアヴェンジャー。

 この二体は明確に人間を憎悪しており、カルデアでも特に注意を払われているサーヴァントだ。

 他にも酒呑童子などもいるが、そちらは二体の坂田金時によって監督されているため、この二体程ではない。

 そんな理由もあって、ここには毎日食事を届けに現れるマスター以外はほぼ来ない。

 が、例外は何処にでもいるものだ。

 

 「構わん、入るが良い。」

 

 唐突に部屋に響いたノックに、初代山の翁が告げる。

 

 「来たか、娘よ。」

 「はい、来ました。」

 

 そこに、カルデアの制服姿のサドゥが入室した。

 

 彼女、サドゥにとって初代山の翁は恩人の一人だ。

 特に第七特異点では、彼がいなかったらティアマトに勝利できなかっただろう。

 そして、死に焦がれ、死期が迫る自分に忠告してくれた人物でもある。

 とは言え、自分ではどうやっても彼の恩に報いる事は出来ない。

 なので、サドゥは些細な事でも良いから、積み重ねる事にした。

 

 「今回は立香がダウンしてるから、私が持ってきました。」

 

 それは食事であったり、掃除であったり、連絡事項であったり、イベントだったり。

 彼女は、“山の翁”関連の用事を積極的にこなしていた。

 それこそ、本来それをすべきハサン達以上に。

 

 「今日は良い小麦が入ったそうなので、エミヤさんが手打ちうどんを作ってくれました。」

 

 この人にだけは、サドゥもちゃんと敬語を使う。

 まぁこの御仁が余りにも恐ろしいと言うのもあるのだろうが、それ以上に威厳があり、慈悲深いというのも知っているからこそだろう。

 本日のエミヤのうどんは和食に煩い面々も唸らせる程の出来栄えであり、具材も麺と汁の美味さを邪魔せずに引き出す様に敢えて質素な感じになっているし、少し固め茹でたので、ここに来る道中でも伸びたりしない。

 俗な事を嫌う御仁ではあるが、それ故に心からの持て成しはちゃんと受け取ってくれる。

 なお、デザートにはうさぎちゃんリンゴが二切れ、小皿に盛られている。

  

 「余り宗教には詳しくないんですが…ハラールフード?と言うものなので、ちゃんと大丈夫ですよ。」

 「手間をかけたな。」

 「いえ。では失礼しました。」

 

 そう言って部屋を後にしようと振り向いた…

 

 「待つが良い。」

 

 所を、呼び止められた。

 

 「汝の行く末は辛く険しい。しかし、努々その在り方を損なってはならぬ。」

 

 髑髏の剣士、否、一人の求道者は先達として警告する。

 

 「その怒り、その憤怒。決して忘れてはならぬ。忘れた時こそ汝は獣となり、その時こそ晩鐘が鳴るであろう。」

 「はい。ありがとうございます、初代さん。」

 

 それは分かっていた事だ。

 彼女がまたこの世に戻ってきたと同時に、何時か訪れるだろう事。

 他者への怒りを捨て、善意と言う名の狂信だけの獣となった時。

 その時が訪れれば、山の翁は天命の下、彼女の首を断つだろう。

 速やかに、無駄なく、一瞬で。

 だが、それでも彼女は願う。

 

 (願わくば、私を殺すのは…)

 

 善なる者、何より大切な二人であればと、彼女は今も願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うむ、美味なり。」ズルズル シャリシャリ

 




1、黒髭、セクハラの巻
2、オカン同盟のある日の出来事
3、埋設される地雷&ジッジほんわか

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