だが、これもまた一つの物語だと思う。
そこは黒い地平線だった。
以前にも見た、見事なステンドグラスが頭上に広がるばかりで、何もない。
ここは天の逆月。
かつて有り得ない四日間にあった、繰り返しの基点。
”よう。よく来たな。”
そこで、黒い影が笑っていた。
何故だろう、その影に何処か見覚えがあった。
はて?そもそも、何故自分はここにいるのだろうか?
”あぁ、もうそこまで崩れてるか。”
落胆した様な言葉。
どういう意味かは分からなかったが、自分がこうなっている事が残念なのだろうか?
”此処はお前さんの内面、心象世界だ。オレがいた場所じゃない。”
そう、此処は自分の中身だ。
暗黒に染まって、希望の一つもない、それでいて人を信じているだけの場所。
天のステンドグラスも、罅割れ、穴だらけになりながら、それでも人の尊さを語る内容となっている。
”だが、もう間も無く此処は崩れる。その前に、お前の望みを叶えな。”
見れば、端からステンドグラスが崩れ落ちていく。
それが全て落ちた時、此処もまた崩れるのだろう。
”お前という器は現実では1秒も満たずに消える。だが、ここでは少しだけ遅らせる事が出来る。”
それが此処がある理由、彼がいる理由だった。
最後の最後、希望を残せるかもしれない可能性に賭けたのだ。
”さ、欠陥品で悪いが、願いを言いな。”
とは言え、願いなんて分からない。
その元となる記憶すら、もう自分には残っていない。
………どうしよう?
”そこでオレに聞いちゃう!?参ったなー流石にそこまでは…。”
完全無欠に手詰まりだった。
だと言うのに刻一刻と崩壊は進んでいく。
いやマジでどうすんのさ?
君は何か願いとかないの?
”いや、オレも特にはなー。”
うーん、このグダグダ感。
”やべぇ…此処に来て完全に詰まった。”
そうこう言ってる間に、どんどん崩壊は進んでいく。
最早、ここから出る事も出来ない。
あぁ、そう言えば…。
”何だ、何かあるのか!?”
そんな期待されても…。
まぁあるにはあるけどさ。
”この際なんでも良いから!解釈次第でどうとでもするから!”
今こいつマスゴミ並にクズい発言したぞ!?
”良いから良いからギブミー願い事!”
あぁもう、最後までグダグダだなぁ…。
でも、この方が良いのかも。
最後だからって湿っぽいのは自分達に合わない。
”そりゃ、今まで散々一緒だったしな。”
あぁ確かに。
もう、それすら出来ないけど、私は確かに貴方と一緒だった。
”…これで最後だ。お前の願いは何だ?”
ステンドグラス、その中心にある最後の一枚に致命的な皹が入った。
もうこの夢も終わりだ。
余裕は無い。
「私の、願いは」
最後の言葉が紡がれたと同時、逆月は砕けた。
……………
「ゲーティア、お前に最後の魔術を教えてやろう。」
サドゥが、マシュが逝き、せめて一太刀と立ち上がる立香を抑えて、この場にいる筈の無い人物が現れた。
ロマニ・アーキマン。
カルデアの司令官代理にして、医療部門のトップで、いつもゆるふわっとした医者で、立香にとっての日常を成す大事な人間の一人で。
10年前、マリスビリーによって召還され、聖杯戦争に参加したサーヴァント。
嘗てソロモン王であった、人間。
「馬鹿が!貴様に何が出来る…貴様には何も出来まい!全てを見ておきながら、何もしなかった貴様に!」
そしてゲーティアが激怒する。
動揺以上に、憤怒を以って嘗ての王、生みの親を憎悪する。
何故なら、ソロモン王と千里眼を共有し、あらゆる悲劇を見てきて、それを無くすために、彼らはこの大事業を始めたのだから。
「最後は自らの宝具で消滅する…それが、ソロモン王の結末だ。」
掲げるのは左手、その薬指に嵌った指輪。
それがソロモン王の、最後の奇跡。
「消えうせろ!『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの』!!」
迫る極光を、ゲーティアを、ソロモンは血を流しながら静かに見つめ、真名を解放した。
「『訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの』。」
それはソロモン王の唯一の人間らしい逸話。
その最後に、己が得た全ての特権を神へと返上したという。
人のものであるべきではない全能の否定、神々との決別。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
咆哮と共に、ゲーティアが、魔神王が分解していく。
七十二柱の結束が解け、ただの魔神、悪魔へと退化していく。
もうゲーティアは、ビーストⅠは全能ではなかった。
「後は君の出番だ。立香君、大詰めを頼んだよ。」
そうして、微笑みながら、ロマニ・アーキマンは消えていった。
もう蘇生も、英霊召還も出来ない完全な消滅を迎えながら、それでも彼は笑っていった。
そして、藤丸立香はカルデアのサーヴァント達と共に、魔神王ゲーティアを討ち取った。
崩壊が始まる玉座、隣にいてくれた二人がいない事を寂しく思いながら、それでも立香は帰還するために走った。
英霊達の多くも座へと帰り、後は生還して終わりという所、最後の最後でまだ立ち上がる者がいた。
人王ゲーティア。
崩壊しながら、定命の者となりながら、それでもなお立ち上がった敵。
「私は今生まれ、今滅びる。何の成果も、何の報酬もないとしてもこの全霊を賭けて、おまえを打ち砕く。―――我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ。どうか見届けてほしい。この僅かな時間が、私に与えられた物語。この僅かな、されど、余りにも愛おしい時間が、ゲーティアと名乗ったものに与えられた、本当の人生だ。」
「分かるよ。同じ立場だったら、僕も同じ事をしただろうから。」
互いに何処か透き通った瞳をしながら、最後の戦いが始まった。
短く、しかし苛烈にして裂帛な戦いが繰り広げられ、次々とサーヴァントは倒れ、人王の体は欠けていく。
その結果、遂に全てのサーヴァントが倒れ、人王の攻撃が立香を捕らえる。
だが、彼はこれだけはと持っていた盾で、人王の最後の一撃を防ぎ切り、
「だあああああああああああァァァァァァァァァァァァ―!!」
令呪の消えたその拳で、人王の霊核を砕いた。
「---見事。いや、全く……不自然なほど短く、不思議なほど、面白いな。
人の、人生というヤツは―――」
そう言って、ゲーティアは今度こそ消えていった。
ロマニによく似た、晴れやかな笑みと共に。
そして、生き残った英雄は、前を向いて走り出した。
後の結末は敢えて語らない。
だが、人類を救った英雄は、最も大切にしていた者の片割れを取り戻し、カルデアへと帰還した。
……………
「わたしの、ねがいは」
頭上から降り注ぐステンドグラスの欠片に一片の意識も割かず、悪魔へと彼女は告げた。
「みんなが、しあわせになりますように」
そこに敵味方も、正邪も、生死も関係ない。
誰もが一度は抱く、穢れない、直ぐに消える儚い夢。
それを、彼女は歪んだ願望器を前に、大真面目に告げた。
本当は、本当は、誰か大切な人と一緒に生きていたいという願いがあったのに、それを捨ててまで、彼女は願った。
この世全ての幸福を、この世全ての悪を担う身でありながら。
”その願い、承った。”
言葉と共に、ステンドグラスが遂に砕け散り、その全てが破片となる。
同時、願いを告げた少女の体が輝き、一つの形へ、杯へと変化する。
そう、彼女こそ願望器。
カルデアが意図せず作ってしまった、欠陥品の願望器。
本来なら、望んだ事全てが叶う筈なのに、ただの一度も叶えられなかった、欠けた器。
”この壊れた状態で何処までいけるか分からんが…”
影が手に取った器は欠け、歪み、中身は刻一刻と漏れ出ている。
”それでも、オレはオレなりにお前の願いを叶えるよ。”
そして、全てが闇の中に消えた。
次で本編は完結。
終わったら番外編やクロスものとかチョロっとやるかも。