マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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最後まで悩んだ、このオチにするかと。
だが、これもまた一つの物語だと思う。


その25 終局特異点 永遠の物語

 そこは黒い地平線だった。

 以前にも見た、見事なステンドグラスが頭上に広がるばかりで、何もない。

 ここは天の逆月。

 かつて有り得ない四日間にあった、繰り返しの基点。

 

 ”よう。よく来たな。”

 

 そこで、黒い影が笑っていた。

 何故だろう、その影に何処か見覚えがあった。

 はて?そもそも、何故自分はここにいるのだろうか?

 

 ”あぁ、もうそこまで崩れてるか。”

 

 落胆した様な言葉。

 どういう意味かは分からなかったが、自分がこうなっている事が残念なのだろうか?

 

 ”此処はお前さんの内面、心象世界だ。オレがいた場所じゃない。”

 

 そう、此処は自分の中身だ。

 暗黒に染まって、希望の一つもない、それでいて人を信じているだけの場所。

 天のステンドグラスも、罅割れ、穴だらけになりながら、それでも人の尊さを語る内容となっている。

 

 ”だが、もう間も無く此処は崩れる。その前に、お前の望みを叶えな。”

 

 見れば、端からステンドグラスが崩れ落ちていく。

 それが全て落ちた時、此処もまた崩れるのだろう。

 

 ”お前という器は現実では1秒も満たずに消える。だが、ここでは少しだけ遅らせる事が出来る。”

 

 それが此処がある理由、彼がいる理由だった。

 最後の最後、希望を残せるかもしれない可能性に賭けたのだ。

 

 ”さ、欠陥品で悪いが、願いを言いな。”

 

 とは言え、願いなんて分からない。

 その元となる記憶すら、もう自分には残っていない。

 ………どうしよう?

 

 ”そこでオレに聞いちゃう!?参ったなー流石にそこまでは…。”

 

 完全無欠に手詰まりだった。

 だと言うのに刻一刻と崩壊は進んでいく。

 いやマジでどうすんのさ?

 君は何か願いとかないの?

 

 ”いや、オレも特にはなー。”

 

 うーん、このグダグダ感。

 

 ”やべぇ…此処に来て完全に詰まった。”

 

 そうこう言ってる間に、どんどん崩壊は進んでいく。

 最早、ここから出る事も出来ない。

 あぁ、そう言えば…。

 

 ”何だ、何かあるのか!?”

 

 そんな期待されても…。

 まぁあるにはあるけどさ。

 

 ”この際なんでも良いから!解釈次第でどうとでもするから!”

 

 今こいつマスゴミ並にクズい発言したぞ!?

 

 ”良いから良いからギブミー願い事!”

 

 あぁもう、最後までグダグダだなぁ…。

 でも、この方が良いのかも。

 最後だからって湿っぽいのは自分達に合わない。

 

 ”そりゃ、今まで散々一緒だったしな。”

 

 あぁ確かに。

 もう、それすら出来ないけど、私は確かに貴方と一緒だった。

 

 ”…これで最後だ。お前の願いは何だ?”

 

 ステンドグラス、その中心にある最後の一枚に致命的な皹が入った。

 もうこの夢も終わりだ。

 余裕は無い。

 

 「私の、願いは」

 

 最後の言葉が紡がれたと同時、逆月は砕けた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ゲーティア、お前に最後の魔術を教えてやろう。」

 

 サドゥが、マシュが逝き、せめて一太刀と立ち上がる立香を抑えて、この場にいる筈の無い人物が現れた。

 ロマニ・アーキマン。

 カルデアの司令官代理にして、医療部門のトップで、いつもゆるふわっとした医者で、立香にとっての日常を成す大事な人間の一人で。

 10年前、マリスビリーによって召還され、聖杯戦争に参加したサーヴァント。

 嘗てソロモン王であった、人間。

 

 「馬鹿が!貴様に何が出来る…貴様には何も出来まい!全てを見ておきながら、何もしなかった貴様に!」

 

 そしてゲーティアが激怒する。

 動揺以上に、憤怒を以って嘗ての王、生みの親を憎悪する。

 何故なら、ソロモン王と千里眼を共有し、あらゆる悲劇を見てきて、それを無くすために、彼らはこの大事業を始めたのだから。

 

 「最後は自らの宝具で消滅する…それが、ソロモン王の結末だ。」

 

 掲げるのは左手、その薬指に嵌った指輪。

 それがソロモン王の、最後の奇跡。

 

 「消えうせろ!『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの』!!」

 

 迫る極光を、ゲーティアを、ソロモンは血を流しながら静かに見つめ、真名を解放した。

 

 「『訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの』。」

 

 それはソロモン王の唯一の人間らしい逸話。

 その最後に、己が得た全ての特権を神へと返上したという。

 人のものであるべきではない全能の否定、神々との決別。

 

 「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 咆哮と共に、ゲーティアが、魔神王が分解していく。

 七十二柱の結束が解け、ただの魔神、悪魔へと退化していく。

 もうゲーティアは、ビーストⅠは全能ではなかった。

 

 「後は君の出番だ。立香君、大詰めを頼んだよ。」

 

 そうして、微笑みながら、ロマニ・アーキマンは消えていった。

 もう蘇生も、英霊召還も出来ない完全な消滅を迎えながら、それでも彼は笑っていった。

 そして、藤丸立香はカルデアのサーヴァント達と共に、魔神王ゲーティアを討ち取った。

 

 崩壊が始まる玉座、隣にいてくれた二人がいない事を寂しく思いながら、それでも立香は帰還するために走った。

 英霊達の多くも座へと帰り、後は生還して終わりという所、最後の最後でまだ立ち上がる者がいた。

 

 人王ゲーティア。

 崩壊しながら、定命の者となりながら、それでもなお立ち上がった敵。

 

 「私は今生まれ、今滅びる。何の成果も、何の報酬もないとしてもこの全霊を賭けて、おまえを打ち砕く。―――我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ。どうか見届けてほしい。この僅かな時間が、私に与えられた物語。この僅かな、されど、余りにも愛おしい時間が、ゲーティアと名乗ったものに与えられた、本当の人生だ。」

 「分かるよ。同じ立場だったら、僕も同じ事をしただろうから。」

 

 互いに何処か透き通った瞳をしながら、最後の戦いが始まった。

 短く、しかし苛烈にして裂帛な戦いが繰り広げられ、次々とサーヴァントは倒れ、人王の体は欠けていく。

 その結果、遂に全てのサーヴァントが倒れ、人王の攻撃が立香を捕らえる。

 だが、彼はこれだけはと持っていた盾で、人王の最後の一撃を防ぎ切り、

 

 「だあああああああああああァァァァァァァァァァァァ―!!」

 

 令呪の消えたその拳で、人王の霊核を砕いた。

 

 「---見事。いや、全く……不自然なほど短く、不思議なほど、面白いな。

 人の、人生というヤツは―――」

 

 そう言って、ゲーティアは今度こそ消えていった。

 ロマニによく似た、晴れやかな笑みと共に。

 そして、生き残った英雄は、前を向いて走り出した。

 

 

 

 後の結末は敢えて語らない。

 だが、人類を救った英雄は、最も大切にしていた者の片割れを取り戻し、カルデアへと帰還した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「わたしの、ねがいは」

 

 頭上から降り注ぐステンドグラスの欠片に一片の意識も割かず、悪魔へと彼女は告げた。

 

 「みんなが、しあわせになりますように」

 

 そこに敵味方も、正邪も、生死も関係ない。

 誰もが一度は抱く、穢れない、直ぐに消える儚い夢。

 それを、彼女は歪んだ願望器を前に、大真面目に告げた。

 本当は、本当は、誰か大切な人と一緒に生きていたいという願いがあったのに、それを捨ててまで、彼女は願った。

 この世全ての幸福を、この世全ての悪を担う身でありながら。

 

 ”その願い、承った。”

 

 言葉と共に、ステンドグラスが遂に砕け散り、その全てが破片となる。

 同時、願いを告げた少女の体が輝き、一つの形へ、杯へと変化する。

 そう、彼女こそ願望器。

 カルデアが意図せず作ってしまった、欠陥品の願望器。

 本来なら、望んだ事全てが叶う筈なのに、ただの一度も叶えられなかった、欠けた器。

 

 ”この壊れた状態で何処までいけるか分からんが…”

 

 影が手に取った器は欠け、歪み、中身は刻一刻と漏れ出ている。

 

 ”それでも、オレはオレなりにお前の願いを叶えるよ。”

 

 そして、全てが闇の中に消えた。

 

 




次で本編は完結。
終わったら番外編やクロスものとかチョロっとやるかも。

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