マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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ちょいと短いですが投下。
後、ちゃんとタイトルにも意味はあります。


その24 終局特異点 叛逆の物語 微加筆

 

 

 カルデア一行が踏み込んだソロモンの居城、冠位時間神殿。

 そこは72柱の魔神全てが揃い、それらによって構成された一つの異界だった。

 カルデア一行の前に現れたレフ・ライノール・フラウロスが以前の雪辱のためと襲い来る。

 だが、一柱程度なら何の問題もなく対処できた。

 だが…

 

 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!無駄だ無駄だ!私は不死身!我々は無尽蔵!この空間全てが我々なのだ!」

 

 幾度打倒してもその度に蘇りながら、フラウロスは嘲笑する。

 お前達の行いは無駄だったのだと。

 カルデアにすら八柱もの魔神柱の攻撃が始まり、施設へとダメージが積み重なっていく。

 

 「我らは常に七十二柱の魔神なり。この大地、この玉座ある限り、我らは決して滅びはしない!」

 

 この空間が存在する限り、魔術王がある限り、相互に補完し合う魔神柱。

 撃破するにはそれこそこの空間ごと七十二柱の魔神全てを消滅させる必要がある。

 だが、それ程の火力は無い。

 それ程の魔力を捻出する資源は、カルデアには無い。

 そして、援軍もまた、無い。

 

 「人類最後のマスター、藤丸立香よ!我々は君達の頑張りを素晴らしいと讃えよう!評価しよう!でも君達は此処で惨めにも無為に終わる!ありがとう、そしてさようなら!」

 

 嘲笑が空間に満ち、カルデア一行が、カルデア職員が、カルデアそのものが諦めに心折れかけた時、

 

 「いいえ、諦めるには早すぎます。」

 

 不意に声が届いた。

 

 「貴方達は決して諦めなかった。結末はまだ誰の手にも渡ってないと、空を見据えた。」

 

 それは何時か何処かで聞いた、炎の中に消えながらも、しかし決して清らかさを無くさなかった聖処女の声。

 

 「さぁ、戦いを始めましょう、マスター。これは貴方と私達の、未来を取り戻す物語なのだから。」

 

 それは、心強い援軍だった。

 フランスで、ローマで、閉じた海で、ロンドンで、アメリカで、中東で、ウルクで。

 巡った特異点で縁を繋げた、ただそれだけを頼りに、時代も出身も宗教も種族も問わない無数の英霊達が、この空間に自ら召喚され始めていた。

 

 「聞け!この領域に集いし一騎当千、万夫不当の英霊達よ!本来相容れぬ敵同士、本来交わらぬ時代の者であっても、今は互いに背中を預けよ!我が真名はジャンヌ・ダルク!主の御名の下に、貴公らの盾となろう!」

 

 救世の旗を翻して、ジャンヌ・ダルクが告げる。

 応える様に、宇宙にも似た時間神殿の空を、幾筋もの流星が流れていく。

 それら全てが英霊であり、この場に駆け付けてくれた者達だった。

 

 溶鉱炉ナベリウスは、フランスで出会った英霊達が。

 情報局フラウロスは、ローマで出会った英霊達とローマ軍団達が。

 観測所フォルネウスは、閉じられた海で出会った英霊達とメディアが。

 管制塔バルバトスは、ロンドンで出会った英霊達が。

 兵装舎ハルファスは、北米で出会った英霊達が。

 覗覚星アモンは、中東で出会った英霊達が。

 生命院サブナックは、ウルクで出会った英霊と神霊達が。

 廃棄孔アンドロマリウスは、変異特異点や悪夢と言った、変な所で縁を繋いでくれた英霊達が。

 

 皆が皆、思うままにこの場に来て、思うままに戦っている。

 人理のため、世界のため、人類のため、我欲のため、怨念のため、恩返しのため。

 戦う理由は様々でも、一つの共通点があった。

 それはたった一人の、自分達を英雄だと言ってくれた人間のための、彼らなりの感謝の証だった。

 その激戦の只中を、カルデア一行は駆け抜けていった。

 その果てに見たのは白銀の草原、空の中心を埋める光帯、純白の玉座。

 遂に、立香達カルデア一行は魔術王の座す光帯の玉座へと辿り着いた。

 そこでロンドンに次いで、立香は魔術王へと問いかけた。

 こんな事をする目的は何なのか、お前は何者なのか、と。

 それに対し、魔術王はこう返した。

 

 曰く、我らは人類を現代から過去へと焼却し、燃料として使用したのだ、と。

 

 決戦が始まる中、それでもなお、立香は問いかける事を止めない。

 それに律儀にも、否、敬意を表する故に、魔術王の遺体に巣食う者が答える。

 

 曰く、己こそ、魔術王の分身にして被造物。

 曰く、人理焼却式、魔神王ゲーティア、と。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「最終防壁に亀裂!このままではもちません!」

 「防壁を修復!不在証明術式の7・11番をぶつけて時間を稼いで!」

 

 衝撃と、怒号と、悲鳴と。

 敵は強大で、自分達は限界で。

 しかし、それでもなお諦めない「良き人々」の声が聞こえた。

 

 「っ、環境維持システムにトラブル!」

 「復旧急げ!管制室を最優先!」

 

 大きな衝撃と共に、身体を守りつつも戒めていたものが解けた。

 不自然に軽くなった身体を起き上がらせながら、目をコフィンへ向ける。

 良かった、まだ壊れていない。

 

 「サドゥ!ダメだ、寝ていないと…!」

 

 ドクターが、うぅん、王様が焦りながら気遣ってくれる。

 けど、もう終わりだって分かっているから、そのまま起きる。

 もう足の裏の感覚すら小さくて、立ち歩く事も難しい。

 

 “しゃーねーな。これで最後だぞ。”

 

 ありがとう、アンリマユ。

 心中でそう呟くと、辛うじて残っていた呪詛が足をコーティングして、何とか走れるようになった。

 本当の意味でのサドゥ・キリエライトは、初めて己の意思で歩み始めた。

 

 “もうお前の中にはアイツの要素は無い。この前ので使い切っちまったからな。だから、今のお前はもう一人だけだ。”

 

 わたしを構成するパーツだった、あの人はもういない。

 前の戦いで、私の代わりに消えてしまった。

 もう死への道連れはおらず、ただ一人で私はここにいる。

 でも、今はまだこの内に、アンリマユがいてくれる。

 

 「行かせよう、ロマ二。」

 「レオナルド…。」

 

 ダヴィンチちゃんが言うと、王様は無念そうに俯いた。

 あぁ、別にそんな顔をしなくても良いのに。

 

 「今までありがとう、ドクター、ダヴィンチちゃん、カルデアの皆さん。」

 

 本当に、ありがとう。

 

 「私、逝くね。あの二人の所に。」

 

 でも、私の死に場所はここじゃないの。

 

 「あぁ、いってらっしゃい。」

 

 そして私は、カルデアにさよならをしました。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 その正体を現したグランドキャスター…否、ビーストⅠにして魔神王ゲーティアは宣言する。

 

 「この星は始まりからして間違えた。終わりある生命を前提とした狂気だったのだ。」

 

 人間とは死を克服できず、延々と悲劇と喜劇を繰り返す、救い無き醜い生命。

 例えどれ程生き残っても、それ以上にはなり得ないなら、未来にもまた価値は無い。

 故に、人類史3000年分の熱量を以て、この星の誕生の瞬間へと旅立ち、自らがこの星そのものと成り、そこから全てを創り直すのだ、と。

 それが魔神王ゲーティアの、ソロモン七十二柱の魔神達の結論だった。

 そして生まれたのがあの光帯、人類3000年分の熱量の収束。

 その力は既に主であった魔術王ソロモンを超え、真に全能であり、この星を統べる資格すらある程だった。

 そして、光帯が稼働する。

 最後のマスター達を消滅させんと、起動を開始する。

 

 「マシュ・キリエライト。人によって作られ、じき消えようとする命よ。共に人類史を否定してくれ。我々達は正しいと告げてくれ。」

 

 その前に、ゲーティアは最後の迷いを振り切ろうと手を伸ばした。

 

 「ただ一言、よしと言え。その同意を以て、共に極点に旅立つ権利を与えよう。」

 

 その言葉に、立香は確かにゲーティアの本質の一旦を掴んだ。

 ビーストⅠ、憐憫の獣の想いを。

 

 「確かに死が約束されている以上、生存は無意味です。私は貴方の主張を否定する事はできません。」

 「では…。」

 

 僅かな期待。

 だが、それは間違いだ。

 それでも、と彼女は言う。

 

 「――でも、人生とは生きている内に価値の分かるものではないのです。死の、終わりの無い世界には確かに悲しみもないのでしょう。」

 

 命と、死と向き合ってきたが故に、

 

 「でもそれは違います。永遠に生きられるとしても、私は永遠なんて欲しくない。何故なら…」

 

 彼女は恐れながらも、穏やかに微笑んで魅せた。

 

 「私が見ている世界は、今此処にあるのです。例え私の命が瞬きの後に終わるとしても…それでも私は、一秒でも長く、この未来をみていたいのです。」

 「うん、よく言えたね、マシュ。」

 

 そして、漸くいつもの三人が揃った。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 走る、駆ける、疾走する。

 最早肉体の崩壊は止まらない。

 一歩踏み出す度に、何処かが崩れ、欠け、消えていく。

 もう限界だ、痛覚すらない、消滅していく。

 それでも、まだ動ける。

 例え、否、最早10秒先の死が確定していても、私はあの二人と最後まで一秒でも長く共にありたい。

 

 “あぁ、それでいい。例え悪でも、それでもなお人間って奴は善を持ってるもんなんだ。”

 

 アンリ・マユは告げる。

 それは例え、「獣」であっても例外ではない、と。

 

 八の戦場を駆け抜けて、擦り抜けて、遣り過ごした。

 片腕を失い、魔術回路を全損し、色覚・味覚・痛覚は完全に消えた。

 それでも駆け抜けた先で

 

 「うん、よく言えたね、マシュ。」

 

 漸く私は、二人の下に辿り着いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「我々の慈悲を一度は受け入れた者が、今更何用か?その死に体で、何ができる?」

 

 憐憫の獣が嘲笑する。

 既にサドゥは彼らの慈悲を拒み、マシュの様に連れていく事も出来ない。

 何故なら彼女は原罪そのもの、ビーストⅢとなるであろう存在。

 故に完璧な生育環境として設計された惑星へと連れていく事は出来ないのだ。

 全能である筈のゲーティアをして、彼女を救う事は不可能であり、故にこその呪いだった。

 

 「ううん、私は良いの。ただ、お別れとお礼を言いに来たの。」

 「サドゥ…?」

 

 普段よりも無垢な、唯の少女の様な物言いに、立香が困惑する。

 彼女はこんな、曇りなく微笑む少女だったか?

 彼女はこんな、フランスのマリーやオケアノスのアステリオスの様な、別れの雰囲気を持った少女だっただろうか?

 

 「ありがとう、ゲーティア。私は貴方のお蔭で、本当に穏やかに眠る事が出来た。そして、お礼に貴方の間違いを指摘します。」

 「何…?」

 

 その言葉に、全能の筈のゲーティアが困惑する。

 間違い、間違いだと?

 このソロモンすら超えたゲーティアに!?

 

 「貴方の憐憫は、確かに人への愛から生まれたもの。人へと期待し、信じたからこそ、貴方は人が苦しむ姿に耐えられなかった。それを無くそうとするのは正しいけど…貴方のそれは、苦しみから目を反らしただけ。貴方はただ、愛し方を間違えた。」

 

 自分が言うべき事ではないと知りながらも、刻一刻と死に近づきながらも、微笑みながら告げる姿は、まるで聖女の様だった。

 

 「―――第三宝具の準備が整った。惑星を統べる火を以て、人類終了を告げよう。」

 

 その言葉を、ゲーティアは振り切る様に告げた。

 

 「さらばだ。藤丸立香、マシュ・キリエライト、サドゥ・キリエライト。」

 

 宣言と共に、光帯の輝きが増していく。

 

 「お前達の探索は、此処に終末を告げる!お見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉…我が大業成就の瞬間を!」

 

 聖剣を遥かに超えた極光が満ちていく。

 

 「第三宝具、展開―――芥のように燃え尽きよ!『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの』!」

 

 この星に属する者である限り、その光には絶対に勝てない。

 

 「先に逝くね、マシュ。」

 「はい、姉さん。後は私に任せて下さい。」

 

 そう言って、サドゥは駆け出す寸前に、立香へと振り向いた。

 

 「さよなら、立香。」

 

 その笑みが余りに綺麗だったので、立香は制止の言葉すら告げられなかった。

 

 「魔神王ゲーティア、先輩の旅はここで終わりません!何故なら、この人の旅は、まだ始まったばかりなのですから!」

 

 妹の啖呵を背に受け、天からの本当の極光を前に、サドゥは自ら突っ込んだ。

 既に死に体で、何の戦闘能力もない彼女には、それ位しか出来ないからだ。

 だが、人間一人の質量など、その膨大な熱量の前には意味は無い。

 だから、普通じゃない手段を使う。

 

 (今までありがと。さようなら、アンリ・マユ。)

 “あぁ、さよならだ。”

 

 「『この世全ての悪』――!」

 

 第三宝具の真名解放。

 欠けて今にも砕けそうな器、その中にいるアンリ・マユ。

 彼が持つ権能に近い性質「悪性を請負う」と言う、人柱、生贄としての性質。

 それを最大限に発揮して、人類3000年分の熱量の内、悪に属するその半分を己のみに向け、完結させた。

 

 「    」

 

 微笑みながら、声は音に成らず、閃光の中に掻き消える。

 塵一つ残さず、サドゥ・キリエライトは消滅した。

 

 「『今は遥か理想の城』ォ――――ッ!!」

 

 だが、半減しても1500年分の熱量なのだ。

 通常の、この星に存在するあらゆる魔術的防御、物理法則では防げない一撃。

 それこそ、自身を理想郷へと置く事であらゆる干渉を防ぐ「騎士王の鞘」にしても、理想郷が焼かれた現在、使用不能だ。

 

 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァッ!!」

 

 だが、マシュの守りは精神の守り。

 その心に穢れも迷いも無ければ、その守りは溶ける事も、罅割れる事もない、真に無敵の城塞となる。

 ただ一度だけながら、彼女はこの熱量を防ぐ事が出来るのだ。

 だが、それは…

 

 「…良かった。これなら何とかなりそうです、マスター。」

 

 盾を己が全てを削り切ってでも支えながら、マシュが話す。

 

 「今まで、ありがとうございました。」

 

 これが最後だと知っているから。

 

 「先輩がくれたもの、少しでもお返ししたくて、弱気を押し殺して旅を続けてきましたが…。」

 

 その目は光に焼かれ、もう何も見えていない。

 それでも、見えているものがあった。

 

 「此処まで来て、私は自分の人生を意義あるものだったと実感できました。この最期の瞬間に、漸く。」

 

 まるで夢見る乙女の様な、彼女は告げる。

 

 「でも、ちょっと残念です。私、守られてばっかりだったから…最期に一度位、先輩のお役に立ちたかったな…。」

 

 振り返り、誰よりも大切な人へと振り返る。

 

(あぁ、この人と出会えてよかった。)

 

 切っ掛けは些細で、あれほどの戦いをしながら。

 それでも、彼女の感謝の念は全く足りていなかった。

 そして、立香がいたからこそ、彼女は立ち上がれたのだ。

 

 「―――終わりだ。やはり、予定通りの結末だったか。」

 

 肉体は極光の中に消えた。

 しかして、その心は何者にも侵されず、雪花の盾は欠ける事なく、ただ一人の主を守り続けた。

 故に、彼女は勇敢な戦士でも、物語の主役でも、況してや英雄でもない。

 ただの、極普通の、大好きな人の前で頑張れる、女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この場面を書きたいがために、この作品は存在した。

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