マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

22 / 43
この話で第七を終わらせる予定だったんですが…もう少しだけ続きます。


その22 第七特異点 || 

 

 カルデア設立当初のアニ厶スフィア当主マリスビリー・アニ厶スフィアは、手段こそ不明なものの、人理焼却と言う未曾有の大災害を事前に察知しつつも、有効な手を打てていなかった。

 

 英霊召還は失敗続き、英霊に迫る兵器の開発も滞っていた。

 兵器ならアトラス院があるし、英霊召還も本当に必要ならアラヤが勝手にやってくれると言う意見も根強く、資金を入手し、施設を設置してまでも備える必要を、多くの魔術業界関係者が感じなかったと言うのもあった。

 端的に言って追い詰められていた彼は、独自の方法をとる事は諦め、既存の方法を取る事で妥協した。

 即ち、自身も参加した聖杯戦争の模倣だった。

 システムの根幹を成す大聖杯、賞品として渡される小聖杯。

 7騎の英霊の分け身たるサーヴァントを生贄とした、世界の外側への孔を開ける儀式。

 無論、聖杯なんて作るつもりはない。

 模倣するのは英霊召還術式及びサーヴァントを現世へ繋ぎ止める一連の契約システムだ。

 自身が優勝したのを良い事に、マリスビリーは手に入れた小聖杯のみならず、殆ど管理されていない大聖杯すら間桐の妨害を退け、その一部だけとは言え解析に成功、模倣する事に成功したのだ。

 とは言え、材料となる冬木の聖女も無ければ、アインツベルン程の高度な錬金術も無い。

 なので、そのシステムの多くは現代でも資金さえあれば用意できるものに代替された。

 大聖杯はカルデアに用意された霊子演算装置トリスメギストスで術式を演算・行使し、サーヴァントの維持のための魔力は電力を変換して賄いつつ、マスターと英霊の契約を補佐する。

 そして、召還のハードルと維持費用を低く抑えるため、敢えて最初は霊基を弱体化した状態で召還し、その後に必要ならば改めて霊基を強化するか、魔力へと還元する事で面倒を減らす事で運用性を向上させたシステム・フェイト。

 これは後に基盤に多くの高名な騎士達が集った円卓そのものを置く事で漸く実用段階での完成を見た。

 そして、英霊を現世に留める楔にして、同時に現界のための器として、デミサーヴァントの作成。

 この計画が成功すれば、英霊は成長可能な器を得る事で生前の限界を突破し、契約が無くとも行動可能となり、ある程度は魔力も自己生産可能で、更に単独行動すら可能となる。

 だが、デミサーヴァント計画は失敗続きだった。

 入手した優秀な魔術師の生殖細胞を組み合わせ、受精卵の段階から改良し、英霊の器としての機能を盛り込む。

 しかし、一度たりとも成功せず、その多くは不定形の肉塊にしかならなかった。

 故に、マリスビリーは英霊を納める器、即ち小聖杯に着目した。

 既に大聖杯の模倣に一部とは言え成功していた事もあり、彼は躊躇なくその構造を解析し、模倣に成功した技術を受精卵への調整にフィードバックした。

 結果、英霊を納められる肉体を持った人間の製造、その第一号に成功した。

 それが後にサドゥ・キリエライトと呼ばれる個体だった。

 だが、この時、マリスビリーはとある過ちを犯していた。

 彼が解析に成功したのは、あくまで一部であり、全てではない。

 そもそも、アインツベルンの千年を超える妄執を、天才だったとは言え一人の魔術師が十年にも満たない期間で解析し切れる筈も無かったのだ。

 彼は英霊を納める器としての機能と英霊を燃料にする願望器としての機能を切り離す事が完全には出来ず、一部だが盛り込んでしまったのだ。

 結果として、サドゥは英霊を納める器にして、一部だが小聖杯としての機能も持ってしまった。

 無論、そのままでは機能する事は無いし、研究の進行と共にオミットされるであろう部分だが、そこまで行く前にマリスビリーは自殺した。

 だが、今確かな事は一つある。

 

 サドゥ・キリエライトは、小聖杯として完成してしまった。

 

 最初は欠けた器で、実験開始と共に死んでいた筈だった。

 だが、幸運にも生き残ってしまった。

 次に本来呼べない筈の亡霊を立て続けに呼び、器に納めた。

 しかし、偶然にも変質するだけで生き残った。

 三つ目に、有り得ない場所である特異点に幾度も、中長期に渡って訪れた。

 なのに、幸運故か、生き延びた。

 四つ目に、変質した器が、それに適した燃料である怨念や呪詛を無分別かつ膨大な量を集めてしまった。

 それでも、運よく欠けていた器そのものの強度を増す事に成功した。

 五つ目に、ケイオスタイドと言う虚数へと身を浸し、身体を汚染・再構築されかけた。

 だと言うのに、その意識は決してティアマトへと迎合しなかった。

 それどころか、心底憎悪し、己を産もうとする母胎を殺害しようとすらしている。

 

 多くの幸運と偶然、そして選択の果てにサドゥ…否、真正のサーヴァント・アヴェンジャー:アンリ・マユはケイオスタイドを逆に自らの呪いで汚染し返した。

 嫌悪、憎悪、憤怒を以て、その精神を創生の泥から引き剥がし、原初の母を殺すに足る肉体を構築し、本来無い筈の宝具の一つを獲得するに至った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『■■■■―!!』

 「あああああぁッ!」

 

 サドゥが下腹の傷から上を目指し、双剣を突き立てては新たな投影を繰り返しながら体表を駆け上がる。

 駆け抜けた後は禍々しい双剣が無数に突き立つ茨の道そのものであり、それに続く様に無数の獣達もその爪を突き立て、或いは双剣を足場にしながらティアマトの全身へ無作為に散らばっていく。

 

 『おのれ人間風情が!親衛隊、迎撃せよ!母を守れ!』

 『了解!了解!各員集結!』

 

 だが、それを黙って見ている訳がない。

 ティアマトによって生み出された最後の魔獣ラフム。

 その中でも成長し、言語や高次の精神活動すら可能となった親衛隊達が集結し、母を害する者達を駆逐せんと殺到する。

 

 「邪魔ぁ!」

 『ぬぅ!?』

 

 だが、先陣を切った個体はサドゥに一刀の下で斬り捨てられた。

 多くの獣達と交戦に入った他の成長途中のラフムも含め、その多くが圧され、防衛し切れていない。

 黒い獣は飛べないので、地の利はラフム達にあるのだが、根本的な相性という面で、獣達はラフムの天敵だった。

 進め進め進め、根絶やしにしろ、塵殺にしろ、肉片の一つとして残すな。

 そんな憎悪を纏った集団が己の身を這い回る事を、ティアマトは許さなかった。

 

 『■■■■■■■■―!』

 

 歌声にも聞こえるその咆哮に、ティアマトに爪でしがみ付いている獣達の半数近くが成す術もなく叩き落され、墜落死する。

 だが、刻一刻とラフムと同等の規模で湧き出す獣達全てを叩き落す事は出来ない。

 

 『■■■■■■■■―!』

 

 故に連射する。

 バラバラと、その巨体から蟻の様に獣達が落とされては這い上がり、また落とされる。

 

 「こ、の…!」

 

 こうなると、不利なのはアンリマユである。

一見無尽蔵に見えるが、彼女達には限界が存在する。

 今まで貯蓄していた呪詛を燃料として消費する事で高いステータスと宝具の発動を負担しているのだ。

 確かに、人類が滅ばない限り、獣を無制限で発生させる事が出来る。

 だが、現状の人類が少ない神代、つまり人間の生み出す呪詛の少ない環境では、その効果は落ち、弱体化を免れない。

 星の寿命が迫り、人類が過剰に発展した現代なら兎も角、この神代という環境なら、神代に即したティアマトの方が上回るのだ。

 故に現状は、手を付けられなかったティアマトに対し、あくまで「戦える状態になった」に過ぎない。

 

 『■■■■■■―。』

 

 まるで小虫を叩く様にティアマトの左手、巨大な掌が体表をはいよるアンリマユを打撃しようと迫る。

 

 「――投影、開始。」

 

 だが、それを座して見る訳がない。

 先程下腹を割いた時の様に、巨大な双剣を迫り来る掌に対してつっかえ棒となる位置に投影する。

 ザシュリと、肉を裂き、骨を貫く音と共に、ティアマトの掌が双の巨剣に貫かれ、その足元のケイオスタイドを滝の様に流れる鮮血が染め上げる。

 だが、それだけでは終わらない。

 小山程の質量を持った掌を串刺しにされてなお、ティアマトは今度は右手を左手目掛けて振り下ろしていく。

 

 (不、味…!)

 

 それを宝具であり、分身でもある獣達の視界から察知する。

 現状、それを防ぐにはもう一度巨大な双剣の投影しかない。

 だが、彼女の投影魔術のランクはEであり、巨大質量の投影は連続で行使できない。

 

 (駆け抜ける…!)

 

 分が悪いなんてものじゃないが、現状可能なのはそれしかない。

 だから、前方から迫るラフムの群れに敢えて突貫、それを突破せんと切り込んでいく。

 これだけの巨大質量、そして人ならざる存在からの攻撃、直撃すれば撃破は必至。

 だが、立ちはだかったラフムは知能も高く、連携や技量はないものの、個々の能力が魔神柱と匹敵する親衛隊だった。

 それらを切り捨て、切り捨て、切り捨てて、何とか突破せんと双剣を振るう。

 そして、後少しで突破できるという所で

 

 「よし、突p」

 

 ラフム達が一斉に自爆した。

 

 「   !?」

 

 魔神柱クラスの存在が12体、それらが内包するエネルギーの一斉起爆に、サドゥは成す術もなく吹き飛ばされた。

 悲鳴すら漏らせず、吹き飛ばされ、安全地帯から弾き飛ばされた。

 辛うじて墜落死を免れるため、ティアマトの体に双剣を突き立てて身体を固定するも、そこは既に死地だった。

 迫りくる巨大な天井、否、巨大な掌に、死を免れるため、或いは少しでも多く、長くティアマトを傷つけるために魔術回路を限界まで酷使して投影を…

 

 『サドゥに告げる。こっちに戻ってきて。』

 

 行使する前に、辛うじて残っていたラインから告げられた声に、サドゥは空間を超えた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (あれ、何この状況?)

 “オレに言われてもなぁ…。”

 

 何故か令呪で帰還早々、目の前にガチ激怒状態で仁王立ちするマシュがいました。

 助けを求めて視線を巡らすと、サーヴァント達の多くは気まずげに目線を反らし、一部は愉悦そうにこちらを眺めている。

 では立香なら…と一縷の期待を込めて視線を向けたが、直ぐに戻した。

 だって顔は笑顔なのに、目が一分たりとも笑ってなかったんだもん(震声

 

 「姉さん、私は怒っています。」

 「あ、はい。」

 

 それは見れば分かります。

 

 「あの偽エルキドゥさんに攫われてから、一切連絡も取れず、今の今まで何処にいたのかと思っていたんですよ?だと言うのに最悪の状況の中で唐突に変な場所から現れて…。」

 「大変申し訳なく感じ「言い訳は聞きたくありません。」

 

 じゃぁどないせいと。

 

 “ぷークスクスw”

 

 アヴぇさんテメェ!

 

 「姉さん?」

 「はいすみません。」

 

 石畳の上で綺麗に土下座する。

 あの、王様?そこでマジで腹筋吊る位笑わないでくださいませんかねぇ?

 

 「はぁ…まぁ良いです。姉さんが割としっかり者の様でうっかりなのはいつもの事ですので。」

 

 ほっ、漸く終わった

 

 「じゃぁ次は僕だね。」

 

 訳がなかった。

 うん、しってた(白目

 

 「サドゥ、君は今回の件で三つの問題を起こした。」

 

 立香はまるで裁判でもしているかの様に、丁寧に問題を掘り起こしていった。

 

 「一つ、撤退時に勝手な行動を取った事。あの場面は兄貴に任せれば、牛若丸共々無事に帰還できた可能性もあったのに、独断で殿を務めた事。

  二つ、連絡は仕方ないとして、何とか脱出できたのに、直ぐに連絡せず、合流もしなかった事。

  何より三つ目が…」

 

 そこで、何か痛みを堪える様に息をつめて

 

 「また一人で戦おうとした事。」

 

 それは立香の、マシュの悔いだった。

 あのロンドンでの最後の戦い。

 魔術王に良いようにしてやられ、サドゥが眠りに就いたあの日。

 それは間違いなく、二人にとっての傷だった。

 

 「ねぇサドゥ。僕達はそんなに頼りない?」

 「ううん、そんな事ないよ。」

 

 ただ、あの原初の母神は自分にとって怨敵なのだ。

 それを前にして、戦えば殺せた所で間違いなく死ぬと分かっていても、挑む以外の選択肢は無い。

 

 「でも、私はアレが許せないから、挑む事しか考えられないの。」

 「そっか…。」

 

 少し寂しげな表情に、申し訳なさを感じる。

 だが、これは外せない事だった。

 

 「なら、次は皆で挑もう。まだ足止めが必要みたいだから。」

 「うん。今度は一緒に。」

 

 そう言って、差し出された腕を握って立ち上がる。

 しっかりこちらを支えられる筋力とごつごつとした感触に、立香もまた旅の最初の頃とは違って成長しているのだと実感する。

 自分の様な後ろ向きとは違う、前を向いて足掻き続けられる人間の手だった。

 

 「む、お二人だけでずるいです。勿論、私も一緒に行きます。嫌と言われても一緒です。」

 「あははは。ならマシュも一緒に行こう。三人ならきっと怖くないよ。」

 「マシュがいれば、立香も安心だね。」

 「はい!先輩と姉さんは、私がこの盾にかけてお守りします!」

 

 ふんすと鼻息も荒い妹の姿に、不思議と先ほどまで憎悪に曇っていた心が晴れていた。

 ウルクの中心たるジグラッド、その頂上からはやや遅くなったものの、それでも依然として進行してくるティアマトの姿が見える。

 見れば、既に召還済みだった獣達は残らず駆逐され、ラフム達も増加の一途を辿っている。

 

 (で、後どの位いけるの?)

 “獣の生産なら問題ないぜ。ただ、大技に関してはあのかーちゃんに有効になる程となると…一発が限度だ。”

 (十分。)

 

 さぁビーストⅡ、ウルクを滅ぼしたくて仕方ないんだろ?

 なら来い。

 近づいてきた所を、その喉笛に食らいついてやる。

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 “うっし、一番の山場は超えたな。” 

 

 “本当なら、ここで本物のビーストに成り果てるのが一番の懸念だったんだが…”

 

 “外向きになるだけじゃなく、上手くティアマトの方に向いてくれて助かったぜ。”

 

 “後の問題は最後だが…まぁ、これ以上は何もできねぇなオレは。”

 

 

 

 

 




なお、以前ナイチンゲール召還して子供鯖sと共に治療した上で、ここで令呪で撤退させてなかったらビースト化してました。

以下、ビースト時のマテリアルの一部





 其は人の生み出すあらゆる悪性の受け皿。
 人が存在する限り、永劫に誕生と肥大化を繰り返す悪神アンリマユ。
 人が生み出し、人が望み、人を信じる純粋悪。
 彼女は自らが悪を担う事で、人が善であると無垢に信じているが故に、求められるままに悪を成す。
 故に人は決して彼女を殺す事は出来ない。
 自らの悪性を捨て去らない限り、自らが滅びない限り、永劫に。

 以上の信仰を以って、彼女のクラスは決定された。
 元々、拝火教の悪神なぞ偽りの名に過ぎない。
 其は人間が捨て切れなかった原罪の化身。
 人が人である限り、永劫滅びぬ大災害。

 その名をビーストⅢ。
 七つの人類悪の一つ、「狂信」の理を持つ獣である。
 (自らがこれ程醜悪なら、人類はきっと想像もつかない程に素晴らしいに違いない。
  それが彼女の狂信=獣性である。)




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。