「じゃぁ皆、準備は良いかい?」
「うん」「はい」「…うん」
それぞれ装備をしっかりと整えた状態で、一同は司令官であるロマンにそう返した。
既に立香はカルデアに来た当初の子供ではなく、マシュもまたデミサーヴァント化実験の失敗作ではなく、サドゥもまたモルモットではない。
三人が三人とも、戦闘に関して、特異点修復に関して、相応の経験を積んできた。
そうでなければ、生き残れなかったとも言えるが…。
「これが最後の特異点だ。そして、ウルクの聖杯を獲得し、魔術王の玉座の座標を得れば、即ち魔術王との決戦の始まりだ。」
一拍置いて
「必ず成功させよう。どうかこの旅の終わりに相応しいものに。」
この一年の苦難の旅における、最後の旅。
だが、それで終わりにはさせまいと、カルデアの全員が自分なりに気合を入れていた。
「うん。行こうか、マシュ、サドゥ。」
「はい!行きましょう先輩!」
「…うん、行こう。」
言葉少なに、三人は最後のレイシフトを開始した。
……………
『いやー、一時はどうなるかと思ったけど、割と何とかなったね!』
「この状況にその発言ですか…一遍死んでみますかドクター?」
「………。」無言で拷問の用意を始める
『ごめん。流石に悪ふざけが過ぎた。』
カルデア一行がレイシフトした筈のウルク。
しかし、その地に張られた結界により弾き飛ばされたカルデア一行は、場違いな場所へと緊急着陸してしまう事となった。
辛うじて発動の間に合ったマシュの宝具により、全員が無事だったが、土地勘のないまま、ウルクを目指して進む事となった。
道中、襲い掛かって来た多くの魔獣を返り討ちにして素材にしつつ、野良サーヴァント(と思われていた)エルキドゥと接触、途中で魔獣が埋め尽くす絶対魔獣戦線バビロニアを遠目に納めつつ、ウルクまでの迂回ルートを案内してもらったのだ。
かなり遠回りでドンドン遠ざかっていく事に不審を抱きつつも宛てもないカルデア一行はそのまま同行していたのだが…遭遇したフード姿の少女と男の二人組によって馬脚を現わしたエルキドゥと交戦に入った。
流石は最古の大英雄の片割れと言うべきか、凄まじい戦闘能力でカルデア一行すら窮地に陥りかけたので、フードの男ことマーリンによる空間転移によって難を逃れた。
そしてつい先程まで、ウルクで英雄王ギルガメッシュと会談していたのだが…
「見事に相手にされませんでしたね…。」
そう、そうなのだ。
祭祀長のシドゥリと言う女性(恐らく神性持ち)の取り計らいで、何とかこのウルクにカルデア領事館を開設する事に成功したのだが…
「…先ず、見てほしいのだと思う。ローマと、同じ。」
「うん。僕もそう思う。」
このウルクを、そこに住まう人々を、その暮らしを、それらを守ろうとする人々を。
それらを体験として見聞きして初めて、自分達は此処で戦う事になるのだと思う。
『先ずは地道にって事かぁ…。まぁ仕方ないね。取り敢えず、今日の所はもう休もう。霊脈の確保はもう出来たのだし、物資の輸送なんかは明日行う事にしよう。』
「…ドクターも、お休みなさい。ダ・ヴィンチちゃん、お願いします…。」
『任せ給え!さぁロマニ!もう交代の時間なんだからほら管制室から出た出た!』
『あぁ!?なんか最近ボクの扱いって毎回こんな感j』
プツリと切れた通信で、一気に室内に静けさが満ちる。
とは言っても、そこそこ広いこの建物、未だに広間の方では酒好き英霊による呑み会が行われているので、喧騒が無くなった訳ではない。
ただ、外は遥かに静かで、灯りはあっても既に街は寝静まっていた。
そもそも、ギルガメッシュ王や兵隊は別として、余り灯りをつけて夜更かしすると言う文化はこの時代には殆ど無いのだろう。
「じゃぁお休み、二人とも。」
「はい。お休みなさい、先輩。姉さんも。」
「…お休み、また明日…。」
そして各自が割り振られた部屋へと入っていった。
(私は悲しい、妹が姉じゃなく想い人を優先している事に…。)
“ポロローンってか?”
トリスタン卿の物まねコントをしつつ、サドゥはいつものアヴェさんとのお喋りに入った。
“で、バレなかったのか?”
(まぁ今はまだ、って所かな?)
最近、喉や手足の先だけじゃなく味覚や色覚にも異常が出てきた。
味覚は鈍り、余程味の濃いものでしか感じられなくなり、色覚は段々と無彩色に近づいていた。
“カルデア側も多少は把握してるだろうが、それでも全部じゃねぇんだろ?”
(うん。あくまで一般的なバイタルデータだからね。)
心拍数や血圧に体温、魔力や魔術回路、呪詛や瘴気なんかを検出して普段の数値と比較して異常を把握している。
通常の状態から既に異常をきたし、更には感覚器官の不調と言う周囲の人間には分かり難いものなら、尚更把握は無理だろう。
(まぁ鯖の人達なら何かおかしい位は思ってるだろうけどね!)
“まぁーしゃーないな。あいつら軒並み超人揃いだし。”
取り敢えず、実験の経験及び感じからして「第七特異点の間は辛うじて保つ」だろう事は分かる。
だが、それが終わった途端に死んでもおかしくはなかった。
寧ろ…
“まだ死んでないのはオレと魔術王殿に感謝しておけよ?じゃなけりゃ確実に第六の辺りでおっちんでるぜ?”
(うん、そこら辺は本当にありがとう。)
要は肉体を一時とは言え仮死状態にする事で、延命を図ってくれていたのだ。
特に先日までやっていた催眠療法?ではそのお蔭で、稼働時間を節約できたのだ。
短命を設定された身でも、そのお蔭でまだ辛うじて動けていた。
“まぁ難しいのは明日だな。そら寝ろほら寝ろさっさと寝ろ。”
あいあい、お休みー。
そんな事を脳内で呟きながら、サドゥは日課の様にこのまま覚めない事を祈りつつ、意識をあっさりと眠りへと沈めていった。
……………
“さーてと…あの蛇女やかーちゃん相手に何処までいけるのやら…。”
自らの器となった魂を穏やかに見つめながら、この世全ての悪は一人愚痴った。
“あの後輩がなぁ…まぁ才能あんのは分かってたが。”
やれやれと肩を竦めた様な気配を出しつつ、アンリマユはその真名に似合わぬ思考を続ける。
“とは言え、此処が最後の分水嶺だ。ここで間違えればもう無理だ。だけど…”
アンリマユは思う。
人の悪性を認めながら、それでも善性を尊ぶ悪役は人を想う。
“お前が本当に一人の人間になるには、それが必要なプロセスなんだ。”
……………
「良かったのかい、彼女を送り出して?」
ダヴィンチの工房に、その部屋の主の声が響いた。
「えぇ。司令官と彼女自身が決めた事ですから。」
それに応えるは真紅の軍服に豊かな肢体を包んだ女性、ナイチンゲールだ。
「彼女は既に限界です。戦闘行為を含めれば、どう考えても一月保ちません。催眠療法のお蔭か、精神は持ち直した様ですが、同時に肉体の崩壊も一時的に停止していたようです。」
「非常識だね全く。万能の天才である私がこうも手を拱くとは。」
レオナルド・ダ・ヴィンチ。
天才の名を恣にした彼?彼女?にこう言わしめる位には、サドゥと彼女の中の英霊は異端であった。
「エミヤもカッ飛んではいたけど、これはまた別方向だね、どうにも。」
「とは言え、出来る手段は取ります。彼女が旅を継続するにあたって、医療面でのサポートは欠かせません。」
「とは言え、君を行かせる訳にはいかないよ?当面は投薬だけにさせてもらう予定だし。」
ナイチンゲールの存在意義とも言える患者の治療に、しかし、待ったがかかった。
生前の彼女ならそんなものは放置して突っ切る所だが、今は生憎と司令官の指示の下で活動しているのだ。
明確な指揮系統の維持の大切さを(同時に短所も)知りながら、その妨害をする様な真似は自分からは出来なかった。
「まぁもしもの時となったら、それこそお願いするだろうね。」
「分かりました。今はその様にいたしましょう。」
「うん。んじゃお休みー。」
こうして、ウルクでの目まぐるしい日々、その最初の一日が過ぎていった。
「まぁ余り酷い様ならば私も行きますが。」