第六特異点、中東にて
その多くを占める砂漠をダヴィンチ特製のオーソニプターに搭乗しながら、立香の思考は目の前の旅とは別の方に向けられていた。
『オレらを第七に連れてく事だ。それが数少ない勝ち目であり、この女の治療法でもある。』
サドゥの中に在る反英霊の言葉。
それが喉に刺さった小骨の様に、立香の中に在った。
『別にコイツをどうでも良いって言うなら、連れていかないのもアリだ。勝ち目って言ってもそう高いもんでもなし。それを選ぶのはアンタらで、オレでもコイツでもない。』
『好きにしな。オレ達はそのどっちでも良いぜ。』
「…少し考えさせて。」
そう返すのが精いっぱいだった。
何せ彼らが、立香が背負っているのは人理修復なのだ。
個人の我を通す事で、もし失敗してしまったら…。
そう思うとどうしても二の足を踏んでしまう。
これに関してはナイチンゲールも難しい顔をしていたので、後ろから撃たれる心配が無かったのは安心だが。
「難しいですね。これは小を救うために大を危険に晒す事でもあります。可能な限り多くを救うのが当然なのですが…。」
それで一人の患者を斬り捨てたくはない。
苦悩を滲ませながら、言外にナイチンゲールはそう告げた。
「…難しいね、これは。君がどちらを選んでも最大限のバックアップは約束するが、もし決められないと言うのなら僕に言ってくれ。指揮官としての責務を果たす。」
ロマニもまた、苦悩と悲哀を滲ませながら、しかしきっぱりと告げた。
恐らく、彼はしたくも無い選択をするのだろう。
今もなお、立香は悩んでいる。
何が正しいのか、正しくないのか。
何が良くて、何が悪いのか。
「おいおい、随分と難しい顔をしてるね?」
それを運転していたダ・ヴィンチが茶化す様に声をかけてきた。
「大方サドゥの事で悩んでいるのだろうけど…まぁ無駄だと思うよ。」
「無駄って…そんな言い方」
流石にムッとしたが、ここで口以外の何かを使う気は流石にない。
と言うか、ダヴィンチちゃんは運転手であり、下手な事をすれば自分も危険だ。
「君はサドゥを見捨てられるのかい?」
「それは…」
無理だ。
きっと自分は、悩みながらも、悔やみながらも、目の前で苦しむ誰かを見捨てる事なんて出来やしない。
その結果、例え自分が破滅しても、最後まで手を差し伸ばす事は止めないだろう。
この旅の始まり、死に行くマシュを前にしてもそうだったのだから。
「ほら、見事に結論ありきじゃないか!だったら悩むだけ無駄さ。」
「あー…そんな分かり易かった?」
ポリポリと頬を掻きながら問うと、その場の面々は何を今更、と言う顔をした。
「マスターがお人よしなのは今更ですからねー。」
「はい。私の時もそうでしたし。」
「やれやれ…未熟なのにここまで命知らずとは、全く以て恐れ入るよ。」
「はっ!坊主も随分欲張りなこった。これじゃメイヴの奴を笑えねぇぞ?」
「まぁだからこその旦那様と言う事ですし。私としては全力でお手伝いさせて頂きますとも!」
「■■■■■■■―――。」
現在呼び出しているサーヴァント全員に肯定され、立香の頬が引きつる。
「皆の中のボクの評価って一体…。」
「お人好しですよ。敵にまで情けを掛けるのはダメだと思いますけどねー。」
「先輩は先輩ですっ」
「少々危なげな善人、と言った所か。後は包容力と柔軟性に優れている。」
「ガキだが、マスターとしちゃもう一人前なんじゃねぇか?まぁ男としちゃもうちょい頑張れって事で。」
「なんたるイケ魂!これは是非とも嫁入りしたいと私本気頑張っております!」
「■■■■…。」
余りの物言いに、どんよりし始めてしまう。
後、狂化してても同情してくれるヘラクレスは癒しだと思う今日この頃だった。
そしてマシュ、それはフォローになってないよ。
……………
「…どうしようか。」
ここ暫くの婦長と子供鯖達との治療行為のお蔭で、大分精神の均衡が戻ってきた感じがする。
とは言え、治療中は私は寝ているだけなのだけど。
「何をすれば良いのやら…。」
今回はエミヤさん以外にも家事上手の方々が多くいるため、がっつり仕事してそちらに逃げる訳にもいかない。
寧ろ、それ以外の事を何かしてみなさい、とのお言葉を婦長から頂いている。
「……うーん……。」
悩む、悩む。
そう言えば、ゆっくり考え事なんて久々だった。
この旅が始まる前なら、結構色々考えてたのだけど…。
“取り敢えず、あちこち歩いてみたら良いんじゃね?此処ならそれだけでも退屈しねーだろ。”
そうだね、そうしようか。
てくてくと、廊下を歩いていく。
空調が入っているのに、随分と寒々しい気がするのは、やはり窓から見える景色が雪一色だからか。
それともこの外には全てが焼き尽くされた地獄が広がっているからか…。
どちらにしろ、寒さを感じる事に変わりはなかった。
「…?」
すると、何か騒音を感じた。
見れば、通路に面したドアの一つが開けっ放しで、そこから音が漏れているらしい。
ドアの横にはプレートがあり、「訓練室」と書かれている。
“あ(察し。”
アヴェさんが何かを察した様だが、私は何か分からなかったので、こっそりと部屋を覗いてみると…
「うおおおお私の上腕二頭筋が今輝いている…!」
「圧制!叛逆!」
「■■■■■――!」
「ゴールデェンッ!!」
「血ィ!血をよこせェェェ!」
「」
超筋肉な漢達による、超汗臭い筋肉トレーニング風景だった。
なんか見てるこちらにすら、汗とプロテインと筋肉が感染しそうな程に白熱した筋トレ風景だった。
「お?サドゥの嬢ちゃんじゃねぇか。良かったらお前さんもこ」
最後まで聞く事なく、サドゥは敏捷A+を生かして足早に駆け去った。
…筋トレはまだしも、あの中に入り、剰え同化したくはなかった。
“奇遇だな、オレもだよ。”
……………
その後も、カルデア中を散歩したサドゥは、色々なものを見ていた。
フランス組の「ジャンヌとマリーに来てもらい隊」の邪教の儀式染みた二人の名前の連呼、と言うか絶叫現場。
食堂におけるアルトリア一同の大食い競争。
科学者系サーヴァント+ブラヴァツキー夫人によるビフォーアフター・カルデア改造計画の会議場。
マスターと結婚し隊による、マスターへのアプローチ報告会。
正統派キャスター系サーヴァントによる、魔術実験報告会。
その他にも所長を復活させようとか、マスターの負担を減らそうとか、自称色男達によるナンパ成果報告会とか、マシュの恋愛を応援し隊(これには加入した)とか、本当に色々な井戸端会議染みたものに遭遇した。
結果、数が数だけにそれだけでサドゥの半日が潰れる事になった。
「…結局、何も出来なかった様な…?」
ややぐったりとしながら、サドゥは自室へと足を運ぶ。
でも、何というか…
“楽しかったろ?”
うん。そんな感じ。
間違っても退屈ではない。
刺激は多すぎる程だが…うん、嫌いじゃない。
今日は診察もないし、夕食を抜かす形になるが、このまま寝てしまおう。
そして漸く部屋に付き、扉を開けると…
「あぁ、漸く来ましたね。」
鋼鉄の白衣が居りました☆
アイエエエ!婦長=ドノ!?婦長=ドノナンデ!?
「軽く様子を見ようと思っていたのですが…貴方、夕食を抜くつもりでしたね?」
/(^o^)\オワタ
「安心なさい。今夜は私が貴方の分を作りましょう。栄養豊富かつ消化吸収に優れた完璧な病院食です。喜びなさい。」
“ねぇねぇ今どんな気持ち?まさかの婦長の手作りとかNDK?www”
うるせぇぞアヴェさん!
こんな時ばっか煽るなや!
「では行きましょう。幸い、食材は十分ありますし、今なら十分夕食の時間に間に合います。」
そして私は婦長にガッチリと拘束されたまま、食堂へと連れていかれました。
追伸
料理自体は美味かったし、食べやすい柔らかさ&大きさだったけど、漂う消毒用アルコールの臭いの濃さで台無しな上に酔っぱらった。