マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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日常?(もういい加減コレを日常と言うのは問題だらけだと思う)編


その14 日常?編 微修正

 その日、カルデアの空気は底を更に突き抜けて、奈落まで落ちていた。

 

 

 原因は二つあった。

 一つはカルデア唯一のマスターである藤丸立香の昏睡だ。

 とは言っても、健康的な問題ではない。

 肉体面では至って健康優良児だった。

 だが、魔術王の呪いによるものか、現在の彼は魂が何処かへと拉致されており、時折ほんの短時間のみ戻ってくる事を除けば、消息不明となっている。

 肉体とは魂と精神が無ければ、健全な生命活動を保つ事が出来ない。

 キャスター達の診断の結果では、現状のままなら一週間が限界との事だ。

 そしてもう一つが…

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

 

 サドゥ・キリエライトの錯乱である。

 今の彼女は医療区画の一室で両手足をベッドの上で拘束され、鎮静剤を投与された状態で完全に隔離されていた。

 

 「ダメね。下手に精神に干渉すれば完全に壊れるわよ。」

 「そうか…。」

 

 そう首を横に振って呟くメディアに、ロマニが無念そうに呟いた。

 

 「あのマスターが取った手段自体はそこまで可笑しなものじゃなかったわ。性急ではあったけど。」

 「じゃぁ何故こんなに…。」

 「間が悪かった。悪すぎた。そんな所ね…。」

 

 そんな事で、そんな事で、人とはこんなにも壊れるものなのか。

 医者として、嘗て千里眼を持っていた身として、そんな事もまた人の世ではあるのだと分かっていても、それでもロマニは意味の無い恨み言をグッと飲み込んだ。

 

 「今の私達に出来る事は対症療法しかないわ。何時あの子達が起きても良い様に、ね。」

 「分かってる。そっちは元々本職だしね、任せてほしい。」

 「えぇ、お願いね。」

 

 そう言って去って行く魔女の後ろ姿を見送ってから、ロマニはその拳をデスクへと叩き付けた。

 

 「くそ、こんな無力だったんだなぁ人間の僕って…。」

 

 その視線の先には、未だ錯乱し続けている少女の監視映像が映されていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「どうしても、ダメでしょうか?」

 「ダメだ。」

 

 医療区画の奥へと通じる通路の前で、二人の人物が押し問答していた。

 通路を背にして立ち塞がっているのがエルメロイ二世ことウェイバー・ベルベット、英霊としての名を諸葛孔明と言う。

 もう一人、通路の奥へと進もうとしているのがカルデア唯一のシールダーの少女、マシュ・キリエライトだった。

 

 「今のサドゥは錯乱している。君を君として認識する事すら可能か不明だ。今行った所で、君が傷つくだけだ。」

 「ですが…!」

 「言わんとする所は分かる。だが、現状の我々は無力だ。君が行った所で無駄だ。寧ろ、病状が悪化しかねん。」

 

 エルメロイ二世がマシュを止めるのは実に簡単な理由だ。

 サドゥが最も感情を動かす相手、それが立香とマシュの二人だからだ。

 目の前でその片方を失い、残されたもう一人を前にしたら、サドゥがどんな反応をするか分かったものではない。

 今は一先ず安静にさせるのが次善であり、最善の手となり得る立香の回復を待つしかないと判断されたのだ。

 

 「…せめて、顔だけでも見られませんか?」

 「まぁ其処が落とし所だな…。」

 

 そうやって案内されたのは、入院状態の患者を観察するナースステーションだ。

 そこにあるパソコンの一つに、サドゥの様子が映し出されていた。

 

 『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…』

 

 そこには、相変わらず泣きながら虚空に謝り続けるサドゥの姿があった。

 

 「姉さん…。」

 

 その様子を、マシュは悲し気に顔を歪めて見つめていた。

 悲鳴を聞きつけたマシュが駆け付けた時には、既にサドゥは錯乱していた。

 

 『あぁぁあぁ!?いや、嫌、厭!立香、ダメ、死んじゃダメェェェェェッ!!』

 

 魂を裂くような、涙ながらの悲鳴に、マシュは直ぐに姉自身ではなく、その腕に抱いている立香に問題があるのが分かった。

 即座に駆け付けた他のサーヴァント達と共に、立香の身柄を保護して医務室に送ったのだが、その後が酷かった。

 その時のサドゥは立香が視界内にいないと極度に錯乱し、意味の通じない謝罪を繰り返しながら自害しようと…否、自傷しようと投影した双剣で自らを攻撃しようとするのだ。

 その場は直ぐにクー・フーリンに手際よく気絶させてもらったものの、原因ではあるが回復させられる可能性の最も高い立香が意識不明なため、抜本的解決策も無く、現在は鎮静剤を投与した上でキャスター製の対エネミー捕縛用の礼装等を用いて拘束されている。

 

 「現状、マスターが回復するまで、我々に出来る事は無い。歯痒いが…」

 「いえ、皆さんはよくやってくれていると思います。」

 

 苦み走った表情で事実を淡々と伝えるエルメロイ二世に、マシュもまた同意を返した。

 

 「正直、タイミングも説得内容も、悪くは無かった。」

 

 ぼそりと、独り言の様にエルメロイ二世が、ウェイバーと言う嘗ての少年が口を開いた。

 

 「だが、立香が倒れたタイミングが致命的だった。伸ばされた手を取ろうとしたその瞬間のコレだ。正直、サドゥは二度と使い物にならなくても不思議ではない。」

 

 地獄しか知らなければ、そこで起こるどんな出来事も日常だ。

 しかし、一度そこ以外を知ってしまってはもう戻れない。

 彼女を救わんとし、しかし後一歩で果たされなかったならば、彼女は地獄以外の生を知ったまま地獄を歩まなければならない。

 自分と言う悪が生き続ける、苦痛ばかりの人生を。

 

 「いいえ。その点は先輩も姉さんも、悪くありません。責めるとすれば原因を作った魔術王に他なりません。」

 「そうだな、その通りだ…。」

 

 人は叶わぬ課題を見れば、それを超えるではなく、迂回するか別の方法を考える。

 特に、他を責める事で本質から目を反らす、と言うのはよくある話だ。

 

 「でも…」

 

 しかし…

 

 「無力って、こんなに辛い事だったんですね…。」

 

 マシュ・キリエライト。

 彼女が己が無力を噛み締めた事は、これで3度目だった。

 一度は初のレイシフト、カルデアが爆破されて瓦礫に下半身が潰された時。

 あの時は姉も傍におらず、致命傷を負って一人だけになった時、どれ程心細かったか。

 二度目はロンドン、魔術王と遭遇した時。

 圧倒的だった。

 そう言う他無い程に、彼我の戦力は隔絶していた。

 精神論や努力ではどうにもならない圧倒的な差に、どれ程恐ろしかったか。

 だが…

 

 「いっつも、先輩はこんな気分を味わっていたのでしょうか…?」

 

 大事な家族にも、マスターにも、何もしてやる事が出来ないのは、それよりも辛かった。

 

 「今は耐えるしかない…。」

 「はい…。」

 

 画面の向こうでは、未だに謝罪の言葉が空しく響いていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 人類最後の砦で起きた悲劇を他所に、日は過ぎていく。

 カルデアでも、地獄の様な監獄でも。

 体感する時間は異なれど、それでも確かに進んでいく。

 具体的にはやたら不機嫌な復讐者と共に、人間要塞の聖処女と一揆の主導者やってた聖人コンビをぶん殴り、人類最後のマスターなのにガチャに挑むマスターが勝利宣言したりとか。

 錯乱中だった自己嫌悪系デミサーヴァントが漸く落ち着きを取り戻したりとかである。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (あーどうすべー。)

 “今更すぎねぇかなソレ。”

 

 おいっす、おらサドゥ。

 気づいたら鎖で雁字搦めになってっぞ!

 うひゃぁ、おらどうなっちまっただ!?

 

 “立香気絶かーらーの錯乱で、全力拘束中。”

 

 うわぁ…何か段々思い出してきたけど…うわぁ…。

 

 “ってーか、お前よく戻って来られたな?普通、あそこまで逝ったらそのまま壊れるもんだぜ?”

 (自己嫌悪なんていつもの事、日常茶飯事。発狂しようが何とか期限内に仕事をこなして日付変更線跨いだのを確認してからが本番です。)

 “お、おう。現代の社畜って恐ろしいのな…。”

 (そりゃもう。過労死がガチで叫ばれてたからね!)

 “ア、ハイ。後、あのマシュマロ嬢とか他の連中にも心配かけたんだから謝っておけよ”

 (うっす。まぁ何か切っ掛けあったらまたなると思うけど、その時はよろしくネ!)

 “本当ならならん方が良いんだが…うん、まぁ無理か。”

 (取り敢えずナースコール鳴らすね。ポチっとな。)

 

 先ず謝罪は前提として、どう取り繕うべきかな?

 

 “無駄だと思うけどなぁ…ま、ガンバ?”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「本当に、どうやって回復したのやら…。」

 

 医者が不思議がる程にあっさりと回復したサドゥは、しかし当然ながら期限無しの業務停止を勧告された。

 カルデアは決してブラック企業ではないのだから、当然の措置と言えた。 ※但し、一部サーヴァントは除く。

 だが、鍛錬すら禁止されたサドゥはめげずに自分と立香の部屋位掃除しよう、と思っていたのだが…

 

 「ダメです。」

 

 ガチモードの妹に阻まれていた。

 

 「…そこを何とか…。」

 「 ダ メ で す 。」

 

 取り付く島もないとはこの事だった。

 

 “残当。”

 

 五月蠅いよアヴェさん!

 

 「良いですか姉さん。つい先日まで貴方は心を患って入院、と言うよりも隔離されていたのです。それがおいそれと出て来ては行けないと、分かりませんか?それとも、今度は倒れる前より厳重な拘束をしておくべきでしょうか?」

 「…いや、もう緊縛はちょっと…」

 

 流石に対エネミー用礼装で拘束されるのは辛かったらしく、サドゥも押され気味だ。

 まぁそれ以上にここまでガチ切れしているマシュは初めてだと言うのも多分にあるだろうが。

 

 「本当にもう。回復して早々何か仕事をしたいとは…姉さんの仕事ぶりは最早中毒ですね。」

 「…ごめん、ね?」

 「謝らないで下さい。これは単なる愚痴、姉さんの苦悩に気づけなかった不出来な妹の後悔なんですから。」

 

 言って、沈痛そうな表情を浮かべるマシュに、しかし、サドゥは声を掛けられなかった。

 今回の一件で、サドゥの中の「不幸しかない未来に対する恐れ」と「自身と言う悪が生き続ける事への嫌悪」、それは確実に強まってしまったと自覚しているからこそ、サドゥはマシュにかける言葉を持たなかった。

 もし、あのまま立香がサドゥの説得を行っていれば、本当に低い確率ながらも、彼女の歪みを正せていたかもしれない。

 だが、歴史にIFは無い。

 その可能性は、もう摘まれてしまった。

 であれば、残るのはハッピーエンドではない。

 救いようの無いバッドエンドだろうか?

 それとも、どうしようもなく、中途半端な終わりだろうか?

 

 「兎に角、姉さんは暫く休暇です。絶対安静です。」

 「…じゃぁ、立香のお見舞い。三人で。」

 

 取り敢えず、その結末はもう少しだけ先になりそうだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「先輩、今日も眠っていますね…。」

 「キュゥ、キュゥン…。」

 

 立香が意識を失って七日目。

 立香の部屋、所謂マイルームで、キリエライト姉妹とお供のフォウは立香の見舞いに来ていた。

 

 「…必ず、帰ってくるよ…。」

 

 こうして近づくと、呪詛と極めて親密なサドゥには漏れ出す僅かな怨念と共に分かった。

 立香は今も戦っている、と。

 呪われた監獄塔で、彼は真正の復讐者と共に戦っているのだと。

 

 「…せめて、見守ろう。」

 「はい…。」

 「フォーゥ…。」

 

 そして二人と一匹は、ただ静かに待ち続けた。

 

 

 それは、彼が目覚める2時間前の話。

 

 

 それは、彼が間に合わなかった1日後の話。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「自分は無知で無恥で無能だ。」

 「生きていても、良い事は無い。あってもそれ以上の不幸が必ず訪れる。」

 

 この2か条が、サドゥの中の絶対の法則だ。

 だが、今回の一件で、もう一つ付け加えられてしまった。

 

 「幸福になろうとしても、不幸になる。誰かが手を差し伸べても、その人が不幸になる。」

 

 勿論、その内容は前者二つも後者の一つも漏れなくおかしい。

 だが、彼女はそれが真実だと信じ切っていた。

 自分と言う存在は生きている限り、その存在そのものが罪悪だ。

 生まれて来なければ良かった。

 物心ついた時に自害すれば良かった。

 そうすれば、きっと周囲の人間の人生も少しはマシだった筈なのに。

 だからこそ、彼女は今も死を望む。

 より完璧に、より完全に、より徹底的に。

 ただ死ぬのでは転生してしまう。

 ただ死ぬのでは生き返らされてしまう。

 それこそ転生すら不可能な程に、魂すら消失する様な、そんな終わりを求めるようになった。

 なって、しまったのだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “さて、どうしたもんかね?”

 

 暗闇の中、賢者の様に外を眺める悪魔は一人悩まし気に呟いた。

 

 “まぁなるようにしかならんわな。ここまで来ちまったら、もう、な…。”

 

 既に最大の好機は過ぎた。

 精神の動揺に付け込んだ、勢い任せの強引な説得。

 だがしかし、それは魔術王と言う無粋な輩により最悪の形で断ち切られてしまった。

 

 “まだだ。思考を絶やすな。脳髄を加速させろ。諦めが心を殺す。”

 

 まるで自己暗示の様に、そう呟く様は確かに賢者のソレだった。

 

 “ったく、どうしてオレの周りにはこんな面倒な女が多いのかねぇ…。”

 

 呪い渦巻く暗闇の中、ただ独り言だけが響かずに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 




なお、精神立て直してからのサドゥの対応が早いのは「材料となった男性が似た様な経験をしてるから」です(白目

人間って、ストレスでも倒れるんだよ?(体験談

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