もう少し救い成分を抑えるべきだと思ったけど、FGO主人公ならこれ位やりだと思った次第。
『これより第一回英霊降臨実験を始める。』
白衣の人間達が逆光の中、こちらを見つめている。
動く事も出来ず、思考すらも覚束ない。
そもそも、それをするための知識も経験も無い。
何せ、彼女は先程胎にあたる機械の中から排出されたばかりなのだから。
『今回の実験はアインツベルンのホムンクルスより蒐集した技術を採用して開発した実験用デザインベビーの現時点における限界を図るためでもある。以後の実験へのデータ収集のため、麻酔は行わず、綿密なデータの収集を優先する。』
そして実験は始まった。
何も知らぬ、名すら存在しない無垢な彼女の魂と魄はその実験で以て砕かれた。
全身の魔術回路の最大出力、限界強度を調べるため、無理に励起された魔術回路に過剰な魔力が流され、肉体が内側からズタズタにされた。
英霊を降ろす器とするため、唯でさえ生まれたばかりで脆弱な第3要素の過半を礼装で吸出し、英霊の燃料へと変換できる様にした。
そんな物理的な苦痛よりも遥かに悍ましく、唾棄すべき所業が次々と行われ、英霊を降ろす器としてのみ、彼女は最適化されていく。
そんな真似をしておきながら、しかし白衣の人間達は得られるデータに色めき立ち、記録していくだけ。
彼女を助ける者は、一人もいなかった。
『これより実験の第二段階、英霊召喚を行う。』
彼女の体は固定された手術台ごと、床に刻まれた召喚陣の上へと移動させられた。
『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 手向けるは人理の贄。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。』
『閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』
『―――――Anfang』
『――――――告げる』
『――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。』
『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。』
『汝3大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!』
凡そ、条件だけならその時点では最上の状態で整えられたであろう、英霊召喚の儀式。
だが、それで英霊が降りてくる事は無かった。
それもそうだ。
人理を守ろうという高潔な英霊が、生贄を捧げられて喜ぶ筈もない。
そもそも、始まりの時点で破綻していたからだ。
そして、反英霊の類が召喚されるのには、召喚者の人理を守らんとする意思が硬すぎた。
結果として、英霊の召喚は失敗した。
呼び出されたのは、亡霊にすらなり切れない、此処とは異なる世界の脆弱な魂だったのだから。
呪文が終わっても変わらず激痛を訴える身体を抱えて、生まれたばかりの彼女は思う。
どうして、自分はこんなに苦しいのだろうか?と。
その声なき声に、呼び出されてしまった魂が応えた。
それは、きっと君が悪い事をしてしまったからだろう、と。
それはどう考えても可笑しな話だった。
彼女は生まれたばかりなのに、どうしてだろうか?と。
それに魂は頷く。
自分も悪い事をしないようにしてきたが、結局悪い事ばかりが起きた、と。
だからもう悪い事に会わない様に死んだのだ、とも。
彼女は自分は何も知らないのが悪いのだろうか、と問うた。
魂は分からないと返した。
なら、貴方の知識があれば分かるだろうか?と、その問いに魂はもしかしたら…とだけ返した。
彼女の魂魄は既に意識があるのがおかしな程にボロボロで、呼び出された魂も世界の壁を超えた故にボロボロで、どちらも間もなく消えていくだろう。
何も知らぬまま、何も成さないまま、何も残らぬまま。
だからこそ、彼女と彼は一つの行動を選んだ。
魂も彼女もこのままでは消えていく。
彼女は何も知らず、魂は少しだけ知っている。
であれば、取るべきは一つだった。
魂は言う。
自分と自分の知識を君にあげよう。
無論拒んでも構わない、君の選択だから。
彼女は言う。
私はもう少し生きてみたい。
どうして私がこんなに苦しいのか知りたいから。
そして、二人は欠けて崩れさる寸前の互いの魂を重ね合わせた。
それは魔術の深奥を知る者であっても、決して取らないであろう手段だった。
そんな事をすれば互いに魂が消るだけで、良くても自我の崩壊は必至だからだ。
死徒の様な血液を介して命と魂を食らう化生、熟練の魔術師の様な魂への理解を深めた者なら兎も角として、その行いは間違いなく自殺行為だった。
だが、どちらもが互いに溶けあう事に同意し、どちらもが欠けていたが故に、二つの魂は更に砕け、崩れ、欠けながらも一つの魂として新生した。
そして、“彼女”は生まれた。
だが、待っていたのは実験の日々だった。
英霊召喚による人理修復のための戦力を安定して確保するための膨大なトライ&エラー。
それによる閃光と苦痛が繰り返される日々。
唯でさえ混じり合って不安定だった魂は、内に招かれた復讐者の存在によって、余計に負の方向に傾いていく。
多くの妹弟達が産声ではなく断末魔を上げながら死んでいくのに対し、彼女だけは普通よりも大きな魂と苦痛への高い耐性を持つ英霊を宿したが故に、最初期の頃から生き残り続けた。
その英霊が彼女が狂わない様に、ずっと彼なりに接し続けたのもあるのだろうが、結果として、彼女は最初期の実験体でありながらも生き残ってしまった。
彼女はずっと考えていた。
どうして自分達が苦しまなければならないのか?
どうして自分達は幸福ではないのか?
どうして自分達の苦しみはずっと続いたのか?
答えは、彼女の知識の中にあった。
それは、自分達が善性の存在ではなかったからだ、と。
善ではない、悪であるから貶められる。
正しくない、間違いであるから否定される。
潔癖ではない、罪を犯した者だから裁かれる。
それは、どうしようもなく間違った自省であった。
要は、自分が悪いから苦痛を味わうのだと結論したのだ。
だが、自分が何か悪い事をした覚えはない。
なら、存在そのものが悪なのだ。
それを証明する様に、自身には悪神の名を付けられた亡霊が巣食っている。
ほら、これ以上ない証明だ。
そして、存在そのものが罪なら、今後これからも苦痛が続いていくだろう。
なら、最早死ぬしかない。
この苦痛から逃れるには死ぬしかない。
しかし、簡単にそれをする事は出来ない。
唯一の血縁である自分に縋ってくる妹、自身を助けたいと願うカルデアの人達。
方向性は違っても、どちらも善良な人々に違いはない。
彼らを傷つける事は罪、悪だ。
これ以上の罪、これ以上の苦痛はいらない。
なら、善良な人々が悲しまない様に、最低でも迷惑にならないように死ななければならない。
どんなに苦しくても、痛くても、悲しくても、生きている限り続く苦痛よりはマシだと思ったから、彼女は死を決意した。
出来上がったのは嘗ての問いも忘れ、二人から成った自分を一人と思い、ただ苦痛からの解放を、死を切実に望みながら、人の善性を信じて彷徨う者。
彼女の名は自嘲と唯一生き残った妹との繋がり、妹自身の幸福を願って付けられた。
最後の晩餐にて、13番目の席に座る裏切者のユダの名のアナグラム。
その名は、サドゥ・キリエライトと言った。
……………
―――ネ―――
声が聞こえる。
音も熱も光も感触も上下すらも無いのに、声だけが聞こえる。
―――ネ―――
此処は何処なのか?
今は何時なのか?
自分は誰だったか?
今見た凄惨な光景は何だったのだろうか?
――シネ――
助けたかった。
幸せになって欲しかった。
でも、彼女こそがこの世で最もそれを求めていない。
幸福よりも、不幸の断絶こそを求めたサドゥに、自分は一体何をすべきなのか?
―――死ね―――
否、そもそも自分が成そうとしている人理修復とて、本当に生を望んでいる人は一体どれだけいるのか?
所長はきっと生きたかっただろう。
フランスの、ローマの人達も生きたかっただろう。
だが、自殺大国なんて呼ばれる現代の日本で、本当に心の底から生きたいと願っている人は何人いるのか?
―――死ね死ね死ね死ね死ね―――
魔術王の言葉には、確かに一理があった。
全ての人間に該当する訳ではない。
だがしかし、その数が人類の過半数に上るのなら…自分が人理を修復すると言うのは、そんな人々の願いを……、
―――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…―――
呪いの声が、聞こえてくる。
折れかけた心では、その重圧に抗う事すら思いつかない。
憤怒の、色欲の、嫉妬の、怠惰の、傲慢の、強欲の、あらゆる悪意と殺意の海に沈んで…
―――…こっちに来ちゃ、ダメだよ…―――
優しく誰かに押し上げられた気がした。
途端、呪いの声は薄れていき、今まで聞こえなかった声が聞こえてきた。
「マスター!先輩!しっかりして!目を覚ましてください!」
「ッ、投影、開始!」
「ぬわー!?もうこれ無理じゃろー!やっぱ聖杯なんて爆弾にするしか使い道無いんじゃー!」
「つべこべ言わずに撃ちやがれ!って、マスターが起きたぞ!」
目を開ければ、仲間達が必死に自分を守っていた。
目の前ではマシュが必死に涙を堪えようとして失敗しながら、必死に自分に声をかけていた。
その周囲では自分を守るために、仲間達が死力を尽くして大量の泥を近づかせまいと防戦していた。
「ダーリン!なんか私、胸がドキドキするの!これって…」
「ただの息切れだよおバカ!アホな事言ってないで弾幕絶やすなぁ!」
うん、追い詰められてるけどいつも通りで安心した。
「うへぇ…嫌な夢だった。」
「先輩…先輩…!」
涙目で抱き着いてくるマシュを抱き締め返し、頭を撫でる。
この子も見たのだ、唯一の家族の闇を。
その衝撃は長く身近にいた分、きっと自分よりも大きい。
「私…私…姉さんがあんな事を思ってたなんて知らなくて…っ。」
「仕方ないよ。ボクもマシュも、人生経験なんて殆どないんだから。」
自分とマシュは所詮は五十歩百歩。
己の人生を歩き切った英霊達や人理修復に寿命を擦り減らす勢いで挑んでいるカルデアの人達とは違うのだ。
気づかなくても仕方ない。
「でもね、マシュ。まだボク達は間に合うんだ。」
「え…?」
「サドゥはまだ生きてる。今にも死にたいと思っていても、それは彼女が不幸だと思ってるからだ。だから…」
「だから、姉さんは…。」
「うん、だからさ…」
マシュには衝撃だった。
あの自分よりも儚い姉が、心底自分自身の死を求めていた事が。
自分が絶対的な悪であると、そう認識していた事が。
「ボク達で、サドゥの間違いを正そう。」
「先輩、それは…。」
姉は求めていない、と言い掛ける。
それを立香は笑いながら告げた。
「いいかいマシュ。君は妹で、ボクは彼女のマスターだ。なら、間違ってるなら間違っていると言わないと。その上で彼女に『生きていなければ勿体ない』と思える程の幸福を味わってもらえば良い。ボクとマシュが、サドゥを幸せにするんだ。」
「私と、先輩が…?」
何処か勢いで押し切りながらも、立香は今はそれが正しいと考えた。
「そ。序でにボクとマシュも幸せになれば、結局は皆幸せだろ?そんな感じで良いんだよ。」
元より、自分1人で幸福になろうとするのは難しい。
無論、先程まで見ていた光景は未だ脳裏に焼き付いている。
あれがサドゥの起源にして、今の彼女を構成するもの。
その内容に思う所が無い訳ではない。
要は苦痛から逃れたい。
そのために確実に逃げられる死を求めた。
だが、サドゥ自身が目を反らしているが、それは間違いだ。
生ある限り苦痛は消えず、しかし生ある限り幸福を感じる事が出来る。
だから…
「マシュ、おはよう。これからお寝坊娘を叩き起こすけど、先頭頼める?」
「っ、はい!マシュ・キリエライト、突貫します!」
「じゃぁマシュ、宝具を展開しながら突撃だ!他の皆は正面以外からの泥を止めて!必要だと思ったら正面への援護もお願い!」
「「「「「了解!」」」」」
だから、今から君を起こして、色々言わせてもらおう。
怒りも悲しみも、感謝も喜びも、君に伝えたい言葉が沢山あるのだから。
ただ一度の敗北で、全てを投げ出せる程、ボクは潔くなんてないのだから。
「行きます!仮想宝具 疑似展開/人理の礎!」
マシュの正面に対城宝具すら凌いでみせた魔力障壁が展開される。
その展開を維持したまま、マスターと共に冬木の時と同じ様に共に盾を支えながら、正面に見える泥の滝へと突き進む。
「ああああああああああああああ―――ッ!」
気合の声と共に、その障壁が前進する。
泥を弾き、決して後には通さない。
そして、脇や後ろから来る泥は、後続のサーヴァント達が張る弾幕と遊撃によって対応されていく。
「マスター!敵増援を視認しました!指示を!」
「強行突破!後続は火力支援よろしく!」
ゆらりと、泥が終結し、奇妙な人型へと変異していく。
その大きさは優に5mはあるだろう。
そのサイズから来る質量なら、恐らくこちらを抑え込む程度は出来る。
だが、此処で足を止める事は自殺に等しい。
それは出来ない。
なら、突き進むしか道はない。
「
「これが魔王の三千世界じゃ!」
直後、迫っていた影の巨人達が宝具と宝具級の投影品によって蹴散らされた。
念話で感謝を伝えつつ、残った泥を振り払いながら、遂に二人は滝の真下にまでやって来た。
「マシュ!」
「はい!」
宝具による突撃と制圧射撃による、一時的な空白地帯。
そこで、人類最後のマスターはにっこりと笑顔で自分の隣の少女へと告げた。
「ボクをサドゥの所までブン投げろ!」
「は…えぇぇ!?」
「ほら早く早く!」
しかし、問答の時間すら勿体無い。
無尽蔵に怨霊を集める泥達相手では、如何なカルデアのサーヴァント達と言えども物量に圧され、何れ潰される。
だからその前に目的を達成してオサラバする必要がある。
「~~~もう!後で酷いですからね!」
「アーイキャーン…」
マシュは立香を盾の上に、まるで投石機の様に設置すると、ぐっと手足をたわめて…
「行ってらっしゃーい!」
「フラ―――――――イ!」
勢いよく、黒い太陽へ向けて打ち出した。
(ちょ、思ったより、きつ…!)
風圧と慣性によって意識がブラックアウトしかけながら、それでも瞬間強化を自分にかける事で辛うじて意識を保つ事に成功する。
グングンと、ほぼ一瞬で黒い太陽と同じ高さまで上がり、未だに身体を丸めて目を覚まさないサドゥに掴まって身体を保持する。
意外と細いのに柔らかいとか、良い匂いがするとか、髪の毛がサラサラだとかどうでもよい思考を頭の隅に追いやりながら、辛うじて頭をサドゥの顔の正面に持ってくる。
こうして見ると本当にマシュと似ており、髪の色を黒にして、マシュをより細面にして、大人びた雰囲気を纏わせたのならこうなるのだろう。
だが、今はそれは優先すべき事ではない。
「サドゥ、先に謝っておくね。ごめん。」
一瞬だけ呼吸を整え、一息に少し薄めの唇に、自身のそれを触れさせた。
「ん…ん、ふ…。」
剰え、その唇に自身のそれを更に押し付け、僅かに開いていた歯の隙間から舌まで入れて絡ませる。
反射的に漏れ出た甘い声に大変な興奮を覚えながら、それでもやるべき事は忘れない。
『今ならちょっとの刺激で…そうだな、キスした後に令呪でも使えば起きるぜ?』
先程のアヴェンジャーの言葉は真実だ。
要は断絶状態のパスをまた繋ぎ、令呪の強制力によって覚醒させる。
僅かなりとも体液を介さないと再契約できない自分の未熟に恥じ入りつつも、これはこれでOK!と内心で小躍りする。
まぁ後で泣かれるか制裁されるかは兎も角として、仕上げはこれで終わった。
「令呪を以て告げる…。」
右手の令呪、その一番外側の一角が輝き、高密度の魔力となって駆け巡る。
「起きろ、サドゥ―――!!」
「…!!」
令呪による強制力を伴った言霊に、サドゥの目が薄くだが開かれる。
次いで驚愕に開かれるのは、マシュと同じ藤色の特徴的な瞳。
そして、その背後で黒い太陽が不吉に泡立つ。
「着地よろしく!」
「…、っ!」
ベルトに差し込んでいたアゾット剣を引き抜き、黒い太陽に投げ入れる。
直後、一瞬の浮遊感の後に視界が一気に上へとずれていく。
間を置かず、上方でアゾット剣が爆発し、黒い太陽から悲鳴にも似た音が響いてくる。
ただ一人、一緒に落ちていくサドゥの姿は墜落の前にデミ・サーヴァントの姿となって、立香に負担が行かない様に大切に抱き締めてくれる。
「マスター!姉さん!」
「お待たせマシュ!」
そして、真下で安全地帯を確保するために奮闘していたサーヴァント達と合流できた。
「…おは、よう…?」
視線を向けられても、何処か驚愕の抜け切らない態度でサドゥは返した。
当然だろう、彼女はずっと眠り続けるつもりだったのだから。
そんな彼女に、立香はにっこりと微笑んだ。
「サドゥ、後で色々話そう。今は脱出が最優先で。」
「…うん。」
「姉さんも救出した事ですし。マスター、次の指示を!」
マシュの声に、立香は周囲の状況を観察する。
既に全方位は泥に塞がれ、頭上の黒い太陽からの泥の流出はゴボゴボと溢れている。
だが、それ以上にこの空間そのものが罅割れ、崩れ始めていた。
新たな核であったサドゥが抜けた事で、延命していたこの特異点が今度こそ崩壊が始まったのだ。
「各員、あの太陽に宝具で集中砲火!終わったら全員駆け足で脱出だ!エミヤは令呪使うから固有結界展開して聖剣叩き込んで!式はアレを殺して!」
「Iam th「令呪で省略!」――永久に遥か黄金の剣!」
「これが魔王の三千世界じゃ!」
「いっくよー!月女神の愛矢恋矢!」
「我が麗しき父への叛逆――ッ!!」
叩き付けられる聖剣の極光、神秘否定の銃撃、月女神の本気の一矢、叛逆の騎士の邪剣の咆哮。
それらの暴威を叩き付けられながら、しかし黒い太陽は未だ滅ぼされていない。
単純な火力ではなく、アレを払うにはそういう概念こそが必要なのだ。
「式、アレを殺せ!」
だから、令呪の支援を受けて神すら殺す退魔のアサシンが宙を駆け抜ける。
手が空いていたマシュによる二度目の盾での投擲。
それにより、対空手段を持たない黒い太陽は
「直死――」
死を刻まれ、
「――死が、オレの前に立つな。」
今度こそ、殺された。
……………
「おーおー、やりやがったよあの坊主。」
既に光点も消え、上下左右の感覚すら曖昧だった空間で、既に輪郭すらぼやけた状態でソレは笑っていた。
「折れるかと思ったんだがなぁ…あのおバカの方が結局折れたかー。」
いやー予想通りとはいかなかったなぁ、と多分頭を掻きながら一人愚痴る。
「だけどまぁ、これからが正念場だぜ。勢いで助けちまったは良いが、その手の病ってもんは日々の治療が一番大事なんだ。」
パキリパキリと、全てが罅割れていく。
それでも、影はまだそこにいた。
「まだ次に行く訳にゃいかんからよ。もう少し付き合ってやるさ。」
世界が終わる。
悪夢が終わる。
全てが元あった所へ還る。
この特異点を覆っていた呪いが、ただ一点目掛けて収束、回帰していく。
“んじゃ、アイツの中に戻るかね。”
そして、黒い影も、虚無の空間も、呪いの泥も、皆等しく砕け散り、一つとなって器に収まった。
マシュの心理描写は次回です。
サドゥ「なんか成長した。」 幸運・魔力除いてA、敏捷のみA+
サドゥは ステータスが ぐーんとあがった!
スリーサイズは そのままだ!