マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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長くなったので分割して投稿です。


その11 オガワハイム中編

 エレベーターシャフトの中を落ちる、墜ちる、堕ちる。

 その中に物理的な距離は無い。

 それもそうだ。

 既にこの世界、特異点そのものが物理法則に囚われてないのだから。

 

 『ダメだ!これ以上は情報支援が出来ない!今すぐ戻るんだ!そのままじゃ意味消失、君達が消えてしまうぞ!』

 

 落下中、辛うじて聞こえたDr.ロマンの声に、しかし、返答する事が出来ない。

 口を開けばこの場を満たす濃密な呪詛と魔力に心身を犯されると分かるからだ。

 マシュ、と。

 口に出さず、ただ隣にいてくれる少女の手を握る。

 ぎゅ、と握り返される。

 顔は揺るがず、ただこの虚無の底を見据えてオチていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 お前が悪だ、と告げられた。

 

 極普通の人間だった。

 極普通の暮らしだった。

 だが、その村の人々の暮らしは貧しかった。

 だから、村人達は理由を欲した。

 自分達という善を脅かす悪を、物事が上手くいかない元凶を、無条件に貶められる生贄の存在を。

 ただ無作為に、彼は選ばれてしまった。

 

 最初に右目を抉り取られた。

 次に念入りに舌を千切られた。

 その次は腐った枝で丁寧に喉を貫かれた。

 更に手足は指先から粉々に砕かれ、瞼を固定された上で岩屋に繋がれた。

 聞こえるのは風の音と罵声だけ。

 芋虫の様に身動ぎするだけで、心臓だけが動き、生きている。

 呪いあれ、呪いあれ。

 この世全ての悪、この世全ての悪。

 我々の暮らしが良くならないのはお前のせいだ。

 我らのあらゆる不幸は貴様のせいだ。

 私達に幸せが来ないのはお前がいるからだ。

 生存を、存在を、ありとあらゆるを否定されて憎しみだけがその身に詰められ…

 

 

 「おっと。そっちは違うぞ。こっちだこっち。」

 

 

 不意に、凄惨な光景にも関わらず、陽気だが気遣いを感じられる声が響いた。

 

 「オレの過去なんて面白くもない。とっととお目当てに行くぞ。」

 

 そして、思い出す。

 この手に握った感覚を、あの日に立てた誓いを、彼女の存在を。

 

 「そうだ。それで良い。奇跡を起こすのは、何時だって生きた人間の特権なんだ。」

 

 藤丸立香の意識が覚醒する。

 マシュ・キリエライトの認識が戻る。

 そして、二人は漸くこの空間を認識した。

 黒い、何もない地平線。

 そこに3人は立っていた。

 

 「あそこだ。あの光の先に、アイツはいる。」

 

 黒い影、アヴェンジャーの指さす先に、小さな光点が一つあった。

 本当に僅かな、しかし確かに存在する光。

 それは今にも消えてしまいそうな程に儚かった。

 

 「今のアイツは魔術王の呪いで眠っちゃいるが、それも絶対じゃない。この特異点に溜めこまれた怨念を吸収して、今にもそれを破ろうとしている。」

 

 まぁ、そのために此処に来たんだがな、と零すアヴェンジャーに、立香は小さく頬を緩ませる。

 やっぱり素直じゃないだけで、面倒見がすごく良い。

 

 「今ならちょっとの刺激で…そうだな、  した後に令呪でも使えば起きるぜ?その後はとっととこの特異点から抜け出す事をお勧めするぜ。」

 

 告げられた内容に若干赤面しつつ、他の方法が無いか問うが、良い笑顔で「無い!」と告げられた。

 うわぁぶん殴りたい。

 

 「一応ありがとう、アヴェンジャー。サドゥの中からでも、これからもよろしく。出来ればカルデアに直に召喚されてほしいな。そして殴らせて。」

 「クヒヒ!後はあそこを目指して駆け抜けな。オレは何とか此処が崩れないようにしとくから、早く行ってあの寝坊助を起こして来い。」

 「分かった。行ってくる」

 

 立香の力強い頷きに、アヴェンジャーはニッと嗤う。

 

 「気を付けろよ。アイツの頑固さは筋金入りだ。下手すると、あのボクサー女よりもな。」

 

 そんな可笑しな声援を背に、

 

 「行こう、マシュ。」

 「はい、先輩!」

 

 二人は光に向けて駆け抜けた。

 

 「仲の良いこって。」

 

 その背をアヴェンジャーは眩しそうに見つめていた。

 元より、人の悪性から生まれ、それを認めながらも、人の善性こそ愛する彼は、あの少年と少女を好ましく思っていた。

 

 「さて、もう一仕事位しますかねぇ。」

 

 振り向けば、そこには虚無の中からこちらを見つめる無数の眼光が見えた。

 どれもが赤く、怒りに満ちた獣のそれだ。

 それらは全て、元は彼の宝具だった。

 無限の残骸、アンリミテッド・レイズ・デッド。

 だが、その支配権は今のアヴェンジャーには無い。

 

 「ったく、お前らもオレなんだから、もう少し融通効かせろよな。」

 

 ―――カナエロ、カナエロ、カナエロ―――

 

 「はぁ…そんな所まで再現せずともよいだろに。」

 

 他の特異点とは更に異なる、人類史に空いた穴。

 本来在り得なかった、或は記録されなかった、人類史の可能性の坩堝。

 その柱が壊れ、そこに一人の少女が丁度良い形をしていたが故に嵌まってしまった。

 そして、存在するからには自身の存在目的を果たそうとするのがこの獣達だ。

 これらはそういう者であり、そう在れと願われたが故に。

 結果がこの絶望的な状況だ。

 

 「とは言え、一夜にも満たない馬鹿騒ぎだ。」

 

 ―――ネガエ、ネガエ、ネガエ―――

 

 「時間稼ぎ位はしねぇとな!」

 

 その両手に歪な双剣を呼び出して、彼は一切の躊躇なくスキルを発動させる。

 死滅願望。

 自らの死滅と引き換えに、自身のステータスを上昇させ、最後の数秒には上位のサーヴァントにすら肉薄できる性能を得られる。

 

 「幸い、アイツのお蔭で小技が増えたからな。色々出来るぜ!」

 

 飛び掛かってきた獣に向け、投影した右歯噛咬と左歯噛咬を次々と投擲する。

 

 「ドッカーンてな!」

 

 直後に発生した壊れた幻想によって巻き起こる盛大な爆発を皮切りに、この特異点最後の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そこは祭壇だった。

 場所は多少変質しているが、冬木で黒い騎士王と戦った場所だった。

 超抜級の魔力炉心たる大聖杯。

 それがあった場所に、暗黒の太陽から流れ出る黒い汚泥の滝が存在していた。

 

 「姉さん!?」

 

 マシュの叫び。

 それが示すのは滝の直上、暗黒の太陽の中で胎児の様に身体を丸めて眠り続けるサドゥの姿だった。

 

 「マシュ、ストップ!」

 「くぅ!」

 

 立香の声に飛び出さんとしたマシュが急制動を掛ける。

 見れば、周囲では太陽から零れ落ちた泥が水溜まりになっており、不用意に踏み込めば僅かとは言え触れてしまうであろう状況だった。

 アレに触れるのは不味い。

 直感的にそれが解った二人は、直ぐにこの場で打てる最善策を模索する。

 だが、

 

 「「ッ!?」」

 

 その前に、周囲の空間を満たす泥が、二人に襲い掛かった。

 

 「く、ダメ!止められません!」

 

 立香を庇う様に前に立つマシュが咄嗟に魔力防御を行うが、その顔は苦渋一色だ。

 例え宝具を用いて一方向からは防ぎ切っても、この空間の全方位から襲い来る泥に対処する事は出来ない。

 

 「マシュ!」

 「先輩!」

 

 また二人は離れないように手を繋ぎ、泥の海へと飲み込まれた。

 

 

 

 

 




まだ続くんじゃよ


サドゥ「( ˘ω˘)……」

サドゥは ねむりが あさくなっている!

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